十五章 突入
暗黒要塞の格納庫を後にしたルミー。次に彼女を迎えたのは暗闇だった。
目が暗さに慣れるにつれ、ランプの光が頼りなく周囲を照らしていることが確認できた。
天井がどれほど高いのかもわからなかった。
ガランとヘレンに促され、ルミーは暗闇の通路を歩き始めた。
周囲はルミーの靴の音と、ガラン、ヘレンの床を叩くブーツの音だけがこだまする。どのくらい歩いたのか。永遠と広がる闇は時間の感覚まで麻痺させてしまう。
ルミーはガランの後ろを歩いていた。ルミーの後ろにはヘレンが従い、いや、逃げられないように見張られているといったほうが妥当であろう。
捕われの身であるはずのルミーの姿は堂々としていた。闇という閉ざされた空間。普通であればその恐怖に恐れおののいてしまうであろう。
なぜ動じない――ガランはルミーの姿に、逆らうことの許されない国主の徳を感じた。
我が主君はガル総統だ――ガランは内心で呟き慌ててそれを払拭した。
そのようなことに思考を捕らわれていたガランの足が不意に止まった。
「ここが謁見の間だ。ルミー公女」
ガランがそういい、ルミーに道を開ける。ぎりぎりと重い音が耳についた。まるで扉を開けたときの音に思えた。
ルミーが眼を凝らすと、暗闇の遥か彼方にぼんやりとした光が確認できた。
「真っすぐにお進みください」
後方のヘレンがルミーに促した。
真っすぐ――あの光を目指すということですねと、ルミーは内心で確認して頷き、前方の光を目指し歩きはじめた。
ぼんやりとした光は宙に浮いているかのようであった。ルミーが歩く度に、光の大きさが増していく。
そして、その光の中に人影が確認できるほど、大きさが増す。
スポットライトといわれる天井から照らされる光。その中に彼がいた。
「ガル・ダース!」
ルミーは立ち止まり、ガルを見上げた。
「久しぶりだな。元ルミー公女」
ルミーを見下ろすように、漆黒の玉座に悠然と座るガル。
その視線は冷たく、嘲笑っているように思えた。
この男が父上を――ルミーは上目使いでガルを睨み据える。
「ここにあなたが欲しているダーククリスタルがあります。ヤン国の民を解放なさい!」
威厳を含んだルミーの声が朗々と響き渡る。
ガルは口元を歪め、ガランに顎で合図を送った。
ルミーの傍らで膝を折り、畏まっていたガランが立ち上がり、ルミーに向き合う。
「ヤン国はすでに解放されている」
ガランの言葉にルミーは頷くと、手の中にある木箱をガランに差し出した。
「たしかに――」
ガランは恭しく木箱を頭上に掲げて受け取り、そのまま身を返した。そして、一歩一歩と、暗闇の階段を昇りはじめる。
ガルの面前まで来ると再び膝を折り、木箱を頭上に掲げながらガルに差し出す。
「ご苦労であった。ガラン」
「身にあまるお言葉でございます」
ガランは頭を垂れ、恐縮の意を表す。
ガルはガランに向かって頷くと、受け取った木箱の蓋をゆっくりと開けた。
箱の隙間から青白い光が漏れた。一筋の光はじんわりと広がり、大きく膨らんでいった。
青白い光に包まれた箱の中。そこに黒く丸い石があった。
それはまるで意識が吸い込まれるかのような美しさであった。
「これが暗黒龍を呼ぶクリスタル――」
ガルはその石を手に取ると、立ち上がった。
そしてクリスタルを天に向かって掲げ、声高に叫ぶ。
「暗黒龍を呼ぶクリスタルがついに我が帝国のものとなった! もはや我が帝国を阻むものはない!」
その瞬間、いままで闇に包まれていた周囲が眩しいほど明るく変わった。
天井に設置されたいくつものライトが周囲を照らしていく。
ガルが眼下に見下ろすは、巨大なホールに立錐の余地なく埋め尽くされた黒い甲冑の集団。
「唯一我が軍の進行を阻む反乱軍を、全勢力をもって叩き潰せ!」
まるで床に広がる黒い絨毯。その漆黒の鎧が激しい怒号とともに、大きく波打った。
ホール全体を揺るがすほどの大音声で黒の集団は主君に応え、各々が携える武器を頭上に掲げた。
これが今のガル軍の勢力――解放軍の何倍、いや何百倍はあるであろうガルの率いる勢力。
その光景に圧倒されつつあるルミーの額にジワリと汗が滲む。
多勢をもってしても、小数の団結には叶わぬ――その時、突如、父ヤン・エルロードの言葉がルミーの胸に迫った。
――わかるか、ルミー。
――お前を信じ、集ったもの達を信じるのだ。例えそれが小数であったとしても――
ルミーは大きく眼を開いた。
そうですともと、ルミーは頷く。
解放軍には志を、絆を一つにした同志がいる。ルミーは、たとえ自身がどうなろうとも同志を信じ抜くと固く心に誓った。
ルミーの脳裏に一人一人の同志の顔が、自分元に集った同志の顔が思い浮かんでいった。
勝負です! ガル!――周囲の怒号を掻き消さんばかりの決意。それを眼に現し視線に込める。
視線の先は遥か眼下に自分を見下ろす総統、ガル。
それに応えるごとく、自分を権力をルミーに誇示し、見下し切ったガルの高笑いが、謁見ホール全体に響き渡っていた。
戦艦ミラージュの甲板。
「兄貴、要塞からなんかうじゃうじゃ出てきたぜ」
ウィンディからモモの声が流れた。
海斗はすかさずタッチパネルを操作し、前方スクリーンの画像を拡大していく。
「海斗! これって――」
「あぁ――」
前方スクリーンに映し出されたものは黒い鎧の集団だった。
まるで絨毯でも広げるように、暗黒要塞からじわり、じわりと大地を侵食していく。
「どうした!?」
状況が飲み込めずにいるアレンが、鉄の鳥にむかって声を張り上げる。
「奴ら動きやがった」
「なに!?」
血相を変え、雷龍の元に走るアレン。しかし、一際大きなだみ声がそれを鋭く制した。
「待ちやがれ!」
ミラだった。
ミラはぴたりと足を止めたアレンをじっと見据えた。
「この船は俺が仕切るといっただろうがぁぁ!」
アレンには獅子の咆哮に思えた。
無意識のうちにぴくりと肩を跳ね上げていた。
そんなアレンを一瞥すると、ミラは傍らのライムに視線を移す。
「おい、ミラージュの蓄電動力はどのくらいだ?」
は、はいと狼狽しながら、ライムは動力担当者を捕まえ、状況を確認する。
「え、えっと――」
どう報告してよいのか口ごもっていると、ミラが質問を変えて問う。
「動力の供給なしで、要塞の真横に回り込めるか?」
ライムは慌ててポケットから小型の装置を取り出すと、いくつかのボタンを素早く弾いた。
「大体の目測ですが、現在の動力の情報を照らし合わせ、計算したところ、恐らくはギリギリではないかと――」
ライムの小難しい説明に眉を寄せていたミラが大きく頷いた。
「魔法使い共を全員甲板に集めろ! 残らずだ!」
ざわめく周囲を尻目にミラは指示を次ぐ。
「巨兵軍団はミラージュに敵を近づけるんじゃねぇ! 盾になってでも食い止めやがれ!」
ミラの指示に、ダリスが居並ぶ兵士達に檄を飛ばす。
「巨兵団! 総員配置につけ!」
雷鳴のような気合いが交錯し、解放軍の精鋭達は動きはじめた。
「魔法兵団は輸送形態で待機だ! 指示があるまで動くんじゃねぇ!」
訝し気な表情で見守っていたライムが、恐る恐るといった風に口を開いた。
「ミラ――様、一体これから何をされるおつもりでしょうか?」
ギラリといった感じのミラの視線が突き刺さり、とっさにライムは目を閉じてしまう。
「なぁに、主砲をやつのどてっぱらに叩き込んでやるのよ!」
ミラの言葉に周囲が騒然となった。
戦艦というも、ミラージュには砲台というものが見当たらないからだった。
「砲台がないのに主砲なんて――」
そういいかけたメカ兄が一瞬で口を閉じた。
「主砲がない戦艦なんぞあるわけねぇだろぉぉぉぉ!」
まさに有無を言わさずだった。
とっとと配置につきやがれと、また獅子が吠える。
「ミラのおっさん、一体なにを考えていやがるんだ」
呆れ返るように呟いた海斗とは裏腹に、ミリィはミラの指示になにかを感じていた。
かつてこのミラージュを根城として、エルフィンと戦闘をしたミラ王のことである。ミラージュの性能を知り尽くし、その戦術は確かなものであるように思えた。
「ミラ王の指示に従いましょう――」
「ミ、ミリィ!?」
海斗は渋々といった感じで操縦桿をにぎりしめた。
ミラージュ指令室。
その出入り口のドアがおもむろに開かれた。
鋼に包まれた足が床を叩く。
全身を包む重厚な鎧。
乱れた白銀の頭髪。
獲物を狙うような鋭い眼光。
姿を現したのはミラだった。
顎を覆い尽くす白い髭は綺麗に剃られ、薄い唇が露わになっていた。
肌は皺が刻まれているが、艶やかであり、とても六十代の年齢を感じさせない。
「す――」
素敵――ライムは慌てて言葉の続きを飲み込んでいた。
「どうした?」
ミラに声を掛けられライムは、はっと我に返った。
指令室の中で一番高い位置の席に座するミラと目が合ってしまったのだ。
ライムの胸の鼓動が早くなった。
「な、なんでもありません」
思わず赤らんだ頬を隠すかのように、ライムは機材に向かい合った。
思わず高鳴る胸を押さえる。
――なに、この感じ、もしかしてこれって――恋い!?
「魔法使い共は集まったか?」
「は、はいぃぃ!?」
突如甘い思考をかき消され、ライムは機材を操作し、甲板の様子を確認する。
「どうやら集まったようです」
ミラは大きく頷いた。
「甲板の上に灼熱魔法を溜めろ」
「はい?」
ライムの返事にミラは眉を寄せる。
「聞こえていねぇのか? 言われた通りにささっと指示しやがれ!」
「はいぃぃぃ!」
――前言撤回。
――やっぱり男は見かけじゃないわ。
ライムは儚く散った恋いに傷心する間もなく、集音機に向かって声を張り上げた。
突如甲板に放送が流れた。
「魔法使いのみなさん。手を上げて、甲板の上に灼熱魔法を溜めてください」
甲板に集結した大勢の魔法使い達が大きくざわめいた。
その中には魔法使いの姿のジェシーの姿もあった。
「全く、人使いが荒いわね」
「ルミー様のほうが全然いいわ」
普段はエンジンルームで、ミラージュに動力を供給している魔法使いのおばちゃん達が、ブツブツと文句を言いながら上空に向かって手のひらを構える。
ポツンポツンと甲板に明かりが灯り始めた。
それはやがて大きな火球に姿を変えていった。
「そのまま魔法を溜めてください。これより本鑑は――ちょっと、ミラさま!?」
「おらぁ! 兵団共! 一歩も敵を船に近づけるんじゃねぇぞぉぉぉ! 全速前進んんん!」
ライムの声に取って代わり、ミラの声がミラージュ周辺に轟いた。
「――」
あまりにも無責任、そして有無をいわさず一方的に言い捨てられ、置いてきぼりにされた巨兵団は無言で立ち尽くしていた。
暗黒要塞から吐き出された黒の集団は、ミラージュと、暗黒要塞の丁度中間地点くらいまで迫っていた。
「隊列を整えろ!」
その声は鉄巨兵から発せられた。
ダリス・カウラの声だった。
騎士を思わせる鋼の鎧。
頭部には燃えるような赤い髪を靡かせている。
右手に携えた長槍。
その矛の反対側にはハンマーが取り付けられていた。
ハンマーランスという武器で、使いこなすには難しい武器である。
ダリスの号令に、石、鉄、武者の巨兵が隊列を組み始めた。
石の巨兵が先陣、武者は鉄弓を持ち、後陣。それを守るかのように鉄巨兵が控える。
「進軍開始!」
ダリスの号令と共に、解放軍の巨兵が動き出した。
漆黒の集団か――ダリスは次第に大きさを増す黒の集団を睨みつける。
鉄、武者、石に至るまで、黒の塗装が施されている。
ガルの直属の軍あることは明白。
今まで相手にしてきた巨兵達とは比べ物にならないほど戦術に長けているだろうと、自身の気持ちを引き締める。
「ガル直属の軍だ! 精鋭達よ、気を締めてかかれ!」
檄を飛ばした。
飛ばした檄は、大地を揺さぶるほどの雄叫びとなって返ってきた。
ガル軍の前衛は黒い鉄巨兵だった。
解放軍の先陣、白の石巨兵が動く。
果敢にも、黒の集団に猛然と突進する。
黒と白が交わった。
そこらかしこで火花が散った。
黒の鉄巨兵達は、タックルを受け、次々と大地に身を沈めていく。
いくつもの怒号が交錯した。
タックルから間接技に移行しようとする解放軍石巨兵。下半身を破壊し、戦闘不能を狙う。
「ばかめ!」
無防備に隙をさらけ出している解放軍石巨兵に、黒いソードが向けられる。
瞬間、帝国鉄巨兵の胸を背後からソードが貫いた。
無防備状態の解放軍石巨兵に襲いかかる黒の鉄巨兵を、解放軍の鉄巨兵が刈っていく。
甲高い音が至る所で鳴り響く。
ソードとソードが火花を散らした。
瞬間、鉄の矢が解放軍鉄巨兵の腕に突き刺さった。それに気がついた一体の解放軍鉄巨兵が動く。
「くそ!」
漏らし、鉄巨兵は長い獲物を振り上げ突進する。
「ぜぁぁぁ!」
気合いもろとも真横に凪ぐ。
空気を裂き、ぶん、と重い音が木霊した。
次にみしりと乾いた音。
黒い武者巨兵の一体の頭部が粉々に吹き飛んでいた。
頭部を失い倒れゆく黒の武者。
その傍らに、ハンマーランスを構える鉄巨兵。
頭部には燃えるような赤髪。
ダリスが操る鉄巨兵だった。
くそ! ガルの奴め、石を盾に武者を配置したか――ダリスは舌打ちをした。
倒れた武者の背後から無数の黒い武者の姿が浮かび上がる。
各々が手にしている鉄の剛弓を構える。
「石を盾にしろ!」
夥しいほどの矢の雨が解放軍の巨兵達に降り注いだ。
数からいえば解放軍が圧倒的に不利である。
武者、鉄の解放軍巨兵は、石巨兵を盾にし、忍ぶしかなかった。
我々を盾にして、ミラ王はなにをしようと言うのだ。
ダリスの見据える前方スクリーンには、暗黒要塞に向かって旋回する、戦艦ミラージュが映し出されていた。
「なんか押されてねぇか?」
海斗が前方スクリーンを見ながら呟いた。
ナイアードは鉄の鳥形態で、ウィンディを抱え、雷龍を背負い、甲板で待機していた。
そこから捕らえたカメラの映像で、戦況が手に取るように把握できた。
「数からいえば、あちらさんが圧倒的だから仕方ないわね」
ミリィも前方スクリーンに視線を走らせ感想を漏らした。
例えるなら戦艦に小舟ほどの戦力の差であろうか。
ミラージュが戦線から遠退いていくと同時、その戦況が一望できた。
帝国を名乗る巨兵達が入れ替わり立ち替わり、矢を放ち、そして暗黒要塞に戻っていく。
矢の補充と、動力の補充をする為であると、ミリィは思った。
一方矢の攻撃を忍ぶ解放軍巨兵は一体とも動いていない。
攻撃をして、補給に戻るだけの戦力もなく、なにより、ミラから船を守れと言われていた為であった。
そこでミリィに一つの答えが浮かんだ。
巨兵団は囮である――と。
ミラ王は巨兵団を囮にして、何を仕掛けようとしているの?――後方を見渡すと、海斗が無言で前方スクリーンを凝視していた。奥歯を噛みしめ、気が気でならない様子であるようだ。
今は成り行きを見守るしかないわ――そう思いつつ、ミリィも前方スクリーンに視線を戻した。
ミラージュの船首(船の前方部)が暗黒要塞の左舷(左側面)を捉えた。ミラージュは暗黒要塞に向かって右に回り込むように移動していた。
指令室の巨大スクリーンに映し出された黒く細長い要塞は、空気の歪みに揺れている。そのことから最大限に画像を拡大していることが窺える。
ミラは視線をスクリーンから甲板に移す。
そこには甲板を覆いつくさんばかりの巨大な火球
が燃え盛っていた。
そろそろか――ミラは内心で呟く。
そしておもむろに、ライムの席に備えられたマイクといわれる集音機を掴んだ。
「魔法使い共! 火球の中心に意識を集中しろ!」
ミラの声に相呼応して、火球がぐぐっと縮まった。
「もっとだ! もっと、強く!」
さらに火球は凝縮する。
しかし、縮まった大きさに反してその熱と光は激しさを増していった。
甲板の一部が熱で赤みを帯びていく。
凝縮された熱が頂点に達しようとした瞬間、獅子吼が木霊した。
「はなてぇぇぇ!」
赤い閃光が暗黒要塞の船首に向かって伸びた。
それはまさに野太い一本の線だった。
「これって――」
信じがたい光景を目の当たりにしたライムは、メカ兄から聞いていた外界の兵器を連想していた。
それは話に聞くレーザーというものであると。
これが、ミラージュの主砲――ライムは驚きで固まったまま、ただ巨大スクリーンを見つめていた。
赤い線が暗黒要塞に吸い込まれ、船首が赤く感光し、黒煙があがる。激しい熱が爆る。
「魔法兵団! 続けぇぇぇ!」
甲板にミラの雄叫びが響いた。
暗黒要塞に風穴を開け、そこから内部に侵入する。
その目的は、ルミーの救出。
そして、ガルを討つこと。
ミラの意図を理解した全員が声を一に答える。
「ラジャ!」
推進装置が唸りをあげ、ニ体の魔法巨兵を貼り付けた鉄の鳥が甲板から飛び立った。
その様子を指令室のスクリーン越しに確認したミラが、ライムの席に備えられた集音機を掴む。
「魔法使い! 全員動力室へ! 急ぎやれぇぇ!」
甲板に集合していた魔法使い達がミラの号令と共に動き出した。
そこにけたたましく機材が音を立てた。
ライムの席の小型モニターに画像と文字が割り込む。
「暗黒要塞に熱源反応!」
ライムは傍らのミラに顔を向ける。
「さすがに早いな」
対応の早さ――即ち戦力の違いだ。
ミラは鋭い眼光でスクリーンに映る暗黒要塞を睨む。
「全速後退!」
「動力が足りません!」
「構わん! 被弾を少しでも抑えろ!」
「了解――全速後退!」
暗黒要塞の左舷部から火球が膨れ上がる。
光が凝縮し、限界を超える。
「主砲来ます!」
暗黒要塞から放たれる赤い閃光。
ミラージュの船体が大きく揺れた。
巨大スクリーンの画像が乱れ、照明が点滅する。
「船体右舷に被弾!」
ライムの声に、ミラは眉をしかめる。
「動き回れ! 主砲の照準を合わせさせるんじゃねぇぇ!」
魔法使い達が徐々に動力を供給し始めたのか、ミラージュの移動速度が上がっていく。
「すごい――」
これがかつて共に暗黒龍と戦った男達の戦いなの?――ライムは内心で驚愕した。
ミラージュに主砲があることですら驚きであるのに、ミラは相手も主砲を打ち返してくることを予想していた。
両雄とも互いの手の内を知り尽くしているごとくであった。
指令席に戻り、腰を降ろす英雄ミラ・ミル・ミレッド一世。その風貌は近寄り難いほどの気迫を放っていた。
主砲!? しかも相手も撃ち返してきた――ダリスはようやくミラの意図に気がついた。
魔法巨兵を潜入させるというのか!?――ミラージュは主砲を放った後、暗黒要塞から距離を離していた。
ミラージュの様子をスクリーンで確認したダリスは視線を席前方の機材に移す。
巨兵の蓄電動力量を示すランプの色は青を示していた。しかし、このまま膠着状態が続けば動力を失い、巨兵団は全滅を免れない。
ミラ王が動いた以上、私もやらねばならぬことがある――ダリスは心を固め全身に力を込める。
赤髪の鉄巨兵が石巨兵で造られた石垣に分け入った。
「ダリス様!?」
盾となっている石巨兵の一体から狼狽しきった兵士の声が漏れた。
赤髪の鉄巨兵が石垣の前に歩み出た。
赤いビニールという素材でできた髪が日光を受け、透き通るように靡く。
「聞け! 帝国の兵士達よ!」
解放軍に放たれる夥しい数の鉄の矢。一矢、一矢が赤髪の巨兵の腕を、肩を、足を掠めていく。
それに怯むことなく、ダリスの声は響き続けた。
「我々は帝国と戦っている。ただ祖国を取り戻したい。目的はそれだけだ。おまえ達は何のために戦うのか!」
一本の矢が鉄の右足を貫いた。
がくりと体が傾く。
赤髪の巨人は突き刺さった矢を引き抜き、右手だに力を込める。
鍛えられた鉄の矢は甲高い音を立てて中心から折れた。
「金か? 名誉か? 我々は守るべきものの為に戦う。家族、恋人、そして祖国――」
一本、また一本と放たれる矢が減っていく。そこにダリスの声が鋭さを増した。
「我々の主君、ルミー・エルロードはヤン国解放の為、人質となった。ヤン国の民を守る、その為に。おまえ達の主君はどうか? おまえ達の為に命を投げ出すことができるのか!」
周囲を支配するは朗々と流れるダリスの独演。
ついに飛び交う矢は一本も無くなった。
静けさが周囲を包んだ。
数拍の後、投げ捨てられた武器が大地を叩く音が聞こえだした。
それは帝国を名乗る兵士達の心に不意が生じたことを物語っていた。
「すごい――ダリス様!」
戦う意志を放棄した帝国巨兵の様を確認した、一体の石巨兵が赤髪の鉄巨兵に駆け寄った。
「此の場は任せた」
一度国を、王を裏切った私にはやらねばならぬことがある――そう内心で続け、両足に力を込める。
ダリスの操る鉄巨兵は振り向こうともせず歩きだした。
暗黒要塞に空いた穴。その中に入り込んだ鉄の鳥が足を着ける。
中は至る所に設置されたライトが、室内を照らしている。巨兵が十分歩けるほどの通路と、人間が歩ける小さな通路があり、鉄の鳥は巨兵用の大きな通路に入り込んでいた。
巨兵が歩き回れる通路があるということは、この要塞がいかに大きいのか、ミリィにはわかる気がした。おそらくは一国に匹敵するほどの規模ではないかと。
要塞に空いた穴。分厚い装甲は焼きただれ、切断された配線が時折火花を散らす。
白い煙が周囲に漂い、被害の生々しさを感じさせる。
「この爆発、兵がここに来るのは時間の問題だな」
雷龍が鉄の鳥の背中から降り立ち、周囲を見渡した。
「しかしよ、どうやってそのガルってやつの所に行くんだ? なぁ、兄貴」
「こっちにはレーダーってやつがあるだろ」
ダーククリスタルはガルが持っている。
でも、レーダーは周囲の地形は表示されないし、大丈夫かしらと、ミリィの中で不安がこみ上げる。
そんな事を考えていると、集音機が床を叩く音を拾った。重量感を感じさせる金属が床を叩く音だった。
「サーモスキャンモード、オン!」
鉄の鳥が瞬時に巨兵の姿と化した。
長く続く通路の前方から足音は徐々に大きさを増していった。
「石の後ろに鉄だ!」
アレンの声で叫ぶや、雷龍は鯉口を切って抜刀する。
「まかせろ!」
ナイアードが雷龍の前に出た。
石巨兵の装甲はソードでは斬れない――海斗の判断に納得し、ミリィはパネルに乗せた両手に意識を集中させる。
通路は巨兵三体が並べるほどであまり広くはない。そうなると一対一の戦いとなる。
ナイアードが右足で大きく後方に踏み込む。
腰を落とし、拳を握る。
右の拳は鳩尾の辺り、左は迫り来る石巨兵に向けた。
双手の構えだ。
黒い石巨兵は前傾のまま突進してくる。
タックルの体勢だ。
距離が詰まる。
射程に捉え、黒い手が伸びる。
「な!?」
石巨兵から漏れるは狼狽した声。
ナイアードの足が動く。
右足を踏みだし、次に左。
鍛錬の賜物である運足は、もはやステップのようだった。
一気に近距離まで間合いが詰まる。
一瞬だった。
金属がぶつかる衝撃音と共に、空気が震えた。
ナイアードの膝が石の腹を打ちつけていた。
突き上げるような膝蹴りだった。
「ふしゅっ」
ナイアードから息が漏れる。
体勢が崩れた石巨兵の頭部を右わきの下に抱え込んだ。
「D・D・T!」
左足を振り子のように前方に投げ出す。
鈍い衝撃音と共に石の頭部が鉄の床に叩きつけられた。
砕かれた石片が飛び散った。
メインカメラのレンズが割れ、部品が散乱し、ちぎれた配線が火花を散らす。
黒の石巨兵の背後に控えていた鉄巨兵が姿を現す。
敵巨兵はソードを正眼に構えていた。
雷龍がソードを正眼から右に構え直す。
柄を頭部右側面、切っ先は天井。
八双の構えだ。
対する黒の鉄巨兵は正眼のまま動かない。
「ずえぇぇあ!」
アレンの気合いが迸った。
雷龍が大きく踏み込んだ。
床が振動する。
鉄巨兵はソードを振りかぶる。
雷龍のソードが横に靡いた。
金属を削く鈍い音が響く。
鉄巨兵の胴を横に一閃。
抜き胴だった。
鉄巨兵の遙か後方で踏みとどまる雷龍。
そして素早く振り向き正眼に構え、残心を取る。
同時、鉄巨兵の下半身は切り口から火花を散らし、床に沈んだ。
上半身はソードを天井に突き立てたまま、ぶら下がっていた。
天井の高さも把握できず上段に振りかぶった為、ソードが天板に突き刺さったのである。
雷龍からアレンの安堵の息が漏れ、残心が解かれる。
「どけよ!」
間髪入れず響いたのはミミの声だった。
雷龍の背後に立ちはだかるは、弓を構える武者。
「イー」
閃光魔法――雷龍が床に突っ伏した。
「サァァァァー!」
ウィンディの両手から赤い閃光が放たれる。
目映い赤い一本の閃光が武者の胴を貫通し、瞬く間に全身を炎が覆い尽くす。
どさりと音を立てて、黒の武者は床に倒れ伏した。
敵巨兵の姿は他には見あたらない。
ナイアードと雷龍はゆっくりと体を起こし、ウィンディは両手を降ろし、構えを解いた。
次の敵が来る前に少しでも進まねぇと――海斗は両足に力を込める。
「行くぞ」
言い捨てるように、ナイアードが走り出した。
まるで迷路のように枝分かれした通路を、三体の魔法巨兵はひたすら進んだ。
頼りとするのはダーククリスタルの場所を示す簡易的なマップだけである。
雷龍、ウィンディを先導するように、ナイアードが先頭を走る。
――あれから幸いにも敵兵に見つかっていないけど、どのような罠があるかわからないわね。
ミリィはそう内心で呟きながら、前方スクリーン隅に表示された小画面を注視する。
ナイアードと、ダーククリスタルとの距離はまだ離れている。小画面のマップがあまり進んでいないことからこの暗黒要塞はとてつもなく巨大であることがわかる。
ミリィはミラージュとは比べものにならない敵要塞の規模に圧倒されていた時、小画面に変化が現れた。
「海斗!? ちょっと、なにこれ!」
海斗がミリィの示した先、前方スクリーンのマップに視線を投げる。
「これは!?」
ナイアードの前方に数え切れないほどの小さな反応がひしめき合い、うごめいていた。
敵の要塞でダーククリスタル以外の反応がある。
しかもそれは動いているのだ。
次の瞬間、二人の答えは見事に一致する。
「暗黒獣!」
その言葉に雷龍、ウィンディが立ち止まる。
「どういうことだ!?」
「兄貴!?」
ナイアードも立ち止まると、カメラの装備された頭部を後方に向ける。
「この先に複数の反応があった。暗黒獣だ」
言い終えると、ナイアードは頭部を再び前方に向ける。遙か前方には今までとは違ったものが映し出された。
ナイアードは慎重に歩みを進める。
ナイアードの前にとてつもなく巨大な鉄の扉がたちはだかった。
ミリィは前方スクリーンに映し出された鉄の扉と、小画面の暗黒獣の反応を見比べる。しかし、どう見ても扉の向こう側に屯しているようにしか見えない。
「海斗、扉の向こうにいるみたいね」
「あぁ――」
ざっと見ただけで、反応の数は二十、三十はあるであろう。これだけの数を相手にしていたなら、かなりの時間をロスしてしまう。
ミリィがどうするかと思案し始めたところで、あることに気がついた。
「ね、海斗、ダーククリスタルはエルフィンの村では暗黒獣を近づけないと、守護石になっていたんだよね?」
「あぁ、そうみたいだな。それがどうした?」
もう、相変わらず鈍いわねと、内心で愚痴り、ミリィは言葉を続ける。
「ダーククリスタルがこの要塞にあるということは、この要塞の中の暗黒獣は大人しいんじゃないの?」
「あ!?」
やっとミリィのいわんとしていることが把握できたのか、海斗は真顔で相づちをうった。
「しかし、ダーククリスタルがあったとしても、この要塞は広い。万が一、ダーククリスタルの力がこの周辺まで及んでいなければどうするのだ?」
アレンの声が二人の希望的推測を見事に打ち砕く。
「ちょっと待って! もしかして暗黒獣達と戦うつもり? ここに暗黒獣がいるってことは、実験に利用された人間が暗黒獣になっているんじゃないの?」
ミリィの声は強ばり、震えていた。
――いくら魔物にされたといっても、同じ人間じゃないの――なぜ殺さないといけないの? これが戦争?
自問自答を繰り返す。
ふいにミミの声が静寂を破った。
「暗黒獣になった者が元の姿に戻れるのはダーククリスタルの力が尽きた何百年、何千年か後。もしくは――」
「暗黒獣が討伐され、命が尽きた時」
ミミの言葉の最後を海斗が続けた。
伝令から帰ってきた解放軍の兵士の姿。それを目の当たりにした海斗の言葉だった。
例えダーククリスタルの力が尽き、人間の姿に戻ったとしても、何百歳という年齢である。
あのとき暗黒獣に変えられた同志を人間として送ってやることができた。
「最後くらい人間として送ってやろうぜ」
海斗の言葉に全員の腹が決まった。
鉄の鳥のナイアードの首にウィンディがまたがる。
そしてその後ろに雷龍が鉄の鳥の背中をしっかりと掴みしがみつく。
「イィィィー」
ウィンディが構える両手の先は、重厚な鉄の扉。
熱が凝縮され、温度を高めていき、ついに頂点に達する。
「サァァァァー!」
扉が一瞬赤みを帯びたかと思うと、赤い閃光が鉄の扉を突き破り、丸い穴が空ける。
「いくぜぇぇ!」
海斗の声と共に鉄の鳥の推進装置が唸りをあげる。
鉄の鳥が扉を突き破る。
「ぎゃぁぁ!」
正方形の一室に突入した鉄の鳥は体当たりで暗黒獣をなぎ倒していく。
不意に鉄の鳥の機体が振動に、速度が加速した。
異変に気づいた海斗は素早くメインカメラを後方に向ける。
「な!?」
ナイアードの前方スクリーンに映ったのは、床に両足をつけ、仁王立ちをしているウィンディの背中だった。
鉄の鳥が急停止せんと、両足の爪を床に突き立てる。鋭い爪が鉄の床をえぐり、火花を散らす。
「行け! 行ってくれ。暗黒獣を造ったのは俺たちエルフィンの罪だ。こいつらは俺達の手で葬ってやる」
「ですわー」
わかった! ミミ、モモ――海斗は推進装置のレバーに手を掛けた。
鉄の爪が床を離れ、鉄の鳥は通路に向かって加速した。
鉄の鳥が部屋を抜け、通路に消えていったことをモモは確認したのであろう。ウィンディが両手を突き出し構えた。
「いくぜぇぇ!」
「はいですわ」
ウィンディの両手に灼熱の炎が宿った。
雷龍を背中に乗せた鉄の鳥が通路を疾空する。
通路は曲がりくねっていたりするものの、ほとんど一本道のようだった。敵兵とも遭遇していないことに、ミリィはいささか引っかかるものを感じていた。
前方スクリーンの小画面。そこにガルが持っているであろう、ダーククリスタルの大きな反応がある。鉄の鳥の位置から反応地点までは距離がだいぶ縮まっていたが、それがかえって不気味さを感じさせる。
まるであたし達を誘い込んでいるようね――現在の置かれた状況に、ミリィは内心で呟いていた。
そのようなことを考えていると、不意にスクリーンに映る視界が大きく開けた。
「また部屋か!?」
海斗が思った瞬間、衝撃が操縦室を激しく揺さぶった。
鉄の鳥がバランスを崩す。
海斗はすかさずメインカメラを後方に向ける。
前方スクリーンに映し出された映像。それは鉄の鳥から落下したであろう雷龍が仰向けで床を滑っている姿だった。
ようやく体を停止させた雷龍の横に、漆黒の影が浮かび上がる。
「なに!?」
鉄の鳥が巨兵に姿を変えた。
両のつま先と右手で床を滑るナイアード。
鉄と鉄が擦れ、火花と白煙が立ち上る。
白煙が薄れる。
同時に、漆黒の影の全貌をナイアードのカメラのレンズが捉えた。
「!?」
前方スクリーンに映るは隆々に膨れ上がる筋肉。黒い筋肉だった。なにより異質なことは頭部には骸骨。肉がない白骨化したドクロが乗っているだけだった。
「くそ、不意打ちとは」
雷龍が立ち上がり、ソードに手を掛ける。
すると、ドクロの巨人は興味がないといった様子で、赤い魔法巨兵、ナイアードに視線を移す。
窪んだ穴の奥の血走った双眼がネトリと動いた。
――こいつ、なんだ! ナイアードを標的にしているのか!?
おもしれぇぇ!――ナイアードがゆっくりと立ち上がる。
無数のモーターといわれる装置が、キリキリと音を立てる。
両の拳を交差させる。
「はぁぁ――」
野太い海斗の息吹がナイアードから漏れる。
カラテ特有の呼吸、力強い息吹の鼓動――周辺の空気がビリビリと振動し、鉄で囲まれた室内に反響する。
ナイアードの両拳が腰位置まで降ろされた。
正対の構えだ。
それを見たドクロの口、いや、むき出しの歯が斜めに歪んだ。そしてゆっくりと右腕が上がり、人差し指が天井を示す。
天井から照らす目映い光が、黒い筋肉の光沢を一層際だたせた。
――シュート!?
前方スクリーンに映し出されたドクロの巨人の姿――それはまさしく海斗が数年前目にした光景に克似していた。
――まさか!? そんな筈はない!
数年前の光景が海斗の脳裏をよぎった。
打撃の通用しない鋼のような肉体。
全身を掛け巡る間接が軋む音。
吐き気をもよおすほどの投げ技。
そして自分の超えなくてはならない目標――スカル・ゴッチ!
ドクロのひしめくように並んだ歯が、再び斜めに歪んだ。それはナイアードの頭部カメラの向こう側にいる海斗の表情を見透かしたごとくであった。




