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旅支度

 最寄りの町に着くと、真っ先に道具屋に向かったが、途中の広場で足を止めた。

 立札が立っていたからだ。

『女神第四教会所属、春奈の王城出頭を命じる。応じられない場合、女神第四教会は廃止処分とする』

 精霊通信で王国中に命じられたのだろう。そんな立札が用意されていた。

「春奈」

「パパもママも覚悟してくれてる」

「お前はそれじゃダメだろう」

 春奈は俺と目を合わせようとはしてくれない。

「どういうことじゃ?」

「女神第四教会は春奈の実家だ。廃止処分は暗に関係者全員処刑」

 俺の言葉を受けて、魔王が嘲笑する。


「人とはこうするものじゃろう?」

 違う。これは人が人であるために行われている行為だ。

 秩序を保ち、一丸となって脅威に立ち向かうための法。

 今回、人の世を乱しているのは俺たちだ。


「春奈、行って来い」

「ダメだよ、私がいない間に勇者さま方が来たらどうするの?」

「何とか、するさ」

 春奈は本来家族を見殺しに出来る女じゃない。だから、俺は送り出す。


「俺もおじさんおばさんには世話になってるし、死んでほしくない」

「だけど――」

「我の肉体でもある。危険が迫れば我が我の肉体を守るために勇者共を食らおう」

「させないけどな。まあ、とりあえず、おじさんおばさん助けて四人で暮らそうぜ」

 出来るだけ優しく言ったつもりだ。それでも踏切りがつかないように春奈は目を泳がせる。


「春奈」

「…………わかった。行って来るね」

 無理に作った笑みだとわかった。その意味はわからないけれども。


 春奈が一足飛びで王城を目指した。行きと同じでそう時間はかからないだろう。

 俺ならともかく、春奈相手に無茶をする王ではないはずだ。サラスも失敗した手前大人しくしているはず。

「来るぞ」

 魔王が告げた。


 瞬間、背中が熱くなった。

 斬られたのだ。

「さあ、小僧。我に肉体を渡せ。さもなくば、死ぬぞ?」

 ふざけるな。まだ浅い。

 俺は錬気を始め、遁走した。



 妙な話だ。逃げ出したところですぐに追いつかれるはずだった。何せ俺は勇者としては下の下クラスの錬気しか練ることしか出来ない、いわゆる出来損ないだ。それに斬られた傷もある。

 それなのに俺に仕掛けてきた奴は追撃をしてこない。加えて背中の熱は、すでに引いていた。

 不安に思って後ろを振り返ると、襲撃者の姿はわずかずつではあるけれども、離れていく。背に伸ばした手は、かさぶたに触れる。

 俺よりも未熟な勇者だろうか。そう思いながら即座に否定。そんな奴が戦いに顔を出す訳がなかった。斬られた背中の出血がこの短時間でふさがっている理由にはならないだろう。


 魔王は俺の肉体に引っ張られるように隣を漂いながら欠伸をしている。

「何か、したのか?」

「はぁ……鈍いのう。小僧の錬気、色は何色じゃ?」

 魔王の心底呆れたという調子に腹は立つけれども、下ろした視線でそれも無理はないことだと察した。

 本来無色透明の錬気に、紫が混じっている。ようは薄紫色の錬気が俺の周囲に漂っていた。


「我の力の一部が小僧に流れ込んでいるらしいの」

 どうやらそうらしい。そしてそれは俺の逃げ足と回復に一役買ってくれているようだ。

 そして襲撃者も追いつけないと悟ったのか、再度見返った時には影も形もなくしていた。


「どうやら小者だったようじゃの」

 信用してはいけないことを学習する。こいつの当初の言葉に従っていれば身体を明け渡さなければ死ぬという話だったくせに平然と魔王は小者だったと言ってのけた。


 でもそれより問題は春奈に何も告げることなく町を離れてしまったことだ。

 これからどうすればいいだろう。先に自然区へと向かうか。しかし旅支度をする間もなかったし、着の身着のままで生活出来るほど樹海は甘い環境ではない。

 思案顔をしていたのだろう、魔王が話しかけてくる。

「あの娘と共に居らねば小僧じゃと気づかれまいよ」

 歴代最強の勇者である春奈の顔と、取るに足らない俺の顔では確かに知名度に差がある。それは至極真っ当な言葉かもしれない。だが、今の俺は魔王の器となった。ならば精霊通信でどこまでの情報が勇者間で共有されているかはわからない。


「いや、魔王の器になったんだ。知られていると考えた方がいいだろう」

「ほう…………」

 初めて、見下す目を止めた魔王がそこには居た。

「その程度の知恵はあったのか、それとも出来たのか。ではどうするのじゃ、小僧?」

 やはり確信しながらも、あえて正体を知られていないと甘い言葉を吐いたのだ。今この場には、俺の仲間はいなかった。


 考えても、どうすればいいかなんてわからなかった。

 人里離れれば魔物がいる。魔族こそこの五十年の間に姿を消したが俺では魔物の相手すらままならない。

 だいたい人里を離れて暮らしていけるかと考えると厳しいものがある。衣食住まともに揃えられないだろう。

 春奈さえ傍に居てくれれば俺はどんな環境でだって生きていく腹積もりだ。だけど、今この瞬間に春奈はいない。


「どうした? 娘が居らんと何も出来ぬか?」

 図星。きっとこの腹立ちもそこから来たのだろう。

 魔王を睨み付けたが、奴は取るに足らないように、嘲笑を浮かべるだけだ。


「年長者としてひとつ助言をくれてやろうか?」

 ごめんだ。甘言も、虚言も。それに、騙されてやるものか。俺の身体は俺だけものだ。

 俺は外套のフードを目深に被り、近くにある村を目指した。

 必要な物は当面の衣料と食糧だ。それさえあれば、後は辿り着いた樹海で何とかしよう。



 三日ほど歩いて辿り着いた村は、のどかなものだった。

 大草原の一部に位置するそこは、俺の住んでいた王都とはだいぶ空気が違う。

 太陽を遮るような木々もなく村全体を太陽が照らし、耳に入るのは放牧されている家畜の鳴き声に、わずかばかりの談笑の声。店もないような田舎だった。


 失敗だっただろうか。頭の中にあった地図で最寄りの人里ということで足を運んだが。

 いや、食糧や衣類くらいならあるだろう。そうあたりを付け、談笑する老人たちに声を掛ける。


「すみません。旅の者ですが、不注意で荷物を失ってしまいました。当面の食糧など旅支度を整えたいのですが、どこか買物が出来る場所はありますか?」

 ないだろうとは思いつつ、訊ねる。

「あんれま、大変だったねえ。でも残念ねえ、行商はついこないだ来たばかりで当分こないねえ」

 なんという間の悪さだろうか。幸い、ここに辿り着くまでは沢で喉を潤し、野兎を狩って飢えもしのげた。ただ、これから先もそう上手くいくとは限らない。

「そう、ですか。ありがとうございました」

 答えてくれた老人は特に何の感想も持たなかったようだが、隣の女はそうでもなかったらしく、外套を目深に被った俺に不審の目を向けていた。長話は、あまりよろしくないだろう。


「金さえ払ってくれるなら麻袋、干し肉程度なら用意してやるよ。服も貫頭衣よりかはマシ程度でよければそれも」

 背を向けた俺に、女がそう投げかける。

「訳ありっぽいからね。たんまり払ってくれるだろ?」

 当然、俺は深く頷いた。


 女に付いて行き、入った家の中は、草の匂いで一杯だった。草原の上に直接絨毯のような床を敷いているからだろうか。それとも枯草で出来た屋根の匂いだろうか。わからないが、不快なものではなかった。

「じゃあこの麻袋と、干し肉と、服は適当に旦那のを詰めてと」

「あの、いいんですか?」

 明らかにそれらには生活臭があった。高確率で普段使用している物なのだろう。

「いいんだよ、アタシらはもうすぐこの村を出るからね。生活がガラリと変わるから大抵のものは新調させてもらうさ」

「出て行かれるんですか?」

 悪くない雰囲気の村だと思ったけど。彼女にとってはそうではないのだろうか。


「魔王が復活したんだと」

 思わず、息を飲んだ。そのことに気付かなかった彼女は続ける。

「この辺りは魔王がいたころは戦場だったからね。たぶんまた戦場になるだろうって王さまがね、支度金も用意してやるから内陸の方に越して来いだとさ」

「そう、なんですか。辛いですね」

「そうでもないさ、王さま様々さ。遠くの国では最近滅んだ村もあるそうじゃないか」

 魔王に目をやると、相変わらず奴は漂うだけで、何も言うことはなかった。ここ数日魔王の声を、俺は聞いていない。


「ほら、これでいいか」

 女に渡された麻袋には、皮で作られた水筒、干し肉、衣類が容量一杯にまで詰め込まれていた。

「ありがとうございます、お代はこれで」

 俺は銀貨三枚ほどを手渡すと、女は目を丸くする。

「アンタ家出中のお貴族さまか何かかい?」

「あー、その、そういう訳では」

「はは、まあいいや。口止め料込みで受け取っておくよ」

 そう言うと、彼女ははその金を引き出しにしまい込んだ。

 頭を下げ、家を出ると再び太陽の光を一身に浴びた。


 すると女の旦那なのだろう、一人の男が家の前まで騎乗したままやって来た。

「うん? 間男か?」

「いえ、旅の道具を分けて貰っていただけです」

「くはは、冗談だ。すまんな、おい、帰ったぞ」

 旦那は豪快に笑い飛ばすと女へと声を掛けた。女が現れると下馬し、二人は熱い口づけを交わし始めた。


 気まずいので目を逸らすと、また旦那が笑った。

「いや、この分だと本当に間男ではないようだ。はっはっは」

「バカだねえアンタ。それよりやけに早かったね。どうしたんだい?」

「うん、それがな。あまり見ない魔物が狩り場にいたものだから勇者さまを派遣して貰おうと思って戻った」

 余計なお世話だとは思いつつ、俺は口を挟む。

「勇者制度は廃止されましたよ?」

「うん? そうだな。王国ではそうだな。だがここをどこだと思っている? 国境近くだぞ、隣国の自然国に要請すれば自然国にいる勇者さまが来てくれるんだ」


 どういうことだろう。勇者制度が廃止されたのは王国内だけなのだろうか。

 しかし何はともあれ、勇者が来るというのであれば長居は無用だ。

「あの、旅道具、助かりました」

「ああ、いいんだよ。アンタもちゃんといつかはお屋敷に帰るんだよ」

 二人は、外套を目深に被ったような怪しい俺に屈託のない笑みを浮かべたまま、見送ってくれた。


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