灼眼
ライナのたどたどしい話を聞き、今度は俺の側の話を済ませた。
童女は無言で自分の引き起こした破壊の後を眺め、宙を漂う魔王もそれに続いている。無音の時間が数秒過ぎて、ライナが口を開く。
「俺はこれから爆弾の起爆装置を破壊しにいく。その後、佐伯を殺る。あいつと、あいつの技術は何と言うか、在っちゃいけない物の気がするんだ。出来れば勇人にも手伝って欲しい。仲間が全滅しちまったのは辛いけどよ、その、なんだ。あちら側もだいたいいなくなっただろうし俺たちだけでも何とか出来るはずだ」
童女へとライナ共々目配せをし、そして俺は加えて魔王を見た。二人は俺たちを見ようとはしなかった。まるで二人はここにいるようでいて遠い場所にいるようだった。俺の視線も、声も、存在すらも届いていないような、そんな様子だ。
「灼眼、あれなの」
童女の物言いにライナが眉を寄せ、多命の賢者の軽薄な声が響く。
「あーやっぱり僕の身体使われちゃってるねー」
その言葉に俺は童女が一掃した空間へと顔を向けた。そこで見た物は、赤い灰が球体を成すところだ。それは球体を作り上げると、そこからは一瞬だった。無傷の勇者たちがそこには立っていた。
両手の指の数では足りないほどの男たちを前に、ライナは錬気を始める。
「くそ、なんなんだよこれは」
舌打ちをし、ライナは弱音を吐いた。そこに童女が復活した勇者たち目掛け腕を突き出す。
「か、無駄無駄。そんなバカみたいな錬気何発も撃てないだろ? 俺たちが死ぬのが先か錬気を使い果たして手前が死ぬか試してみるか?」
粘つく哄笑と共に不良勇者が無防備に身体を開き、顔を歪める。
「痛みは感じるのかの」
魔王の疑問に答える者はいなかった。童女は相変わらず冷たい目をしていたし、ライナは今にも雷蛇を生み出そうとしている。
そこからは焼き直しの光景が繰り広げられた。童女の腕から避けようのない光の奔流が生じ、勇者たちが飲み込まれ、消失してはまた再形成される。再形成されるまでの時間は繰り返される度に短くなっていく。何度も何度もその光景を目にした。
そしてついに、童女が肩で息を始める。恐るべきはこの通路の強度だったかもしれない。床はもう完全に硬質の材質を失いただの土塊と化していた。しかし今なおこの通路は潰れることなく形を保っている。
「手前いい加減にしろよ。諦めてぴいぴい泣きながら死んでればいいんだよ。手前らみたいな選ばれなかった奴らってのは俺たちみたいなエリートに傅くだけが存在意義なんだからよ」
不良勇者が剣の腹で肩を叩きつつそう口にした。童女は唇を噛みつつ、肩を回し始める。
「小僧、我に代われ」
魔王のその声は、どこか真摯さを感じさせた。その声は、ライナが家族を語る時の声に少しだけ似ていた。
「負けるってのか?」
「落涙は負けんよ。魔界で我に次いで力を持つ者じゃ。たかが死ににくい程度の勇者が屠れるものではない」
「じゃあどうして?」
「何、多少あやつの物言いが気にくわん。それだけじゃ」
それだけで身体を預けるような危険を負うのはバカげている。だけど、俺は不思議とそのバカになった。
許可をしようと思ったその拍子に、俺は自動的に幽体となり俺の身体に魔王が入り込む。すぐに肌は斑から黒一色へ、そして瞳は輝かく赤へ。
「落涙、貴様の技ではあれが楽に死に過ぎるとは思わぬか?」
童女が氷の目を俺の身体に向けたと思うと、入れ替わったことに気付いたのだろう、そこで久しぶりにただの怠そうな半眼となった。
「仕方がないから譲ってやるなの」
少しだけ顔を傾け、童女は微笑んだ。
「何ごちゃごちゃ言ってるんだ? そろそろ俺たちの番でいいか? 命乞いでもしてみろよ、ひょっとしたらボロ雑巾になる程度で許してやるぜ?」
「許しは乞わぬ」
そう言って魔王が目を閉じた。不良勇者が鼻で笑うと、魔王は再び目を開く。その瞳は青く蒼く碧くなる。そして魔王は俺の身体を使って俺の顔とは思えぬ表情を見せた。
「我が名は灼眼の魔王なり。我が名を表すこの技を宵の旅路の路銀とせい」
その口が、聞き取れない言葉を呟く。発せられた音は音として認識できるが表現も再現も出来ない、そんな言葉だ。
そして青い炎が俺たちを除いた全ての者を覆い込んだ。誰一人悲鳴を上げることが出来なかった。一瞬にして身体の七割が縮み込み、丸くなっている。歩くことも呻くことも蠢くことすら出来ないようだった。
「あれ苦しいんだよねー。まず息出来ないし」
多命の賢者がいつもの歯をむき出しにした顔を見せている。
「何が、どうなってんだ」
答えて貰えるとは思っていなかっただろう、ライナの呟きには無意識が感じ取れた。
「どうした小僧、爆弾とやらをどうにかしに行くのではなかったのか?」
ライナは初めて伝説の魔王を前にし、冷や汗を流した。