黒髪の少年
白いバラの咲き乱れる庭園。その中を幼い子供が二人、仲良く戯れている。
一人は金髪の巻き毛の五つぐらいの少年。もう一人が三つぐらいの銀髪の少女。
二人の瞳は美しい若葉のような緑色をしていた。
少し離れた場所で、そんな2人の様子を温かい目で見ている女性がいる。
銀色の髪を腰まで垂らしたその姿は、この庭園の中でまるで一枚の絵画のようである。
そして、その深く澄んだ瞳は、何処までも優しく自愛に満ちていた。
その時である。
女性の後ろで何かがガサリと音を立てた。
見ると、微かに光を身に纏った黒髪の少年が、ぼんやりとした様子で立っており、辺りを見回している。
見た所六つか七つぐらいか。
少年は女性と目が会うと、驚いたように目を見開き、何処か怯えた様子で女性に訊ねた。
「あ、あの、此処は何処なのですか?」
女性は少年が突然現われたのにも拘らず、別段驚いた様子は見せず寧ろ嬉しそうに笑ってこう答えた。
「此処はアルフォレシアと呼ばれる国よ。私はシルフィーヌというの。あなたのお名前は?」
少年は国の名前を聞くと、何故か安心したようにホッと息を吐き、そして何処か辛そうに瞳を揺らした。
しかし直ぐに気を取り直すと、目を逸らさぬよう、まっすぐな瞳でシルフィーヌと名乗った女性を見上げ言った。
「私はリュウキ・オルカと言います。どうも、初めまして」
黒髪の少年は深く頭を下げる。
女性はその様子に感心すると共に、好奇心溢れるキラキラとした眼差しで少年を見ていた。
「初めましてリュウキ。フフッ、あなたとても礼儀正しいのね。あの子にも見習ってほしいわ。
それに、よく見たら髪だけじゃなくて瞳も黒いのね……まるで黒曜石ようだわ……。もし名前が分からなかったら、《夜》とでも呼ぼうかと思ったくらい」
そう言って悪戯っぽく笑う姿は、とてもチャーミングで魅力的だとリュウキは思った。
「あなたに私の子供を紹介するわ。いらっしゃい」
シルフィーヌはリュウキの手を取り奥の方に行くと、金と銀の子供が遊んでいる所まで連れて行く。
子供達は直ぐに此方に気付き、嬉しそうに駆け寄ってきた。
金色の少年の方は、リュウキに気付くと興味深そうに見つめてきた。
「リュウキ、この子が息子のリカルドよ。
そして、こっちの私に似てとっても可愛い女の子が、娘のセレンティーナ。どうかセレンって呼んであげてね。
リカルド、セレン、この黒髪の子はリュウキっていうのよ。仲良くしましょうね?」
シルフィーヌにそう言われた金色の少年リカルドは、キラキラしたシルフィーヌそっくりな眼差しでリュウキを見た。
「よろしくな、リュウキ!」
ニッカリと笑って元気いっぱいに手を差し出してきた。
それに釣られるようにリュウキも笑って、その手を握り返す。
「よろしく、リカルド」
それからリュウキが視線を少し下に移すと、恥ずかしそうにリカルドの後ろに隠れる銀色の少女セレンの姿があった。
リュウキは視線を合わせる為にしゃがむと、何処か悲しげに、けれども慈しみをもってセレンを見つめた。
「はじめましてセレン。僕はリュウキ、よろしく……」
すると、初め恥ずかしそうにしていたセレンが、満面の笑みでリュウキに抱きついてきた。
これにはビックリするリュウキであったが、やがてその頭を優しく撫でてやる。
一歩離れた場所にいたシルフィーヌは、そんな子供達の様子を微笑ましげに眺めていた。
そして、
「ようこそリュウキ。私たちアルフォレシアの人間は、あなたの事を心から歓迎するわ。
後で陛下や他の兄弟達にもあなたの事を紹介しなくちゃね。
この国ではあなたのような異界の人間を、《幸福の遣い》って呼ぶのよ。きっとあなたは、この国に幸福をもたらしてくれるでしょう」
リュウキはこれより一時間後、この美しく笑う女性がこの国の王妃だと知るのである。