01_起床時刻、大体6:30。 ミラの場合
一言も喋ってません。
朝。
起きてまず天気を確認することは、私にとってここ十数年程の、朝の日課となっていた。
自室のベットの際の窓から外を覗き、一分の陰りもない青空に、寝起きで緩慢な動きで両開きの窓を押し開く。
ふわりと薄手のカーテンをなびかせて入ってくる風はまだ少し冷たく、けれど格段に早くなった日の出に、春の訪れを感じた。
冬の間静かだったこの森も、そろそろ起き出した動物達で賑やかになるのだろう。
ぼんやりとそう思いつつ、ベッドから起き上がる。
クローゼットの中から、適当に掴んだシンプルなワンピースを取り出し、さっさと夜着を脱いで着替え、ついでに昨日うっかり椅子にかけてしまっていた、腰に巻くタイプのエプロンも身に着ける。
少し汚れているが、洗濯は明日でも良いだろう。
そう結論付けて、部屋を出る。
こんな森の奥だ。しかも曰く付き。
幻惑の魔法もかけているから、滅多にお客は来ない。
だからこそ、私はこの森を選び住み着いたのだけれど――今はつい先日14歳になった養い子のためにも、最低限の身嗜みは整えるようになっている。
子は親の背中を見て育つ。
その昔、知り合いの賢者に教えられた言葉だ。
その意味までは察せなかったので、拾ったばかりの赤子を抱いて太古の魔女を訪ねた際に、人間の育て方ついでに訊いた事によると。
曰わく、
“朝起きて夜寝る規則正しい生活を送る”
“他人を気遣う精神を持つ”
“体や衣服、環境を清潔に保つ”
の、三つが出来たら大体は大丈夫らしい。
服装に関して言えば、大切なのは他を不快にさせない清潔感らしいけれど、家族だったらその基準が多少甘くなるそうだから、このくらいなら問題ない。
一階に下りてまず行くのは洗面所だ。
洗面台の前に立ち、壁に掛けてある木の板の表面に金、水、光の要素を付加した魔力を薄く張る。
即席で作った鏡に、灰白色の髪の女――私の事だ――が歪まずに映ったのを確認して、今度は蛇口に何の要素も付加していない魔力を流す。
水量は流す魔力の量で調節するのだけど、眠い時には難しいと不評だから、今度改造する必要があるかもしれない。
歯を磨き、顔を洗ってタオルで水気を拭き取った後もう一度見た鏡の中には、濃紫に金銀の散った目が先程よりもちゃんと映っていた。
眠気が少し取れた所で、軽く髪を梳かしてから、台所へ向かう。
朝に強い方ではないが、あの子のためなら仕方ない。
なんでも、人間は毎日ちゃんとご飯を食べなければいけないらしい。
栄養バランスにも気を付けた方が良いと賢者が言っていたから、きっとそうなのだろう。
私も近頃は“食べる”という行為を楽しく感じるようになってきていた。
これが良い事かは分からないけれど、きっと悪い事ではないはずだ。
さぁ。
今日も、美味しい食事を作らなければ。
台所に立ち、朝食を作りながら、ふと考える。
私がここに来て、もう何年になるだろうか。
随分と長い間この森に暮らしているが、はっきりと言えるのは14年以上である、という事だけだ。
14年。
私が“ミラ”と明確に名乗り始め、そしてあの子――ストックを拾い育てた時間。
この14年間は、これまでのおそらくは長い時間とは、比べるまでもなく短いはずだったというのに。
とても密度の高い、それこそ比べるまでもない程に充実した、私にとってかけがえのない時間になっていた。
基本的にはミラ視点ですが、次はストック視点です。
2014/01/25 投稿