4.外の出来事・前編
今回はナイールやリュウキ達が出てきます。
「なるほど……つまり、その王子様っていうのは、私みたいな目をしていると……」
「はい……」
「そして、王子って言うくらいだから、ムハちゃんの息子だと……」
「はい……」
早夜は、サラサから漂う雰囲気にビクビクしていた。
サラサは静かに……淡々と早夜から聞き出した事を述べてゆく。
暫くは無表情に虚空を眺めていたサラサだったが、やがて諦めたようにフッと微笑んだ。
「そうよね……ムハちゃん王様だもの……王妃とか居るわよね……ハーレムとかもいそーだし……私なんて、その中のしたーの、ずっとずっとしたーの方に居るんだわ……」
ぺたんと床に座り込み、ズーンと落ち込むサラサに、早夜は掛ける言葉が見つからない。
絶対にナイールの母親だと思ったのに、違かった事とその事についてサラサを落ち込ませてしまった事とが、物凄く居た堪れなさと申し訳なさを生んだ。
(そうだよね……ナイール王子のお母さんにしては若すぎるもんね……)
ピトの様に見た目どおりの年齢じゃない人物もいるので、瞳の色の事もあり、てっきりそう思ってしまったのだ。
サラサに目を移すと、彼女はシュンと肩を落とし、身体を小さく縮込め、
「私、自分が特別なんだと思ってたわ……」
今にも泣きそうになって、そんな事を言う。
その時、早夜はある事を思い出し、サラサの前に座ると元気付けるようにその手を握った。
「で、でもサラサさんはちゃんと大事にされていると思います!」
「サヤちゃん?」
「だって、その服って、この国の遺族の女性が着る服なんですよ!」
そう言って、早夜はナイールに聞かされた事をそのままサラサに教えた。
この世界では、異界人は奴隷だと言う事。奴隷は道具として扱われている事。
それなのに、こういった服を着せ、こんな場所に閉じ込めると言うのは、とても特別の事なのだと早夜はサラサに告げた。
(き、きっとそうだと思う……そう、だよね?)
こめかみを押さえて、うーんと悩みそうになっていると、サラサはじっと早夜を見つめ、ボソリと言った。
「それだったら、サヤちゃんだって……」
早夜はハッと自分の姿を見下ろし、
(そう言えばそうだった!)
と、大いに焦り、あたふたとしてしまう。
サラサと同様露出度の高い服を着たままであったのだ。
「こ、これは私を護る為だと!」
「護る?」
「他の人間に自分のものだと主張する為だそうです! そうしないと、この国の貴族の人たちは、奴隷に酷い事をするのだとか……実際、酷い事されそうになりましたし……」
連れ去られる前の事を思い出し、眉を顰める早夜。
「ムハちゃんが言ったの?」
「い、いえ! ナイール王子にです!」
「ヘぇー……随分ませた事言う子供なのね」
「はい?」
「うん?」
またもやさっきのように首を傾げて見詰め合ってしまう。
*****
一方、その噂のナイールはというと、魔道生物から早夜を攫った人物を聞き出し、その者の居る場所に赴く所であった。
最初、その人物の名を聞いて、肝が冷えてゆくのを感じた。
知らず、その足は先を急く様に小走りになる。
その隣にはカンナも居た。
彼女は、紫色の髪を振り乱しながら、ズンズンとやはり小走りで付いてきていた。
何故カンナが、このように必死で早夜を探すのか……。
しかし今は、そんな事はどうでもいいと、何も喋らずにカンナと二人、その場所へと急ぐのだった、
そして出迎えたのは白い髪をした少女だった。
その首には、奴隷の証である銀色の輪っかをつけてる。
何故だかその少女は、ナイール達を見ると、フワリと笑って、
「ようこそ、ナイール王子様。お待ちしておりました」
と言った。
「待っていた? それはどういう事だ!?」
この少女は何か知っているのかと、怒りの感情を隠そうともせず、ナイールはその少女に詰め寄る。
けれど、少しも怯む事無く、ナイール王子を見上げると、彼の質問には答えずに、
「ご主人様をお呼びしてまいります」
と言って行ってしまったのだった。
*****
「なに!? 早夜が攫われた!?」
そしてここはピトの研究所。
ピトから話を聞いて、今にも飛び出しそうなリュウキを、押さえ宥めるロイとカムイ。
「落ち着くのだ、ムエイ。詳しい事を聞かぬ事には、正しい判断も出来ぬであろう?」
「そうだぜ? 第一誰にとか何処にとか全然わかんねーじゃねーか。俺達だって、サヤが心配なんだ。協力すっからさ」
そうして漸く大人しくなったリュウキは、ピトに目を向けた。
ピトは今、テーブルの前に腰掛け、お茶を啜っている。
そしてお茶をテーブルの上に置くと顔を上げ、リュウキと目が合うと椅子を示して座るように促した。
「其方なら大丈夫じゃ。今ナイール王子とカンナが動いておる。怪我でもしておれば、いつでもイーシェは動けるように連絡もしておいたしの」
「しかし……」
「この国の奴隷であるワシら異界人が、ぞろぞろと動いた所で、余計ややこしくなるだけジャ。今は大人しく報告を待つ事ジャ。それに……」
ピトは何故か部屋の中央にある巨木に目をやる。
母胎樹と呼ばれるその木の周りには、魔道生物たちが集まり、何やら互いに何かを確認し合っている様だ。
「あの子らが言うには、早夜はどうやら無事だという事ジャ」
「?? 魔道生物の事だな? 何故分かるんだ?」
「それは、ワシにも分からん。何か確信があって言っている様なのジャが、どうも母胎樹があの子らに何か言っておるようジャの」
「母胎樹が何か言っている?」
「ああ、そうジャよ。母胎樹から生まれ、母胎樹の一部とも言えるあの子らは、母なる樹と意思疎通が出来る。母胎樹はこの国全土に根をはっておるからの。この国に起こっている事は容易に分かるのかもしれん……」
何処か掠れた声で語るピト。
他人事とも取れるその様子を、些か訝しむように見つめてしまうリュウキ。内心、その母胎樹を創り出したのはピトではないかと問うてしまう。
そんなリュウキの問いかけるような視線を受け、ピトは何処か自嘲気味に笑って、
「創造主だからといって、自分の創りだした物の全てを知っている訳ではないんジャよ……寧ろ日々驚きの連続ジャ……解らない事だらけジャよ」
すると、黙って聞いていたカムイが何でもないように笑って、
「ピトって魔学者だろ? 学者っつーもんは、大体そんなもんじゃねーのか? いつでも色んな事を学ぶから学者って言うんだって、俺のとーちゃんやかーちゃんはよく言ってたけどなぁ。日々学ぶ事こそが学者の本分ってさ」
彼の言葉に、その場に居る者は唖然としていた。
よくロイから筋肉馬鹿と称される彼が、物凄くもっともらしい事を言った為である。
カムイは皆から注目され、照れたように頬を掻いた。
「この前も言ったけどさ。俺の家族は、俺以外は全員天才だったからさ。親は学者で発明家だったんだって」
「そ、そういえばそのような事を言っていたな、お主……」
「いきなりまともな事を言うから驚いた……」
「フム……日々学ぶ事こそが学者の本分か……確かにそうジャのぅ。今もカムイから学ばされたしの」
ホッホッと笑う小さい魔学者は、少しだけ穏やかな眼差しで母胎樹と、そして魔道生物達を見やった。