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鋼赤の息吹  作者: hiyori
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八章 誇り

 戦艦ミラージュの朝の食堂は活気に満ちていた。

 解放軍はヤン国解放の志を一つに集った者が大半であり、もちろん賃金などはもらっていない。あとはヤン国解放後の報酬を目当てに雇われた傭兵が少数だった。

 仕事をこなした賞金を受取るといった意味では、ミリィ達もこの傭兵の部類に入るだろう。

 この食堂の厨房を任されているミラはそのような状況を理解した上で、食堂で出される料理は無料で解放軍に提供していた。材料費、水だけを取ってみても莫大な金額になることは容易に想像できる。

 それを考えると、エフシエルで何百とあるチェーン店から上がる収益の大半を、この解放軍の為に費やしているといっても過言ではない。

 この食堂は利用する者の人数が多い為か、注文後受渡される番号札を、出来上がった料理と交換し各自テーブルに運ぶといったセルフサービスの方式を取っている。

 その為注文を受けるカウンターの端に設けられた発券所には、長蛇の列ができあがっていた。その列の中にミリィ達の姿があった。

「しかしなげぇな。いつまで待たされるんだ?」

「さぁ――でも列の流れは早そうだけど」

 海斗の漏らす愚痴を、なだめるように答えたミリィは、カウンター奥の厨房に視線を向けた。

 食堂の規模に対してカウンターが小さい為か、厨房は狭く見えるがかなり奥行きがあるようだ。

 多くの料理人達がせわしなく動き、ウェイトレス達が入れ替わり立ち替わりできあがった料理を厨房からカウンターに運び、声を張り上げていた。

 外も戦場なら、ここもまさに戦場ねと、ミリィは苦笑いを浮かべた。

「おい、順番だぞ」

 そう呟くと後ろに並んでいた海斗が、ボーっと物思いに耽るミリィの背中を小突いた。

 はっと我に返ったミリィは、ご注文をどうぞと対応するウェイトレスに笑顔を返し、そそくさとカウンターに置かれたメニューに視線を走らせる。

「天そば牛丼セット――」

 ミリィはすかさず注文の品を声にした。早くしねぇかと言わんばかりの殺伐とした視線が、背中にグサグサと突き刺さるのを感じたからだ。

「はい、十三番でお待ちください」

 注文を賜ったウェイトレスは、笑顔で番号札を差し出す。

 どうもと、挨拶もそこそこにミリィは番号札を受け取ると、殺伐とした視線から逃れるべくテーブルへと向かった。

 なんで朝っぱらからこんなに神経すり減らさないといけないのよと、ぼやきながらミリィはイスの上に力無くへたり込んだ。

「あ!?」

 すると、突然何かを思い出したかのようにミリィは声をあげた。

「お冷や持ってくるの忘れた――」

 あの恐ろしい視線から早く逃れたい一心だったミリィは、お冷やのことなどすっかり頭の中から消えていた。

「場所とっといてくれたのか?」

 注文を終えた海斗が、さんきゅと言いながらミリィの隣に座った。案の定海斗の手には番号札しか握られていなかった。

「――まぁ、こいつに期待はしてなかったけどね」

 自分の分だけお冷や持ってこられるよりはマシかと言葉を続けながら、海斗を一瞥したミリィは大きな溜息をついた。

「なんだよ? なんで睨まれなきゃいけねぇんだよ?」

「べつにぃ――」

 ミリィは虚空に視線を漂わせながら上の空で返事を返す。と、突然ミリィの目の前にお冷やの入ったコップが差し出された。

「うぁ、はぉ!?」

 目の前に突然出現したガラスのコップに驚き、思わず口から奇声を漏らしたミリィは、冷たさで水滴が滴るコップを持つ人物に視線を移した。

 瞬間、さらに珍妙な奇声をあげた。

「あ、ミラ、ふ、オーナー!?」

「おぉ、ちょうどよかった!」

 海斗はミリィの目の前に差し出されたお冷を横取りして口元に運び、コップを煽る。

 が、海斗の動きが不意にぴたりと止まった。

「ぶぼ! ミラぼぉ!」

 海斗が叫んだ瞬間、テーブル上に美しい七色の虹がライトの光を受けてきらきらと輝いていた。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ、相変わらず元気が良いのぉ」

 いつのまにかドラゴンシェフのオーナーがニコニコと笑みを浮かべながら、二人の向かいの席にデンと陣取っていた。



 仕事を忘れたひと時に賑やかな声が溢れる食堂。その中、ひたすら沈黙を保つテーブルがあった。

「――」

 ミリィは無言のまま箸で牛丼を口に運び、海斗はひたすら箸を動かし、カツどんを口の中に流し込んでいた。

 ミラは白米と味噌汁、魚の焼き物、漬物といたって質素な料理を満面の笑みで味わっている。

 おいしいはずの料理が気まずさに味がわからなくなり、とてももったいない。耐え切れなくなったミリィは口の中の牛丼を飲み込むと、意を決して口を開いた。

「あの、剣の達人といわれたミラ王が、なぜレストランを経営しているのですか?」

 不意に投げかけられたミリィの当たり障りのない質問にミラは箸を止め、薄い笑みを漏らした。

「ルイスの奴に初めて食べさせられた和食というものがえらい気に入ってしまってな、気がついたらこんなもんじゃ」

 しかし剣の腕はまだまだ現役じゃと続けながら、右手に持つ箸をミリィに向かって構えた。

 ミリィは苦笑しながら突きつけられた箸を払いのける。そこでふと、ミラ二世の言葉を思い出した。ヤン国が戦乱に巻き込まれてからは、巨兵が手に入らなくなったと。

 となると、ミラとヤン国はガルが反乱を起こす以前から国交があったということである。

「ところでミラ王はヤン国といつからお付き合いがあるんですか?」

 ミラは話題をそらされ一瞬憮然とした表情を滲ませるが、すぐに顔色を改め、考え込むように口髭を悠長になで始めた。そのもったいぶる仕種は、ミリィのイライラを募らせていく。

「そうだのぉ、エルフィンとの戦争が起きる前からだからの」

「え!? そんな昔から?」

 予想外の言葉に思わず声を上げるミリィにミラはゆっくりと頷いた。

「ああ、そうじゃ。悪夢のような戦が終わり、ヤン国も落ち着きを取り戻したと思った矢先にまさかガルが裏切るとはな――」

 そこでミリィはあることに気がついた。エルフィンとの戦争が終結したのは約二十、いや三十年前とすると、ヤン国王が暗殺されたのは少なくとも今から三十年以降ではないだろうか。

 暗殺以降にヤン国王が子供をつくるなんてありえない話であると。 

 ミリィは頭の中を支配する疑問を恐る恐る尋ねた。

「その、つかぬことを伺いますが、ルミー公女はおいくつなんでしょうか?」

「今年で三十三じゃ」

 え、と言葉に詰まったミリィは驚きを通り越して硬直してしまった。

 絶対年下だと思ったのに、ある意味魔物より恐ろしいわ――ミリィはヤン国の公女のあまりにも過ぎた童顔に、羨ましさよりも恐怖を覚えていた。

「さて、わしはこれで失礼するかの」

 茫然自失のミリィに向かってミラは、ルミーには内緒じゃぞと、口元に人差し指を当て、席を立ち上がった。

「かぁ――! 食った食った!」

 空になった丼をドン、と勢いよくテーブルに置いた海斗が、普段であれば何かとちゃちをいれてくるであろう隣が静まり返っていることを不振に思い、ミリィの方を見やる。

「おい、ミリィ?」

 ぽかーんと口を開けながら虚空を眺めるミリィの目の前に、海斗は右手をピラピラさせる。

「完全に固まってる――」

 なんなんだよと愚痴りながら、動かなくなったミリィを横目に、海斗は頬杖をして溜息をついた。



「人が心配して聞いてるってのに、なんなんだよ!」

「別に何にもないって!」

 二人はミラージュの廊下を口論真っ最中で歩いていた。

 やっとのことで現実の世界に返ってきたミリィを促すように格納庫に向かっていたのであるが、さきほどのミリィが惚けていたことを海斗が気に掛けていたようで、格納庫に向かう途中、口論となったのである。

 ミリィは海斗にルミーの年齢の話はするつもりはなかった。海斗のことであるから、なにかの拍子に本人の前で口を滑らせないともかぎらない。しかも、それを聞いたら真っ先にでる言葉を予想していたミリィはなおさらだった。

「――あたしのほうが見た目おばさんだって言うに決まってる」

「あ!? なんだって?」

 眉をつり上げ、低い声で呟くミリィに海斗も肩を怒らせた。

「あ、ていうまに着いたよ」

「お、はえぇな」

 二人は大きな横開きの扉の前に立っていた。

 俺が開けるぜと得意気な海斗は、先陣を切って扉に手を掛ける。

 海斗が単純バカで良かったわと、先ほどの口論をすっかり忘れ、上機嫌に鉄扉を開ける海斗を見ながらミリィは内心で胸をなで下ろした。

「うぉぉぉぉ! 最強にでけぇ!」

 歓喜の叫びをあげる海斗に、それを言うなら広いでしょ? と突っ込みながらミリィも扉を潜った。

「わ、おっきい!」

 ミラの城下町で見た格納施設より数倍は広い鉄の空間。そこに所狭しと数十体はあろう巨兵が規則正しく並んでいた。

 まるで山が重なり合うかのような迫力に、思わず突っ込んだはずのミリィの口から率直的感想が漏れてしまっていた。

 これだけの巨兵が立ち並ぶと、圧巻であった。

「おっと、雷龍を探さねぇとな」

 暫し迫力に圧倒され、立ち尽くすミリィを海斗の呟きが現実に引き戻した。

「そ、そうね――」

 ミリィは我に返ると、先頭に立って歩く海斗の背中を小走りで追いかけた。



 二人は立ち並ぶ小高い巨兵達の真ん中を、さも物珍しそうに練り歩いていた。

 二人の歩く道の両脇は各一列ずつ、前に習えをしたかのように綺麗に巨兵が整列していた。

「へぇ、木の巨兵なんかもあるのね――」

 居並ぶ巨兵の中で一際異彩を放つ、いや、浮いているといっても過言ではない巨兵にミリィは好奇の眼差しを向ける。魔法巨兵しか見たことの無いミリィは、外界の武者といわれる侍を意識したごとく、木の甲冑に身を包んだ巨兵を興味深そうに見つめていた。

「お、あれ雷龍じゃねぇか?」

 ミリィが珍しい木の巨兵を目で追っていた時、先頭を歩く海斗が立ち止まった。

「そうみたいね」

 ミリィも海斗が仰いだ場所に視線を合わせて、確認するように相づちを打った。

 直立した雷龍の全身を囲うように、足場のようなものが取り付けられ、整備兵達があわただしく動き回り、時折激しく火花をまき散らせていた。

「しっかし、思ったよりひでぇやられ方だな」

 足場に取り囲まれ雷龍の全容は把握できないが、他の巨兵と比べ、備えられた足場の多さといい、整備兵の数といい、これだけ大規模な修繕しゅうぜんであれば、いかに雷龍の損傷が深かったかを物語っている。

「これだけの損傷を受けるなんて、あのシャドーっていう巨兵は生半可なことじゃ勝てないわね――」

「――そうだな」

 海斗はミリィの言わんとすることに気づき、静かに頷いた。

 生半可なことでは勝てない――それは即ち、この身を犠牲に差し違える覚悟を意味していた。それほどシャドーという魔法巨兵はミリィ達と同等か、それ以上の強さを有していることを、二人は身震いの中に実感していた。

「まだ雷龍がなおるまで時間がかかりそうだな」

「そうね――」

 ミリィが頷きふと辺りを見渡すと、右列の先頭にある、けったいなモノが目についた。

「あれ? なんだろう?」

「――あ?」

 まるで何かに吸い込まれるかのように歩き出したミリィに、海斗もつられて後を追う。

「すっごい! なにこれ!?」

 ミリィが見つめる先には、全身赤色の重量感がある鳥のようなモノが羽を折りたたみ、長い爪を持つ両足を地に着け立っていた。大きさから言えば後方に並ぶ巨兵の約半分くらいの背丈であろうか。

 頭部らしい箇所には黄色く尖ったくちばし、両の眼は細くつり上がり、天井の照明を受け、まるで夕日のように淡い光沢を放つボディ。その質感からすると、鉄の材質に塗装が施されているように思われた。

 なんで格納庫にこんな役に立ちそうも無い模型があるのかと、ミリィは首を傾げる。

「これは解放軍の新型魔法巨兵、ナイアードだ!」

 ミリィの訝しげな疑問に答えるかのごとく、背後から響き渡る声。

 二人は何事かと反射的に振り向いた。

「これが――巨兵?」

 ミリィが声の男に問いかけると、眼鏡をかけた声の主は薄く笑みを浮かべながら頷いた。

「ああ、これは巨兵を二体まで空輸可能な鉄の鳥形態だ。サーモスキャンモードになると巨兵形態に素早く変形する俺様の傑作だ! デザインはありふれたワイバーンだとつまらねぇからな。外界に生息する鷲って鳥をモチーフにしたんだぜ。そして操縦席前面のスクリーンに映る巨兵の姿はフルポリゴンでテクスチャー・マッピングを貼り付けた外界でも最新技術を――」

 眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせながら語り続ける男を、あんた誰の目つきで見つめる二人の視線にようやく気付いたのか、男はやっとのことで口を閉じた。

「おっと、俺はメカニックのデック・フラモン――通称メカ兄と呼ばれてる。お前さん達新しい傭兵か?」

 いきなり現れたメカ兄と名乗る男は、全身を青いつなぎといわれる上下一体の服を着込み、頭には黄色い兜ではなく、青い帽子のつばを後ろ向きに被り、他の整備兵とは異なる出で立ちであった。

 おそらく男の話からすると、相当の技術を持ち、解放軍でもそれなりの地位がある者であろうことをミリィは感じた。

「ああ、俺たちが雷龍を見つけた傭兵だ」

 ミリィが答えるより先に海斗が、メカ兄に答えると、メカ兄は途端に両目をまん丸にした。

「あんた達か! 雷龍をこんなにボロボロにしたのは!? しっかし、どうしたらこんなになるんかね――」

 メカ兄が皮肉を込めて呟くと、哀れみの視線を送るかのように足場に囲まれた雷龍を眺めた。

 ていうか、あんたが修理してるわけじゃないでしょ! と内心で激しく反発しながらも、ミリィはひきつる顔に愛想笑いを浮かべた。



「メカ兄! 見物に来たぜ!」

 突然二人の後方から耳障りなほど甲高い声があがった。

「おう、ミミとモモか!」

 ミリィの横をすり抜けるように二人の小さい人影がメカ兄に駆け寄った。

「あら? そういえば、そちらのお二人はお初ですわね」

 雪のように白く長い髪の少女が、ミリィと海斗の存在に気がついた。

「初めまして――」

 挨拶の半ばでミリィは言葉を失った。

「っていうか、その子浮いてるんですけど――」

「ああ、浮いてるな――」

 やっとのことで喉から絞り出したミリィの言葉に海斗は目を点にしながら頷いた。

 そう、ミリィの言う通り、女の子の両足は、床から三十センチ位の高さで静止していた。

「おい、ミミ! 浮遊術はエルフィンの魔法の中でも奥義中の奥義だからそう簡単に使うなって言ってるだろ!」

 膝上丈のジーンズに、タンクトップ姿で白髪を短く刈り上げた男の子が、浮遊している女の子を呆れたように一瞥した。

「だって、歩くよりも楽なんですものぉ」

 女の子は浮遊を楽しむかのように、一回転したかと思うと、突如女の子の体が吸い込まれるかのように床に向かい、両足を床につけた。

 チェック柄のワンピースのスカートがふわりと膨れ上がる。

「こいつらは、エルフィンと人間のハーフで双子の姉妹、刈り上げやんちゃボウズはモモ。ロン毛で白黒チェックのワンピースはミミだ」

 メカ兄に紹介され、二人の少女はミリィと海斗に揃ってお辞儀する。

「ハーフエルフィン――」

 海のように青く澄んだ瞳に、白銀に光輝く髪、髪の色とは対照的に小麦色の肌。なにより美しく整った顔立ち――ミリィは初めて見るエルフィンの美しさに暫し目を奪われてしまった。

「海斗・桐生!」

「あ、あたしはミリィ・カウラ」

 海斗の名乗りにはっと我に返ったミリィも、遅れるように名乗りを上げた。

「仕方ねぇな。気に入ってやるぜ――兄貴!」

「な!? 兄貴――」

 照れくさそうにモモがそっぽを向きながら漏らした言葉に、海斗は声を詰まらせる。

 海斗から困惑の表情が見て取れた。

「ぷ、ふふ――」

 女の子にモテない海斗がやっと好かれたと思ったら、男の子みたいな娘に兄貴だって――と、ミリィは思い切り吹き出した後に内心でそう続けた。

 ミリィがお腹を抱え、必死に笑いを堪えていた時、突如、広い格納庫に打楽器を鳴らしたような音が鳴り響いた。

「お呼び出しをいたします。魔法兵団とデックは至急会議室までお願いします」

 場内に拡声器を通したルミーの声が木霊した。

「俺達もか?」

「――で、しょうね」

 ミリィの答えに海斗は、めんどくせぇなと言わんばかりに肩を竦めた。



 デックこと、メカ兄が先導するように前を歩き、その横でミミがフワフワと漂いながらデックにしきりと話しかけている。

 なにやら巨兵の話しをしているようである。言葉の途中で頬を赤らめる様子からミミはかなり――というか、異常なほど巨兵が好きなようである。

 海斗は海斗で、モモにぴったりと貼りつかれながら、色々と質問を浴びせられているようで、珍しくたじろぎながら空返事をしているようであった。

 その後に独り蚊帳の外のミリィがぽつんと続くような形で歩いていた。

 しかし、いつ歩いても殺風景な廊下ねと思いながら、鉄骨や、鉄板のむき出しの廊下を歩いていた。

 とはいっても絵を飾ったり、花を活けたりしてもこの無骨な廊下には珍妙に写るだけであろう。無難なところで、鎧の置物くらいかなと、廊下の飾りつけに思考を巡らしていたその時、一風変わったドアが目に付いた。

「はて、どっかで見たことが――」

 ミリィが横目でちらりと見たドアは、鉄板がむき出しの無骨な廊下とは不釣合いな木製であった。しかし、ミリィが気になったのはそれだけではない。木製のドアに掘り込まれた紋章のようなもの――どこかで見たような記憶があるのだが、まったく思い出せない。

「さ、着いたぜ」

 ミリィの下らない思考に割ってはいるかのように、メカ兄は会議室と書かれたドアの前で足を止めた。

「あ、ついたんだ」

 メカ兄は無造作にドアを開けると、まるで自室に入るかのようにスタスタと室内に入っていった。

 メカ兄は機械の知識は飛びぬけているようであるが、他人への気遣いなどはからっきしのようであった。

 まるで誰かさんみたいねと苦笑をしながら、ミリィもメカ兄に続き会議室のドアを潜った。

 個室の二つ分くらいの広さの部屋。ドアから向かって奥にのみ、テーブルが設置され、二人の人物が席に着いている。

「おぉ、ぞろぞろと来よったな」

「全員揃ったようですね」

 呟いたのは奥のテーブル席に着いていた二人の人物――ルミー公女と、ミラ王だった。

 しっかし、なんでミラのおっさんまでいるんだと愚痴りながら、海斗が入ってくると、すでに入室していたアレンが口を開いた。

「遅いぞ」

 嫌味がこもった言葉に眉を寄せ、膨れっ面のまま海斗は当てつけのようにアレンの横に並ぶ。そして横目でアレンを睨み据えた。

 ミリィは海斗の横に並び、ふと横を見た。

 アレンの隣に並ぶ黒髪の女性が目に入るが、初めて見る顔であるように思えた。

 はて、あの女性も巨兵に乗るのかしら?

 身なりをみると、黒いマントを身に着けていることから、魔法使いであることが想像できた。

 テーブル席に向かって、ミリィの隣にモモ、ミミが並び、端にはデックが並ぶ。

「それでははじめましょうか」

 ルミーの声に隣のミラが大きく頷くと、ルミーは言葉を続けた。

「これより海を越えてガル軍の本拠地のあるミール大陸を目指します。みなさんに集まっていただいたのは、来るべき決戦に向けての人員配置を伝えようと思いまして」

「ヤン国の中でもガルは戦略に長けている将校であった。奴に勝ろうとすれば並大抵のことでは歯がたたんじゃろう。ならば、少しの配置ミスでも命取りになりかねん。そこで解放軍の要、魔法巨兵の人員配置を慎重に考慮した結果を発表する」

 まったく相変わらず回りくどい言い方ねとウンザリながら、ミリィはミラの次の言葉を待った。

「魔法使い仕様、ウィンディ――搭乗者、ミミ、モモ」

 ミリィの隣から歓声が上がった。言わずと知れたミミであった。

「剣士仕様、雷龍――搭乗者、アレン・ムラサメ、リリア・ウィセル」

「格闘家仕様、ナイアード――搭乗者、海斗・桐生、ミリィ・カウラ」

 水を打ったような静寂の時が室内を支配した。

 アレンが驚愕の表情を露に、振り絞るかのように声をあげ、静寂の空間を破った。

「なぜ、新型が私ではなく、どこの馬の骨ともわからない傭兵なんかに――」

 アレンが食って掛かったのはルミーではなく、ミラであった。ルミーが発表したのであれば、アレンは従っていたであろう。それを敢えてミラに発表させたことは、ルミーのアレンを思っての心遣いだった。

 ふむとミラは顎鬚を撫でながら実に困ったような素振りで一考する。

「言ったごとくじゃ。もともと雷龍はわしが使用していたものでな、いわば剣士用に調整されているのじゃよ。素手の格闘には不向きな造りというわけだ」

「ならば、格闘仕様に改良すれば良いだけのこと」

 アレンの言葉に割って入ったのは意外にもデックだった。

「簡単に改良っていうけどな、あくまでも剣士仕様に造られた巨兵を全く別の仕様にするくらいなら、新しく造ったほうがよっぽど効率がいいぜ」

 まったくわかっちゃいねぇと呟きながらデックは腕を組んだ。

 アレンは舌打ちをすると、行き場の無い怒りをぶつけるかのように隣の海斗を睨みつけた。

 これではルミーが発表しても一緒だのぉと、髭を撫でるミラの脳裏に一つの考えが浮かんだ。

「ならばこうしよう。剣士仕様のナイアードが勝てばナイアードは剣士仕様、剣士仕様のナイアードが負ければ、新型は剣士に適していないと納得できるかな?」

 いままで、奥歯を噛みしめていたアレンは、その一言を聞いた瞬間、口元から薄い笑を漏らす。

「もちろんですとも!」

 即答で返すアレンに大きく頷くと、ミラは海斗とミリィをゆっくり見渡した。

「海斗・桐生、ミリィ・カウラ、そなた等はどうじゃ?」

死合らせてくれるんなら、受けるまでだ」

 即答した海斗に続いてミリィは無言で頷き、海斗の意見に賛同する意志を示す。

「決まりじゃな」

 ミラは満足気に頷くと、自分の役目は終わったといわんばかりに、傍らのルミーに視線を移した。

「デック。雷龍の修理はどのくらいかかりそうですか?」

「腕のジョイントの取り付けはこれからだからな、あとはサスペンションの調整とボディのリベアで三日ぐらいか――」

 ルミーはデックに向かって大きく頷くと、おもむろに席から立ち上がり、居並ぶ全員を見渡した。

「それでは、三日後にナイアードと雷龍の立ち合いを行います」

 これで奴らに勝てばルミー様に私の強さをアピールできるとアレンは脳内で勝利の様子を想像しながら、フッフッフと低く笑いだした。

「やっぱりこの人、気持ち悪いわね――」

 ミリィは妄想に浸りきるアレンを横目で一瞥すると、なんでこんな奴が相手なのと軽い頭痛を覚え、思わず額を押さえた。



 草一つ無い乾いた大地に、生命の息吹を吹き込むかのように柔らかな風が地面を叩く。

 そこに厳つく、大きな鉄の要塞、ミラージュが静かにたたずみ、その横にニ体の鋼の巨人が対峙していた。

 ミラージュと対比するとまるで山と人間位のサイズであろう。

 緑をベースに塗装され、ドラゴンを想像させる鋭角なデザイン、頭部から伸びる角は二本で無手の雷龍。

 対し、赤をベースに塗装が施された巨人は、股から下が異様なほど縦に平べったく、後頭部から伸びる角は一本。ソードを持つ腕は大きな脚に比べると華奢に見える。

 もっとも特徴的なのは、胸の中心から下腹にかけての鋭角的なフォルムである。そこからくちばしと鋭い目のような物が伺えることから、この部位は鉄の鳥形態時、頭部になることが想像できる。

「おい、新型と雷龍の対決、どっちが勝つかな?」

「新型が有利だから新型じゃねぇのか?」

「しかも、雷龍は剣士仕様だからな」

 ミラージュの甲板に噂を聞きつけた野次馬達が、口々に対戦予想を語りながら集まりはじめ、あっと言うまに広い甲板が人で埋め尽くされていく。

「さて、カラテコゾウがどれだけ成長したか見せてもらおうかの」

 呟くとミラは簡易イスを広げて腰をおろし、白いスーツのポケットからホットドックを取り出した。これから行われる死合いを楽しむ気満々である。

「そうですね。彼等の実力を計る上では、私達にとっても好都合な対戦ですわね」

 呟きながらルミー公女がミラの傍らに立った。

 でも、いつ始まるのかしらと優雅に首を傾げるルミーに、ミラはニ体の巨人に目を向けたまま呟いた。

「――もう始まっておる」

 ルミーは一瞬驚きの表情でミラを見据えるが、慌ててニ体の巨兵に視線を戻した。 



 ニ体の巨人は全く動かない。

 まるで石像のように固まっているようだった。

 赤い巨人――ナイアードは、片刃で反りの入ったソードを雷龍に向かって正眼(中段)に構える。

 雷龍は剣士と対する為、距離を取り、後屈で両手を開いた円心の構えを取っていた。

 武器を持った者を素手で向かえ打つには、武器を持つ相手の三倍の実力を要する。そうなると、素手の者は武器を持つ相手の実力を見極めることが重要になってくる。

 スミスやシャドーは、攻撃的だったから実力は計りやすかったんだが、ナイアードは未だ手の内を見せていねぇ――誘いをかけるか。

 雷龍は後方に引かれた右足を前方に引き寄せる。

 一瞬遅れてナイアードのソードが天を指し、上段に振り上がる。

「ハッ!」

 ナイアードから拡張されたアレンの気合いが轟いた。

 ソードが真っ向から斬り降ろされる。

 雷龍は素早く退き足で距離を取る。

 斬撃は空を斬った。

「伊達に解放軍を名乗っているわけじゃねぇな――」

 ナイアードは大きく右足で踏み込み、腰元まで振り降ろしたソードを返した。

 そして切っ先を右後方に向けた。

 脇構えだ。

 居合いと、攻撃的な太刀筋を使い分け、言葉による挑発で相手の冷静さを崩そうとするシャドーとは対照的に、基本に忠実、正々堂々な太刀だ――相手の虚をつく戦法を主とする海斗にとって、やりにくい相手であった。

 不意をつく攻撃は、相手の一瞬の隙をつくる為の戦法。

 冷静に対処されれば、効果は半減する。

 海斗は奥歯を噛みしめた。



「なかなか動きませんね?」

 ルミーが眼下の巨人達を見据えながら、傍らのミラに向かって呟いた。

「まぁ、動けんじゃろうな。アレンは攻撃の為の剣術ではなく、身を守る為の剣術を得意とし、コゾウも相手の不意を突く攻撃を得意とするからのぉ」

 ミラは食べかけのホットドックで、ナイアードを指した。

 それはそうですわ、解放軍の目的は殺戮ではなく、ヤン国を取り戻すことが目的なのですからと、ルミーは自分に言い聞かせるように頷いた。

「んだよ、にらめっこ見にきたんじゃなぇぜ」

「ああ、なんかしょっぱい死合いだな」

 ついに観客達からヤジが上がり始める。

 そこに、ニ体の魔法巨兵を凝視していたミラの眉がわずかに動いた。

「コゾウ――仕掛けるつもりじゃな」



 海斗の目が鋭く変わった。

 それは決意を固めたことを表すかのごとくだった。

「ミリィ、いくぜ!」

「あ、うん」

 ミリィは海斗の意図してることが、全く飲み込めないながら、いつでも魔法が放てるように精神を研ぎ澄ました。

 すると、突如雷龍の円心に構えた両手がワラワラと動き出した。

「ち、ちょっと、海斗! なに遊んでるの!?」

 ミリィが目を剥いていきり立つのも無理はない。雷龍の両手は、まるで舞でも踊るかのようにヒラヒラと動いているからである。

「別に遊んじゃいねぇ」

 海斗の真剣な顔立ちに、ミリィの口は自然と閉じてしまった。

 何を狙っているかはまるっきりわからないが、海斗に何か策があることを悟ったミリィは表情を引き締め、前方のスクリーンをキッと睨み据えた。



「動き出したか――」

 来るとすればソードよりリーチが短いことを補う突進系の攻撃であろう。

 呟いたアレンは必ず来るであろう攻撃に備え、拘束された全身に、神経を研ぎ澄ます。

 そして、ワラワラと踊る雷龍の両手を睨みつける。

 数分が過ぎる。

 全く雷龍に攻撃の気配が伺えない。

「なぜだ? 何を狙っている!」

 ここで気を抜いては奴の戦術にハマる――アレンは、こみ上げてくる焦りを振り払い、途切れかけた精神の鎖をつなぎ止める。

 ニ体の魔法巨兵が対峙して数十分。

 突如雷龍の右足が大地を蹴った。

「せい!」

 スナップをきかせた下段回し蹴りが、ナイアードの右足を叩いた。

「なに!? この距離で蹴りが届くはずなど――」

 蹴りを受けた衝撃がナイアードの操縦室にまで伝わり、アレンの顔が焦りと驚愕で歪んだ。

 雷龍の蹴りが伸びるはずはない。

 奴は両手を踊らせ、視線を上半身に注目させることで、足下をわずかに前進させていることを悟られないようにしたのか。

 時間を掛け、ゆっくりと近づく雷龍に気づかず、私は距離感を失っていたのか――相手の懐に入る為の、海斗の作戦にようやく気がついたアレンだが、時すでに遅し。

「ふしゅ!」

 拡張された海斗の息が漏れた。

 雷龍の両手はナイアードのソードを掴んでいた。

「くそ! リリア!」

 アレンが叫ぶ。

 ナイアードの左手が冷気を帯びる。

 そしてその左手が雷龍の下腹にかざされた。

「なに!?」

「クリスタルボンバー!」

 海斗とリリアの叫びがほぼ同時に重なった。

 雷龍の下腹が激しい爆発の衝撃に襲われた。

 ナイアードの左手から粉々に砕け散った氷の固まりが舞いあがる。

 雷龍の巨体が後方に吹き飛んだ。

 勢いのまま滑るように背中を大地に打ちつける。

「魔法巨兵だということを忘れたか」

 太陽の光を受け、輝きを放ちながら落下していく氷塵にソードを翳すナイアード。

 そこに嘲笑を含んだアレンの声が木霊した。

「忘れちゃいねぇよ」

 雷龍は大地に落とした体をゆっくりと起こし、右足を後方に踏み込んだ。

 そして腰を落とし、両手を開き円心に構えた。

「そうか、ならば遠慮はしない――」

 ナイアードは右腰に構えるソードをゆっくりと上げ、右肩に担いだ。

「なに!?」

「どうしたの?」

 驚愕の声をあげる海斗にすかさずミリィが聞き返す。

「奴のあの構え――見たことがねぇ」

「なんですって!?」

 賭け死合いを繰り返し、何人の剣士とも闘ってきた筈の海斗が知らない構え――ミリィの頭の中が真っ白になる。

「魔法を打ち込んで、様子をみる?」

「手を出すな! これは俺と奴との死合いだ!」

 海斗はミリィの言葉を強く制し、鋭い視線で前方スクリーンに映る赤い魔法巨兵を睨みつける。

 手を出すなって、向こうだって魔法使ったでしょと呆れながらも、海斗らしい台詞にミリィは苦笑した。

「いくぞぉお!」

 アレンの気合いが響いた。

 ナイアードの肩に担がれたソードがカーブを描いた。

 袈裟の太刀だ。

「この距離で届くはずが――」

 ミリィは呟く途中で思わず息を呑んだ。

「ブリザード!」

 リリアの声だった。

 瞬間、ソードの刀身が凄まじい勢いで長さを増した。

「バカな!?」

 寸前で雷龍が太刀をかわす。

 ナイアードから伸びる太く長い氷の刃が乾いた土を砕き、大地に深々と食い込んだ。

「これは!?」

 驚きの声はミラージュの甲板から聞こえた。声の主はルミーであった。

 徐々にその驚きは野次馬達のざわめきを誘い、周囲が騒然とする。

「アレンめ、ワシが暗黒龍に放った太刀を使いおったな」

 あれは対暗黒龍の秘密兵器だというのにと、ミラは顔をしかめながら食べかけのホットドックにかぶりつく。

「あの肩に担ぐ構えは元々首切りの処刑人がするものじゃ――モぐ。いわば暗黒龍の首を刈る為の技であるゆえに、モぐ、ドラゴンパニッシャーとルイスは名付けよった」

「ドラゴン――パニッシャー」

 ルミーは未だかつて見たことの無い技の名を、思わず口にしていた。

「しかし、あれだけ巨大化した剣を振るうと、巨兵にはかなりの負担がかかるな。ましてや、新型は飛行機能がある為に各ジョイント、サス部を軽量化してあるから、あんな技放ったら間接がすぐイカレちまう」

 いつの間にかデックがルミーの傍らで腕を組み、仁王立ちをしていた。

「大丈夫かなぁ、兄貴――」

「さぁ? わたしはナイアードのあのフォルムが見れればいいだけですけど」

 あーん、たまんないわと赤面する頬に両手をあてながらフワフワと浮遊するミミ。その姿を一瞥したモモは、吐き捨てるかのように呟いた。

「メカフェチが――」 

 


 じゅっという音と共に氷の刃に隠れた刀身から水蒸気が立ちこめた。

 ナイアードは巨大な氷の鞘からソードを抜刀し、ゆっくりと肩に担いだ。

「またアレをやるつもりね」

 ミリィの呟きに海斗は軽く頷くと、シートに束縛された体に力を込めた。

 海斗の全身の熱を感知する装置が雷龍に指令を与える。

 緑の巨兵は大地を蹴って前方に駆けだした。

「イヤァ!」

 雷龍が動いたことを悟ったナイアードから、空気をつんざかんばかりの気合いが迸る。

 氷のソードが袈裟に振り降ろされた。

「しゅっ」

 雷龍は前傾で左にかわす。

 巨大な太刀は目標を失い、斬撃は空を斬る。

 雷龍の足下の土がえぐられた。

「くそ! リリア!」

 間合いに入られたことを悟ったアレンから焦りがにじむ。

「――ボンバー!」

 リリアが叫ぶと同時に、ナイアードの右手から灼熱の炎が吹き上がる。

 ソードの刀身を覆う氷の鞘が、水蒸気に変化し、爆発した。

 砕けた氷がナイアードの前方に立ちこた。

 煙幕のように周囲の視界を遮った。

「でりやぁ!」

 海斗の気合いが響いた。

 雷龍の右足で踏みつけられたソードは乾いた音を立て、真っ二つに砕けた。

 まさしく海斗の狙いはソードの破壊だった。

「せい!」

 間髪入れず、雷龍の左軸足が回転した。

 右の重い中段回し蹴りだ。

「うぉ!」

「うっ」

 鋼の脚がナイアードの胸板を激しく叩いた。

 その衝撃は、ナイアードの操縦室を大きく揺さぶった。

 体勢を崩したナイアードに雷龍は間合いを詰める。

 ナイアードの首に右腕を滑り込ませる。

 そして右足を刈った。

 それは打撃の受け後、相手の体勢を崩したところを投げる、入り身大外刈いりみおおそとなげといわれる、カラテの投げだった。

 大きな土埃をまきあげ、ナイアードの背中が大地に叩きつけられた。

 ミラージュの甲板からどよめきが上がる。

 通常ここから打撃を加えるところであるが、海斗は違った。

 くるりと体を返し、ナイアードの股の間に体を滑り込ませ、腰を落とす。

「マウントか!」

 アレンの声が焦りを含む。

 ナイアードは覆い被さる雷龍の胴に両足を巻き付けた。

 マウントに対するガードポジションだ。

「シュッ!」

 乾いた息づかいとともに、雷龍の右拳がナイアードの左胸を打ちつける。

 金属がぶつかり合う衝撃音が響き渡る。

「頭部ではなく、ボディを狙うか」

 巨兵の弱点を狙われ、アレンは舌打ちする。

 再び雷龍の右拳が振り上がる。

「リリア!」

 ナイアードの冷気を帯びた両手が、雷龍の胸部にかざされた。

「クリスタル――」

「海斗!」

 リリアとミリィの声が交錯した。

 海斗はスクリーンを睨んだまま、わかっているといわんばかりに口元をニヤリとつりあげた。

「ボンバァ――!」

 ナイアードの両手から砕けた氷が吹きあがる。

 それより早く雷龍の体は後方に倒れ込んでいた。

 耳をつんざかんばかりの爆音が響いた。

 ビリビリという衝撃が雷龍の操縦室にまで伝わってきた。

「ヒールホールド!」

 いつの間にかナイアードの右足に雷龍の両足が絡みつき、左脇にナイアードの足首ががっちりと固定されていた。

 爆裂魔法を放った際、氷の粉塵が頭部カメラの視界を遮り、アレンは足を取られたことが気がつかなかった。

「くそ!」

 ナイアードは自由な左足で雷龍を蹴り付け、技から逃れんとする。

 雷龍は右手で蹴り足を振り払う。

「でりゃぁぁ!」

 海斗の気合いが迸った。

 雷龍の左脇からメキメキと金属が折れる嫌な音が響いた。

 海斗が、取ったと確信した瞬間、ナイアードの蹴りが、雷龍の下腹を打ちつけた。

 雷龍の巨体が後方に突き飛ばされた。

「やったね、海斗!」

「ああ、右足はいただいたぜ」

 距離を置いてニ体の巨兵は同時に体を起こすが、ナイアードの右足が力無く崩れ、ガクリと大地に膝をつけた。

「勝負あったんじゃねぇか?」

「甘いな――」

 強がるなよとアレンの言葉を遮ろうとした海斗は、眉を寄せた。

「新型は飛行機能があることを忘れたか!」

 ナイアードは片膝をついた状態で、その体を変化させていく。

 平べったい脚は翼に、華奢で鋭い腕は足に、胸から黄色いくちばしとつり上がった両目がせり出す。

「――これが」

「――鉄の鳥」

 大空に向かって嘴を開き、甲高い雄叫びを上げる赤い鉄の鳥。

 その異様な光景に、ミリィと海斗は思わず呟きを漏らしていた。

 


「いくぞ!」

 アレンが叫んだ瞬間、鉄の鳥は大きな翼を広げた。

「させるか!」

 雷龍は鉄の鳥に向かって、猛然と突進する。

 そして鉄の鳥の大きな翼に掴みかかった。

 大地を蹴って両足を左の翼に絡みつかせる。

「腕ひしぎ逆十字固め!」

 さしずめ羽ひしぎ逆十字といったところであろうか。

 飛び立とうとする鉄の鳥は、左羽に極度の加重を受け、大きくバランスを崩した。

「くそ!」 

 鉄の鳥はもがきながら、推進装置を唸らせ、強引に飛び立とうとする。

「フシュッ」

 そのとき、雷龍の体が起き上がった。

 そして流れるように左脇に鳥の頭を抱え込み、両羽の根本に両腕を滑り込ませた。

「羽折り固め!」

 次の瞬間、ミラージュの甲板から、大波のような歓声がわきあがった。

「鉄の鳥に羽折り固めとは洒落たことをしおる」

 ミラはホットドックを食べ終えたのか、満足そうに口元で爪楊枝を動かしている。

「絡み合う鋼の肉体――たまらないですわぁ」

「アニキィ! このまま落としちまえ!」

 観衆達のボルテージが上がり、各々気がつけば両手を堅く握りしめ、声を張り上げる。ミミは別の意味でヒートアップしているようである。

「でりゃぁぁ――!」

 海斗が気合いを入れる。

 バキバキと音を立て、鳥の羽が上に向かって曲がっていく。

「これ以上力を加えられたらジョイント部が破壊されるぜ」

 腕を組んだまま冷ややかな眼で絡み合うニ体の巨兵を見つめるデックの呟きに、ルミーの表情が陰りを見せる。

 アレンのことであるから、きっとわたくしに対する忠誠の為、今闘っているに違いない――そう思うと激しく胸を締め付けられた。

「アレーン!」

 気がつけばルミーは叫んでいた。なぜ叫んだのか、その行動は自分でも理解できなかった。

 ただ、アレンに勝って欲しい、その気持ちがそうさせていたようだった。

「うぅオォォ――」

 ルミーの声が届いたのか、アレンの目が命を吹き返した。

「――サーモスキャンモード!」

「なにぃ!?」

 不意に鉄の鳥にかかった変形の力に弾かれ、雷龍は後方に体を踊らせていった。

「まさか巨兵に変形することで固め技から逃れるとはのぉ」

「しかし、巨兵形態になっても両足はイカレちまって満足に立てやしねぇぜ」

 ミラの呟きにデックがメカニックらしい解説を加える。

 デックの解説を裏付けるように、巨兵形態に戻ったナイアードは、片膝を着いた状態でうずくまっている。

「くそ! 動け!」

 アレンは束縛された両足に力を込めるが、ナイアードの股関節から火花が迸り、ガクンと体が傾く。

「海斗!」

「おう!」

 チャンスとばかりに声を張り上げるミリィに海斗が応じ、全身に力を込める。

 雷龍は身を翻し猛然と走り出した――ナイアードの横のミラージュに向かって。

「でりゃぁぁ!」

 雷龍はミラージュの船底を蹴りつけて方向転換する。

 ミラージュが振動を受け、大きく揺れた。

 そのまま真横からナイアードに突進する。

 体にひねりを加える。

 ただでさえ視界の狭い頭部カメラの死角を完全に突いた攻撃だ。

 遠心力の加えた雷龍の右拳がうなりをあげた。

「トルネード――」

「――ボンバァー!」

 海斗とミリィの声が交互に木霊した。

 冷気を帯びた雷龍の拳は、上から振り降ろすような形でナイアードの頭部を打ちつけた。

「なにぃ!?」

 驚愕を含んだアレンの叫びも空しく、ナイアードの頭部が、突きの衝撃と、爆裂魔法の衝撃で氷粒ごと粉々に吹き飛んだ。

 突進の勢いを残し、ナイアードから数歩距離を置いて雷龍が踏みとどまる。

 そして背後のナイアードに向き直り、後屈に構え、残心を取る。

 雷龍のカメラに映るのは、うずくまる赤い巨人。

 ついさっきまでそこにあったであろう頭部はなく、喉元から行き場を失った動力がバチバチと火花を散らせていた。

 視界と両足を失い、動く気配すら見えない巨人に対し、雷龍は静かに構えを解いた。

「うし、最強!」

 雷龍がびしっと下段払いの構えを取った瞬間、ミラージュの甲板から割れんばかりの歓声、拍手が沸き上がった。

「楽勝!」

 ミリィはサーモスキャンモードを解除した海斗の手をパンと叩き、勝利の喜びを目一杯表現した。


 ナイアードを格納庫まで回収し終え、雷龍の搭乗口が開いた。

 海斗が姿を現すと、モモが興奮しきった様子で駆け寄ってきた。

「アニキ! 最強だったぜ!」

「おう、あったりめぇだ」

 雷龍から降り立った海斗は、モモの頭を大きな手でわしっと掴んだ。

「あぁ、愛しのフォルムがぁ――」

 モモとは対照的にミミは、見るも無惨な姿のナイアードの前で悲観に暮れていた。

 ミリィは、まぁまぁ、すぐなおるわよと肩を叩くと、モモは眼を潤ませながら、ミリィの胸に顔を埋めた。

「おねぇちゃぁん」

 なんなのよ、この姉妹はと呆れながらもミリィは優しくミミの頭を撫でた。

 暫しおかしなムードが周囲に漂う中、おもむろにナイアードの搭乗口が開いた。

「おい!」

 モモと戯れている海斗が、声に気づき振り向くと、鬼のような形相で、アレンが海斗を睨みつけていた。

「まぐれで私に勝ったと思うなよ!」

「――」

 海斗はまとわりつくモモを払い退け、アレンに向き直る。

「約束であるから、新型は譲ってやるが――」

 静かにアレンの言葉に耳を傾ける海斗は、拳を堅く握りしめた。

「――ルミー様をお守りするのはこの私だ!」

 言い捨てると、アレンは肩を怒らせ、四人の間を横切っていった。

「あの――」

「なに?」

 ミリィの問いに一言だけ返すと、リリアは何事も無かったかのようにアレンの後ろに従い歩きだした。

「なんか嫌な感じだぜ――き、気にすんなよ、アニキ」

 モモが未だアレンの立っていた方向に仁王立ちの海斗に声をかけた。

「ああ、なんなんだあいつは」

 呟いた海斗はモモに向かって笑顔を投げかけると、モモは海斗の元に駆け寄った。

「プライドが高いんだよ、きっと――」

 ミミの頭を撫でながら、ミリィは呟き、内心で言葉を続けた。

 ヤン国に使えてきた誇りか。あたしにはわかんない世界だけど――その誇りをズタズタにしてしまったことに、心が締めつけられながら、変わり果てた姿の魔法巨兵、ナイアードを見つめた。

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