十三章 思い、そして
エルフェインと人間との争いが終結して数年、世は新たな平穏に向かっている最中だった。
ミール大陸の南東。
先住民族エルフィン達が住む村があった。
それは小高い山に挟まれ、人目をはばかるようにひっそりとあった。
名はエルという村だった。
深い林の中から、白く大きい巨人が村を守るかのごとく、聳え立っている。
林を開墾された敷地には、丸太を水平に組み合わせて造られた住居が建ち並んでいた。そのエフシエルでは珍しい住居は、エルフィンの独特な生活文化が垣間見れる。
土を踏み固めたような村路を、厳つい甲冑に身を包んだ兵士が数人歩いていた。
「――人間だ」
「――村の守護石を取り上げた人間だ」
「――見るのも汚らわしい」
道の端から、小声でエルフィンの民は人間達を罵った。
エルフィンの老人が、人間を恨めしそうな目つきで睨みつける。
「――守護石がなくなった代わりに暗黒獣から村を守るというが、人間のことだ、守護石を悪用するに違いないわい」
エルフィンとの戦に勝利した人間は、和平の条件として、守護石――ダーククリスタルを封印し、そのかわりに暗黒獣の驚異から守るという協定をエルフィンと結んだのだったが、陰ではエルフィン側の反感をかっていた。
そんなことは毛ほども気づかない様子で、兵士達は談笑しながらレストランと書かれた看板のある建物の中に姿を消していった。白く塗られた壁は、丸太造りの風景の中で異彩を放ち、人間達の手によって造られたことを物語っていた。
そこに遅れるようにして、二人の少女が村路にやってきた。
「姉ちゃん、今日は肉でも買ってお母さんに元気になってもらおうね」
「そうだね。モモちゃん。お父ちゃんは夜のお仕事だからがんばってお料理しようね」
人間でいうところ、十歳くらいであろうか。お揃いの赤いワンピースを着た少女達が仲良く手を繋いで歩いていた。
エルフィンの象徴である白銀に輝く髪を背中まで伸ばした二人の姿は、全く区別がつかないほどそっくりである。
不意に小さな石が、右側の少女の背中に当たった。
「――いっ!?」
小石が背中に跳ね返り、地面にころころと、転がる。
「お姉ちゃん!?」
背中を丸めうずくまる姉に、左側にいた妹が手を添えて屈み込む。
「人間の血を持つ汚らわしい奴らめ」
再び小石が飛んできた。
「いたっ!」
姉をかばう腕に石が当たり、少女は苦痛に顔を歪ませる。
まるで、人間を表だって罵ることができないうっぷんを彼女達にぶつけるかのごとくだった。
「エルフィンになりすましたおまえ等のような奴はこの村に必要ねぇ!」
「人間の住処に帰れ!」
にわかにわきだした中傷の言葉は、次第に高まっていき、人々の憎悪の眼差しが二人の少女を射抜いていた。
なんで、なんで私たちだけ――幼い心。薄いガラスが音を立て、次々とひびが入り始める。
二人の目からは、涙が溢れていた。
「お姉ちゃん、大丈夫。あたしが守るから。絶対守るからね――」
少女は強く姉を抱きしめた。
夥しい数の石が、少女の腕を、足を、背中を激しく打ちつけた。
――あたしが、強くならなきゃ――あたしが、あたしがお姉ちゃんを守らなきゃ。
少女は額を姉の頭にすり寄せる。
取り止めなく滴る涙が、姉の白い髪を濡らしていった。
「モモちゃん――」
長い長い夢をさまようモモに語りかける声。
聞き慣れた柔らかな声に、ぼんやりとモモの意識が呼び覚まされていった。
「ん――」
重い瞼を片方だけ持ち上げると、モモの頬をふわりと何かが撫でた。
綿のような感触のそれは、モモの姉――ミミの髪だった。
あのときと変わらない。
透き通るような白髪が窓から差し込む光をうけ、さらに透明感を感じさせる。
「ミミ? なに?」
「なにって、なにかうなされていたようでしたわ」
ベッドに横たわるモモを心配そうにのぞき込むミミは、心なし首を傾げる。
モモは頬を伝う滴に気づくと、慌てて顔をこすりわざとらしく欠伸をした。
「なんでもねぇよ! 低血圧のミミが俺より早起きなんて、今日は大雨だな」
話題を切り替えるついでに、皮肉を込めた言葉をミミは気にする素振りも見せない。
ミミは中腰にのぞき込んでいた体をまっすぐに伸ばすと、なにかを思い出すかのように、右手を口元にあてる。
「えーと、たしか、テーレの町はガル軍と同盟を結んでいる町で、かたち上中立の立場なので、巨兵は入れないから、物資の供給に時間がかかるらしいのですわ」
二日でしたっけ? と、ミミは付け加えるように呟く。
「同盟?」
「はい。なんでも、ガル軍に水をタダで提供するかわりに、侵略されることを免れたらしいですわ」
半身を起こし、はぁーんといささか腑に落ちない表情で、ミミの会話に相づちをうつ。
それが答えであるように悟ったミミは、説明を続けた。
「解放軍の男性は物資の搬入にかり出されて、残された私たちは暇だからって、ミリィちゃんから買い物に行かないかって、さっき誘われたのですわ」
ふーんと、さも興味なさげに呟くと、モモはベッドから足を降ろした。
そして大きく伸びをしながら、ついでに欠伸を漏らした。
「しょうがねぇな。行ってやるぜ」
「よしと」
大きな全身鏡の前で軽くポーズを取ったミリィは、小さく頷くと顔の角度を変えながら、髪を束ねた白いリボンを確認する。
後ろに束ねられた髪は、戦闘時と同じポニーテールであったが、いつものゴムや紐とは違い艶やかさを添えている。
チュニックもいつもとは違い、肩がゆったりとしたもので、半袖の口はきゅっとひきしまり、下はデニム生地のショートパンツで合わせていた。
ミリィの勝負服であるようだ。
髪の色に合わせた赤いパンブスが、違和感がなく履きこなされている。
化粧台に向かい、軽くファンデーションを乗せていると、不意にドアがノックされた。
「ミリィちゃん! お迎えにまいりましたわぁ」
暢気なミミの声が、ドア越しにくぐもりを帯びて室内に響いた。
「もう終わるからちょっと待ってね!」
ミリィは一瞬だけ視線をドアに向けると、仕上げのチークを入れる。
そして、角度を変えながら化粧のノリを確認して立ち上がり、化粧道具を簡単に整理した。
「おっし、出動!」
気合いを込め、壁に掛けてあるよそ行きの赤いポーチを腕にかけ、ドアを開ける。
「おまたせー」
ミリィの眼に仲良し姉妹の顔が飛び込んできた。
「おっす!」
「おはようですわ」
ミミが右手を、モモは左手を軽く上げる。
ミミは白を基調とした花柄模様のワンピースに、麦わら帽子姿であった。エルフィン独特の小麦色の肌に帽子がとても良く合っている。
モモはというと、いつものハーフパンツにタンクトップ姿で服装には無頓着なようだ。
せっかく綺麗な顔なのにもったいないと、ミリィは内心で苦笑した。
「じゃ、いきましょうか」
部屋のドアに施錠を施し、ミリィとミミ、モモの三人は鉄に囲まれた戦艦ミラージュの通路を足取りも軽く歩きだした。
太陽光は眼に突き刺さるかのように強烈だった。一面の白い砂から望むテーレの町はゆらゆらと歪んでいた。
「あつっ!」
赤いパンプスが砂に埋まり、ぴりっという痛みが足に走った。
ミリィは慌てて砂から足を引き抜く。
「うぅーん、砂漠だってこと忘れていた」
苦笑しながらどうしようかと思案していると、不意にミリィの足下がミラージュの搭乗口の鉄板から離れた。
「しかたねぇな」
「運んでさしあげますわー」
「お、おぉぉ!?」
奇声を発しながら左右を見ると、ミミとモモが左右からミリィを抱えるように、宙を浮いていた。
なるほど、これなら熱くないわね――普段は浮遊をしないモモであったが、エルフィンは浮遊できるのだと今更ながら納得する。
ミリィは、二人に抱えられながら、ゆっくりとテーレを目指して空中を進み出した。
高さは地上から大人の背丈くらいの距離はあるだろうか。
速度はというと、丁度人間が歩行するくらいだ。ミリィは自分の体重が重いからなのかと、一瞬思ったが、安全のためと自分に言い聞かせ、それ以上は考えないようにした。
そういえば、二人がなぜ解放軍に入ったのか、ミリィは疑問に思った。
二人とはなにかと会話をすることが多くなっていたが、そのことに関しては躊躇もあってか、なかなか聞く機会がなかったからだ。
「ねえ、二人はどうして解放軍に入ったの?」
ミリィはまるで独り言のように疑問を口にした。
「村は俺たちの居場所なんかじゃねぇからな――」
モモの声が低く悲しみを含んでいた。
「解放軍が私たちの居場所ですわ」
ミミはいつもとかわらない口調ではあったが、ミリィにはライトブルーの瞳はいささか陰りがあるように感じた。
それが全てを物語っていた。
触れてはいけないものであると。
気まずい空気をつくってしまったことに罪悪感を覚えながら、なんとかせねばとミリィは周囲を見渡した。
すると丁度左手の方向に、人の列がテーレからミラージュに向かって延びているのが目に入った。
よくよく見ると、列の中にお馴染みの白い胴着が大きな荷物を抱えているのがわかった。
「あ、あれ海斗じゃない?」
慌ててミリィはモモの肩を叩き、左にうごめく白い胴着を指さした。
「お、兄貴だ! 兄貴ぃー」
「わ、ちょっと、モモちゃん、いきなり進路変えないでくださいですわー」
三人はヘロヘロといった感じで飛行しながら、白い胴着姿の男――海斗の頭上に停止した。
「やほー、海斗ー!」
「がんばれ兄貴!」
「ですわー」
突如聞こえてきた脳天気な声に、海斗は眉をしかめながら、声の方に目を向ける。
「なんだよ、冷やかしする暇があったら手伝えよ」
灼熱の太陽の元、さらに地上からの熱の反射で思いの外体力が消耗していることが伺えた。
さすがに海斗といえども人間だったのねと、ミリィは苦笑いを浮かべる。
「兄貴の分まで遊んできてやるぜ!」
モモは左親指を元気良く立ててみせる。
「ですわー」
「くそ! あいつら本当に冷やかしかよ!」
言い捨てると、両肩に乗せた荷物を担ぎ直し、海斗は砂の地面を忌々しげに踏みだした。
砂漠の真ん中の大きな湖。その中心にテーレの町はあった。
湖の水は地下からわき出ているようで、湖から川となり、海へと続いている。為に水は透き通るように綺麗であり、オアシスと呼ぶにはふさわしい。
湖に掛かったテーレへと続く橋を渡ると、大きな門が三人を迎え入れた。
「すっごい人!」
さすがは砂漠の要所だけはあり、商人や旅人の姿が多く、町は人であふれかえっている。
道路も石畳で綺麗に整備がなされ、煉瓦造りの建物が立ち並び、道の脇には枝が無く、てっぺんに大きな葉と丸い実をつけた見慣れない木が生えている。
見慣れない風景に心を躍らせながらミリィ達は石畳の道を歩きだした。
ミミは町に入ってからは、歩いている。ここで浮遊すれば、目立ってしまうことをさすがに考慮しているらしい。
「ね、どこに行こうか?」
コツコツとパンプスの底で石畳を叩きながら、ミリィはミミに問いかける。
「そうですわね。わたしはお洋服が見たいですわ」
「よし、決まり!」
そんな物見ても腹はふくれねぇよというモモの声が聞こえ、その次は喫茶店で決まりかとミリィは軽く肩をすくめた。
水に囲まれている為か風は心地よく、暑さを忘れるほどの爽快感が全身に染み渡る。
町並みに目を転ずると、露店のような店が道路横に立ち並び、商人や婦人が色とりどりの装飾品を品定めしている。
ミリィは美しいほどに宝石をあしらった装飾品に心を奪われつつも、値札を見てはため息をついた。
「やっぱり買えるような代物ではないか――」
「そうですわね」
内心での独り言のつもりだったはずが、いつのまにか口にしていたようだ。それを聞いたミミも残念そうに装飾品の並ぶ露店を見送っていた。
モモは退屈そうに空を眺めながら、二人の後についていく。
しばらく歩くと露店は途絶え、換わって煉瓦造りのシックな建物が視界に飛び込んでくる。ミリィはどうしても露店では商品を買う気がしなかった。
先入観からか、商品の品質に不安がある。安売りなどでおばちゃん達が服を奪い合う光景がどうしても頭から離れないのだ。
どうせ買うなら少々値段が高くても良い服がほしいし、それに――そう続けてミミとモモをみやり微笑む。
過去を話せないほど苦労をしてきた彼女達。おそらく普通の女の子のようにお洒落をしたりといったことはなかったかもしれない。
そう考えるとミリィは、彼女たちに女の子の楽しみを教えてあげたいと思っていた。
「あ、あのお店なんかいいんじゃない?」
ミリィがおもむろに指で示した建物。
煉瓦の外壁に、黒の扉、窓枠も黒とシックで落ち着きを感じられる佇まいである。また、入り口上に掲げられた看板は黒のボードに「シャレラン」と白い文字で書かれてあり、一見すると喫茶店かと見間違ってしまう。
窓から垣間見える衣服から、洋服を販売する店であることがわかる。
「でも、高そうではありませんかー」
少々眉を寄せ、乗り気でないミミを、ミリィは大丈夫だからとポーチを叩いてアピールする。
「少々足りなかったら貸しといてあげるから、ね!」
このような店はあまり入ったことがないであろう。戸惑う二人にミリィは背中を押すように説得する。
「わかりましたわー」
「すぐに終わるなら行ってやるぜ」
申し訳なさそうでありながらも、喜びを隠せない二人の顔を眺め、ミリィは大きな笑みを漏らし店の入り口に向かった。
黒塗りの木製のドアを開けると、カランという涼しい音色が鳴り響いた。
店内に入ると同時にいらっしゃいませという、柔らかい女性の声が三人を迎え入れた。
「こんにちはー」
洋服のレイアウトをしていた店員らしい女性が、ミリィの挨拶に気がつき、軽く会釈する。
販売促進のポップなどは少なく、余計なものは一切無い落ち着いた雰囲気の店内に、ミリィは一目で気に入ってしまった。
「さってと、じゃ、ミミちゃんからお洋服を選びましょうかねー」
「はいですわー」
にこにことした表情の店員に見送られながら、ミミは嬉しそうにミリィの後についていく。
「まぁったく、これだから女ってやつは――」
自分も女であることを忘れてか、モモは肩をすくめ、大きなため息を吐き出した。
モモは暫く店内を眺めているが、興味がない服を見ていても面白くない。
なんでこんなスカスカしたものを履くんだか――そう思いながらデニム生地の短いスカートをぴらっと手で摘み、眺めてみる。
きっと履いたらパンツが見えてしまいそうな長さであろう。
「よろしかったら試着なさいますか?」
背後から不意に声をかけられ、慌ててモモは顔を左右に振った。
「お、俺はいいよ!」
「そうですか? お客様ならきっとお似合いになると思いますが――」
心なし悲しそうな雰囲気で顔を伏せる店員に、モモは頬を赤らめながらモゴモゴとなにやら口ごもる。
「そちらのスカートでしたら、このTシャツと、パーカーなんか合わせますとよろしいかとおもいますよ」
店員は近くに掛けてある洋服を手に取り、モモの前に差しだした。
「し、しかたねぇな。気に入らなかったら買わないからな――」
「ご心配なく、必ずお気に召すかと思いますよ」
花のような笑顔と、どこから来るのか自信を感じさせる店員の言葉に後押しされ、モモはごにょごにょと独り言をいいながら試着ルームに向かった。
「うわ、ミミちゃんよく似合ってるわ!」
「そうですかー?」
袖の無い黄色い生地に、腰元はリボンでウェストを絞ったワンピースを着込んだミミが全身鏡の前で一回転する。
麦わら帽子とも見事に合っている。ミミがワンピースが好きであることを見越したミリィの選択だった。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
ミミがミリィに抱きつき胸に顔を埋めながら、喜びを表現する。
「気に入ってもらえて良かったわ。と、ところでモモちゃんの姿が見えないけど――」
ミリィは店内を見渡すが、知らない女の子の客と、店員の姿しか見あたらない。
おかしいわねぇと首をひねっていると、いきなりミミが駆けだした。
「モモちゃんもお洋服決まったのですわねー」
「はい!?」
ミリィはミミの駆け寄った方向に目を向け、思わず素っ頓狂な声をあげていた。
目線の先には少し屈めば下着が見えそうなほど短いスカートに、黒のパーカー姿の少女がいた。
「店員に無理矢理勧められて、仕方ないから決めてやったぜ――」
朱を帯びた頬を隠すように俯きながら、少女はモゴモゴといった感じで言葉を発した。その声は間違いなくモモの声であった。
「モモ――ちゃん?」
口を開けながらミリィが確認するように指で示した先の少女はこくりと頷いた。
次の瞬間、不意にモモの体が衝撃で揺らいだ。
「もう、かわいい! モモちゃんー!」
ミリィは思い切りモモに抱きつき、モモの頭に頬をすり寄せる。
「や、やめ、ミリィ姉! いてぇよ!」
といいながらもまんざらでもない様子で、じたばたとミリィの体の中でモモはもがいていた。店員とミミは、その様子を眺めてくすりと小さい笑みを漏らした。
テーレの町で一際大きい豪邸があった。四階建てはありそうな高さ。壁は白塗りでなかなかの広さを兼ね備えていた。
広々とした庭に芝という草が絨毯のように広がり、よく手入れをされていることがわかるほど綺麗に緑が映えている。
その豪邸の入り口――大きな格子状の門が来訪者達の行く手を阻んでいた。
門の前に佇む来訪者の一人はマントで体を覆い、フードを深々と被り表情は伺うことができない。
すると、着物と袴という外界特有の姿の男が、おもむろに叫んだ。
「誰か! アルフレッド卿に面会者をお連れした!」
テーレという町は、外界の西洋といわれる地域から流されてきた人間が多いようで、言語も多少訛りがある。この邸の主もそのせいか、貴族と証し、自らの名に卿をつけているようであった。
「ご用件を伺いましょう」
ガチャガチャと鎧を鳴らしながら、警護の兵士が門に駆けつけた。
「アルフレッド卿に面会を希望されるお方をお連れいたしました」
男がそう告げると、傍らの人物が深々と被ったフードを後ろに払った。美しいスカイブルーの髪が靡き、濁りのない笑みを兵士に向ける。
「ヤン国のルミー・エルロードです。アルフレッド卿には父のヤン・エルロードも大変お世話になりました」
「ル、ルミー、様!? お、お待ちください!」
狼狽しきった声をあげながら、兵士は邸の中に駆け込んでいった。時折足をもつれさせてしまうその様は、相当慌てていることが手に取るようにわかる。
ルミーは傍らの男――アレンにくすりと小さく屈託のない笑みを向けた。
「しかし、リリアを同行させたほうが良かったのでは?」
広い敷地を兵士に案内されながら、アレンはルミーに声を潜め問いかける。
「リリアには定刻に邸の門で落ち合う手はずになっています。中立を保つこの町にガル軍の兵士がいないとも限りません。彼女にはその偵察をしてもらっています」
「なるほど、帰り際にガル軍に出くわしたら面倒ですね」
さすがはルミー様だと、アレンは腕を組みながら何度も頷いてみせる。わざとらしい仕草に微笑みながらもルミーは言葉を継いだ。
「――それに、あの娘も女の子なんだし」
「はぁ、女――ですか――」
意味ありげな笑みを漏らすルミーの意図に皆目見当がつかず、アレンはひたすら脳内にクエスチョンマークを浮かべた。
そんな会話をしているうちに、邸の玄関前に着き、兵士が重厚な木製のドアを押し開けた。
「どうぞ、お入りください」
兵士は二人に向き直り、深々と頭を垂れ、右腕で入邸を促した。
「ご苦労様です」
ルミーが軽く会釈を返し、しずしずと邸に入っていく。
ルミーに続いてアレンも邸内に足を踏み入れた瞬間、大きな声が響き渡った。
「おぉ!? ルミー殿ではありませんか!」
大きくも気品に溢れた壮年の声だった。
長い白髪を後ろで束ね、白と黄色、青の模様をあしらったきらびやかな服を纏った少々小太りの壮年が腕を広げ、ルミーに笑顔を向けていた。
「おひさしゅうございます、アルフレッド卿」
「堅苦しい挨拶は良いですぞ。ルミー殿」
マントを脱ぎ、挨拶を交わそうとするルミーをアルフレッドの言葉が制した。
貴族という者は礼儀を重んずると聞いていたアレンも、ルミーに習おうとしていたが、その言葉を聞いて畏まるに留まった。
「しかし、大きくなられましたな! そしてなによりお美しくなられまして」
その言葉に変な意味は無いとわかっていながらも、アレンの眉がわずかに動く。当のアルフレッドはそれには気づかず、ルミーの手を取り再会を心から喜んでいた。
「ところで、わざわざここにいらしたのは、ただのご挨拶――というわけではないようですな」
終始笑顔だったアルフレッドの顔が神妙な面もちに変わる。
「はい、是非アルフレッド卿にはご協力いただきたく思い、面会にあがりました」
ルミーは彼の顔を真剣な表情で受け止め、用件を切り出した。
「手に入れました――ダーククリスタルを。これでガル軍をおびき寄せ、ガルを討ち、ヤン国を解放します。アルフレッド卿には陰ながら資金の援助をお願いしたいと思います」
「そうですか。いよいよ亡きお父上様の仇を――」
エフシエルに膨大な数のチェーン店を構えるドラゴンシェフであっても財源には限りがある。ドラゴンシェフのオーナーであるミラは恐らく相当の無理をして解放軍に資金援助をしていることがルミーにはわかっていた。
そして、ダーククリスタルを手に入れた今、ガル軍と総力をあげて決戦するには他に資金の提供者がいることは何よりも心強い。
全てを費やしてでも、この戦は勝たなくてはいけない。
例え自身が倒れようとも、ヤン国は解放しなくてはならない。
私達を城から逃がした父が城に留まっていたように――堅い決意を込めた眼差しがアルフレッドの心を射抜いた。
「わかりました。詳細は応接室でお伺いしましょう」
本当であれば解放軍と共闘して、戦ってもらいたいところであるが、中立の立場を保ち、テーレを治めるアルフレッドにその申し出はあまりにも酷なことである。
ルミーの不退の決意と、テーレに対する配慮を読みとったアルフレッドは、承諾の意を頷くことで答えにかえてみせた。
一通り買い物が終わり、ミリィ、ミミ、モモの三人は喫茶店で一息ついていた。
ミミ、モモと向かい合う形でテーブル席につくミリィの横には紙袋が置かれていた。
中身は二人の服ばかりを見立てていたせいで、お菓子や小物といった物しか入っていない。
嬉しそうに紙袋の中身を眺める姿をみては、まぁ、二人が喜んでくれればそれでいいんだけどねと、ミリィは内心で苦笑いするしかなかった。
「お待たせいたしました。チョコレートパフェでございます」
「おぉ!? サンキュー、姉ちゃん!」
「わーいですわー」
ウェイトレスがテーブルに置くのを横取りする勢いで、モモはパフェなるものを掴み、中身をスプーンですくい、口の中に次々と運んでいく。
「ぐは!? つめてぇー!」
モモは額をコンコンと叩き、なんだこれと漏らしながらガラスの容器に詰められた黒と白のけったいな食べ物を見つめた。
「これは外界にあるデザートを似せて作られたの。クリームってやつを魔法で凍らせたあまーい食べ物よ」
そう言いながらミリィはパフェをスプーンですくって、美味しそうに食べて見せる。
「本当! 冷たくて美味しいですわー」
一口づつ食べる二人を見ながら、食べ方くらい先に言えよと毒づき、モモも一口だけ口に入れる。
「うめぇぇ! 気に入ってやるぜ」
ミリィとモモは思わず顔を見合わせて小さく微笑んだ。
パフェといわれる食べ物を暫し堪能しているミリィが、視線を往来に移すと、どこかで見たことのある衣装が目に入った。
あれってたしか着物って言うんだっけ?――呟き、道を行き交う人の中で一際異彩を放つ、桜の花をあしらった着物姿の女性を眺めていた。
「っていうか、絡まれてるし」
言うが早いか、着物姿の女性を数人の兵士が取り囲み始めた。
「ごめん、ちょっと行ってくる――」
「んぁ?」
「おトイレですか?」
凄まじい勢いで立ち上がり走り去るミリィの様子に、一瞬顔を見合わせるミミとモモであったが、多分女の子の日なんですわと、ミミは一人で納得していた。
「何か用ですか?」
三人の屈強な兵士に囲まれながらも、怖じることなく険しい表情を作る黒髪の女性。
兵士達の腰に下げているソードの鞘は反りが入っていることから、片刃であることが伺い知れる。兜を被らずライトメイルの軽装な装備から想像するに、恐らく下っ端な階級であろう。
「用ってことはねぇが、これは着物ってやつだろ?」
「西洋って文化なここじゃ珍しいからな」
「ちょっと良く見せてくれよ」
男達は言いたいことを並べながら、女性に言いよる。後方の一人がアップに結われた髪に触る振りをしながら女の首筋で鼻をひくひくと動かした。
「うぉぉ! ムラムラさせやがる臭いだぜ」
瞬間、着物の袖がはためいた。
「無礼者!」
ピンクの袖が後方にいた兵士の顔面を叩いた。
ぱんと乾いた音が響きわたる。
不意に放たれた一撃に、兵士は顔をしかめた。
「貴様ぁぁ」
「我々を帝国軍と知ってのことか!」
三人の兵士は顔を真っ赤に染め、女性を睨みつけた。
気がつくと、往来を行き交う人々によって、周囲に野次馬がつくられていた。
「ちょっとあんた達、女一人に寄ってたかってなに――」
兵士達に駆け寄るミリィは、彼女の胸元に掲げられた右手を見て、言葉を飲み込んだ。
女性の手のひらから、バチバチと小さな閃光が走っていた。
魔法!?――そう思うや、閃光は強烈な光を発し、そこに居合わせた人々の眼を焼いた。
一瞬だった。
周囲が白の世界に変わった。
「やっぱり閃光魔法!?」
とっさに顔を背け、光の直視を免れたミリィは、周辺の風の流れが変化したことを感じ空を仰ぐ。
喫茶店の屋上にひらりと着物が靡いた。
屋上を睨むミリィ。
両手に精神を集中し、空気の固まりを地面に放つ。
「ストーム!」
足元に砂埃が舞った。
刹那、ミリィの体が喫茶店の屋上まで運ばれていた。
すたりと、屋上に足をつけたミリィは、着物の女性に歩み寄った。
「あなた魔法使いなのね」
「そういう貴女も――ミリィ・カウラさん」
振り向き様、綺麗に結われた髪をほどく。
長い黒髪がさらさらと風に揺らいだ。
「も、もしかして、リリア――さん!?」
驚き惚け、確認するように指で女性を示すミリィに、堅い表情を崩すことなく女性は頷いてみせる。
「なんでこんな所にっていうかその格好――」
「あいつ等帝国兵よ。わたしはその偵察」
なるほどそういうことかと、一応納得するミリィであったが、なぜ変装するのにわざわざ目立つような着物を選んだのかまでは聞くことができなかった。
「そう、ですか。ルミーさんに使えるって大変そうですね」
「そうでもないわ。両親もヤン国王に使えてきたから」
それが彼女にとって当たり前なのかと、ミリィは今更ながらに自分とリリアの距離の隔たりを認識した。恐らくアレンも彼女と同じなのであろうと感じた。
「ご両親は今でもルミーさんにお使いしていらっしゃる?」
リリアは顔を左右に振り、口を開く。
「父は三十年前のガルの反乱の時に怪我を負い、騎士を引退したわ。母は私を産む為に陛下に使える任を引退した。私は両親の意志を継いだ――それだけ」
忠義一筋の血筋か――一応はエルロード家の血筋でありながらも、自由奔放に育ってきた自分としては想像がつかないことだった。ミリィは、忠に縛られ自由がないリリアに、いささか同情の念がわいてきた。
「あの、恋愛とか、そういうこともないのですか?」
哀れみを含んだミリィの眼差しを、リリアは鼻で笑い飛ばす。
「女は魔法使いとして幼いころより教育を受け、男は剣術、戦術を基に教育される。王に使える魔法使いになったら恋いは御法度」
「なぜですか?」
「結婚を期に引退しなければならないからさ。子育ての負担を思ん計られた陛下のお心だから」
自分だったら気が狂ってしまうと、肩をすくめるミリィにリリアは薄く笑みを漏らした。
「でも、結婚するまでの間でも、恋いはできるわ」
「はい!?」
言葉の意味が理解ができず、惚けているミリィにリリアは体を寄せていった。
「子供がね、できなければいいの」
ミリィの背後に立ち、耳元に甘い吐息で囁きながら、首筋を舌でなぞる。
「ちょ、リリア――さん!?」
そしてリリアの指がミリィの内股を這った。
「や、ちょっと、こんな所で!」
「誰も見ていやしないさ」
体が熱く火照り、全身が硬直して動かすことができず、身じろぎしながら抵抗するのが精一杯だった。
「初めてなの? 女の子同士は?」
かわいいわねと漏らし、再び首筋に舌を這わす。
女の子同士でこんな――なぜだかわからないが、呼吸が荒くなってくる。
ミリィの内股を這っていた指が、股の間に滑り込む途中で、ぴぴっという機械音が鳴り響いた。
「時間か――」
動かしていた指を離し、ミリィから距離を開けたリリアは、左手首に巻かれたブレスレットのような物を眺める。
「今日は余計なことまで話しすぎたようね。私は任務に戻るわ」
リリアは背中を向け、ひらりと屋上から飛び降りる。
「余計なことまでしすぎよ――」
ミリィは荒くなった呼吸を整えながら、去った後のリリアの背中に向かって変態め! と、毒づいた。
「リリア、おまえとしたことが遅かったな」
姿を現したリリアに言い放ったのはアレンだった。
「申し訳ございません。食事の途中であり、食べそびれてしまいました」
食事の意味を知らないルミーは、笑みを浮かべ、良いではありませんかとアレンを制する。
「帝国と名乗る兵士がおりましたが、こちらには見受けられずひとまずは安心かと」
ルミーはリリアの報告に頷き、深々とフードを被り口を開く。
「資金の援助は承諾してくださいました。その為物資の搬入、資材の調達にあと数日はここに滞在しなければならないでしょう。その間にガル軍に使者を送ります」
取り決められた内容を軽く説明するルミーに、リリアは頭を垂れて確認の意を示す。
「我々はこれよりガル軍との決戦の準備に取りかからねばならん。行くぞ」
アレンは言い終えると、畏まったままのリリアに背を向け歩きだした。
ついに父が成し遂げられなかった忠を果たす時がきた――言いしれぬ緊張をみなぎらせ、リリアは面をあげた。
そして、決意を固めるかのごとく一歩一歩、下駄の足で石畳の大地を踏みしめていった。




