そして、少女は笑う。
「マリエール・エデュデス! 婚約を解消してもらおう!」
なんて、テンプレートな。
食べかけのサラダの生ハムをフォークで突き刺した姿勢のまま思ったのは、そんな言葉だった。
いわゆる転生者である私、マリエール・エデュデスは、ここが乙女ゲームの世界であることを知っていた。そして、自分の立ち位置が、攻略対象者の婚約者という当て馬であることも。
だから、この場面に遭遇することもわかっていた。
この婚約者がしっかりヒロインに攻略されていくのをこの半年間、つぶさに見てきたのだから。
「……サリエル様。わたくし、食事中なのですが」
「聞こえなかったのかっ 婚約を解消してもらう!」
いや、だからね。
食事しているところに乱入して、一体どんなマナーが頭に入っているのだ。
仕方なしに、フォークを置く。
マリエールの婚約者、サリエルの隣にはヒロインがいて、驚いたように見上げている。
その後ろには、同じようの攻略対象者であり、なおかつヒロインに攻略された男たちがいる。
これは、予定調和。
ああ、なんて滑稽な光景だろう。
あ、なんか駄洒落みたい。
「俺は、彼女と結婚する!」
「あ、あの! サリエル様……っ」
サリエルの宣言に、ヒロインは戸惑うようにサリエルの袖を引くが、そうされた本人は大丈夫だと優しげな表情を向ける。
ああ、笑いたい。
ここで笑ったら、全部台無しになるから、あとに取っておくけど。
「……サリエル様は、常識のある方だと思っておりましたわ」
深々とため息をついた。
いや、本当にそう思っていたのかと言われると、そうじゃないのだけれど。
だって、もうこの人唯我独尊で、自分さえよければ他はどうでもいい、という発言を繰り返してきたのだ。
それでも、王弟子息という立場から周りの者は進言できず、今に至っている。
生まれだけで生きてきたようなものだ。
「なに?」
「わたくしたちが貴族であることをお忘れですか? わたくしたちの婚約は親が決め、国が認めた家同士のつながりを築くためのもの。わたくしにそのような宣言をしたところで、婚約解消ができるわけないではありませんか」
サリエルが王族の末端であることから、この婚約に関わったのはお互いの両親と国王陛下、そして教会の枢機卿たちだ。
本人の意思など介入するすきもなく決まったことを、本人たちの意思で解消できるわけもない。
しかも、他の女性を好きになったというだけのことで。
残念ながら、マリエールは当て馬であって悪役令嬢ではない。ヒロインにひどい仕打ちをしたわけではないのだから、マリエール側には何の落ち度もない。
あるとすれば、サリエルの方だろう。婚約者がいながら、他の女性にうつつを抜かしたのだから。
とはいっても。
ヒロインの方を盗み見る。
サリエルの発言に驚いて戸惑っているという様子に見えるが、一体だれがこれを演技だと思うだろう。
さすが、前世で役者を目指していただけのことはある。
そう、ヒロインもまた転生者で、なおかつ私たちは協力関係を持っている。
私は、この常識なしの唯我独尊な婚約者と婚約を解消したかった。そうしなければ、将来苦労するのは目に見えている。
そして、ヒロインは前世で結婚間近の婚約者がほかの女に走ったという仕打ちをされて、そういう男に対して憤っていた。
利害が一致した形だ。
「お話がそれだけなのでしたら、お引き取り願えますか。まだ、食事が途中なので」
それだけ言うと、再びサラダにフォークを突き刺した。
周りが、何やらいいたげな視線を向けてくるが、知ったことではない。
ヒロインに促されて、それでも何やらわめいているサリエルたちが退場する。
この後ヒロインは、攻略された男たちにお友達宣言をする予定だ。
このヒロインの上手なところは、一切彼らに恋愛感情を持っているような発言をしていないことだ。
後程のお友達宣言に矛盾が生じないように、あくまで友人の領域の距離感で攻略していった。
攻略した攻略対象者も、しっかりふるいにかけている。全員ではない。
婚約者がいて、かつ、婚約者と良好な関係を持っていた者たちだけだ。婚約者がいなかったり、すでに婚約解消間近だったりする攻略対象者には近づきもしなかった。そして、攻略されないと踏めばすぐに手を引いた。
それもそうだろう。これは、彼女の、不誠実な男への復讐なのだ。
かわいそうなのはその不誠実な男たちの婚約者だが、幸いなことに恋愛感情がないことが確認できたので、ヒロインと協力関係を持ったマリエールが裏から手をまわして、優良物件を紹介してある。
もちろん、誠実な男として有名で、かつ、将来性もある。
攻略された男たちなど目ではない。
今の婚約が解消されて、新しい婚約が発表されるのも時間の問題だろう。
お友達宣言をされた彼らはどうするのか。
それは、知ったことではない。
サリエルの場合、万が一、婚約解消を取り下げるようなことを言ってきても、この衆人環視の食堂で婚約解消を宣言しているのだから、マリエールの両親が承諾しないだろう。
マリエールは、恥をかかされたのだ。
この先うまく立ち回れば、無事に婚約解消が成る。
ああ、なんてうれしいこと。
こっそり笑って、サラダをほおばった。