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異世界から勇者を呼んだら私の胃が大変なことになった話

作者: 田中彼方

 私の国、ひいてはこの世界には人々の危機に瀕した際に異世界から勇者を召喚する。

 勇者とは、異世界の若くして死に瀕した者、生きているが同意を貰った者をこちらの世界へと呼び出した方々の総称である。

 彼らはこの世界にはない技術、知識を持っていたり、特殊な能力を保持している。

 このたび、我が国でも悪龍の出現により多大な被害を被り、討伐のために勇者を召喚した。

 健康な若い男の勇者は優秀な能力が備わっており私たちはこれで悪龍の魔の手から救われると安堵したものだ。

 だが、


「では、ご職業と長所を教えてください」


 今回の勇者は一癖も二癖もあった。


「お、おう? 俺は町一番の大工だ! ……です。力なら誰にでも負ける気はしねぇ! ……です」


 勇者殿は召喚される前は異世界でさーらーりまん、という職種に付いていたらしく、悪龍討伐のためのメンバーを面接で決めるとおっしゃった。


「大工、ということは細かな細工などは苦手としますか?」

「いや、手先は器用だ、と思います。ただ、性格的にちまちまするのは好きじゃねぇです。同じことを繰り返すよりかは、何か1つの物を作るのは苦じゃないです」

「なるほど、罠の作成や道具の修理に向いてそうですね」


 そう言って勇者殿は手元の羊皮紙に字を書きこんでいる。

 そこらのゴロツキでも泣いて逃げ出しそうな体躯の大男がこの面接の雰囲気に飲まれ、不得手な敬語を使って委縮してしまっている。


「ありがとうございました。結果は追って通達します」


 大工の男が退出すると、時を待たずして魔術師の女が入室して来た。

 魔術師の類に漏れず黒い装束に鍔の大きな帽子を被っている。


「では、ご職業と長所を教えてください」

「うふ、呪い師で生計を立てているわ。特技は呪い、黒魔術に精通しているの。あと、夜のお供だって、ね?」


 蠱惑的な容姿と艶めかしい発言に勇者殿の護衛をしている若い騎士が生唾を呑み込んだ。

 確かに彼女は若者にしては目に毒だろう。

 魔術師や魔女の類はローブを羽織りズングリとした見た目が多いが、今面接を受けている呪い師の女は体のラインが浮き出ている服に加え、胸元や足が大胆に露出している。


「直接的な攻撃や回復や援護などは可能ですか?」

「攻撃は赤魔術、回復は青魔術の分類だから、できなくもないけど、私は手の届かないところでなぶり殺しにするのを生業としているの、うふふ」

「ふむ、搦め手による攻撃ですか。確かに私の黒魔術のイメージと一致していますね」

「それだけじゃないわ。男の性を消したり、女を昂らせたりもできるわ。どう、勇者様、私のを試してみない?」


 そう言って女は露出した脚を組み替えた。

 これは老年の私にも目が毒になりそうだ。


「ありがとうございました。結果は追って通達します」


 勇者殿は顔色を一切変えず定例文を読み上げた。

 どのような相手に対しても同じように接する彼の精神はどうなっているのか気になるところだ。

 呪い師の女が退出したことで本日の面接は終了した。

 私は羊皮紙の束をまとめている勇者殿に成果のほどを訪ねた。


「如何でしたかな、勇者殿? 最期の呪い師の女は特に腕利きと聞き及び遠方より呼びつけたほどなのですが」

「いりませんね」


 バッサリと切り捨てた。

 私は何がいけなかったのか尋ねると表情を崩すことなく淡々と勇者殿は告げる。


「まずあの露出は旅に向いていません。戦いは勿論のこと、旅をする上であの恰好、およびあの誰にでも誘惑するような態度は仲間同士の不和に繋がるでしょう。よって、不採用です」

「は、はぁ……しかし、呪術の腕はまさに国一番とされておりますが」

「その呪術ですが、頂いた『魔術師全集』を参照したところ、呪う相手の髪の毛や爪、皮膚などが必要な上、3日3晩熱した窯をかき回し続けなければいけないと書かれております。旅をする上で窯は邪魔ですし、悪龍やそれ以外の魔物の毛や爪を採取する時間があれば直接剣を振った方が早いでしょう」

「そ、そうですね……」


 勇者殿の意向を尊重したいのは山々なのだが、本日で面接は5回目。

 昨日までの面接で勇者殿が採用の判を押したのはたった1名である。

 勇者殿、神官である私、面接で採用した者で現在3名、パーティとしては後2名は欲しいところだ。

 悪龍の被害は刻一刻と広がりつつある。

 できることなら、すぐに出発してしまいたいのだが、肝心の勇者殿がパーティメンバーを選定しきれていないのが現状だった。


「勇者殿、本日の面接で採用者はいましたか?」

「まだ検討中ですが大工の男性は有力候補です」

「……この際えり好みせずに能力の高そうな者を選ぶのも手かと、メンバーは旅の道中で勧誘して交代しても良いわけですし」

「言い分けないでしょう。雇用した以上、雇用主は就労規則を作りそれに則った勤労と報酬を成立させなければならないのですから」


 ああ、まただ。

 またさーらーりまんの言葉である。

 この言葉によって私たち教会や国の軍は丸め込まれてしまっている。

 下々の者には、こうだ、と命じれば誰一人として背くものが存在しないにも関わらず勇者殿はその就労規則というものを守ろうとしている。

 定めた規則は国が滅んでも守らなければならない、それは国も例外ではなく順守するべきです、とは勇者殿の弁である。

 国の存亡よりも規則が大切、というのは些か発言が過ぎるとも思わないが勇者殿は優秀だった。

 召喚されてから今日までの1か月の間に教会、軍、ギルドの体制見直しと予算の再編成によって末端構成員たちの士気は見る見る上がっていった。

 今では勇者殿の意見と違う意見は本当にそれが最良なのか、という疑問が生まれてしまうほど彼はこの国の民衆から信頼を得てしまった。

 この手腕によって勇者殿は独裁をしようと思えばできる、そう判断した国の上層部は何とかしようと策を巡らせたのだが1つ問題が発生した。


「あの、勇者様」


 ドアがノックされた。

 そう、その問題がお見えになってしまった。


「どうぞ開いていますよ」

「失礼します」


 入室したのはまだ幼さの残る少女。

 この方は現国王様の息女であり元後継者序列4位の姫君であった。

 しかし、教会の行った神の神託の儀によって聖女として定められ、後継者としての権利を返上し聖女となった方だ。


「聖女様、何か御用でしょうか?」

「あの、面接っていっぱいお話すると思ったのでお茶を入れてまいりました」


 その言葉に先ほどまでの仏頂面が消え、勇者様は満開の花のような笑顔となった。


「ありがとうございます。丁度、喉がカラカラでした」


 勇者殿の言葉に聖女様も顔に花が咲いた。


「すぐにお持ちしますね!」


 扉の外に控えて置いた台車を運び入れる聖女様。

 身長のあまり高くない彼女が台車を必死に押す姿は私の子供たちが小さかった時を連想させ心が和んでいく。


「神官様と騎士様もよろしかったらどうぞ」


 はにかみながらお茶を勧めてくださる聖女様を見ると先ほどまでのこめかみの痛みがどこかへ行ってしまう。

 ああ、尊いことこの上ない。


「それではお言葉に甘えましょうか」「頂きます」


 聖女様は勇者殿の隣の席で彼に寄り添う。

 その姿は仲の良い兄妹のように見えるが、正確には違う。

 そう、2人は婚約しているのだ。

 遡ること1か月。

 召喚の場にて、勇者殿は聖女様を手を取り、


「一目惚れしました。結婚してください」


 と、まだ召喚された経緯や悪龍について説明する前に求婚。

 その真っ直ぐな物言いに聖女様は最初戸惑い、


「……大切にしてくださいね?」


 と、誰もが対処を決めあぐねている中、聖女様は求婚を承諾。

 勇者殿は召喚初日に聖女(幼女)様と婚約という前代未聞の偉業(?)を達成し、国中の話題になってしまう。

 しかも、勇者召喚は教会の大天使像の間で行われ、そこで発言したことは嘘偽りが一切許されず後からの撤回も不可能であり、そこで成立した物事は神の承認付きであるために国王であろうとも否定できないのである。

 国の3柱である教会のトップと救世主である勇者というカップルは誠に我らの頭痛の種となってしまった。

 その後、勇者殿の辣腕により国民の支持が上がり、教会はおろか軍やギルド、王家が下手に手を出すと内部分裂を起こしかねないデリケートな存在となってしまったのである。

 胃を痛め、心労によって体重が減った国王様は、


「ワシ、もう、退位しちゃおっかなぁ……」


 燃え尽きた灰のような一言を残して隠居を決意。

 後継者として、序列第1の王子様が新国王に順当に就任した。

 国の頭が変わったことで勇者殿や聖女様の行動を抑制するのが難しくなり、とうとう誰も勇者殿に物申す事ができなくなってしまったのだった。

 一応、国の重鎮として長年使えて来た私が勇者殿の御目付け役兼参謀となり頭痛との戦いの日々に身を投じることなった。

 これがまだ勇者殿を召喚して1か月しか経っていないのだから驚きである。

 最近では胃の方も何だか荒れてきた気がするが、これは就労規則の労災保険は降りるのだろうか?


「神官様」

「おお、これはこれは聖女様、如何なされました?」


 これまでの激動とも言える1か月を振り返っていると聖女様がわざわざ私の前にお越し下さった。


「最近、神官様のお顔の色が優れませんので、こんなものを用意してみました」


 聖女様が差し出したのは、胃に優しいヨーグルトだった。

 季節の果物が横に添えられ聖女様の心遣いが汲み取れる。

 このところの苦悩から涙腺が脆くなっているのか、気を引き締めなければ涙が溢れそうになってしまう。


「なんと、嬉しい心遣いでしょう。ありがたく頂戴いたします」

「えへへ」


 はにかんだ姿はそこらの天使より天使である。

 私ももう難しいこと考えず勇者殿にすべて任せて良い気がしてきた。


「実は勇者様が神官様のことを心配していたので手配したんですよ」

「聖女様、そのことは内密にと……」


 困り顔の勇者様など聖女様がいる時しか見れないだろう。

 2人して私の心配をして頂いたことに限界が来てしまう。


「おお、なんということだ。目から汗が……」


 苦しい言い訳だが、この場にいる面々は優しい笑みを浮かべ何も言ってこなかった。

 もう私もゴールしよう、そう思った瞬間である。

 それからさらに1ヶ月後。

 本来の予定をだいぶ超え、ようやく勇者殿が面接によりパーティメンバーが選出された。

 勇者殿が召喚されてから2か月、私の胃が壊れる前に旅立てるのは僥倖という他ないだろう。


「面接で私と神官殿とは面識はあると思いますが、一堂に会するのは今回が初めて。皆さんで改まって自己紹介と行きましょう」


 初めてパーティが揃った日に勇者殿はそう提案した。

 発案者である勇者殿が先行して自己紹介を行う。


「勇者です。2か月前に召喚され、まだ右も左もわからない若輩者ですがよろしくお願いします。以前は異世界でサラリーマンをしていまして、コンサルによって企業の改善を行っていました。自己分析では物事をきっちりしなければ気が済まないタイプです」


 勇者殿があいさつを終えるとパーティの方々はぽかんとした表情をしていた。

 私も召喚された日に同じようなことを聞かされ、同じような顔をした記憶がある。

 今回で2回目となったが、やはり勇者殿が何を言っているか分からなかった。

 異世界流のあいさつなのだろう、と他の面々は勝手に自己解決し深く掘り下げることをしなかったのはさすが勇者殿が選んだメンバーだ。見事な対処だと言えよう。


「俺ァ、大工をやっていた者だ。腕力と手先の器用さじゃあ、そこらの奴に負ける気はしねぇ」

「ハジメ、ましタ。獣ジンが奴隷をしたマス。耳とニオイが、あーすごくデス」

「軍人だった。儂はすでに引退した身だったんじゃが、国の大事と聞いて馳せ参じた。こんな老いぼれを末席に加えて頂いた勇者殿の度量の大きさに感謝してもしたりないのう」


 大工の大男、獣人で奴隷の少年、引退した元軍人の老人が順々に挨拶をした。


「神官をしております。回復魔術はお任せください」


 最後に私で全ての自己紹介が完了した。

 正直に言おう。

 常識的に考えて、勇者殿の人選は正気の沙汰とは思えない。

 剣士や拳闘士、魔術師、騎士、弓兵、斥候、と国でも名を馳せた凄腕の者たちが面接へやってきた。

 にも関わらず、勇者殿は彼らを採用したのだ。

 彼が言うには、大工は物を作る能力によって効率的な戦闘を可能にし、獣人は人間を超える感覚が索敵に最適であり、年老いた軍人は経験と知恵によって困難を打破する力となる、らしい。

 私には理解できない。

 だが、いいのだ。

 私はすでにゴールした身。

 すべては勇者殿に任せようと決めた。


「では、どのようにして悪龍を倒すか、パーティのメンバーでディスカッションしましょう」


 たぶん私の胃は大丈夫なはずだ。たぶん。

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