しばしの別れ
「い、異動ですか…?」
私は上官殿から告げられたそれに驚き、思わずどもってしまった。
隣国の姫様一行がうちの国へ1ヵ月ほどの留学に来るという話が持ち上がったのはつい先日。
そのための今日、準備として急きょの護衛だなんだの軍議が行われることとなった。
大抵は各隊長と補佐2名ほどの会議。
だというのに何故私はここに立っているのだろう。
「ですから、何故ウォーカーを貸し出さねばならないのですか。」
上官殿は珍しく苛立っていた。
議題に部下である私がのぼってしまったせいだろう。
「いいじゃないか、一ヵ月だけ。彼女は三番隊に所属してもらうってだけの話さ。そもそも君が色男なのが原因だろう?」
そうだ。私もそう思う。
私がこんなことになった経緯は至ってシンプルだった。
向こうの姫様が上官殿を“気にいって”いるから。
そういうわけで、向こうの国からご指名があり、これに関してはもう避けられないし、上官殿には拒否権はない。
しかし、隣国の人間がいる間は我々の国も多少なり警備を厳重にする必要があった。
その中で私はいうなればうちのお姫様の担当だしこれに関しては姫様から直々にご指名頂いている。
つまり向こうの姫は上官殿に護衛してもらいたい。
うちの姫は私に護衛してもらいたいと言っているのだ。
しかし任務は隊ごと。
だから二番隊は隣国一行を担当。
三番隊は自国の姫を担当。
なので私は隣国の姫様がいる間は三番隊に送られるというわけなのである。
問題は上官殿がそれを何故か嫌がっているということ。
きっといつものあれだ。
私が三番隊でイジメられると思っているに違いない。
まったく上官殿は心配性で困る。
「ダニエル、わきまえなさい。隣国からの指名でもあるし陛下もそのようにとの仰せだ。ウォーカー君もそれでいいだろう?」
広い部屋に穏やかな低い声。
サムエル様だ。
こんなに優しげな方が団長だなんて一見信じられない。
「父上…。」
「はい、サムエル様。異論はございません。本日中には三番隊の寄宿舎へ移らせていただきます。」
渋る上官殿を無視して私は答えた。
部下思いもいいが陛下の意向ならばそれはすでに決定事項だ。
とりあえずお腹も空いたので早く会議を終わらせたかった。
「よろしくね、カラスちゃん」
軍議が終わり、上官殿について部屋を出るとそこには三番隊隊長とその補佐官の方が立っていた。
「今日からお世話になります。」
「うん、お昼すぎにはこのトニーが寄宿舎に案内するからそれまでに必要なものをまとめておいで。」
「はい、トニーさんよろしくお願い致します。」
私は補佐官のトニーさんとニコさんにも挨拶をした。
その間相変わらず上官殿は不機嫌そうな顔だったせいか私たちの背後でウェザーさんにこれでもかと絡まれていた。
「あ、そうだカラスちゃん。」
「はい、なんでしょう。」
去り際、ウェザーさんがニヤリと笑った。もう嫌な予感しかしない。
「明日からは僕のことを”上官殿”って呼んでね。」
ほら、やっぱり。
あの人がああいう顔をする時はろくなことを言わない。
一体なにをさせたいのか…。
きっとまだ私の片想いを疑ってからかっているのだろう。
上官殿の不機嫌さが増してしまったためになんだか思う壷感が否めない。
でも確かに今日、明日からはウェザーさんが上司だ。その人が言うんだからとりあえずそうせねばならないのだろう。
(上官殿に会えないの淋しいな…)
私は諦めのため息をついた。
姫様たちの公務が被らない限り私たちの持ち場は被らない。
つまり上官殿とは会えないのだ。
淋しい。
淋しすぎる。
「ちゃんと帰ってこいよ。」
「当たり前です。」
また上官殿がこんなことを言うから余計に寂しくなった。
上官殿に念を押されるまでもない。
あんな疲れる人の部下なんてどうやっても続かない。
三番隊に行く前からすでにホームシックである。
「んじゃ、とりあえず食堂に行くか。」
「はい。」
私たちは最後の晩餐と言わんばかりのテンションで食堂に向かった。