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ライナの異常

 三つ目の通路には何の障害もなかった。

 誰かが立ち塞がることもなければ罠もなく、俺たちはただ先を行くライナの背を追った。

 通路の奥にこれまでで見慣れた扉が姿を現し、そこで初めて足を止める。


「娘が居るの」

 魔王の言葉に、思わず扉に突っ込んでしまいそうだった。それを何とか耐え、ライナへと視線を向けた。

「この先に春奈がいる」

「本当か? なら、行こう」

 ライナが扉に触れると炭酸水の入った容器を開封したような音がし、扉がゆっくりと開く。


 佐伯の研究室らしき部屋の中の空気が、俺たちのところまで流れてくる。

 それは冷たく、消毒薬の臭いだったり液体のなかに空気を送り込んでいるような音だったりをこちらまで伝えてきていた。


 そして、俺は部屋の隅に居る春奈の姿を視界に捉えた。

 春奈は全身を菱形の水晶に覆われ、飾り細工のような印象だ。

 水晶には鎖が繋がれ、先は天井、壁へと繋がっていて、それはまるで浮かんでいるようだった。

「小僧の話を聞いて大方予想は付いておったが、灼眼を使用したようじゃの」

「どういうことだ?」

 確か灼眼を春奈に与えた時、この魔王は身体が保たないから使うな。そう念を押していたはずだ。まさかその影響が今のこの春奈だというのだろうか?


「しかしつくづくこの娘は恐ろしい。ただ使用するに止まらずまさかここまで我の灼眼を使いこなすとはの」

「だから、どういうことだよ」

 失敗してこうなったんじゃなくて、春奈が望んでこうなったというのだろうか。

「この娘は空間の存在を焼いたのじゃ。おそらく科学者の使用した煙というのが猛毒だと見極めたのじゃろう、身を守るため周囲の空間を焼き、外界と自身を分かったのじゃろう」

「仮にそうだったとしてじゃあ春奈はこの後どうするつもりなんだ?」

「さて、この娘は我の想像の範疇にないからの。ただどうにかしようとするのならば、我の灼眼でとけ固まった空間を再度とかせば問題なく蘇るじゃろう」

「そんなことが出来るのか?」

 出来なければこんなことを言いはしないだろう。わかっていても、思わずそう尋ねてしまいそうになるのもわかって欲しい。空間に関する認識が、俺とは違う。空間を焼けるだけでも理解出来ないし、それをさらに焼いたら元通りになるなど訳がわからない。


「ただ、八割の力は欲しいの」

 それはつまり、現時点では打つ手がないといっているのだろうか。

「そんな顔しなさんな、魔王さまのご機嫌損ねたらその子どうしようもないと思うよ?」

 何が可笑しいのか、多命の賢者が歯をむき出しにしている。

「それより魔王さまの力を回復させる方法を考えた方がいいんじゃない?」

 こいつの言うことは一々一理あるのだが、それがなおさら俺の神経を逆なでる。


「いや、その前に爆弾だ」

 ライナが一歩前に出て言う。ライナは周囲に目をやり、それから本棚に触れ始めた。

 一瞥したところ、その爆弾というものは存在しなかった。

 本棚に詰められているのは紙の束で、その本棚は部屋の壁全体を隠すように並べられている。その本棚の前には入りきらなかったのだろう紙切れ、よくわからない肉片の浮いた容器とそれに繋がる管、さらにそれを辿ると低い唸り声を立てる金属製の箱。


「隠し扉があると思ったんだが……」

 ライナは本棚の紙の束を床に放り投げ、空になった本棚へと手を伸ばしているが、成果は出ていない。

 そして、待つのに飽きたのか童女が錬気を始めたその時、俺たちが入って来た扉が開いた。


「お、久しぶりだな劣等生」

 目鼻立ちが整っていると言えばお世辞になる程度の三枚目の男は、染め上げた茶髪を弄りながら、笑顔を見せた。次いでライナに気付くと、嫌らしく顔を歪める。

「獲物の追い立てご苦労さん。今回は劣等生だけか? 使えねえなあ、天才騎士殿は。で? 通路の番犬共がいなくなってるんだけどどういうことよ?」

「サンジ、お前何言ってんだ?」

 ライナが目を丸くして言った。サンジが声調からライナをバカにしているのはわかるが、ライナは一々こんな小者に腹立てたりするような男じゃない。だから言外の意味はない。しかしライナに劣等感を覚え、異常なまでの被害妄想を持っているサンジにはそうは取れなかったようだ。


「ああ? お前いつまで俺より優秀なつもりなんだよ、科学者殿の駒風情が」

「どういうことだ?」

 ライナの目が細められた。勇者の眼光だ。サンジが思わずといった様子で一歩後退し、それに気づき舌打ちをする。

「お前はな、ここがおかしくなってんだよ。ひゃは、そのことにも気づかず憐れだねえー」

 ここ、そうサンジは自分の頭を人差し指で何度か叩いた。


「お前は残存勇者を研究室に案内するだけの機械人形になっちまってるんだよ。お前は口では王国を守るためって言いながらそのための勇者たちを次々に死地に送り込むだけの犯罪者になっちまってんだよ、ひ、ひゃは」

 おかしくてたまらない。自分よりも優れた者が堕ちていく様が快感だと、サンジの笑いは示している。


 ライナが俺を見た。だから俺は首を振る。

 きっと、頭がおかしくなっているのはサンジの方なんだ。

 そうでなければこいつ程度が科学者の協力者として重用される理由がない。

 ライナは短く頷いた。それはきっと同窓を解放しようという意思の表れだ。


「ああ、おもしれえ。さて、それじゃあのこのこ餌に釣られたバカ野郎を排除しますかね。ええと、劣等生。お前だお前……あ? そういやお前そんな肌の色してたか?」

 こいつ本当にバカだな。そう思うのと同時に、ライナがサンジに襲い掛かった。床に散りばめられた紙が宙を舞う。ライナは既に錬気で愛用の鞭を生み出している。そして八又のそれを束ね、一本の刃と化す。

 それはサンジの首元に迫り、そして、止まった。遅れて、サンジが尻餅を着く。しかし、そこまでだ。

 ライナが斬ろうとすればすぐに斬れる今この状況、だが、何故かライナは斬らない。


「なあ、勇人」

 ライナが乾いた笑いを浮かべる。その声は震えている。

「身体が、動かないんだ」

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