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騎士王の紋章官~キング・オブ・アームズ~  作者: ふゆせ哲史
4章 要塞都市ヨーク
33/52

騎士と成長


 ヨーク城にある領主の執務室。

 そこでウィルは領主エイリークから一枚の羊皮紙を手渡されていた。


「優勝おめでとう、ウィリアム卿」

「ありがとうございます」


 ウィルが受け取った羊皮紙には帽子のようなものから短冊状の布が放射線上に束ねて広げたようなモノが描かれている。

 これが赤弓杯優勝の商品、大紋章のパーツのひとつ『外套(マントル)』だ。


 これでウィルの所持する大紋章は『守護獣(サポーターズ)』『(ヘルム)』『外套(マントル)』の三つになった。

 『守護獣(サポーターズ)』は個人をあらわす盾紋コート・オブ・アームズを挟む形で両サイドに配置される紋章で、手に入れたのは『獅子』と『一角獣』。

 それが前脚をあげて立ち上がった形で顔をこちらに向けている。

 『(ヘルム)』は今ウィルが使っている兜を意匠化したものだ。

 そして今度の『外套(マントル)』はこの(ヘルム)の上に帽子のような部分が乗り、後頭部の方に向かって短冊状の布が広がるように描かれる。

 表地は真紅で、裏地には弓を意匠化した模様が無数に付けられている。

 

 あとは『外套(マントル)』の帽子部分の上に『兜飾り(クレスト)』という飾りが乗って、全ての紋章の下に土台となる『台座(コンパーメント)』が描かれて、その前面に誇り(モットー)を書き込む『巻物(スクロール)』を配置すれば完成だ。


 まだ半分とはいえ、紋章の形としてはだいぶ整ってきたと言える。


「うちのシグルズも頑張ったけど、さすがは『誇りのない騎士』殿だ。噂にたがわぬ強さだねぇ。うちの騎士団に移籍して欲しいぐらいだ」

「あら、申し出はありがたいですが、あげませんよ? 私のウィルですから」


 エイリークの軽口にアリエルがすかさず口を挟む。

 その素早さにか、それとも内容にか、エイリークは苦笑して肩をすくめた。

 そしてウィルの横に立つ、ゴームソンに目を向けた。


「ゴームソン殿はウィリアム卿と戦えず残念でしたな、しかしこれも抽選の結果です。申し訳ないが、どうしてもまだ戦いたいようでしたら個人的にウィリアム卿にお願いしていただきたい」

『ふん、まさか勇者殿以外の小人に負けるとは思わなかったわ。俺もまだまだ未熟、鍛えなおして貴殿に勝ってからにする』


 そう言ってエイリークの後ろに控えているシグルズを見た。

 その視線には敵意はなく、純粋に強い者への敬意があった。

 シグルズはそんなゴームソンにはにかむようにして笑う。


「私も力で負けそうになったのは初めてでした。貴方のような強者と再び戦えるのは楽しみです」

「――っ!」


 ふわりと柔らかく笑うシグルズ。

 ウィルたちが最初会ったときの無表情な様子とは一変している。

 その表情は自然で、良い感じに力の抜けた可愛らしい笑みだった。


『……う、美しい』


 笑みを向けられたゴームソンはその大きな顔を真っ赤に染めて黙り込んでしまう。

 シグルズはそれを気にするでもなくウィルに目を向ける。


「それでも、そんな力自慢も遥かに非力なウィリアム殿に負けてしまいましたけどね」


 ふふふ、と楽しそうに笑うシグルズ。

 ウィルは反対に不機嫌そうに口を尖らせた。


「非力って言わないでよ。気にしてるんだから」

「おや、それは失礼しました。負け犬の遠吠えとでも思ってください」


 楽しそうに話す二人を見てエイリークは驚いた表情を浮かべる。


「……シグルズの笑顔なんて久しぶりにみたよ。どうもウチの娘がお世話になったようだねぇ、ありがとう」


 しかしその発言に驚いたのはウィルたちの方だった。

 シグルズによって彼女が女性であった事は皆知っている。

 だがまさか領主の娘だとは思わなかったのだ。


「シグルズは、いや、シギンは昔から私や妻に似ず背が高く力が強くてね。そのことで随分悩んでいたんだ。初めての社交の場で同い年の男の子と大喧嘩してね、それ以来女らしいことは全部辞めて、いきなり戦闘訓練しはじめたんだよ」


 少し寂しそうな顔をして語るエイリーク。

 両親に似ず、同年代の男の子よりも背が高く力の強い女の子が、何を言われて喧嘩になったのかは、想像するのは難しくない。

 

 男というのは自尊心の塊だ、ましてやそれが子供となるとそれを隠そうともしない。

 自分よりも背が高いというだけで突っかかっていき、力で負かそうとしたがその力でも負けて、両親に似てない事から憶測で侮辱してきたのだそうだ。


 お前は、お前の母が巨人と不義の密通をして出来た子だ、と。


 まだ幼い男の子だから本当に意味が分かって言っていたのかは不明だ。

 しかしシギンにはその意味が分かってしまった。

 エイリークやその妻はもちろん否定した。

 シギンにもそんなのはデタラメだと分かっていた。


 それでも、シギンは自らシグルズと名乗り、まるで男のように振る舞いだしたのだ。


「でももう名を偽るのはやめにします。身体が大きくても、力が強くても、私は女だということをウィリアム卿に教えていただきましたから」

 

 頬を染めてシグルズ、改めてシギンはウィルを見た。

 ウィルとしてはそんな大層なことを言ったつもりはないので首を傾げるばかりだ。

 そんなウィルとシギンの様子を、ロジェはつまらなさそうに、サラはおろおろと、そしてアリエルは笑顔で見ていた。目は笑っていなかったが。


「ま、まぁ、ともあれ感謝するよウィリアム卿。シギンも嬉しそうで良かった、これでもう騎士団は……えっ、騎士団は続けるの? あ、そうですか……」


 こうしてシグルズがエイリークの娘だった、という意外な事実が判明したり、と一部予定外のこともあったが、ウィルたちは問題なく大紋章のパーツを受け取り、要塞都市ヨークを去ることになった。


 

 ウィルたちはエイリークやシギン、ゴームソンに見送られてヨークの街を後にした。

 ゴームソンもシギンに負けたことで小人を見直し、今後は交易などの共存の道を模索していくことに合意した。

 まぁ、どう見てもシギンに惚れて目がくらんだ形だ。


 それでも動機はどうあれ、これからヨークはブリトニアで初めて、巨人、いやブリガンテス族との交易に成功した街として発展していくだろう。

 

 この筋道を裏から唆したアリエルはエイリークと契約して、巨人の国イェリングとの交易にコーンウォールも関わることを約束させた。

 イェリングの品物が優先的にコーンウォールに届くようになったのだ。

エイリークは渋い顔をしていたが、アリエルはどこ吹く風と微笑んでいた。


「それで、次はどこに行くの? もっと北?」

「何言ってるのよ! 次の目的地はコーンウォール! 凱旋よ!」

「えっ、コーンウォールに戻るの? まだ紋章揃ってないのに?」

「ふふふ、ウィル、私が何のために遍歴(エラント)に同行したと思っているの? すべてはこの時のための根回しだったんだから」


 ウィルの問いかけにロジェが答えて、アリエルが胸を張る。

 大きく形の良い胸がたゆん、とその存在を主張する。

 ロジェはそれを呪い殺さんばかりの眼で睨んだ。


「ふん、よく言うわよ。単にウィルにくっついて来たかっただけでしょ」

「あら、ロジェ。そんなの当たり前じゃない」


 ロジェの嫌味はあっさりかわされた。

 アリエルの方が一枚上手のようだ。

 ロジェは悔しそうに歯噛みしつつ、未だに良くわからないといった表情をしているウィルを見る。


「つまり今度の試合はコーンウォールでアリエルが主催するのよ! 地元開催よ!」

「そのためにカンタベリーで司教に話をつけて、王都でエゼルウルフ陛下に許可をいただいて、他の貴族に宣伝もしたのよ」

「それじゃあヨークでエイリーク様相手に交渉したのも?」


 ロジェが偉そうに胸を張り、アリエルがその苦労をおおいにウィルにアピールする。

 素直なサラはキラキラとした尊敬のまなざしでアリエルを見た。

 アリエルはそのまなざしを受けてニッコリ微笑んだ。


「あれはついでよ。ヨークには本当に大紋章の『外套』を取りにきただけ」

「……ついでであんなに振り回されたんだ。エイリーク様もお気の毒に」


 完璧な笑顔を浮かべるアリエルにサラは乾いた笑いを返す。

 ウィルは赤弓杯が始まるまでゴームソンと調整の為に訓練を重ねていたので知らなかったが、エイリークは巨人を試合に出すために大変な苦労をしていたのだ。

 それがアリエルの遠大な計画の一旦であるならまだしも、単なるついでであったなどと言われた日にはやりきれないだろう。


「まぁ、ともかく久しぶりに帰るんだね。コーンウォールに」

「そうよ、ウィルが立派になった姿を皆に見てもらいましょ」

「アリエル様! 大会の運営にはアタシも噛ませてくれるんでしょ? ってか噛ませてもらうわよ! 是が非でも!」

「わ、私もお手伝いします!」


 興奮するロジェとサラを横目に、ウィルは静かな表情を浮かべていた。

 アリエルはそんなウィルに優しく微笑む。


「どうしたの?」

「……立派か、あれから色々あったけど、俺成長できたのかな?」


 ウィルはアリエルと一緒にコーンウォールを出発した時のことを思い出していた。

 あの時は、単にアリエルの誕生祝いとしてウィルの鎧一式を受け取りにウィンチェスターに向かっただけだった。

 そこで出会ったロジェはまだ他の騎士の紋章官で、ちょうど喧嘩別れしたところだった。

 

 そしていつものようにアリエルが求婚されて、いつものように拒否をして。

 でもいつもと同じようにはかわしきれなくて、ウィルが勝負して守ることになった。

 そこで強引に騎士として叙勲されて、誇り(モットー)がない事を笑われた。


 あれから旅を続けて、色々な出来事があったが、まだウィルには誇り(モットー)がない。

 だからウィルには分からないのだ。

 進んでいるのか、止まっているのか。


 試合には勝てている、紋章も順調に集まっている。

 だからこそ、未だに決められない誇り(モットー)が歯がゆい。

 

 大紋章のパーツが全て揃っても、『巻物(スクロール)』の部分に書き込む誇り(モットー)が空白だったら。

 そう考えるとウィルの胸の内に何とも言えない焦燥感が沸き起こる。


 運動をしたわけでもないのに心臓が踊るように激しく鼓動し、気持ち悪い。

 喉に何か飲み込めない異物が存在するようにつかえる。

 そして全身の感覚がぼやけて、世界と自分との境界がなくなったように感じる。


 自分はこのまま誇り(モットー)を見つけることが出来ないのではないだろうか。

 そして『誇りのない騎士』としてガイに負けてしまうのではないか。

 

 アリエルが、自分の前からいなくなってしまうのではないか。


 ウィルの手に、アリエルの手がそっと重ねられた。


「帰りましょう、コーンウォールへ」

「……うん、そうだね。帰ろう」


 ウィルははるか地平線の向こう、生まれ故郷コーンウォールへ思いを馳せた。


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