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金属板

 童女が拳を振るい、魔物の頭部を打つ。

 魔物は、石畳を砕きながらも、数メートル先で踏みとどまる。

 童女が、膝を着く。彼女の足下には小さいながらも、血だまりが出来ていた。


「なまちゃんなの」

 再び立ち上がった彼女には傷一つ付いていない。


「骨の翼で足を貫かれたのじゃ」

「言われるまでもなくわかってるの」

 俺の目には、魔物の攻撃は目に映らなかったが、二人の魔王は互いに認識していたようだ。


「どうした? 手を貸してやろうか?」

 浮く魔王がからかうような調子で言うと、童女が不機嫌そうに返す。

「身体もないくせになまちゃんなの」

 そして、目元に指をやり、それからその指をしゃぶる。


 魔物が恐れるように一歩身を引いたが、それでも戦意は失っていないのか身を低くする。その姿は獲物を狩る野生生物そのものだ。唸り声が、夜闇の中でよく響く。

「我が名は落涙の魔王なり」

「おい、落涙」

 灼眼の魔王が短い手を、童女へと制止するよう伸ばした瞬間。月光が消失し、完全な闇が広がる。

 天を仰ぐと一点から、強い光が生まれた。


 その一条の光は魔物へと注がれ、そして、ばかみたいな振動、音を撒き散らしながら破壊を引き起こした。

 石畳はめくれあがり、周囲の家屋の窓にヒビが入り、激震の魔王が発生させた地震のように地面が揺れ、立っていることは不可能になる。

 魔物の断末魔さえ地面に押し込まれるようだった。


 後には破壊された通りが残り、月明かりと静寂が戻る。


「な、なんだよ今の」

 魔物は骨どころか灰すら残っていなかった。それはまるで元から存在していなかったのだと言われれば信じてしまいそうな光景だ。


「落涙の名の通り、今のは落涙という特異能力じゃ」

 特異能力、それが一個体のみに許された能力だということは知っている。だが、この規模の力は、初めて見た。


「加減はしたの」

 らしい。それでも威力は尋常ではなかった。しかし今はそれを前にして棒立ちになっている場合ではない。

「バカ野郎、人が集まるぞ!」

 周囲に首を巡らすが、人一人どころか、家の灯りがつくことすらなかった。


「異常、じゃの」

 反論は出来ず、する必要もないだろう。

 念を入れ、家屋の陰に潜むが、誰かがやってくる気配はしなかった。


「どういうことだ?」

 エレンシア王国王都。人口はもっとも多く、王国騎士団、勇者といった国の危機に敏感な者たちも多い。

 それらの誰一人として落涙という異常を前にして駆けつけて来ない。

「王城に招き入れるための罠か?」

「奇遇じゃな、我もそう考えたところじゃ」

 例え罠でも俺は王城へ行くつもりだ。落涙の魔王はどうするつもりなのかと様子を窺うと、何か考え事をしているらしく、半分閉じた目を城へと向けていた。


「めんどくさいの」

 そう零すと、彼女の瞳から一筋の涙が流れる。それを掬い取ろうとした指を、腕ごと抑えた。いたく気に障ったらしく涙で潤んだ瞳は、氷で出来た凶器のようだ。

「なんなの?」

「今、何をしようとした?」

 俺の推測が正しければ王城目掛け落涙を使おうとした。


「王城をぶっ飛ばすの。次は本気で撃つから邪魔するななの」

 正解したところで得る物は残念ながらない。

「待ってくれ、春奈がいるかもしれないんだ。ぶっ飛ばしたら目も手に入らないぞ?」

 こんなことは言いたくはないが他に説得の材料はないだろう。もしも童女が春奈の目を奪おうとしたら俺は全力で阻止するつもりだし、してみせる。


「心配するななの。腹立たしいけど落涙で死ぬようなタマじゃないの」

「……誰が?」

「灼眼に目を渡した奴なの。バカなの?」

 他に誰がいるのかと、蔑むような視線を浴びつつも思う。

 王城丸ごと吹き飛ばすつもりの落涙で死なないというのはどういうことだろうと。


「そうじゃな、我の灼眼でも右腕奪えれば御の字じゃろう」

「私の落涙は右肩まで奪えるの」

「すまんの、やはり鎖骨までじゃな」

「あらあら、見栄を張るななの。もっとも私はそれより米粒分多く削れるなの」

「はっはっは、我はそこより紙一重分削れるの」

「……やってみろなの。出来たら永劫忠誠誓ってやるなの」

 軽快に、ばかみたいなやり取りをしていた二人の間に少しだけ真面目な空気が流れる。


「無理じゃな」

「私も実は右肩すら無理なの」

「いや、我は右肩までなら何とか」

「お前ら、それ以上続けても品位落ちるだけだぞ」

 自覚はあるようで、それきり黙らせることに成功した。


「とにかく落涙は勘弁してくれ。城を吹っ飛ばされるとさすがに多くの人に迷惑が掛かり過ぎる」

「……私には関係ないの」

 もとより王国を滅ぼすと言っていた彼女だ、確かに関係ないかもしれない。しかしそれでも食い下がらない訳にはいくまい。


「頼むよ、祖父さんの遺産くらいならやるからさ」

 しばらく彼女は唸っていたが、ようやくため息を漏らし言う。

「仕方がないの」



 俺たちは、誰とも出会うことなく王城の正門前までやって来た。

 警戒し、潜みながら進んだが全くその甲斐はない状態だった。正門前の門番すらいない。

 ただ、当然正門は堅く閉ざされている。


「この位の高さなら、跳び越えられそうだな」

 今の俺は、魔王の錬気を用いてそんじょそこらの元勇者とは比べ物にならない身体能力を発揮出来る。

 借り物の力というのがなんとも情けない話だが、そんなつまらないプライドは犬にでもくれてやる。


「何かあるのならここから先じゃろうの。よいのか、小僧。我と代わっておらんで」

 今さら変わるメリットはほとんどないだろう。俺としてはもの凄くくだらない出来事で運よく力を得たものだ。

「行くの」

 そう言って童女が先行した。正門の上に乗った彼女を追う。


 即座に罠が発動するかと思ったが辺りは変わらずしんと静まり返っていた。

「無人?」

 そんなバカなと思いつつも、呟く。それを否定したのは童女だった。


「いるの。でも……」

 童女が鼻を押さえ、顔を歪めた。

「臭いの。とても不愉快なの」

 鼻を押さえているせいでくぐもった声になり、すこし面白かった。


「どこから?」

 童女が指差した先は、謁見の間、その隣室だ。

 俺にはその部屋が何の部屋かはわからない。しかし他にあてはない。


 警戒するが、やはり無音だ。

 気を取り直して窓際まで飛ぶ。すると、俺の嗅覚でも件の臭いを捉えた。

 きな臭い。何が燃えればこんなに鼻を突く臭いになるのだろうと思わされる。

 なるべく音を立てずに窓を開け、侵入した。


 そこは誰かの寝室のようだった。調度品は少なく、中央に天蓋付きのベッド、その脇には丸テーブルと椅子。

 それくらいしかない。臭いの元を辿ると、ベッドからだ。

「早くなんとかするの」

 童女が耐え切れないと窓の外から苛立ちを見せていた。それに背中を押されるようにしてベッドの横に立ち、俺は悪臭の元へと視線を落とし、固まる。

 それは両目を見開き、口から舌を突き出すエレンシア王の姿だった。その頭部は縦半分に割れ、中にあるはずの脳の代わりに、見たことのない金属板が無数に張り付けられている。


「何しているの?」

 外から童女の声が聞こえてくる。そしてそれと同時、廊下側から複数人の話し声が聞こえてきた。慌てた俺が隠れた先はベッドの下だ。

「何しているの?」

 先ほどとは違った意味合いで童女が尋ね、そして寝室のドアが開き始めた瞬間、彼女は物影へと姿を消した。


「賢王さまー、新しい脳みそですよー」

 聞き覚えのある声だった。その声調は下卑たもので、記憶の中の声の主とは結びつきにくい。

「しかしこんな板切れの中に脳みそが入ってるとかよくわかんねーよなー」

「だなー、俺もよくわかんね」

「おいおい三席さま。しっかりして下さいよ」

「サ・ン・ジだ。今度そんな呼び方したらただじゃおかねえぞ」

 やはり間違いなかった。声の主は同期で三番目に優秀だったサンジだ。


 それから三人ほどの男たちは、ベッドの上で何かを弄繰り回していた。

 そして間もなくしてからだった。

「ご苦労ぉぉぉぉ」

 王の声だった。しかし酷く違和感がある。

「どうよ? 新しい身体は?」

「いいよおー、これで国庫の金使いたい方だああい」

 ベッドの上で立ち上がり、その上で跳ねまわっているのだろう、その下にいる俺の傍で埃が舞ってくしゃみしそうだ。


「前の身体はどうするんだ?」

「ああれえわねえ。スペアは団長殿の身体があるからああ、いらない!」

「あんた仮にも自分だった奴の死体みて何とも思わないのか?」

「いらないいらないいらなああああい! そんなまともな感性は、科学者にとってええええいらなああい!」

 何か呆れるような空気を肌に感じた。

 そして気づけば、背中に冷たい汗が浮かんでいる。その理由はわからない。


「それじゃ始末してくるから。あんたも早めにサポートシステムとかいうの突っ込んだ方がいいんじゃないか? 賢王の見る影もねえぞ」

「ごちゅうううこくう、かんしゃああああ」

 そして、寝室から全員出て行った。しばらくじっとしていたが、物音がすることはなくなり、そこで俺はようやく埃っぽいベッドの下から転がり出る。


 ベッドの上には、誰もいなくなっていた。

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