英雄の息子ゴームソン・ガムレ
ウィルが馬上から振るった剣はキレイな下向きの弧を描き相手騎士の顔に迫る。
相手騎士は必死に防御をしようとするが、既に剣は振るった後で遮るものはない。
甲高い音を立てて剣と兜が激突する。
「ふぎゃっ」
踏んづけられた猫のような呻き声をあげて相手騎士が倒れる。
剣は確かに兜に防がれた。
しかしその衝撃は兜を貫通して相手騎士の脳を揺らして意識を失わせたのだ。
相手騎士の紋章官が慌てて駆け寄り、ウィルの勝利が決定した。
ウィルは貴賓席にいるアリエルとサラに向かって手を振った。
アリエルははにかむような余所行きの笑顔を浮かべて手を振り返す。
観客が囃し立てるような歓声を上げた。
ウィルの決勝戦への進出が決定した瞬間だ。
◇
ウィルは初戦こそ、そのルールの違いに戸惑ったものの、その後の試合ではいつも通りの実力を発揮して一度も落馬することなく勝利していった。
ウィルを落馬させることが出来る騎士はほとんど居ない。
そしていくら馬に攻撃しても良いルールとは言え、地上から馬上を攻撃するのは大変不利な状況だ。
それを覆せる騎士となるともっと居ない。
ウィルが決勝まで勝ち抜いたのは必然と言えた。
一方で必然とは言えないのが巨人ゴームソンの準決勝進出だった。
ゴームソンの場合は常にその馬上対地上という戦いだ。
巨体ゆえに馬に乗ることが出来ないので最初から徒歩なのだ。
身体の大きさのおかげでリーチの差は少ないが、それでも不利には変わりない。
しかしそこを巨人特有の怪力で文字通り跳ね除けてきた。
どんな強烈な騎馬槍突撃も全て受けとめて、そのままぶん投げてしまうのだ。
そうなってしまうとほとんどの騎士は降参してしまう。
そして遂にゴームソンは準決勝まで勝ちあがり、ウィルに挑むための最後の戦いに向かった。
対戦相手は赤弓騎士団団長シグルズ。
人間一人分ほどの大きな盾を構える、長身の騎士だ。
その大きな盾を人間離れした怪力でぶつけて、攻撃した方が落馬するというとんでもない防御で勝ちあがってきた。
「さて、決勝でアンタの相手になるのはどっちかしら」
ウィルとロジェは控えから二人の戦いが始まるのを待っている。
観客達は地元の英雄であるシグルズと怨敵でもあった巨人ゴームソンの対戦に非情に盛り上がっている。
ゴームソンが最初試合場に姿を現した際にはブーイングも巻き起こるほどだったのだが、試合の度にその圧倒的な力を見せ付けて黙らしてきた。
そのおかげか、入場門に姿を現してもブーイングをする観客はいない。
むしろ一部の観客は歓声をあげて拍手すらしている。
見ると子供が多い。
子供は素直だし、過去がない。
襲撃されて親でも亡くしていない限りは、巨人は敵と言われても恨みはない。
それよりも目の前で見たデッカイ男が物凄い力で勝ちあがっていくインパクトの方が大きいのだ。子供は大きなモノが好きだ。
一方のシグルズは大人にも子供にも大人気だ。
入場門に姿を現しただけで大きな歓声が響き、各所で「巨人を倒してくれ!」だの「ヨークから巨人を追い出せ!」など過激な発言も飛び出している。
シグルズ自身は落ち着いた様子で、観客にも適当に手を振って応えている程度だ。
ただ視線だけはしっかりとゴームソンを見据えている。
試合開始合図がされると、シグルズは槍を構えて走り出した。
今までの試合では、すべて最初は盾を構えて相手に攻撃をさせてきた。
しかし今回は、最初から相手は地上に居る。防御に徹する意味はない。
ゴームソンは不敵に笑うと手に持った円形の盾を構えた。
シグルズ相手に槍を受け止める、ということはしないようだ。
おそらくシグルズの力を認めているのだろう。
凄まじい破砕音がして騎槍と円盾がぶつかる。
騎槍は見事に砕け、円盾も割れた。
しかしゴームソンは一切体勢を崩しておらず、そのままもう片方の手にもった柄の長い斧を振り上げた。
シグルズは油断なく大盾を構えており、ゴームソンの斧をしっかり防御した。
「ちょっと! 嘘でしょ!」
「凄い!」
ロジェが思わず叫ぶ。
シグルズが馬の上から引っこ抜かれるように宙を舞ったのだ。
信じ難いことに防御の上からその怪力でもって持ち上げたのだ。
シグルズは盾の上から吹っ飛ばされるというまさかの事態にも冷静に受身をとって着地した。
折れた騎槍は投げ捨てて、改めて大盾を構える。
ゴームソンは満足そうに笑うと割れた円盾を投げ捨てて、腰につけていたもう一本の斧を抜き放った。
両手に柄の長い斧を持ち、まるで暴風のようにシグルズに襲い掛かる。
鍛冶師が金床を叩いたような硬質の音が連続で響く。
凄まじい勢いで振るわれる斧の連撃に、シグルズはなすすべもなく防戦一方だ。
観客達からため息のような声が漏れる。
普通の人間が両手に別々の武器を持つのはあまり有効ではない。
武器で攻撃する、という動作は手だけで行うものではなく、足、腰、肩と身体全体を使って行うため、二本を同時に全力で振ることが出来ないからだ。
では交互に振れば良いかと思うが、それをするならば素直に一本の武器を連続で振った方がスムーズで力強く攻撃できる。
武器が軽く小枝のようであれば二本を縦横無尽に振るえるだろう。
しかしそんな小枝のような重さの武器では相手にダメージを与えられない。
だから二本を使う利点がないのだ。
しかし巨人の場合は話が別である。
巨人はその持ち前の怪力によって、普通の武器をまるで小枝のように振ることが出来るからだ。
巨人が手だけの力で振るった攻撃でも、人間にとっては全力で振られた攻撃と変わらない。
そうして小枝を振るように縦横無尽に振るわれるゴームソンの攻撃に、シグルズは大盾の後ろに身を隠しているので精一杯に見えた。
「決勝の相手はゴームソンで決まりみたいね」
「どうかな」
「なんでよ、一方的じゃない」
「でもまだ一度も攻撃を喰らってないよ」
ゴームソンは景気よくがんがん、とシグルズを叩いているが、それは全て大盾に阻まれている。
ロジェは改めてシグルズの様子を見て、納得する。
しかしそれでも首を傾げた。
「……でも、時間の問題じゃない?」
確かに攻撃は全て防御できている。
しかし防御しているだけでは試合に勝つことは出来ない。
だがウィルはずっと気になる事があったのだ。
「でもさ、いくら盾が大きいからってゴームソンの攻撃を受け止め続けるなんて、簡単に出来ることかな?」
「へっ?」
ロジェが気の抜けた返事をした瞬間、試合場ではシグルズが盾を弾かれて体勢を崩した。
遂にゴームソンの怪力に耐え切れなくなったのか、盾を取り落としそうになって、ゴームソンの前に無防備な身体を晒している。
この隙を逃すゴームソンではなかった。
頭上で斧を交差させて振り上げて、踏み込むと同時にそれを振るった。
しかしそのシグルズはその大振りの一撃を待っていたようだ。
取り落としそうになっていた盾を何事もなかったかのように身体の前に引き戻す。
あまりの滑らかさに盾を取り落としそうになっていたのが演技だと分かる。
そのままシグルズは両手で盾を構えて、さらに盾の下部を砂浜にめり込ませてゴームソンの攻撃を迎え撃った。
ガツン、と鈍い音をたてて大盾が斧を大きく弾いた。
ゴームソンが驚愕の表情をして、万歳するような格好で体勢を崩す。
今度はシグルズがゴームソンの隙をつく番だ。
大盾をそのまま投げ捨てると、剣を両手で持ってゴームソンの鳩尾を突き込んだ。
ゴームソンは目を見開き、口をパクパクさせて倒れこんだ。
意識はあるようでぴくりぴくりと動いているが、地面を引っかきもがき苦しんでいる。
「うわぁ、アレはキツイ」
「何よ、経験があるの?」
「じっちゃんに訓練でやられた。息吸えなくなるんだよ」
ウィルは思わず顔をしかめる。
観客たちは自分たちの街を守る騎士の逆転勝利に大興奮だ。
シグルズはもどかしげに兜を脱ぐと、膝に手をついてあえいだ。
さすがにゴームソンの猛攻を受け続けるのは楽ではなかったようだ。
息を整え終えると、汗で張り付いた長い髪を振って観客に応えた。
審判がシグルズの勝利を宣言しようとしていた。
「まだだ!」
「えっ?」
ウィルは先ほどまで地面でもがいていたゴームソンが動きを止めていたのに気づく。
それに気づかず観客に手を振るシグルズの後ろで、ゴームソンがのそりと起き上がった。
観客が悲鳴をあげるのとゴームソンがシグルズを掴みあげるのは同時だった。
「ウオオオォォォッ!」
試合場中に響き渡るような叫び声をあげてゴームソンがシグルズの首を締め上げる。
なかば闘争本能のみで動いているのだろう、どこか意識は虚ろで獣のようだ。
しかしその力は枷が外れたようでシグルズは苦しみ必死に抜け出そうとしている。
手や足を拘束されているわけではないので、必死にゴームソンを蹴っているのだがビクともしない。
シグルズの顔色は鬱血してどんどん赤黒くなっていく。
必死に脱出しようともがく中で、シグルズの長い黒髪を縛った紐が切れた。
ふわり、と艶やかな黒髪が宙に舞った。
その瞬間、ゴームソンの動きが止まる。
観客が固唾を飲んで見守っていたせいで試合場に沈黙が広がる。
そして、ぱきん、という乾いた音が響いた。
するりとシグルズがゴームソンの戒めから抜け出す。
そのままゴームソンの腕を抱え込むと、その巨体を投げ飛ばした。
「ガハァッ!」
岩のような巨体がきれいな弧を描いて地面に叩きつけられる。
今度はそのまま意識を失ったようでゴームソンはピクリとも動かない。
審判が恐る恐るシグルズの勝利を告げ、準決勝はシグルズの勝利で終わった。
これで決勝戦の対戦カードが決定する。
決勝戦はウィルと赤弓騎士団団長シグルズの対戦となった。




