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サンジ

 刃をサンジに差し込めばそれで終わる。だけど、それがライナには出来なかった。

 ライナが錬気を強めたのを感じた。しかしそこまででライナが何かをすることはない。


「び、ビビらせやがって人形風情!」

 サンジが錬気を練り、ライナの頬を打つ。短い悲鳴と共にライナが紙束に突っ込み、紙束が宙を舞う。


「ライナ!」

 ライナへ駆け寄るか、それともサンジを攻撃するか逡巡し、俺はサンジへと向かった。

 俺は拳へと錬気を練る。これまでで最も色濃い紫色をしたそれはきっと十分な威力があるだろう。サンジの見開いたその目がそれを雄弁に物語っている。俺は魔王に身体を貸したことでまた強くなったようだ。


「れ、劣等生如きが――」

 サンジが愛用している盾を錬気で生み出す。投げつければ切断系の投擲武器にもなるそれを、サンジは本来の用途で使う。

 俺はそれをそのまま殴りつけると盾はへこみ、そのまま砕けた。振りぬいた勢いそのままに俺の拳はサンジの腕にまで届いた。表面の肉を押し潰し、その奥の骨まで粉砕する。


「ぎぃやああぁあ」

 室内に、みっともない悲鳴が響く。サンジはうずくまり、青黒くなった自分の腕を、涙で濡れた眼球で見ている。痛みからか、その口からは涎が垂れていた。


「ライナ!」

 改めて俺がライナの所まで行くと、ライナはサンジに殴られた拍子に口を切ったのだろう。口端から一筋の血を流していた。見たところダメージはほぼない。ただ、その目からはライナらしい色が消えている。

「なあ、勇人」

 弱々しい声だった。俺はこんなライナの姿を見たことはない。入校初日の洗礼戦後の時も、春奈に何回負けても悔しさをバネにすると口にするばかりだった男だ。それが、全てを諦めたような目をしている。


「俺はもう勇者としていられないのか?」

「そんな訳ないだろ。お前は科学者側に付いた勇者たちと、残存勇者を率いて戦ってたじゃないか。科学者側に付いた勇者たちをこの地下から出さずにいてくれたじゃないか。もしもあいつらが国中に散っていたらそれこそ国が終わってたかもしれない」

「そうなのか? だとしたら、嬉しいな。でもよ、これから先、俺は役に立たないんじゃないか?」

 サンジを斬れなかった。そうなるとサンジよりも重用されている面々にはライナは逆らえない恐れがある。

 ライナもそれに思い当たったのだろう。校生時代は脳筋だった癖にらしくない。


「ああ、全くだ。餌としても使えねえみてえだしこっち側からも要らねえよ手前は」

 再形成だ。十全の調子に戻ったようでサンジの腕には再び盾が生まれ、その顔は嘲るようにして歪んでいる。

「おら、天才騎士様。そっち側にいられるかどうか最後に試させてやるよ、ほれ、ここだここ」

 ここだとサンジが先ほど自分がライナを殴った箇所を指で示す。ライナがゆっくりと立ち上がる。止めるべきかどうかを悩みながらも、俺は止めることが出来なかった。


 ライナが錬気を拳に乗せ、振るう。

 サンジがわずかに身を引いたが、避けたというよりも小心からの反射だろう。

 そしてライナの拳はサンジに直撃するその間際で、止まった。


「ま、そういうことだ」

 サンジの盾が今度は武器として使用され、ライナを両断した。錬気を解いたライナの身体は、まるで豆腐のようにサンジの盾を通し、そのまま崩れる。

 そして間もなく再形成が始まった。肉体が赤い灰のような物へと変わり、集い、球になる。それから最後には斬られる前の姿を、ライナは取り戻す。


「確か後三回分だぜ、手前は」

 鳩が鳴くような笑いを上げ、サンジが粘つく視線をライナに向ける。ライナはその視線を受けても表情一つ変えなかった。ただ視線を下げ、拳を握り込むこともなく腕を下げている。


「ライナ! しっかりしろ! お前は王立騎士団所属の勇者だろ!」

 正確には元勇者だ。だけど、一々元を付ける勇者も国民もいない。制度勇者は崩壊して金銭等の褒賞は無くなった。しかしそれでも世の中のためにその力を振るう勇者は少ないながらも存在し続けた。ライナは騎士団に入団したけど、もしも騎士団に入れなかったとしてもライナは世のために力を使ったはずだ。

 だから、ライナは今だって勇者だ。勇者は諦めちゃいけない。


「これで残り二回だなあ」

 サンジが盾を振りかぶる。ライナは動かない。サンジが降りおろしたその瞬間、俺はサンジとライナの間に割り込んだ。サンジの盾は、錬気を広げただけの俺の腕一本断つことが出来なかった。

「邪魔だ劣等――」

 言葉を最後まで言わせずに拳を叩きこんだ。劣等生劣等生いつまでもうるさい。

 サンジは車輪のように紙束の上を転がり、本棚に直撃し、倒れ込んだそれの下敷きになった。


「ライナあ!」

 ライナの頬を、俺は素手で殴りつけた。ライナはそのまま紙束の上に倒れ込み、立ち上がろうとはしなかった。

 悲しかった。悪の親玉を倒せないかもしれない、それだけのことで絶望し、死んでもいいと思うほどライナは傷ついている。そんなクソ真面目な勇者が世界に執着してくれない。それは俺の涙を誘う。


「お前何やってんだよ」

「……ホントにな、何やってんだろうな。ここまで残存勇者をおびき寄せる人形になったことも知らず、甘言に乗せられず佐伯と敵対することも厭わない勇者たちを全滅させて、悪に屈して」

「そんな話してねえだろ、そもそもお前はまだ屈してなんかいない。一緒に佐伯の野郎をぶっ飛ばしに行くぞ、爆弾をぶっ壊しに行くぞ」

 ライナは、俺の方を見ようとしない。ライナの顔に涙が流れているのが見えた。


「ってー、劣等生のくせにやけに上等な錬気使いやがる」

 サンジが首を振りながら本棚をひっくり返す。その本棚の後ろ、隠し階段が見えた。


「げっ、クソついてねえ」

 これまでエレベーターなどのギミックから俺たちはスイッチのような物や仕掛けを探していた。何ということはない、ただ壁代わりに本棚を使っていただけだった。そしてサンジの言動から俺たちにとってはよい発見のようだ。


「ライナ、爆弾か佐伯かどっちか知らないけど会えそうだぜ」

「俺が起爆するように作られてたらどうする。佐伯を守るように作られてたらどうする」

 本当に脳筋だったとは思えない。短い間だったけど、騎士団で鍛えられたのだろうか。


「はっ、その前にこの階段見つかったからにはお前ら生かしておくつもりはねえよ。手前ら全員ここであの世行きだ」

「なまちゃんなの」

 それまで静観し続けていた童女が動いた。サンジの胸元を貫き、返り血を浴びる。サンジの喉から喀血の音がした。童女の挙動を目視出来なかったのだろう、酷く緩慢な動作でサンジは童女と自分の胸元を見下ろし、再び吐血。


「いい加減、学習したなの」

 童女はサンジの胸元に差し込んだ腕をわずかに自分の方へと引き戻し、そのままサンジの腹へと動かす。骨が折れ、筋線維が千切れ、内臓が破裂する音が鈍く響く。

 あまりの激痛からか、サンジは白目になり気を失っていた。しかしそれも体内を弄られることで生じる痛みか不快感からか意識を取り戻す。その口からは声にならない呻きを発している。


「あったなの」

 そうしてようやく童女が腕を引き抜くと、白い何かの破片を手にしていた。

「お、僕の一部だね」

 童女が多命の賢者を一瞥し、確認が取れたと言わんばかりに小さく頷く。

 そして、何を思ったのかそれを口に放り込むと噛み砕き、唾を吐くようにしてそれを捨てた。


 サンジがその一部始終を濁った瞳で追い、吐き捨てられた白い欠片に手を伸ばす。持ち上げられた腕は小刻みに揺れ、童女がかき乱した胴体からは止めどなく血が溢れ、サンジの目からは涙が流れる、

「ばが、な」

 そう言い残し、サンジは顔から倒れ込んだ。

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