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僕たちはなくした何かの夢を見る  作者: gresil
九月のある日
3/23

昼休み

 昼休み、俺たちは机を二つ寄せ、いつもの三人で昼食を摂っていた。


「あ、靖人! そういえば今朝、陽菜ちゃんまた告白されたらしいぞ!」

 一緒に食べていた翔太が唐突に話題を振ってきた。


「ふーん。いつもの事だな」

 俺は興味無さそうに、というか本当に興味もなかったので聞き流して弁当のご飯をほおばる。


「いいのかー? このままだといつか陽菜ちゃん誰かに持って行かれちゃうぞー」

 翔太はにやにやしながら俺をつついてくる。


「はあ…………涼、説明頼む」

「え? 僕に丸投げ? 面倒臭がらずに自分で説明しなよ」

「いや、このやり取りはもう飽き飽きだ。ていうか翔太、お前に陽菜との事話してなかったっけ?」

「幼馴染なんだろ? 付き合ってないのは知ってるけど、やっぱりそれなりに気になってんじゃないのかなーってのは思ってる」


 それを聞いて俺はチラっと涼の方へ目を送る。それに気付いた涼は「はいはい、分かったよ」とでも言いたげな顔で口を開いた。


「靖人と陽菜ちゃんはね、同じ日に同じ病院で産まれたんだ。それから生後六カ月から同じ保育園に通い、小学校、中学、高校とずっと一緒。もう幼馴染というか双子に近いくらいの距離感なんだよ。だから今さら好きだとか付き合ってるとか言われても、全くそういうのは無い。っていう感じでの説明でいいのかな?」


「まあ、そんな感じだな」


 もともと親同士が仲良かったわけではなく、家も隣同士という極端に近い距離だったというわけでもない。ただ、気付けば傍にいて、気付いたら今までずっと一緒だったというわけだ。


「ああ、そう言われると前にも聞いた気がする」

「翔太……お前は馬鹿なのか?」

「いや、事情は分かるんだよ。でもさ、陽菜ちゃんだよ。学年どころか校内でもトップレベルのルックスを誇っている陽菜ちゃんだぞ! あんな可愛い子が近くにいたら好きにならない方がおかしいって!」


「なんだ? 翔太は相手が可愛ければ好きになるのか?」


 俺は正直に思った感想を述べる。


「いや、可愛ければ好きになるだろ……」

「じゃあ可愛くない奴は好きにならないのか?」


「う……まあ、可愛くなくても性格良かったり、気が合ったりすれば好きになることはあるんじゃねえかな」

「じゃあ凄いブサイクでも、凄い性格良かったら好きになるのか?」


「凄い性格いいのは捨てがたいけど、凄いブサイクってのはちょっとなあ……」

「じゃあ、凄いブサイク同士が付き合ってるのは、お互い好きじゃないってことなのか?」


「それは誰のこと言ってるかわからねえけど、さすがにちょっと失礼じゃないか? まあ、好きじゃない者同士が付き合ってるわけじゃないだろうから、なにかしらお互いに惹かれるものがあったんじゃねえの?」


「あとは自分達の力量じゃ高望みは出来ないから、お互い妥協して傷を舐め合うために付き合ってる可能性もあるよね」


「涼……お前、キラキラしたオーラ纏いながら時々黒いこと言うよな……まあ、モテるやつからしたら、下々の民はそういう風に映るのかもしれねえが……」


 翔太は涼に冷ややかな目線を向ける。俺にはその意図がイマイチ把握できない。


「翔太からそういう目で見られていたとは心外だなあ。だって僕は、未だに彼女の一人も出来たことないのに」

「そういや、なんで涼は彼女作らねえの? 寄ってくる女は結構いるだろうに」

 涼は口元に手を当て、少し考える仕草をする。


「うーん、だって、一人だけを愛したら他の子に申し訳ないじゃないか」

「そういうところがモテ男目線だって言ってるんだよ!」


 翔太はいきなりキレ口調になった。


「へえ、涼モテるんだ。スゲーな」

「靖人は今さらかよ! お前ら何年友達やってきてんだ!」


 さすがに冗談だったが、翔太がいると会話にメリハリが出来て安定するなと感心せざるを得ない。


「いや、そもそも俺はお前らの言ってる恋愛感情の「好き」ってのが良くわからないからな。だからこういった話題は聞いていてもサッパリ理解できん」


「おいおい、マジかよ……本当に誰も好きになったことないのか……?」

 翔太は本気で驚いた様子で俺の事を見ている。マジなんだからしょうがない。と言っても、この事を話しても理解されないのはいつものことなんだが。


「まあ、信じ難いよね。女の子を「好き」になる気持ちが分からないって。僕も最初は疑ったけど、どうやら靖人は本気で分からないらしいんだ」

 すかさず涼がフォローを入れてくれた。頼りになる親友だ。


「ふむ、付き合いが長いとそこらへん分かっちゃうわけだな。お前らは中学からなんだっけ?」

「うん、僕と靖人は中学から。三年間ずっとクラス一緒だったし、靖人が陽菜ちゃんとの事で絡まれてるのも何回も見てきたからね。だから靖人の言ってることはは間違いないと思うよ」


「ふーん、涼が言うならそうなんだろうな」

「いや、おかしいだろ。もっと俺の言葉を信じろよ」

 聞き捨てならない流れに、思わず本音を漏らす。


「あのなあ、靖人。腹黒いけど爽やか王子系イケメンと無愛想系イケメンだったら、どうしても爽やか王子系イケメンの言葉の方が重くなってしまうって相場が決まっているんだよ。そういう風に、世の中はうまく回っている」

 翔太はむかつく位、全てを悟ったような顔で言った。


「とりあえず、お前のイケメンって言葉が軽すぎるのは分かった」


 真に受けるのも面倒なので、翔太の言葉を適当に受け流して、俺は食べ終わった弁当箱を鞄に仕舞う。涼と翔太は先に食べ終わったいたようで、もう片付け終わっていた。


「あー。でも陽菜ちゃんイイよなー! 付き合って欲しいとか分不相応過ぎて言えないから、せめて靖人の代わりに幼馴染にして欲しいわー」


 翔太は大きく椅子にもたれかかり、天井を仰ぐ様な姿勢で言った。


「陽菜のどこがそんなにいいのか分からんが、遠慮なくどうぞ」


「いや、そこはマジメに返されても困るんだが……今さら幼馴染とか無理だろ。まあ、でも陽菜ちゃんは本当に凄いと思うよ。黒髪ロングが似合う清楚系美人だけど、幼さを残す可愛い系だし、勉強も運動も優秀だし、性格も裏表なくてトゲもない。まさに非の打ちどころがない完璧女子だね! あえて欠点を挙げるとしたら、個人的にはもうちょっと胸のボリュームがほし……ごふぅ!」


 翔太は何者かに椅子から蹴落とされる。床に尻餅をついた状態で、蹴飛ばした人物を睨みつけた。


「いってえ……何するんだよ、奈津!」

「なんか攻撃性のある発言を察知したからつい」


 峰谷奈津。ショートカットで陸上部なので、いかにも体育会系という成り立ちをしている。陽菜と仲がいい友達の一人だ。胸のサイズにボリューム感がないので、こういった話題には過敏に食いついてくる。まあ、相手は主に翔太なのだが。今は仁王立ちで蹴飛ばした翔太を見下している。


「くそ……成績学年総合三位で学級委員長の俺を蹴飛ばすとはいい度胸してるな」

 そう言いながら翔太は立ち上がる。


「こんなくだらない場面では何の威厳も感じないわ」

「ふっ、俺の優秀さを妬んだところで胸は大きくならないぞ」

「あー、もういい。いつもの不毛な争いはするつもりはないの。だからちょっと黙っててくれないかな?」


 奈津は意外にも冷静に対処した。確かにこの手の話が始まると昼休みが丸々潰れてしまう。


「あの……私からもお願いしてもいいかな? そんなに気にしてるつもりないんだけど、話聞いてるとなんか地味にダメージ受けるんだよね……」


 影を背負った陽菜が割って入る。


「むっ、陽菜ちゃんの頼みとあっては仕方ない。蹴られ損な気もするが、ここは引くとしよう」


 翔太はササササーっと後ずさりで数歩下がった。


「てゆうかさ。いつも思うんだけど、胸のサイズってそんなに大事なわけ? 個人差あるんだから小さくても大きくてもどっちでもいいじゃん」


 すぐに停戦交渉が成立したので、俺は思わず前々から気になっていたことを聞いた。


「そーなの! どっちでもいいよね!? 小さくてもいいよね!」


 奈津が俺のそばに寄り、目をキラキラさせながら訴えかけてくる。


「俺は大きいほーがいーなー」


 翔太はわざとらしく奈津を見ながら言った。


「うう……ごめんなさい」

 しかし、それに反応したのは奈津の横に居た陽菜の方だった。両手で胸元を抑えながら泣きそうになっている。


「ほら! 陽菜泣かせるな猿! 地獄に堕ちろ!」

「あ、ちが……陽菜ちゃんは違うんだからね!」


 翔太はあたふたしながら陽菜を宥める。


「ねえねえ、りょーくんはどっちでもいいよねえ?」


 その隙に奈津は涼のところへスーっと近寄り、ちょっと気持ち悪いくらいの猫撫で声で聞いた。なんで女子は涼と話すとき、いつもあんな口調になるのだろうか。


「僕? 僕はね…………巨乳最高」


 奈津の問いに、涼はグッと親指を立てて満面の笑みで答えた。


「はう……!」


 奈津はまるで石になったかのように動かなくなった。

 陽菜は翔太に対し、ふくれっ面でそっぽを向いている。

 いつも通り騒がしいなと思いつつ一息入れる。ふっと窓際に目線を向けると、こちらを遠巻きに観察している千歳冬華の姿があった。冬華は陽菜の親友と言える相手で、俺や涼とも中学からの付き合いだ。高校二年になって翔太や奈津が入ってくるまでは、この四人で居ることが多かった。

 冬華は髪の毛を少し染めていて毛先は緩くウェーブを掛けている。少し切れ長の眼付きで、割とサバサバした性格だった。


「冬華はなんでそんな端っこにいるんだ?」

 俺は遠慮がちな姿勢の冬華に声をかける。


「あー……いやあ、私はその話題のうちは、そっちに行かない方がいいかなーって……」

 と、やはり遠慮がちに返す。


 冬華の声を聞くと、すかさず陽菜と奈津は冬華を指差し大声で叫んだ。


「「Fはそこに居ろぉぉぉぉぉ!」」


「ね。こうなると私、名前すら呼んでもらえなくなるから」

「気の毒だな」


 涼はニコニコ、翔太は土下座。奈津は石化で陽菜は不機嫌。そんないつもと変わらない日常。でも俺は、こんな日常に満たされているんだと実感している。これ以上、足りないものはないと思うくらいに。


 こんな俺たちの関係はずっと変わらないものだと、この時までは思っていた――


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