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旧知

「お気にだったの」

 肌着だったそれを拾い上げ、童女が胸に抱きしめる。瞬きをした瞬間、またその布は肌着のように童女の身を包んでいた。どこに悲しむ要素があったのかは、俺にはわからない。

 俺の目には、激震の魔王と対峙したときよりも光沢を発しているようにそれが映る。


 周囲には激震の魔王の爪痕が残り、大地は耕した畑のようになっている。草はまばらに散り、地下深くに圧されていた土が風にさらされている。燃えていた家屋も焼け果て残るのは灰だけだ。家畜の語り合うような声もなく、草原に広がっていた生命の息吹は全て絶えたかのように思えた。


 頭に、ライナの言葉が過る。

「春奈……」

 封印されたとはどういうことだろう。

 助けを必要としているのなら俺は行かなくてはならない。だがどこへ。


「案ずるでない。あの娘をどうにか出来る存在なぞおらぬ。例えそれが魔王や神王としてもじゃ」

 俺の内面が、魔王に影響を与えるのだろうか、荒ぶるそれを静めようとするかのように、魔王はそう口にした。

「なんの話なの」

「貴様には関係ないことじゃ」

 途端、半分しか見えない瞳に、怒気が宿ったようだ。

「…………あらあら人間如きに五十三年間封印されてたおマヌケさんがなまちゃんなの」

「我と争い十戦十敗している間抜けに言われることではないの」

「十戦一敗九分けなの。そろそろ高齢からの呆けが始まったの。憐れなの」

 何やら不穏な空気が漂う。


 魔王が宙を漂い、童女の元へ。

 童女が近付く魔王へ視線を向けたまま肩をぐるんぐるん回す。

 魔王が頭突きし、童女をすり抜けた。

 童女の拳が宙を打つ。


「…………」

 何を思ったか童女が俺に歩み寄る。そして、身体を振り絞った。

 次の瞬間、俺の体内から破裂音がした。それと同時に喉元に熱さを感じ、開いた口からは大量の血液が漏れ出す。今日何度目の吐血だ。もう錬気するだけの気力がないなか、重すぎる損傷だった。

「降参? 降参するならここまでで勘弁してやるの」

 何の話だ。皆目見当もつかない。


「小僧、死んでも降参するでないぞ」

 魔王のそんな声が響いて来るが、意味がわからない。

 そもそも俺が死ねばお前も死ぬんじゃないのか。

 というか降参したところで俺にデメリットは皆無だろう。


「ご、ごうざ」

「小僧、黙れ」

「わかったなの」

 童女が俺に手をかざした瞬間、俺の傷は癒えた。先ほどまでの苦痛が嘘のように引き、まるで夢だったようだ。しかし、俺の眼前に出来た血だまりが現実で会ったことを証明する。


「灼眼。お前の言う通りでいいの。認めるの。確かに私は十戦十敗していたの」

 童女がまるで女神に祈りを捧げる信徒のように胸の前で手を組ませた。その表情も信徒のそれだ。

「でもこれで二勝十敗なの」

 童女の顔に、悪魔のような笑みが浮かぶ。握り拳を作り、俺の肩を殴打。元より肩がはめ込み式の部品だったかのようにもげ、鮮血が噴き出す。痛みから、喪失感から、絶叫する。

「後九回降参するの」

 何をどう考えたらこんな結果が導き出されるのかわからない。

「小僧、代われ、代わらんか!」

 魔王のそんな脳を割らんとする勢いの言葉を受けているところから考えるに、魔王には納得の出来る論理展開らしい。こんなバカげたことに俺を巻き込むな。よっぽどそう言ってやりたかったが俺の口は哭くことしか出来ずにいる。



「ふふふ、これで九勝十敗なの」

 童女は興奮に顔を赤らめ、荒い息を吐いている。

「よしわかった。小僧。灼眼の魔王の名において契約する。この争いを終えた瞬間必ず返す。だから身体を貸せ」

 だいぶ熱っぽくなった俺の脳内に、そんな言葉が届く。

「契約は必ず遵守される。それがこの世界の法則じゃ」

 お得意の権謀術数か。そう問うた俺に、魔王が必死の様子で否定する。

「ええい、そんな余裕があるか! だいたい小僧相手に我の謀が上手くいったことがあったか!?」

 この魔王大丈夫だろうか。ボロ雑巾のように横たわりながらも、俺は少しだけおかしくなって笑えてきた。


「これで十勝十敗。イーブンなの」

 童女が俺を癒し、再び破壊。

「春奈を、助ける力も貸してくれるか?」

「よかろう」

 結ぼう、その契約。俺が声にならない声でそう唱えると、俺は自分の身体からはじき出された。

 それまでの辛さが瞬く間に消え去り、視界も明瞭化。


「く、くくく。ようもやってくれおったな落涙」

 黒い肌、沈む日よりも赤い瞳の俺が、歪に唇の端を上げる。

「ご老体が無理するななの」

「久方振りの肉体じゃ。加減できずとも恨むでないぞ」

「加減も何も見たところ五割程度の力しかないの。それで私に勝つ気とかなまちゃん通り越していっそ憐れなの」

 童女が、かつて魔王が取り戻したと口にした力量を言い当てる。魔族というのはこういったものに敏感なのだろうか。


「確かに貴様を相手取るには八割は欲しいところじゃ」

「しかも片側の目灼眼に見えて灼眼じゃないの。御老体寿命近いんじゃない? なの」

 魔王が負ける気配しかしない。個人的にはどちらでもいいがせめて死ぬのだけは勘弁して欲しいところだ。

 十回も殺されかければさすがに童女の考えに見当はつく。童女は十一勝目を得るため、俺を殺さなかった。次でその十一回目だ。容赦はないだろう。


「くく、この目を前にして、同じ口が利けたら褒めて使わそう」

「歳だけ上のご老体が何を言うなの」

 童女が片目から一滴涙を流し、それを指で掬い、しゃぶった。それと同時に彼女の周囲を漂う紫の錬気がさらに濃さを増す。それはまるで可視化された瘴気の如き禍々しさを帯びる。


 そして魔王も動き出す。

 魔王の右眼から赤が消え。そして黒い瞳へと姿を変える。

 刹那、童女が酷く青ざめた顔で飛び退った。


「おーけーわかったなの、引き分けなの」

 童女が錬気を解き、もろ手を挙げた。

「冗談じゃろう? 我の勝利じゃ」

「冗談はよせなの。そんな力使ったら灼眼も死ぬの」

「負けるよりはよい」

 引き分けでいいだろ。俺のその言葉は、魔王には届かないようだ。


「引き分けなの」

「我の勝利じゃ」

「引き分けでいいだろ」

 念じての会話だと無視されるので口に出したが、双方に睨まれた。なんで童女まで睨んでくる。理不尽だ。


「よいか小僧。魔王は数居れども魔界を統べる魔王はただ一人なのじゃ。そしてそれが我じゃ。何故我がそうであると他の魔王に認められるか、それは偏に我の勝利数が他を圧倒しておるからじゃ。負けてもよい、引分けてもよい。じゃが、それらの数が多ければ多いほど勝利が曇るのじゃ。ゆえに我はこんなつまらぬところで勝利を譲るつもりはない」

「仲介役なんて立てたら最悪なの。みっともないの。魔族は個々が自由に振舞ってこその魔族なの」

 魔王も同意するかのように童女の言葉に頷く。


「もう勝手にしてくれ」

 酷く疲れた。俺の背後で、あーでもないこーでもないと二人が言い合うのを聞き流しながら、俺は春奈とライナの姿を夜空に思い浮かべた。本物の星が瞬き、それはそれは綺麗な物だった。

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