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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第二章》
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6.のりは女子高生

「サヤちゃーん、ウフフー、楽しいわねー」

「えーと、はい、そうですね……」


 キャッキャッと湯の中でバシャバシャとはしゃぐサラサを前に、早夜はどうしたものかと考える。

 目線の先には見事なプロポーションを惜しげもなく晒すサラサ。ついでに言えば、それを羨ましそうに眺める早夜も裸である。


 何で自分の周りの人たちはこう、素晴らしい身体つきをしているのだろう。幼児体系の自分とは大違いだ。


 等と、自分の体系に落ち込む早夜。

(せめて、もう少しあってもいいと思うんだけどな……。もうちょっとこう……人並みにと言うか……)

 自分の胸を見下ろし、早夜は遣る瀬無い溜息をついた。


 何故裸で居るのかと言えば、ここは浴室内の湯船の中である。

 アルフォレシアの大浴場に比べれば狭いと言わざるを得ないが、自分の家の風呂に比べれば何倍もある大きなお風呂だ。


 早夜がサラサにナイール王子の話をした後、彼女は暫し落ち込み、早夜を無理矢理ここに連れてきた。

 一体どうしたのかと訝しむ間も無く、あれよあれよという間に、何の躊躇いも無く目の前で裸になると、もたもたしている早夜の服もあっと言う間に脱がせてしまい、手を引いて飛び込むようにその湯に浸かった。


「ここはねー、いつでも好きな時に入っていいのよー」

「ヘぇー……」


 確かにそれは助かる。

 流石に風呂好きな蒼ほど風呂に対する情熱は早夜には無いけれど。

 それでも、一日も入らなければやはり気持ちが悪い。よって、こうして湯船に浸かれる事は本当にありがたかった。

 全身を湯に浸けた早夜の前で、サラサは「あははー、うふふー」と笑って始終ニコニコと笑っているのだが、その目は何処か虚ろである。

 どうやら現実逃避に走ったようだ。それほどまでに、ムハンバードに息子が居た事がショックだったのか。

 何処か痛ましげな眼差しでサラサを見てしまう早夜なのであった。


 気を取り直して、時折声を掛けてくるサラサに適当に相槌を打ちながら、注意深く周りを見てみる。

 不思議な事に、お湯の出てくる場所も排水する場所も存在しない。それに、身体を洗うような場所も、石鹸やシャンプーも無い。

 やはりここにも壁や天井に呪印が施され、魔封じと換気や湿気や明かりなどの生活する上で必要な呪も存在する。

 勿論湯の張られたこの浴槽の中にもびっしりとある。

 此方は湯を綺麗に保ったり温度を一定に保つ為のものと、そこに入った者の体の汚れを除去するもの。疲労回復の呪も成されている。

 おまけに花のような良い香りまでする。石鹸やシャンプーが無いのはその為か。

 これだけ見れば、実に快適で過ごし易いと言えよう。

 けれどここは隔離された場所。

 それを思うと素直にそう言えなくなる。

 逆に、この快適を求めたこれらの呪が、自分達を戒める為の物のように思えてならない。


 そんな事を考えていると、いきなりバシャッと湯を掛けられた。


「うふふー、どうしたの? ボーとした顔してぇー?」

「え? ひゃあ、ぅわっぷ!」


 吃驚してパチパチと瞬く早夜に、サラサは更に湯を掛ける。


「えいえい、息子がどうしたー! 正妻が何だー! 私は、私は諦めないもん!」


 やっている内に感情が高ぶったようで、湯を掛ける勢いが増した。

 最初されるがままになっていた早夜も、何だかそれが伝染したようで、


「私だって、私だって、こんな所で留まってたりなんかしちゃ駄目なんです! 家族に会うまでは絶対に諦めないんだからー!」


 そんな風に叫びながら、猛烈に湯を掛け返していた。


「キャー、やったわね、サヤちゃん! 負けないわよ! とりゃ、とりゃー!」

「うー、にゃー!!」




 数分後、その場にはぐったりと風呂の縁に突っ伏している二人の姿があった。

 ぐったりする中で、サラサはポツリと呟く。


「サヤちゃん? 私ねー、ムハちゃんと喋ったのは、最初の一回きりなの……」

「え?」

「だってね、最初に会ったムハちゃん。物凄く威圧的でね、頭ごなしでね、すっごいムカついちゃったからね、それからずーっと口きいてないの」

「口きいてないって……えぇ?」

「だって、聞いてよサヤちゃん! 最初私がムハちゃんと会ったのはね、何処かの部屋の中で薄暗くて床が光ってて、目の前にムハちゃんが居たんだけど。あなた誰って訊いたら、『わしはこのクラジバールの王ムハンバードだ。わしに呼び出された事を誇るがいい』とか言って、何様のつもりなのよって思ったんだけど……あ、王様なんだけどね。その後『名を申せ』とかって言ってきたんだけど、その言い方も物すっごい偉そうで、私凄まじくムカついちゃってて。その後ずっと一言も喋らずにいたんだけど、なんかそれが今も続いちゃってるのよね……」


 ここまでノンブレスで捲くし立てたサラサ。

 流石に歌を歌ってるだけあるなぁと場違いな事を考えながら、落ち込む彼女を眺める。


「えーと……じゃあ、ムハンバード王は、サラサさんの名前も知らないって事ですか?」

「そうよ。名前も知らない可愛げの無い女より、やっぱり正妻とかハーレムの女の子達の方がいいわよね、そーよね……」

「あ、あのっ、元気出してください!」


 落ち込むサラサに何と言っていいのか。取り敢えずそう言ったが、彼女の瞳は暗いままであった。

 そして、その暗い瞳で早夜をじっと見つめると、


「サヤちゃんは一体なんでここに連れてこられたのかしらねぇ。一体何の意味があるのかしら……」

「あうっ、それは……」

「私はもういらないって事かしら……そしてサヤちゃんが新しい……」

「サ、サラサさん?」


 再びズゥーンと暗くなるサラサ。と、同時に何やら黒いオーラを感じ取る。

 何だか嫌な予感を覚え、湯の中で後退る早夜であったが、今一歩遅くまたもやバシャリと湯を掛けられた。


「キー! サヤちゃんなんか、サヤちゃんなんか、こうよー!!」

「きゃ――っぷ! ぅわっぷ! ぶくぶく~っ!!」


 湯を掛けられるだけでは飽き足らず、湯の中に沈められてしまう事に。

 すぐに開放されたが、ゲホゴホと咳き込む早夜は、涙目でサラサを見やった。


「ひ、酷い。サラサさん……」

「ご、ごめんねサヤちゃん。ほんの出来心」

「ううっ……さっきのサラサさん、本気の目をしてました……」

「うっ、だってだって、正妻とかハーレムとか何か色々とごちゃごちゃになっちゃってて……ご、ごめんね?」

「……もういいですよ、別に……でも、私だって好きで攫われた訳じゃないのにな……」

「ああ~、サヤちゃんが拗ねてる~! ごめんね、本当にごめんね~!」


 ギューっと抱き締めてくるサラサ。

 黙っていれば落ち着いた大人な女性に見えるのに、実際話してみれば同年代の女子高生と同じのりで実に幼い。

(憎めない人だな)

 そんな事を思いながらクスリと笑うと、抱き締められた肩越しに壁の呪を眺める。

(どこかにきっと脱出の糸口になる呪もある筈。まずはそれを探さなきゃ)

 そして、それを見つけた際には、このサラサも共に出してやろうと心に誓う早夜なのであった。




「あら? サヤちゃん、これなぁに?」

「え? あ……」


 風呂から出た際に、脱ぎ散らかした服を拾うサラサがある物を見つけた。それは早夜の着ていた服からポロリと転がり落ちた物だ。

 それは、あの魔道生物が命を落とす直前に託してきた小さな種である。

 無くすといけないと思い、服の中に入れていたのだ。

 サラサは不思議そうにその種を見つめ、拾い上げると早夜に差し出す。


「サヤちゃんのよね?」

「ああ、はい。魔道生物の子に手渡された種です。ピトさんに返さないと……」


 種を受け取りながら早夜がそう言うと、サラサは「魔道生物? ピト?」と首を傾げつつ、拾い上げた服を早夜のも含めて脇にある棚に放り込んでしまう。

 「あ」と声を上げる間も無く、その棚に置かれた服はそこに描かれた呪によって、何処ぞへと送られて消えてしまった。


「魔道生物って何かしら?」

「えぇ? あの! 私の服は!?」

「うん? ああ、脱いだ服はここに置くのよ」

「あの……消えちゃったんですけど?」

「うん。だっていつまでもここにあったら邪魔でしょ?」

「まぁ、それはそうなんですけど……」


 早夜は手で裸の身体を覆う。目の前に立つサラサもまた裸だ。身に纏うものは首に付けた銀色の枷と、早夜は腕輪と指輪もある。

 けれど、それがある事で余計に裸である事が強調されているようで落ち着かない。

 もう少し羞恥心をもって欲しいなと早夜は思いながら、「着替えは?」と言うと、


「そうそう、こっち!」

「へ? きゃあ!」


 さっきお風呂に入れられた時のようにガシッと掴まれ引っ張られていってしまう。サラサは結構強引な人だと早夜は思った。

 引っ張られる際、魔道生物の種を取り落としそうになってしまうが、しっかりと握りこむ。

 見た目は何の変哲もないただの種だが、ここからあの可愛らしい生物が生まれてくるのだと思うと、何だか持つ手付きが恐々としたものになってくる。大切に扱わねば。

 と同時に、この種の持ち主であった魔道生物の最期を思い出してしまい、悲しい気持ちにもなった。

(あの子はちゃんとピトさんの所に運ばれたのかな……)

 天井を見上げながら、そう心の中で呟いた。


「そういえばピトって?」

「え? ああ、このクラジバールの魔学者だそうです。見た目は十歳くらいの子供の姿なんですけど、その実五百歳を越えてるとか。真っ白の肌に髪の毛が葉っぱの樹木人って言う種族の異界人の人ですよ」

「……ああ! そういえば、ここに来た時そんな子供いたかも!」

「え? サラサさん、ピトさんに会った事があるんですか?」

「会ったって言うか、居たって言うか……ここに来た時ムハちゃんの隣に立ってたのよねぇ。お話したいって思ったんだけど、すぐに私ムハちゃんに連れてかれて、それきり会ってないわ。そっか、あの子ピトって言うのかぁ……って、五百歳!?」

「え!? 今頃!?」


 サラサの遅れた反応に、戸惑ってしまった早夜。


「見た感じ、まんま子供なのに、五百歳!?」

「人間に置き換えれば28くらいって言ってましたよ」

「えぇー!!」

「ずっと研究ばっかりで、日に当たってなかったから身長が伸びなかったって言ってました」

「そ、そうなんだ……大変ね……」


 実際何が大変なのかは分からないが、一応そう言ってみたらしいサラサは、早々に会話を切り上げてクローゼットらしき扉の前に立つ。

 そこを開ければ、色とりどりの服が存在した。ただし、どれも布の面積の少ない服である。

 それを見て、「やっぱり……」と落胆する早夜。そんな事はお構い無しのサラサは、さっさと自分の服を選んでいる。


「サヤちゃんは何がいい?」

「……もう、何でもいいです……」

「そう? 勝手に選んじゃうわよ?」


 そう言って勝手に探すサラサ。

 そこに並ぶ服を見て、どれを着ても同じように思える早夜は、サラサの好きにさせる事にした。

 しかし、ここではたと気付く。ここにあるのは全てサラサの為の服だろう。しかもぴったりと肌に引っ付いたタイプのものだ。

(サ、サイズが合わないのでは!?)

 自分より背が高く大人な体系のサラサの服は、さぞや自分の身体に余って仕方ないだろう。情けない姿になる事は請け合いだと、慌ててサラサに声をかけようとしたが、

(いや、逆に余った所で身体を隠せるかも?)

 等と、若干被虐的なのか前向きなのか分からない考えを導き出す。

 そうしている間も、サラサは服をこれでもないああでもないと次から次に物色していった。


「あ! サヤちゃん! これどう? これ!」


 そう言って差し出していたのは、淡いピンクのヒラヒラとした薄い布地。

 やはり肌を隠す面積の少ないものだ。

 けれど、この中では比較的可愛らしいと思える服だった。しかも縛るタイプなのでサイズを心配する必要も無い。


「あ、はい……いいと思います……」


 それ以外に何と言えようか。

 ただ、余った部分で肌を隠そうとした思惑は大きく外れてしまった。

 後はサラサとキャイキャイ言いながらその服を着る。本当に女子高生ののりだった。

 そののりにふと蒼の事を思い出す。

(蒼ちゃんどうしてるかな……私の事知って大騒ぎしてなといいんだけど……)

 まさかその蒼が、今苦しんでいるとは知らずに、早夜は服を着てゆく。

 ナイール王子に用意された物と違って一人で着れる物だった。

 その際はナイールが使用人を連れてきて着付けさせられたのだが。

 この場所は、そんな使用人でさえも入れないようにしているようだ。

 あらかた着替えが済むと、持っていた魔道生物の種を胸の所にしまった。しまう所と言ったらそこしかないのだ。


「そういえばそれ、魔道生物がどうのって言ってたわよね……」

「え? あ、はい。魔学者のピトさんが作り出した、母胎樹と呼ばれる木から生まれた生き物です。頭に可愛い花が咲いたこの位の小さな生き物で、凄く可愛いですよ」

「ああ、そういえば! なんかそんな小さなのが、ここに来た時飛び回ってた気がする!」


 ポンと手を叩きニッコリと笑うサラサ。グイッと胸元を引っ張り、中を覗いてもう一度種を見た。


「ぎゃあ!!」

「へぇ、この小さい種からあれが生まれるんだぁ」

「な、何するんですか!」

「えー、いいじゃない。女同士だし、私達しかいないんだし。それにサヤちゃんの胸ってカワイーわね」

「………」

「えっ!? 何!? どうしたの、サヤちゃん!?」


 突然胸を見られた事に吃驚して胸を押さえて喚く早夜。しかしサラサはキョトンとした後、気持ちに正直に胸の事を褒めたのだが、いきなり無言で沈み込む黒髪の少女に慌ててしまう。


「どうせ……どうせ私の胸なんか……」


 その場にしゃがみ込み、ブチブチと呟く早夜を見て、おろおろするサラサ。早夜にはもう、彼女の存在は目に入らない。

 その目には明らかに涙が浮かんで見えた。


「ああ~、一体どうしちゃったの~? サヤちゃん目を覚まして!」


 いくら肩を揺さぶっても、早夜のショックはそう簡単には拭えるものでは無いらしく、正気に戻る事は無かった。


「うーん、どうしたものかしら……」


 サラサは腕を組んで悩む。

 しかし直ぐにパッと顔を輝かせると、


「そうだわ! こんな時こそ歌よね!」


 そんな事を言って、竪琴を持って来てポロンと爪弾く。

 しかし、丁度その時、天井と床の呪印の一部が青く明滅し、サラサはハッとなった。


「い、いけない! ムハちゃんがくる!!」


 サラサはわたわたとした後、早夜に目を移し、慌ててエイヤッと引っ張り上げるとグイッとクローゼットの中に押し込めてしまう。


「うわっ! って、サラサさん!?」

「大変よ、サヤちゃん! ムハちゃんが来るわ! ここに隠れてて!」

「えぇ!? は、はい!」


 慌てた様子のサラサに釣られ、早夜もまたあわあわとしながら大きく頷くと、クローゼットの中に身を隠す。

 扉は完全に閉める事は無く、五センチほど隙間を開けて閉めた。

 そしてそれと同時に、青く明滅する呪印が一際輝いたかと思うと光は消えた。


「おい、女! 何処にいる!」


 少しの間があって後、低い男の声が響く。

 やけに威圧的に響くこの声は、恐らくムハンバードのもの。

 早夜はハッと息を飲む中で、少し開いた扉から外を窺うと、目の前にはサラサが立っており、その表情が劇的に変わるのを見た。

 今まで感情豊かで明るかったものが、暗く重々しく無表情に変わったのである。





 何とか更新……。

 今だスランプ脱せず。

 ううっ、調子悪いなぁ……。

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