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始まりの異界人

「別に俺が嫌われ者だからって嫌ってくる人間を嫌う必要はないだろ。そういう奴らを好きになるつもりはないけど好き好んで迷惑をかけたいとは思わない」

「自分勝手な理屈なの」

「それを魔族が言うか?」

 童女が目を丸くし、次いで魔王の笑い声が上がる。


「落涙、墓穴を掘ったの」

「うるさいの、ご老体。それで弱ちゃんのなまちゃんは私の最も優れた案を受け入れずにどうするつもりなの? とりあえずはお前の祖父とやらの遺産のため聞いてやるなの」

「春奈の手掛かりを探す」

 他にもやること考えることはたくさんあるが、まず最優先事項はそれだ。


「それが最優先事項なの?」

 首肯して見せると、童女がこれ見よがしに肺の空気を出しきるようにして息を吐く。

「人の子と我らとでは価値観が異なるのじゃよ、落涙」

「もうめんどくさいなの。メリルまるごと滅ぼしたくなってきたなの」

 なんだよ。そう俺がもらした不服に、答えが返されることはなく、俺たちは王の寝室と思しき部屋を後にした。


 王城内部は酷く静かだった。見張りも居なければ女給の姿もない。深夜ではあるがそれでもこの光景は異常だ。途中あまりにも人の気配がしなかったので近場の部屋を窺いもしてみたが結局は空振りだった。何人もいるはずの勤め人が、一人もいない。


「どういうことなんだ?」

 俺の問いに二人の魔王は答えない。童女はどうでもいいと言うようにどこを見るでもない視線のまま足を進め、俺の横を漂う魔王は思案するように短い腕を組み、目を閉じていた。

 静寂が王城を包んでいた。童女は元より足音をさせたことなどなく、俺は錬気で足音を消している。魔王に至っては幽体であり、音の立ちようがない。


 俺たちが侵入した階には春奈の手掛かりは何一つなかった。そして慎重に階段を下る。王城の階段だ、本来なら晴々しい気持ちで上り下りするものだ。勇者として褒賞を受ける、君命を賜る、謁見する。そんな名誉ある事柄でしか王城へ出向くことはないはずだからだ。

 しかし今は陰鬱な気持ちしか俺にはなかった。地獄へと下っていく階段にも思える。


「居ったぞ」

 魔王の短い言葉と共に周囲を探るが、人の姿はない。もちろん魔物の姿もだ。

「何がだ?」

「娘じゃ。深いの、階層で言えば地下十階といったところじゃろう」

 何かの間違いだと思った。王城に地下は二階層しかないはずだ。察したのか、魔王が言う。

「まず間違いないじゃろう。我の右眼を感じる」

 そういう物なのだろう、そうなれば信じるに値した。しかし問題はどう地下十階まで辿り着くかということなのだが。


「おや、灼眼の魔王さまじゃないか」

 壁から首が生えてきた。情けなくも声を上げてしまうとその首は満足気に頷いて見せた。


「なんじゃ、貴様は」

「おや、つれないなあ魔王さま。あんなに激しく戦ったというのに」

 その首は、幽世にいる魔王と難なく会話をしている。明らかに人ではないことがわかった。


「多命の賢者って呼ばれてた僕ですよ僕」

 灼眼の魔王戦において何百回とその身を盾とし殺され続け、ついには絶命したと言われる賢者だ。その能力は複数の命を持つと言われていた。事実数多の戦において何度首を落とされようとも再び戦場に姿を見せたという伝説がある。何故その賢者がここにいるのかという疑問は口に出来なかった。

「記憶にないの」

「あ、本当に。酷いなあ人のことあんなに何回も死なせておいて覚えてないとか」

 多命の賢者が消沈して見せた。かと思うと歯をむき出しに笑う。


「魔王さま、ちょいとご相談があるんですがね。あらかじめ言っておきますが魔族にとってもいい話ですよ。近頃魔界に人が進行しているでしょう?」

 魔王は端的に知らんと言った。引き継いだのは童女だ。半眼ながら鋭い目つきに、多命の賢者は一瞬怯む。

「ちょちょ、僕もうこの幽体分の命しかストックしてないんで勘弁してくださいね。いい話ですよ、聞いて下さい。ぶっちゃけ僕の遺体を処分して貰えませんかね?」


「それのどこがいい話なの?」

 何故私が人間ごときの頼みを聞かねばならない。そう童女の目が語っている。

「ちょちょ、最後まで聞いて下さいよ。実は王城地下に科学者がいてですね。これがまた凄腕なんですよ。僕の遺体の一部を使って僕の能力を複製しちゃうんですよねー、もうね、あれ。死なない兵士大量生産。いや現実には死ぬんですけどね。ただ限りなく不死身。なんていっても命のストックある限り死なない」

 自身の能力を誇るように彼がまた歯をむき出しにした。


「科学者ってのはそんなことも出来るのか?」

「おや、一心いつの間に若返ったんだい?」

 軽い。調子に引きずられて頭まで軽くなっているのではないかとも思ったが、彼は即座に頭を振って、真実を見極める。

「孫か。斑点模様の肌がかっこいいね。半魔になっちゃったの? ああいやあごめんごめん。それで質問の答えだ。あいつは出来る。残念ながら僕らはあの難易度の科学は理解出来ないからね、僕らは出来ない。あいつが言うには科学はなるべくしてなる現象を引き起こす物らしいんだけどね、僕らからしたら魔法だよ魔法。知ってる? 魔法」

 簡単に言うと世の中の理から外れた現象を引き起こす物だ。……そう言えばマリアさんとやらは科学者を魔法使いのように表現していたみたいだと今更ながらに思う。


「さっきからあいつあいつ言ってるけど科学者と知り合いなのか?」

「知ってるよ。だって僕と同じ始まりの異界人だからね。わかる? 最初にメリルに来た異界人」

 開いた口が塞がらなかった。まさか百五十年も前の異界人と今出会うとは思ってもみなかった。

「それで弱ちゃんの遺体をどうにかすればあの目障りなのは魔界から消えるの?」

「少なくとも新しいストックは出来なくなるだろうね、まあ後は魔族がそいつらを殺しつくせば終わりだよ。灼眼の魔王さまが僕にしたみたいにね」

「わかったなの。それで何が目的なの?」

 童女の疑問ももっともだ。死ににくい兵を作らせなくすることでメリットを得るのは魔族側であって人にとってではない。人側に属する賢者がただそれを提案するとは思えなかった。


「ちょちょ、そんな警戒しないで。まあ魔族や半魔には関係ないだろうから言っちゃうけど。ストックってぶっちゃけメリルの原住民が材料なんだよね。んであいつ最近使い過ぎ。さすがに僕らを崇め奉ってくれた原住民が可哀想になってきたって訳よ」

「……お前、崇め奉ってくれた人間を殺したのか?」

 身体が少しずつ熱くなっていく感覚だった。


「使ったと言ってくれよ。苦渋の選択だったよ、何せ深淵の魔王とかいうバカ強い魔王と戦ってたんだ。僕らがまだ勇者を名乗っていた最強の時代にあっても命が一つじゃ足りなかったんだよ」

「戯言を言うでない。保険が欲しかっただけじゃろう。必要以上に使っておいて苦渋の選択? 笑わせおる」

「否定はしないよ。でも僕ら全員深淵に何度か殺されている。使わなかったら全滅していたよ。というか魔族にとっても僕らは恩人じゃないの? 灼眼の魔王さまだって当時は敵わなかったんじゃないのかなあ」

 童女が床に唾を吐き捨てた。


「うわ、君マリアみたいなことするね。ダメだよ女の子が――」

「――その口から云々を垂れる前に三つ考えるの。一つ、それは私のためになる話か、二つ、それは私を気分良くさせる話か、三つ、私の不興を買って死んでも後悔しない発言か」

「君、マリアそっくりだね。悪かったよ。灼眼の魔王さまに対して生意気言ってすみませんでした。殺さないで下さい。靴でも舐めましょうか?」

 童女が片足を一歩前に踏み出し、多命の賢者は言葉通りに舐めて見せた。もっとも彼は幽体なので童女の靴が汚れることはなかった。


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