小話
人望が厚く、優しく、自分を主張しない。
それが僕の親友。
僕は彼の本気で焦る姿が見たい。
「いい加減カラスちゃんお家に戻らなくなっちゃうよ?」
「今は無理に近寄るべき時期じゃない。俺が動いてエレナ様に変に彼女が目を付けられでもしたらそれこそ最悪の事態だ。」
「ふーん、守ってるつもりなわけだね。その割には機嫌が悪そうだね。でも、残念だ、当初の予定ではもっと悪くなってくれるかと思ってた。」
「相手がお前じゃなきゃ確かに腹も立ったし焦ってたよ。」
ロッド・ウェザーはこの日、打ち合わせと称して二番隊隊長のダニエル・リドカインを部屋に呼び出した。
「信頼が仇になるなんて光栄だね。でも、本気でフローリアが二番隊に戻りたがらない可能性があることは理解しておいた方がいいね。彼女は少々ナーバスになっているから。」
「ああ誰に預けるよりも信頼しているさ。それに、例えそうなったとしても必ず彼女は私の元へ取り戻す。もちろんあの姫が帰ってからね。」
ウィスキーのボトルがポンッと軽い音をたてる。
グラスに注いだそれをまずダニエルに差し出す。
次に自分の分も注いだ。
「随分な自信だね。この前の朝はあんなに怒っていたのに。」
「ああ、あれは思いの外傷ついたよ。わざわざ二番隊の敷地で彼女にお前のことを“上官殿”と呼ばせるなんてな。彼女は“私の”足音に気がついていたし、廊下の時点でお前とは目が合っていたのに。」
「僕は人を驚かしたい時に足音を立てたりはしない。本当は姫様方がお揃いで君が一切僕に手出しできない状況で呼んでもらう予定だったけれどね。彼女があんまり泣きそうな顔をしていたから君の出てこれない状況を作る程度で我慢したよ。」
グラスのウィスキーをグッと一気に流し込む。
この前の光景を思い出し、声に出して笑うと少しばかり脇腹が痛んだ。
「顔を殴らないでくれてありがとう。」
「次やられたら頼まれても顔を殴ることにするよ。」