上官殿とデート
婚約もしたし(公にはしてないけど書類提出済み)やっと上官殿のいる隊にも戻れた。
多少そわそわとした期待があったものの、上官殿の態度は驚くほど終始変わらない。
そのまま一ヶ月、夢の初デートはまだ決行されてはいない。
「ロッドさん、なんでだと思います?」
「いや、フローリア…君ね、僕が怒られるのわかってて呼んだの?」
「…今日は非番だからいいんです。」
しゃくしゃくとサラダを食べる私。
昼から優雅にステーキを切り分けるロッドさんは呆れたように言う。
「まぁ、ズレちゃったものは仕方ないじゃない?」
「まさか非番のクールが変わってるなんて聞いてないんですけど。」
「ダニエルも気づいてなかったんだろうねー。」
以前は被っていた私と上官殿の休みはなぜか隊に戻った時に変わったからと報告を受けた。
そのせいで今や私と上官殿は一日たりとも休みが被らない。
つまりは初デートなど夢のまた夢だということ。
なのにロッドさんとは非番のクールが同じ。この間は喫茶店で怒られたが今日は三番隊の食堂なのでセーフだろう。
時間帯だってずらしたおかげで奥に食堂の人たちがいる以外は誰もいない。
「だからって僕とランチに来ちゃったら記念すべき2回目のデートじゃないの?」
「冗談はやめて下さい。こないだのケーキも、今回のランチもデートなんかじゃありません。身近な人に相談してるだけです。井戸端会議です。」
「うん、井戸端じゃないけどね。でも、これダニエルは知ってるの?」
「非番の過ごし方の報告っているんですか…?」
ぽかん、とする私を尻目にロッドさんはため息をついた。
「いや、義務じゃないけどさ。初デートもまだな婚約者がほかの男と食事なんて嫌がるんじゃない?」
「……。相手がロッドさんでも嫌なものですかね?」
「僕なら嫌だね。男と女ってさ、結局どうにでもなれちゃうから。」
どうにでも、とは浮気のことを言うのだろうか。
「フローリアだって、いくら義理の妹になるし親しいからってダニエルがサリーさんと食事に行ってたら嫌じゃない?」
「…うぁ…」
サリー様を見たことがないのに私にはその光景が異様にリアルに想像出来てしまった。
とたんに胸骨のあたりがきゅううと苦しくなる私はきっとバカなんだわ。
(言われなきゃ気づかないなんて…)
人にされて嫌なことはしない。
子供だって知っていることなのに。
「…とにかく…どうすればいいんでしょう。」
「それは、本人に聞かなきゃ。仕事終わりに部屋とか行けばいいのに。」
「そ、そんなフシダラなことでしません!婚約中の身で夜に二人きりになるなんて…婚約にしてもただでさえ隊の規律に反してしまいそうなのに…」
「カラスちゃんてばそういうとこだけはお堅いんだね…婚約は受け入れたくせに…。」
「ぅ…それはそれです。」
それを言われると弱い。
でも婚約者だからと言ってそんなに会うわけではない。
お昼は相変わらず一緒にとっているが食堂だし周りには隊員たちも大勢いる。
浮ついた話など問いかけられる空気ではない。
仕事中だってきっちりしたいし、となるとやはり時間だけで言うなら夜の訪問しかないのだ。
頭ではわかっているし何度上官殿の部屋の窓を眺めたかわからない。
ロッドさんがかちゃりとフォークとナイフを置いた。
「さっさと結婚しちゃえば?夫婦なら家族用の隊舎に移れるじゃない。」
確かに。
そう、そうなのだ。
「私は、夫婦になる前にできれば恋人としてデートがしたいんです…」
「そんな可愛いこと僕に言われてもねえ。相手がダニエルじゃなきゃ喜んでデートに誘うのに。」
「私は上官殿がいいんです。浮気する方とのデートはデートとは呼びません。」
「まぁ!ピュアだこと。本命がいないから僕のは浮気じゃないよ?それよりも…ダニエルにこの会話録音して聞かせてやりたいよ。」
「情報漏洩は困ります。」
「はいはい。もちろんですよお姫様。」
ロッドさんはニヤリと笑う。
信用できない口ぶりなのに口は堅いのは知っている。
「…さっきの今でこんなお願いもあれなんですけど、またお話聞いてくれますか…?」
「えーもー君ってばそういう所ホントずるい。」
ロッドさんはなんやかんや面倒見がいい。
同性の友人がいない私だから当然相談できる相手だっていない。
結局この日もなんの解決策も浮かばないまま私たちは解散した。
それからまたさらに何度か相談会を開いてもらったが一向に事態は変わらない。
「ていうか有給あるじゃん。」
ロッドさんはある日もっともなことを言った。
「いやでも上官殿はもちろん私も、って二人抜けたら迷惑になりませんか?」
「えー、そりゃうちの隊は二人同時に有給とかごく稀だけど四番隊とかはよくやってるらしいし軍部的にはいいんじゃない?」
今日のメニューはカレーだ。
ロッドさんはカツカレー、私はチキンカレーを頼んだ。
「ていうか、デートだなんだっていうけどフローリアはどこ行きたいの?」
え、と私のスプーンは止まる。
憧れはもやっとあるが具体的にと言われても思いつかない。
「んー、海…とか?」
「今もう秋だね。」
「花火大会とか?」
「だから今もう秋だね。季節考えてね?」
経験値ゼロは伊達ではない。
私のデートイメージが何故か夏のイベントでいっぱいだということだけがわかった。
「ていうかそもそも貴族ってデート何してるんですか…?私の給料で行けます?」
「そんなの女の子が気にしないの!お金なんてダニエルにまかせておけばいいんだよ!」
ロッドさんはそういうが社会人同士で女性だからと言って奢られるばかりという風潮が私は苦手だ。
この日も結局なんだかんだ結論は出ないまま解散となった。
「フローリア、今夜部屋に来てくれないか?」
上官殿からそう告げられたのはロッドさんと食事をした翌朝のこと。
「何かご用でしょうか?」
「ロッドとはプライベートを過ごすのに俺とは嫌か?」
ロッドさんが告げ口したのだろうか。
私の頬にさっと赤みがさした。
「あ、や、別にやましいことなどは、なくてですね、その…」
「当たり前だ。いいな、今夜来いよ。」
しかしもなにも言える状況ではなかった。
規律が、とか風紀が、などとても言えないくらい上官殿はわざとらしい笑みで去っていった。