連載になるかもしれない、ネタ。16
光り輝く広間の、一段高い上座に置かれた豪奢な椅子。
玉座と呼ぶに相応しいソレに座るのは、深紅のドレスをまとった怜悧な美貌の一人の少女。
背筋を伸ばし、手本のように優雅に腰掛ける様は、その椅子に相応しく気品に満ちている。
そんな少女の足元には、漆黒の毛並みが美しい狼。
少女と下界とを遮断するようにその大きな身体を横たえ、威圧するように見下ろしている。
その佇まいはさながら少女を守る騎士のようで、黒狼の正体が聖獣であることを考えれば、少女の地位もおのずと知れるだろう。
「そうやって聖獣殿を従え皆を見下してオマエは満足か?!」
そんな少女を殺意のこもった目で睨みつけ、声を荒げるのは一人の少年。
整った容姿を怒りに染め、その腕に華奢な少女を抱きこんでいる。
少年に抱かれているのは淡い黄色のドレスをまとう小柄な少女。
庇護欲をそそるであろう儚げな表情で少年を見上げつつ、玉座の少女を気にしている。
そんな少年たちの後ろには、華やかに装った多くの少年少女たち。
玉座に座する美貌の少女と、その少女に対峙する整った容姿の少年をただ静かに見守っていた。
「見下すなど、とんでもない」
それに、わたくしは聖獣を従えてなどおりませんわ、と。
玲瓏な声を響かせる玉座の少女に、聖獣である黒狼は肯定するように尾を少女の足へと絡ませる。
ソレに少女はとろりと笑んで、黒狼を見た。
決して人前では見せない少女の笑み。
怜悧な美貌は艶をもち、見るモノを魅了する。
「ならば、その玉座から降りよっ」
しかし、ソレを振り払うかのように響く少年の怒声に、場の空気は変わる。
苛立ちを隠さない少年の様子に、玉座の少女が口を開きかけた、瞬間。
「我等の姫に異を唱えるか?」
低音が、響いた。
ソレが言語であると理解するまでに時間が掛かるほど、力を持った『音』。
場を圧倒させるほどの『音』は、まっすぐに少年へと向けられていて。
「あ・・・?」
自分へと向けられた、と認識する間もなく、こめられた力によって少年は身体の自由を奪われた。
勿論、それは少年の腕に囲われた小柄な少女にもいえることで、二人揃って立つこともままならずその場に座り込んでしまう。
そのまま、ただ呆然と音の発信源である黒狼を見る少年と少女。
周囲の者たちも身体を硬くし、黒狼と玉座の少女を見つめる。
「シュヴァルツ、だめよ」
重く張り詰めた場に響く、甘やかな声音。
むくりと身体を起こした黒狼に向けられるその声は、先ほどの玲瓏さと同じ『音』であるはずなのに、不思議と甘く響く。
耳に心地よいソレは、誰もが自分へと向けられることを望むだろう。
「姫君はお優しすぎる」
甘やかな声音に緩んだ空気に響く、黒狼とは違う低音。
一瞬にして再び張りつめた空気は、今度こそ場を凍らせた。
「ヴァイス。おかえりなさい」
音もなく玉座の少女のもとへ現れた、白虎。
その白虎へと声をかける王座の少女の声音は、甘い。
「せい、じゅう、さ、ま?」
少年の腕に囲われた少女から、茫然とした声が、漏れた。
黒狼によって体の自由を奪われた少年は、ただ、呆然と新たに現れた聖獣である白虎を見つめる。
ガタガタと震える己の体を気にすることなく、ただ、呆然と。
「不快だ」
賤女ごときが口を開くなと、明らかに自分へと向けられた小柄な少女の声に、白虎は言葉通りの不快を露わにした。
玉座に座る少女へと向ける視線とは明らかに異なる、まるで汚物でも見るかのようなソレに、視線を向けられた少女は勿論、背後の者たちも身体を強張らせた。
「無様ですわね」
玉座に座る美貌の少女は、左右に聖獣を侍らせ、ひたり、と下界を見下ろした。
がたがたと震える少年と、その少年の腕に抱えられた小柄な少女。
周囲のモノたちは体を硬直させ、瞬きすらできない様子で玉座を凝視する。
「わたくし以外に、誰がココに座するのでしょう?」
悠然と玉座に座り、左右の聖獣を撫で、ぽつりと漏らされた言葉。
誰に向けたわけでもないソレは、広間に響く。
「我等の姫はそなただけ」
「我等の至宝は姫君のみ」
忠誠を誓う騎士のごとく、手の甲をぺろりと舐める白と黒の聖獣。
それを当然と受け止める美貌の少女は、とろりと甘く笑う。
悠然としたその姿は、正しく支配者のソレ。
「わたくしがココから降りればどうなるか」
ソレを理解しての暴挙であるのかと、問う声は厳しい。
「聖獣を従えし乙女は国の守護者である」
建国当初から語られるその存在は、永きに渡り空位であった。
国の危機を幾度となく救った聖獣の存在を疑う者は皆無であったが、聖獣を従える乙女は初代以降存在せず。
初代の乙女は、この国の王妃となり生涯にわたり聖獣の協力を得て国を守護したという。
聖獣の守護無くして、今の国は存在しない。
だからこそ、聖獣が唯一とする乙女は、この国の何よりも尊い。
「勘違いをなさらない事です。聖獣は、この国を守護する存在ではない」
建国神話の根底を揺るがすソレに、白と黒の聖獣は肯定する。
「我らは姫を守護するモノ」
「我らの求める姫は、古よりただ一人」
唯一がこの地を望んだから、この地を守っていたにすぎないと。
唯一がこの地に現れるから、この地から離れなかったにすぎないと。
大切なのは、価値があるのは、この地ではなく唯一の姫なのだと聖獣は言う。
だから。
「我らの姫が不要と言うのなら、この地は更地となるだろう」
「姫君の憂いとなるのなら、全てを無に帰しましょう」
最愛にして唯一は、たった一人だけだから。
人間の都合など知ったことではないのだと、白と黒の聖獣は、大切な少女の敵をねめつける。
「わたくしにとっても、聖獣以外は不要な物」
煩わしいモノとなるのなら、何の未練もなく捨ててしまえるモノなのだと。
その程度の価値しかなく、執着すらしていないと、未だ地面にへたりこむ、無様な少年に声をかける。
「それでもなお、わたくしにこの玉座を去れと言いますか?」
地位という枷を付け、責任という鎖でこの地に縛ったのは国王だと、この国において、自身よりも高位だと認めたのは国王だと、少女は音を響かせる。
正しく聖獣を理解している国王が、自国の安寧を考えた結果が今であり、決して自らが望んだわけでは無いと少女は笑う。
だから。
「わたくしが玉座に在るのが気に入らないとおっしゃるのなら」
すぐにでも、去ってみせるととろりと笑った。
「愚かな女に踊らされた愚かな男」
屋外謁見場の一角に設けられた処刑台に連行される男女の姿を、城の最上階に設けられたテラスから眺めるのは聖獣を従える唯一の少女。
処刑を受ける少年はこの国の王太子であり、少女の婚約者であったモノ。
「自身よりも高位な姫を認めることが出来なかったのだろうよ」
愚かしい限りだ、と嘲笑を隠さない黒狼と、
「姫が在る限り、国王とは姫の僕であると唆されたようですしね」
愚者など僕にする価値もないのに、と冷笑を滲ませる白虎。
「アレは、一体何をしたかったのか」
婚約者として半ば強制的に与えられた王太子に興味など欠片もなく、また、未来の王妃という地位にも魅力など感じず。
ならばと、国王よりも高位であると、何人にも縛られることはないと、国の絶対者であり象徴であるとして与えられた玉座には、煩わしさを回避するために座ったに過ぎない。
去れと言われれば、去ったというのに。
「男を唆し、自らが至上となりたかったのでしょう」
王妃という、一般的には女性の最高位に憧れる女は多い。
権力をその手に、与えられる栄華に夢を見る。
「一言いえば、差し上げたものを」
一国の王妃など、少しの権力と引き換えに自由を奪われ、尊敬と引き換えに国民の僕となる存在だというのに、と少女は笑う。
好き好んでそのような地位に立ちたいなど、何と奇特なことかと嗤う。
「国が、姫を切るとは思えぬな」
くつくつと笑う黒狼の視線の先には、ギロチンに座らされる二人の姿。
「あの場に居た、全てのモノの総意だそうですよ」
アレ以外がまともで良かったですね、と言う白虎にかぶせるように、歓声が上がった。