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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第二章》
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5.外の出来事・後編

『――、――……?』


(……? 誰? な、に?)


 誰かが何かを問いかけてくる。

 意識の奥底で、何かが湧き上るように。

 暗く淀んだ何かが、じわりじわりと自身を蝕んでゆくように。

 しかし、ソレを遠ざける術もなく。

 ソレに身を任せるしかなく。

 冷たくも焼ける様な何かは、いずれ、この身の全てを焼き尽くすのかもしれない。


 その何かは、更に此方に向かって問いかけてきた。

 それと同時に浮かぶ映像。

 それはあの事だった。


 ――花ちゃん達の寿命は一年――


 その事実はより鮮明になって頭の中に響いた。


『――……?』


 ソレが問いかけてくる。


(ええ、そうよ。薄々気付いてたの……花ちゃん達は、そんなに長く生きられないんじゃないかって……)


 まるでソレに答えるように呟いていた。


『――……?』


(……そうね、いっそ出会わなければ――)





「――……ハッ!」


 一気に息を吐き出し、蒼は目を開けた。

 体の左側が焼けるように熱い。


「ぁうあっ!!」


 起き上がろうとして、みしみしと体が悲鳴を上げるのが分かった。


(痛い、熱い――)


 それしか言葉が思い浮かばず、今まで見ていた夢の事などすぐに何処かに消え去っていた。

 助けを求めるように手を伸ばせば、誰かがその手を取る。

 誰なのだろうと思うよりも早く、その人物は蒼に声をかけてきた。


「蒼?」

「……?」


 ぼんやりと目を開ければ、見覚えある顔が覗きこんでいる。酷く心配した顔だった。

 一瞬、誰なのか思い出せない。

 けれど、それも一瞬の事。すぐに幼馴染の亮太だと判る。

 生まれた時から一緒とも言えるような腐れ縁の彼なのに何故と思った。

 それほど意識が朦朧としていたようである。


「りょ……た?」

「蒼、大丈夫か? 腕痛むか? 水飲むか?」


 目を覚ました蒼にホッと安心した表情を見せた後、焦ったように矢継ぎ早に尋ねてくる亮太に、掠れた声で水が欲しいと言った。

 喉がカラカラだった。体の半分が燃える様に熱いせいなのか、其方の感覚がぼんやりとしている。

 亮太は、慎重に蒼を起こしてやると、彼女に水を与えた。


「今治療できる人間呼んでくっから、蒼はそこでじっとしてろ。花も呼んできてやろうか?」

「っ!!」


 花ちゃんを呼ぶと言われ、ドクンと心臓が跳ねた。そしてそれと同時に、腕がズクリと疼いて熱が広がったような気がした。

 思わず苦痛に顔を歪めると、それに気付いた亮太が慌てて身体を支える。


「は、花ちゃ…は呼…な…で……」


 息も絶え絶えに、途切れ途切れで喋る蒼。亮太も、蒼が倒れる直前に、花ちゃんの事で蒼が何かを言っていた事を思い出し、何かあったのだと理解して「分かった」と告げた。

 そしてふと、蒼を見た亮太はギョッと目を見開く。そして次の瞬間には眉を顰め、「くそっ」と小さく漏らした。

 何だろうと其方を見る蒼に、亮太は安心させるように微笑み「何でもない」と(かぶり)を振る。


(痣が広がってる……)


 心の中で、一人呟く亮太。

 元々、進行性の痣であったが、ロイの呪符や早夜の魔法によって、止まっていた筈である。

 しかし今、明らかにその痣が進行している。少し開いた襟元から、赤黒い痣がチラリと覗いているのが見えたのだ。





 それから亮太は、ピトの元へ行き、その場にリュウキ達がいるのを見た。

 何処か深刻そうな顔をして、話し合っているようだ。通常であれば邪魔はしないようにする所であるが、今はそれどころではない。急いでピトの元に駆け寄ると、蒼の事を話した。


「何だと!? 呪が進行している!?」


 声を上げたのはロイである。彼はピクピクと金色の耳を動かしながら、亮太の事を見ていた。

 今蒼の腕に巻かれている呪符はロイが施したものであった。そして、それに早夜が上掛けされた早夜の魔法がとても強力なものだという事も知ってる。

 それをも上回る呪いの存在に、ロイと同様ピトも目を見開いているようだった。それから苦い顔もした。


「ああ、それはもしかしたら、ワシのせいかもしれんのぅ……」


 ポツリと呟くピトに、皆訝しげな顔を向ける。

 何処か、自嘲気味とも取れる笑みを浮かべ、ピトは原因ともなった蒼との遣り取りを語った。


「そんな……あいつらの寿命が一年……?」


 人間よりは短いかもと思っていたが、まさか一年とは短過ぎやしないかと亮太は思った。リュウキたちの事を窺い見たが、彼らは驚いてはいるが、亮太ほどショックは受けていないようだ。

 魔法の在る世界と無い世界のこれが違いだろうかと亮太に思わせた。

 カムイだけはキョトンとして、よく解ってはいないようだったが……。


「でも、何でそれが蒼の呪いの悪化に繋がるんだよ!?」


 納得いかないと亮太。ピトは肩を竦めると、小さく溜息をついた。


「あれはどうやら“負”の感情に反応する呪いらしいの」

「負?」

「そうジャ。負の感情というものは、怒りだったり嫉妬、恨み、恐れ、悲しみ……そういった物をいうのぉ」

「悲しみ……」


 恐らく、魔道生物の寿命を聞き、花ちゃんはもっと短いと悟った蒼が、悲しみに囚われるのは至極当然の事と思われる。

 おまけに蒼は、花ちゃんを名づけ親である。花ちゃんも「もう一人のマザー」等と言ってとても懐いていた。故に余計に悲しみが伴うのだろう。

 ピトは「フム」と頷くと、悲しそうな顔をして母胎樹の周りに集まっている魔道生物たちを眺めた。


「あの子はこの事を解っていたようでの……今は自分から蒼に近づきはしないジャろうな……」


 あの子と言うのは花ちゃんの事なのだろう。そして花ちゃんは今、ピトが眺めている先に居るのかもしれない。


「うむ、では我は新たに呪符を巻いてやらねばならんな。応急処置しか出来ぬが、何もしないよりはましであろう」


 ロイは懐から呪符を取り出し、内容を確認しながら椅子から立ち上がる。

 すると、カムイも立ち上がって、


「じゃあ俺はイーシェ連れてくるわ」


 そう言ってさっさと研究所を出て行ってしまった。


「あの、早夜さんにはどう連絡をしますか?」


 亮太がリュウキを見ながら訊ねる。しかし、彼は少々苛ただしげに虚空を睨みつけ何も話そうとはしない。

 仕方なくピトに目を向けると、彼は困った顔で首を振った。


「早夜は今、目下攫われ中ジャ。ジャから連絡付けようも無いわい」

「なっ!? 攫われ中!? どういう事だよ!」


 ギョッとした顔をしてピトに詰め寄る亮太。

 まあまあと手を前に、ピトは亮太を宥めながら、詳しい話をした。






「よし、我に出来る事は全部したのだ」

「イーシェも今日はもう魔法使うのは無理ってくらいに全力出したミョ! 後でピト汁を頂くミョ!」


 ロイとイーシェに治療を施され、少し楽になった蒼は、何とか笑みを浮かべて二人に礼を言った。

 そして視線を巡らせ、その先に亮太を捉えると、掠れた声で「早夜は?」と尋ねた。一瞬表情を硬くした亮太だったが、すぐに頬を緩め、


「早夜さんは今来られないんだってさ。またあの王子様が傍に張り付いてるらしい」

「そう……」


 少しだけ不安そうな顔をした後、ニカッと笑って、


「あの王子様、早夜にベタ惚れそうだったもんね。亮太もちゃんと頑張んなさいよ」

「あ、ああ」


 まだ元気さは足りないが、いつもの調子に戻った蒼を前にして、亮太は何とか返事をする。



『今の蒼は不安定ジャから、早夜が攫われた事は内緒にしておくんジャぞ? もしかしたら、周りの負の感情にも反応するかもしれないからの、なるべく笑顔で接するようにするんジャ』



 そんな事をピトから言われて、必死に笑顔を作る亮太。

 けれど、長い付き合いである蒼には、亮太の作り笑いなどすぐにバレてしまう訳で、


「なんて顔して笑ってるのよ。そんなに自信ないの、あんた」


 けれど理由は勘違いしてくれたようだ。

 苦笑しながら「余計なお世話だ」と亮太は言って、部屋を出た。

 ハァーと溜息をつきながら、肩を落とす。

 ピトの言っていたなるべく笑顔でというのがこんなにも難しい事だとは思わなかった。

 そんな亮太の肩を何者かがポンポンと叩く。

 振り返ってみれば、そこには花ちゃんが居た。


「花?」

「蒼ハ大丈夫デツカ?」


 凄く心配だという顔をして、蒼の部屋の扉をじっと見つめる花ちゃん。亮太は今の所はと一応言っておいた。

 少しだけ安心したのかホッとした顔をした後、花ちゃんは亮太の服をキュッと掴んだ。


「ナルベク普通デイテクダタイ。デナイト、蒼ハ不安デツ。タダ純粋ニ早ク良クナレッテ思エバイインデツ」

「何だって?」


 訝しげな顔をする亮太。花ちゃんはどうやら蒼の傍にいるコツを教えてくれているようだ。


「僕ノ代ワりニ蒼ノ腕ヲ擦ッテアゲテクダタイ」

「え!? お、俺が!?」


 思わずいつも花ちゃんが蒼の腕を擦ってる様を思い出し、一歩後退る亮太。

 花ちゃんは確か、擦りながら頬擦りしたり抱きついたりキスしたりもしていた筈だ。それを自分と置き換えてしまい、想像を振り払うようにブンブンと頭を振った。

 その行為は、花ちゃんのようなファンシーな外見の生き物には自然の行為だが、自分がやったらただの変態行為である。


「わ、悪いけど花、それは俺がやったらかなり不自然だと思う……。蒼も俺がそんな事したら、不安どころじゃないと思うんだけど……」


 不安がるどころか、手を振り払い、自分から思いっきり離れて「気持ち悪い」とか「変態」とか言われる事請け合いだと亮太は思った。おまけにそれは所謂、負の感情と呼ばれるものじゃないのだろうか、とも。

 花ちゃんは亮太の言葉を受け、納得したのか服から手を離した。


「ソウデツネ。ソンナ事シタラ、全然普通ジャナイデツ。蒼、一杯不安ガリマツ」


 しょんぼりと落ち込む花ちゃんを、亮太は頭の花をポンポンと軽く叩く事で慰める。花ちゃんの花弁は、ほんのりと温かい。

 ふと寿命の事を思い出して、表情を暗くする亮太。


「なぁ、花、お前後どれ位なんだ?」


 花ちゃんは何がとは訊かなかった。

 ピトが亮太に話した事は知っていたから。少しだけ悲しそうな顔をした後、ニッコリと笑って、何でもないように告げる。


「大体半分クライデツ。詳シクハマザーシカ知ラナイノデツ」

「そうか……」

「ソンナ顔シナイデクダタイ。僕ハ蒼達ト出会エテトッテモ幸セデツカラ」

「………」


 きっとそれは本当にそう思って言っているのだろう。実際、蒼達と過ごす花ちゃんはいつも幸せそうだ。


「早夜ガ戻ってキタラ蒼ノ事オ願イスルノデツ」

「でも早夜さんは今……」


 ギュッと拳を握る。

 攫われたと聞いて、居ても立ってもいられないような心持ちだが、今の状況では何も出来ない事は分かっていた。

 その時、力を込めた手の甲に小さく温かな感触が伝わる。見れば花ちゃんがそっと手を置いてホッとするような柔らかな笑みを浮かべていた。


「早夜ハ大丈夫ナノデツ。チャント無事デツ。マザーガソウ言ッテマツ」

「マザーって……そう言われてもな」

「時ヲ待テト言ッテイマツカラ。皆準備チテマツ」

「時? 準備?」


 亮太は花ちゃんの不可思議な言葉に首を傾げた。





 蒼は再び眠りの中にいた。

 そして、ソレに問い掛けられていた。


『――……、――?』

(え? ええ、いるわ。私にも掛け替えの無い存在……)


 蒼はソレに何の疑いもなく答えてゆく。まるで親しい者に対するように。


『――……?』

(いいえ、親友よ)

『……――?』

(好きな人? それも居るわよ。でも、ソイツは私の親友が好きで……)

『……――、――?』

(いいえ、別に憎んでなんか――)

『――……?』

(そんなっ! 私はそんな事――)


 ドクンと心臓が跳ね上がる。同時に腕が疼いた気がした。

 質問は淡々と、穏やかささえ感じる声音で、囁いてくるようだったが、蒼さえ知らない心の奥底にある何かを引き出そうとするようだった。

 蒼はソレに抗う事さえできずに、ソレに引きずられそうになる。

 しかし、


 ――蒼、大丈夫デツ。何モ怖クナイデツヨ――


 その声を聞いた途端、蒼の中のソレが大人しくなる。

 温かなものが腕を包み、さっきまで酷く疼いていたのが嘘のようだった。





「蒼、蒼……大丈夫デツヨ。モウ怖くナイデツヨ……」


 花ちゃんはうなされる蒼の腕に縋りつき、包帯と呪負を纏った腕を優しく擦る。


 蒼の眠ったのを確認して、部屋に入ってきた花ちゃんは、蒼が眉間に皴を寄せ、苦しそうに唸っている事に気付いた。そして、蒼の腕から何かを感じ取ったのか、サッと近づき、包帯と呪符の巻かれた腕に覆い被さったのだ


 まるで、そこから溢れ出ようとする何かを抑えようとするように。

 その身に全て吸い取ろうとするかのように。


 すると、蒼の苦しげな顔が、幾分か和らいでくる。

 それを見て、ホッとする花ちゃんは、蒼が目を覚ますのを感じ取ったのか、蒼から離れ、急いでその場から離れ、部屋を後にした。



「……は、なちゃん……?」


 ぼんやりと目を覚ました蒼は、視線を泳がせる。

 花ちゃんの姿を探したが、何処にもその姿はなく、同時に寿命の事を思い出し、胸が痛くなった。

 そして、腕の痛みが和らいでる事に気づき、そして今だそこに花ちゃんが擦ってくれた感触がするようで、何だか泣きたくなった。






 最近ちょっとスランプ気味かもしれません。

 今後更新遅くなるやも……。

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