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終わりと手紙


















とうとう任務が終わった。






長いようで短かった一ヶ月がようやく終わった。








私は夕飯を食べ終えてから風呂に入り、寄宿舎に戻る。

最後の晩餐を惜しんでくれる三番隊のみんなに感謝を述べたのはつい一時間ほど前のことだ。



今日から私は連休をもらえる。

だから次の勤務が始まるまでに三番隊から二番隊の寄宿舎へと移れば良いのだけれど、私はさっそく今晩から荷物を整理することにした。





居ても立っても居られない。




また休み明けには上官殿に会える。

戻って来いと仰った時のことを思い出すと思わず頬が緩む。



(また、毎日上官殿と会える)



たったそれだけのことがとても嬉しかった。

鼻歌交じりに少ない荷物を箱に詰めていく。

元々物持ちではないからそんなにはかからないだろう。

珍しい連休とあって、この際だと騎士隊服や寄宿舎をうろつき回る為の服は全てクリーニングに出した。

仕上がった時には二番隊の部屋へ届くようになっているのがとてもありがたい。






(はやく会いたい)








ドアがノックされたのは私が数少ない本を箱に詰めている時のことだった。




「…?こんな時間に…?」




誰だろう、と開けてみるとそこには郵便局員が立っていた。

少しくたびれた赤の制服に黒い帽子。

大きな黒カバンから彼は少しぶ厚めの封筒を取り出した。



「遅くなって申し訳ありません、お昼にはおられませんでしたので再配達に参りました。あ、速達ですのでサインをお願い致します。」



ペンをどうぞ、と差し出されたそれを受け取り私はサインをした。

急いでいるのか彼はすぐに「ではこれで」と去っていった。







(手紙…?)








速達の送り主を見るとそこには母の名前。








嫌な予感がした。








母からこのような形で手紙が届いたことは一度としてない。

宛名などもよく見ると急いで書いたのか走り書きのようにも見えて余計に不安を駆り立てた。

びりびりと封をあけて手紙を取り出した。枚数があるせいか少し嵩張っている。

私は手紙を読んだ。











『親愛なるフローリアへ。


突然のお手紙で驚かせたかもしれません。でも私は少しでも速く貴方にこのことを知らせたく筆を取りました。


フローリア、先日貴方に縁談の申し込みがあったのです!突然家においでになったので私も驚いてしまいましたが、その方は貴方をどうしてもお嫁に欲しいと仰ったのです。

聞けば貴方とはまだ友人の域を出ていないけれどその方はどれだけ貴方を想っているか、それはもう私まで顔が熱くなるほど熱心に語ってくれました。

お仕事も何度か王族の方々と会ったことがあるほど手堅く、先ほどの貴方を想う気持ちも相まって足が良ければ本当に飛び上がって喜んでしまったことでしょう!

ああ、フローリア。どうかこの縁談を受けると言って頂戴。そうしてどうか母を安心させて欲しいのです。

あの方はきっと貴方を大切にして下さるに違いありません。

どうか、どうか色良いお返事をお待ちしております。』


【追伸。貴方はとっても立派な騎士だけれど、女性の身ではそれほど長く騎士ではいられないことは捨て置けない現実です。今のチャンスを上手く掴んでくれることを望んでおります。】












私は手紙を読み終え、自分の手が震えていることに気がついた。



縁談…?



私に?

友人で、私を気にかけてくれて、王族に会ったことのある人なんて一人しかいない。

代々鍛治職人をやっているルーンだ。



祭の次の休みで私は彼と彼の父に会いに行った。

剣を持ち込み彼の父にメンテナンスをしてもらった時に確かに言っていたのを思い出す。



『陛下や王子殿下にもお会いしたことがあるのが自慢だ。今陛下たちの持つ式典用の剣は全てうちで作っているからね。』



とても誇らしげに。



ルーンはメンテナンスの腕こそまだ修行中だが、一から剣を作らせれば国内で彼の右に出る者がいないのだと知ったのはあの日の数日後のことだった。




彼が縁談を?



確かに私のことを気に入ったとしきりに言っていた。もっと会いたいとも言ってくれていた。

あいにく今回の中期任務のせいであれから会えてはいないけれど。

手紙のやり取りは何度かあったのは事実だ。



彼と、縁談…?



彼ならば騎士の仕事にも理解がある。彼の家業も立派なもので母が是非にと喜ぶのもよくわかる。






でも、なぜ今なの…?




私は頭が真っ白になった。

ようやく二番隊に戻れるのに、母は縁談を受けてくれと言っている。

妹たちは確かに母の縁談を受け入れて今それぞれ幸せな家庭を築いている。




でも私は…?




突然突きつけられた現実がとてつもなく、途方もなく重くのしかかってきた。

出来ることならば母には心配をかけたくない。

けれども、私は騎士を今辞めたくはない。

ルーンならば、あるいは騎士でいることを認めてくれるかもしれない。

けれどだからと言って結婚してしまっていいのだろうか…。





(だって、だって…私は…)





私は呆然としながら手紙を机の上に置いた。

抜け殻になった封筒がカサリと床に落ちていく。










(上官殿が、好きなのに…)










ようやく、また上官殿に会えるのに。

好きなのに。

会えるのに。










ぐちゃぐちゃになっていく思考。

縁談を否定したい気持ちは確かにあるのに、その裏でひっそりと現れたもう一人の私が私の心に話しかけてくる。







(上官殿は貴族よ?)




(サリーさんと縁談中なのよ?)




(“貴方”はただの部下なのよ?)




(それ以上でも、それ以下でもないわ)




(母を喜ばせたくない?)




(愛された結婚ができるのよ?)




(彼は“騎士”を否定したりしないわ)




(10年後、貴方は騎士のままでいられるかしら?)







頭が酷く痛む。

どうしていいのかわからない。

手も足も今は血の気なく冷え込んでいた。

私はいつの間にか手紙を握りしめて部屋を出ていた。






目指すのは青い屋根。

相手はロッドさんではない。

ロッドさんでも確かに力にはなってくれただろう。

的確なアドバイスだってくれたはずだ。

しかし、私が向かったのはロッドさんの元ではない。












私が目指したのは二番隊の青い屋根。











とにかく上官殿に会いたかった。


























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