魔法使いの不在
こういう時、おとぎ話なら大抵舞踏会に出られるのに…。
でも、そんなわけもない。
私が今身につけているのは正装用の騎士隊服。
飾りのついた剣。
髪はいつもより少し高い位置のポニーテール。
私は姫様が座る予定の席の斜め後ろに控え、今日はここから動かない。
王族の方々の入場まではあと少し。
私の隣にはロッドさんがいる。
「それ、似合っているよ。」
「それは服ですか?それとも指輪ですか?」
無愛想に言う私の小指で銀色の指輪がキラリと光った。
「調子が戻ったようだね。」
ロッドさんはくすくすと笑った。
もうすぐ舞踏会が始まる。
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ここにくる少し前、ロッドさんからいきなりこの指輪を渡された。
小さな箱に入った可愛らしい指輪には月桂樹のような彫りが施され、指輪の裏には私のイニシャルがあった。
「ロッドさん、これなんです…?」
「最近弱音パレードの君に僕からプレゼントだよ、というのは冗談で三番隊の隊員にはこういったものを配る習わしでね。君の分は指輪にしておいたよ。」
「私、臨時なんですが…」
正直可愛いと思った。
こんな装飾品は今まで持ったことがない。
しかし、あと10日もすれば私は三番隊を去るはずだ。
こんなものを貰っていいとは思えなかった。
「関係ないよ。君は立派に三番隊の仲間さ。なんならずっと居てくれていい。いざとなれば僕がどうにかするよ。」
にこやかだが決して笑ってはいないロッドさんに本気なのだと感じた。
「そんな、私は…」
なんと答えるべきか悩んでしまう。
正直なところ私は今二番隊に戻りたいかわからない…。
「だからもう浮かない顔はやめなさい。」
「ロッドさん…」
「せめて三番隊でいる間はそれをつけていてくれ。そして二番隊に戻っても、出来ればつけておいてくれると嬉しいな。仲間の証だよ。」
「ありがとうございます。」
今ならなんとなくわかる気がする。
ロッドさんが育てた隊員たちが何故彼や三番隊を慕い続けるのか、彼の元に何故毎夜女性が訪れるのか。
だって彼はこんなにも優しい。
本人には絶対言わないけれど…。
指輪にそっと触れた。
穏やかに笑うロッドさんが私の手から指輪を取って、ゆっくりとはめてくれる。
「君には三番隊がついているから、何も心配することはないと思えばなんだって出来る気がしてくるだろう?だから、もうなにも心配はしなくていい。いつものカラスちゃんでいいんだよ。それまでに二番隊に戻りたいかそうでないかも考えておいてくれ。」
ああ、どうやら二番隊に戻りたいか悩んでいることですら彼はお見通しらしい。
また指輪に触れて、彫りをなぞった。
急に心強くなった気がして、私は一体何を悩んでいたのだろうと思わさせられた。
いつもの私はどうあったか。
思い出さなければ。
私はもう一度言った。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
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そんなわけで、今朝のような嫉妬や不安や恐れは今はない。
舞踏会の警護一つくらいなんてことはないし、上官殿がどのような仕事をされていようと問題ない。
きっと上官殿のお顔も見ることができる。
重ねた手の指の先で、指輪を撫でた。
うん、私は大丈夫。
音楽が鳴り、人々は口を閉じ、王族の方々とエレナ様たちの入場を見守った。