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科学者と春奈

「おい、お前まだ生きていた仲間が居たかもしれないの――」

 俺はライナを羽交い絞めにし、その口も手で塞ぐ。今の童女は何をするかわからない。

「落ち着け、ライナ。そいつは落涙の魔王だ。激震の魔王を覚えてるか? あれを一撃で殺せる力がある。わかったら落ち着いて俺の話を聞いてくれ」

 ライナが首肯し、俺は手を離した。それにしても随分とすっきりしたものだった。渾然としていた戦場は見る影もなく、残されているのはエレベーターから続いた通路に続く通路のみ。そこで戦っていた者は誰一人姿形を残していない。


「勇人、魔王ってのはそんな何体も居るものなのか?」

「俺も詳しくは知らない。けど、どうやら俺たちが教えられてきた魔族の話は色々と違うものがあるみたいなんだ。それよりもライナ、今はどういう状況だ?」

「俺の方こそ聞きたいことが山ほどあるんだけどな、ああまあいいや。お前と春奈が居なくなってからだ」

 俺が頷くと、ライナは一度俺から目を逸らし、それからまた真直ぐに見据えた。


「非常事態宣言が賢王さまから出されて王都に暮らす皆が疎開した。残ったのは俺たち勇者だけだ」

「非常事態宣言? 疎開?」

「お前たちが魔族共々王都を攻めてくると思ったらしい。バカバカしいとは俺も思う。戦場を王都に選んだ意味も俺にはわからなかった。だけど、その意味がわかったから俺たちは今ここにいる」

 ライナにしてはまどろっこしい話し方だった。それだけ事情が複雑なのかもしれない。ライナが言葉を選ぶように視線を動かし、それからようやく口にする様子を見てそれはわかった。


「王都の地下に、爆弾が埋まっているらしい。これが爆発したら今後百年は生物が住めなくなるっていうそんな爆弾だ。賢王さまはお前と春奈が王都に攻め込んで来たらそれを爆発させるつもりだったみたいだ。もちろんそれを使わないに越したことはない。賢王さまは春奈の家族を捉えて春奈にメッセージを送った」

 それが、俺たちの見た高札なのだろう。

「そして春奈が来た。俺は少なくとも話し合いが始められると聞いていたし、その役目を俺は任されてあいつの前に立った」

 ライナの言葉から俺はその場面を想像した。



 謁見の間には、賢王、王国騎士団団長、近衛兵長にライナ、そして数名の近衛兵が詰めていた。一国とすら戦争を出来るだけの戦力だ。そして、そこに春奈が加わった。

「よくぞ参られた春奈殿。安心召されよ、貴殿の両親は存命である」

 賢王は控えていた近衛兵に春奈の両親を呼びに行かせ、間もなく二人が姿を現した。そして、両親の姿を目にした春奈は感情のない瞳で言う。

「人間爆弾ですか。科学と錬気の融合爆弾に科学者さまは結局何という名前を付けたのですか?」

 その言葉にライナ以外の者たちは目を見張り、絶句した。


「何のお話ですかな、春奈殿」

 口調こそ常の賢王だったが、大きく喉を動かしている。唾液を飲み込む音が聞こえるようだった。

「少し、改良をされたようですね。魔族を器にしたのですか」

 騎士団長が剣を抜き、春奈へと向ける。

「賢王さま、春奈殿はここで葬るべきです」

「待ってください団長、春奈の説得は俺に任されているはずです」

 新人が団長に意見する権利はなく、彼も聞く耳を持たぬようにしてライナの非難を受け流している。


「止めい。春奈殿、貴殿はどこまで知っておられる?」

 賢王の制止に、渋々ながらも剣を収める団長を一瞥し、春奈は賢王へと向き直る。

「どこまでとは? 代々王族が擁している科学者佐伯さまのことでしょうか? それともメリルの原住民をくだらない装置の原料としていることですか? それとも――」

「――そこまでだ。みなまで申さずともよい。全て承知した。どうやら私は貴殿を見くびっておったようだ。最強の勇者よ、私の剣となってはくれまいか? 私は異界人をこの世界の住人としたいのだ。元の世界に帰れずこの地で骨となった祖先に、彼らは異界で死したのではないと慰めたいのだ」

 賢王は、春奈の口から全てが明るみに出されるのを嫌ったのか周囲を見回してから、頭を下げた。


「お断り致します。一つ、賢王さまは勘違いなされているようなので申し上げます。私は、私と勇ちゃんの命を脅かさない限りこの国にも世界にも興味はありません。私は勇ちゃん以外の何も求めません。ですので、何を警戒される必要も賢王さまにはございません」

 そう告げる春奈の目は、およそ温度という物が感じられなかった。

「信じろと? 困難の果てに、たった一人の気まぐれでいかようにも滅びる世界で枕を高くして眠れるとでも?」

 賢王の眼差しは鋭い。


「今この瞬間、この王国が存在していること、それが証明にはなりませんか?」

 賢王は一度天井を見上げ、それから目を閉じた。その胸にため込んでいた空気を吐き出し、そして言う。

「決裂、ですな。始めてくれ」

 そして、謁見の間の空気が変わった。魔石光は輝きを失い、勇者たちはその身から多くの物を失った。


 そこで初めて春奈が目の色を変えた。

「皆の者、この謁見の間は、今しばらくの間我らが祖先の暮らしていた異界と化した。春奈殿、貴殿も今この瞬間はただの小娘と成り果てておりましょう。あなたが我らの剣となって下されば、どれだけ心強かったでしょう。……それも今は儚い夢ですな。皆の者、春奈殿を殺せ」

 賢王の命令とほぼ同時、団長が春奈に跳びかかる。そして、彼は首を百八十度曲げ、地に伏した。


「バカな!」

 賢王の目が、零れそうなほど見開かれた。騎士団長と言えば錬気なくして熊を屠ったという話があるほどの屈強な男である。それが、ただの少女に殺されたなど到底信じられなかっただろう。

「これで最後です。私は私を取り巻く小さな世界さえ保証して頂けるのであれば何も望みません」

 その場にいた誰もが木偶坊と化した。

 沈黙が辺りを包み、それは唐突に破られた。


「ひひ、ひぃー! 武人、武人だよ君たちぃぃぃ。ぶ、ぶぶぶ武とは弱者が強者を倒すために編み出したものであるぅぅ!」

 謁見の間の扉を開きつつ現れた男は、奇声を発しながら登場した。眼鏡の片側にだけレンズがはめ込まれており、それは虹色のレンズだった。その下の目が何色かは外からはわからない。しかし、もう片側の目は腐った魚のような色をしている。


「佐伯殿、姿を現すなど何を考えておられるのか!」

 賢王の叱責を受け、佐伯は叱られた子供のように身を縮めた。

「ひぃっ! 君ぃぃぃ、異界を持ってくるのがどれだけ大変なのかわかっているのかぃぃぃぃ? せっかく持って来たんだ。ぼぼ、僕だってみたいんだよぉぉぉぉ」

 春奈が佐伯を目指して駆けた。平時であればもう既に佐伯を絶命させることが彼女になら出来ていただろう。しかし今の彼女は戦闘技術が高いだけの少女だった。一足で数キロは飛べないし、錬気だけで周囲の外敵を平伏せさせることも出来ない。そして、今回はそれが致命的だった。


「佐伯殿が死すればこの世界は終わりぞ! 皆の者、佐伯殿を守るのだ!」

 春奈の前に近衛兵が立ち塞がる。事前にこの事態に備えたのだろう、その武装は錬気によるものではないらしく刃は輝いていた。

 近衛兵たちの槍が春奈に迫る。それらを紙一重で躱し、春奈はその槍を持つ近衛たちの顎を打ち抜く。途端、彼らの膝は自重を支えきれなくなり地に落ちた。


「この、小娘が!」

 近衛兵長が振るった剣を避け、春奈が一歩後退する。近衛兵長に油断も慢心もなかった。鋭い斬撃が春奈を捉えようと振るわれ続け、春奈の髪を一筋だけ斬り落とす。


 春奈は数本だけ斬られた髪へと目をやると、みるみる眦を吊り上げた。(最も、その姿を俺は上手く想像することが出来なかった)


 そして春奈は近衛兵長の身に着けた鎧ごと彼の胸元の骨を粉砕した。

 尋常ではない音がした。それはまるで鎧を鋼鉄の塊で打ち付けたような音だ。

 近衛兵長は吐血し、大の字に倒れた。


「な、異界で錬気は使えないのではなかったのか!」

「ひ、ひぃぃ。おか、オカルト。僕らの居た世界でもぉぉぉぉ、オカルトはあるんだよぉぉぉぉ!」

 さすがにそろそろ冷静さを取り戻し、ライナが動き出そうとしたそのときだった。

「だがぁぁぁ、僕は、死にま、しぇぇぇぇんん。トリモチランチャーメガアルファ、発射ぁぁぁぁぁ」

 佐伯の腹からまるで大砲が放たれたような音がし、次の瞬間、春奈は蜘蛛の魔物が放出する糸によく似た物に捕らわれていた。床に張り付けられた春奈はもがくが、それは一向に千切れない。


「これでぇぇ、終わりだぁぁぁ。研究、君を研究したいなあぁぁぁぁ。薬で眠らせて、バラバラにして、君の力の全てを解明したぃぃぃぃ」

 懐から注射器を取り出し、覚束ない足取りで佐伯が春奈へと近づく。春奈は身を捩り隙間を作ろうとするが粘着性の糸に剥がれる気配はなかった。


 そして佐伯の手にある注射器が春奈の首元へと刺さろうとした刹那。

「お断りします」

 縄を引き千切るとこのような音がするのかもしれない。そう思わせる音だった。春奈の右手だけが自由になり、その勢いのまま佐伯目掛けて伸びる。しかし、佐伯の靴から火が噴き、彼はそのまま天井へと頭をぶつけ、跳ね回り、気付けば謁見の間の扉付近まで離れてしまった。

「じ、じじ自動逃走装置なんだなぁぁぁ。あああ、これ、無理だぁあぁ。助手くん! 助手くん、あれを作動させてくれたまぇぇぇぇ、ひ、ひやぁははははぁぁぁ」


 突然、謁見の間に煙が湧き上がりその場にいたライナと賢王は泡を吹き、見たことのない形の仮面をした佐伯と春奈を見上げていた。

「ふしゅー。これはねぇぇぇ、ガスマスクぅぅぅ。素敵アイテムぅぅぅ」

 佐伯は息を止めている春奈を注意深く観察している。ライナは霞む視界で最後に見た。

 春奈の右眼が夕日のように輝き、そして彼女の周囲は水晶に覆われ、彼女は水晶に捕らわれたような姿となった。



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