1.プロローグ
キーンコーンカーンコーン。……………。♪♪~♪。
チャイムの音が鳴り止み、威風堂々が流れ出す。これは僕の通う小学校で流れる「掃除の時間」の音楽である。つまりは、昼休みの終了も表している。僕は渋々教室に戻り、今日の掃除当番の確認をして顔をしかめた。廊下掃除…。汚い雑巾で汚い廊下を磨く掃除の中で最も汚い係である。今はまだまだ9月だからよいものを、これが冬になると地獄である。他の班の子たちはまだ灯油ストーブの暖かさが残る教室でキャッキャと楽しく掃除するんだろうが、廊下組にそんな楽しい要素は無い。冷たく汚い水で手が千切れそうに凍えながら雑巾を絞って、開け放たれた窓からの容赦ない冷気に身を震え上がらせながら、廊下に這いつくばって掃除をしなければならないのである。
はぁ。そんな近い未来のことを想像しながら、まだまだ白い息が出るわけも無いのに、大げさにため息をついた。今日は外からの風が暖かい。
「和樹ぃー。このバケツの水捨てちゃって大丈夫?さっさと終わらせちゃいたいんだけど。」
「あぁ、ちょっと待って。これだけ拭いてから僕が持って行くよ。」
そう言って黒々しく染みついた床の汚れをこすって、ほんの少し綺麗になっただろうという自己満足にも近い達成感で満たされてから、軽く腰を上げた。バケツを両手で必死に持ちながら手洗い場まで運び、床の汚れが染った水を流し、雑巾を綺麗に絞って教室へ向かう。威風堂々の終わりも近い。この曲は個人的に好きなのだ。まあ、毎日学校で耳にしていれば好きにならないことも無いのだが、曲調が曲の中で大きく変わり、終盤になるにつれて高揚感を覚えるのだ。そんな胸の高鳴りとともに教室に入ろうとしたときであった。ふと、一人の女の子と目が合った。気がした…。誰だ…?分からない。たぶん、というか、まあ僕が知らないということは他のクラスの子で間違いないとは思うんだが…。なんというか、何とも言えない感じの子だな。うん。何か、気になるが何が気になるのかもわからない。なんだろう。睨まれてる気でもしたのか…?まあ、いい。とりあえず、雑巾を干して、バケツを戻しに教室に入った。
授業が始まり、その子のことはすぐに忘れた。担任のヒゲヒゲボンバーこと中田先生が算数の教科書を開き、チョークを手に取る。誰が付けたのか分からないがこのヒゲヒゲボンバーというあだ名はすごいしっくりくるあだ名であったし、結構、皆の間に広まっていた。ただ、あだ名が長すぎてなかなかその名前で呼ぶ人は見たことは無かった。実際、僕も先生のことは「中田先生」と呼んでいた。先生は丁寧に算数の教科書に書いてある、アリスさんとテレスさんの問題を説明してくれている。
その日はそのまま授業が終わり、帰宅した。ランドセルから、ポチとタマの計算ドリルを出し、連絡帳を見ながら宿題の範囲を確認してから鉛筆を取り出す。そのとき、ふとあの女の子のことを思い出した。といっても、名前は分からないし、顔ももはや曖昧にしか覚えていない。だれなんだろう。気になる。誰かに聞けばいいんだけど、なんかそういうの嫌だし、まあ、そのうち分かるかと思いそのときは気にしないようにした。