十一章 兵団会議
「巨兵団は至急、会議室までお集まり下さい。繰り返します」
「――ん?」
ミリィは目覚しよろしく、けたたましく鳴り響く艦内放送にたたき起こされだ。
「くふぅ――」
大きなため息をついて、ベッドから体を起こす。昨晩はダリスの話が頭から離れず、満足な睡眠をとっていない。
だるい体を引きずるように、部屋に備えられたドレッサーに向かい、寝癖を直し、着替えを始める。
ミリィは正直なところ、会議に行きたくはなかった。嫌がおうにもダリスと顔を会わせなくてはならないと思うだけで、気持ちが憂鬱になる。
しかし、昨晩の海斗の励ましがあったからこそ、いやいやでも会議に参加しなければならないと思っていた。
「どんなに苦しくても笑わなきゃ――か」
自ら口にした言葉が、まるで海斗に言われたみたいと思わず苦笑しながらドレッサーの扉を閉める。
着替えを終えたミリィは重い足取りで部屋を出て、施錠を施す。
「海斗はまだ寝ているのかしら?」
ミリィはふと海斗のことが気になり、部屋のドアに向かい、軽くノックしてみた。
「海斗。起きてる?」
扉の向こうからは、返事がない。ドアに手を掛け、開こうとするが、施錠が施されていた。
おかしいわね。いつもあたしが起こさないと、起きないはずなのに――しかも、退屈な会議に、海斗が自ら参加するなんてミリィには想像できない。海斗にとって難しい話は、せいぜい昼寝か暇つぶし程度のはずである。
「ま、重要な事は、あたしが聞いておけばいいか」
ミリィは小首を傾げながらも、会議室に向かって歩きだした。
「おぅ、ミリィ! 遅かったな!」
ミリィが会議室の扉を開けた途端、聞き慣れた声がミリィを迎えた。
海斗!? あんたが早々とここにいるなんて槍でも降るんじゃない?
会議室いっぱいに並べられたイスの一つに座りながら視線を送る海斗に、ミリィは皮肉のこもった言葉を内心で返した。
「ミリィ姉! 席取っておいたぜ!」
海斗の右隣に座るモモが、大きく手を振り、海斗の左隣の空席を指さした。
「ミリィちゃん、隣へどうぞー」
ミミが右の空席を指で示す。左隣は、兵団会議というのになぜかメカ兄の姿があった。
ミミとセットなんだ、きっと――そう思いながらミリィは海斗とミミの間の空席についた。
「海斗があたしより早くここに来ているなんて、一体どうしたの?」
率直にぶつけられたミリィの疑問に、海斗は頭を掻きながらもごもごと口ごもる。
「いや、別に、なんてことはねぇ。いいじゃねぇかよ」
「ふーん」
釈然としないながらも、ミリィはこれ以上追求するようなことはしないで、海斗の様子を伺った。その何かを隠すような仕草は、心に引っかかるものを感じさせる。
「お、始まるようだぜ」
モモがわざとらしく会議室の前方に備えられたテーブル席を指さした。
広い会場に設置された席が人で埋まったところを見計らうように、ルミーと、ミラが最前列のテーブル席に着席した。とたんに会議室内が水を打ったかのような静寂につつまれる。
「これより兵団会議を開始します」
ルミーの会議開始宣言に続き、ミラ王が口を開く。
「ノリス解放後、我々の足取りは、ガル軍に筒抜けであると思って良いであろう。よって、これよりの行動は慎重にせねばならない」
ノリスのガル軍からの通信が途絶えれば、解放軍によってノリスが解放されたことがわかってしまう。そして、ミール大陸に、解放軍の戦艦が入港できる港はこのマナーしかない。そう考えると、ここまでの足取りをガルが把握していることは納得がいく。
しかし、あたし達の足取りを掴む為に、自軍の兵を捨て石のように扱うなんて――帝国を気取った将のやり方に、ミリィの中に憤りがこみ上げてきた。
ミリィがそのようなことを考えている間に、ルミーが話を続けていた。
「これから二手に別れ、魔法兵団には単独でダーククリスタルの捜索を、ミラージュはマナーを出発し、ヤン国と、マナーの中間地点、テーレに向かいます。魔法兵団はクリスタル回収後、このテーレに向かいミラージュと合流します」
ミリィが、ルミーに注目すると、いつの間にかルミーは立ち上がっており、席の背後に備えられた大きなホワイトボードに、黒のインクで簡易的な地図を書きながら説明をしていた。
テーレと書かれた地点から左に逸れた地点に、印がしてあることから、そこがダーククリスタルのありかのようである。
「わたしの説明は以上です。ミラ王、なにかございますか?」
ルミーに促され、ミラは咳払いの後、居並ぶ面々を見回した。
「この作戦は、ダーククリスタル捜索の魔法兵団にかかっておる。後をつけられればクリスタルを先に取られることもありうる。テーレに向かう途中に強襲、強奪されないとも限らん。くれぐれもガル軍に見つからぬよう慎重に行動してもらいたい」
ミラの瞳がアレン、リリア、モモ、ミミ、ミリィと見渡した後、海斗で視線がぴたりと止まる。
「あ、ふう!? かかか海斗!」
ミラの細い目が大きく見開かれた瞬間、ミリィは奇声をあげながら慌てて海斗のつま先をブーツの踵で踏みつぶした。レガースの保護がないシューズのつま先から、ぐちゃりと鈍い音が響く。
「ふぎゃおえぇぇ!」
夢の中にいた海斗が、突如つま先を襲った激痛に悲鳴をあげた。
「まったく。このような間抜けに大任を任せるとは――しかし、魔法兵団を指揮するのは私であるがな」
ミリィは声の方を見やった。そこにはルミーと向かい合うように再前列で席を陣取っているアレンの姿があった。
アレンは顔にニヒルな笑みをたたえながら、この作戦に成功すれば、私がいかに頼りになるかルミー様にわかっていただけるだろうと、内心でほくそ笑み、ふっふっふっと低い声を漏らした。
やっぱりこの人、気持ち悪いわ――瞼を閉じ、妄想に浸り、笑みを漏らすアレンの様子を見ながら、ミリィは心底そう思った。
「説明は以上ですが質問はございますか?」
会議というからには、一方的な説明だけではなく、質問する場が設けられた。
暫く沈黙の後、一人の兵士が恐る恐る手を上げた。
「はい、そこの方、起立して質問の内容をどうぞ」
ルミーに促され、兵士はパイプイスから立ち上がった。
「自分はダリス兵団の傭兵でありますが、テーレで魔法兵団と合流するまでの間、我々はどうすれば良いのでしょう?」
やや緊張気味な兵士の質問に、ルミーは笑顔で頷き、わかりましたと兵士に着席を促した。
「ミラ王、説明お願いします」
話を振られたミラは、ルミーをちらりとみやり、大きく頷いた。
「魔法兵団と合流するまで残りの兵は、新たに加わったダリス兵団を交えて、石、鉄、武者の各巨兵団を束ねる将を決め、兵力の再編成と、それに則した軍事訓練を行う」
言い終え、ミラは質問した兵士に視線を向ける。とたんに兵士は、わかりましたと答え、慌てて礼をした。
なんか気弱そうだけど、大丈夫かしらと、その様子を見ながらミリィは苦笑した。
「他に質問はございますか?」
ここで鋭い質問をすれば、私がいかに頭がきれ、頼りになるかをルミー様にご覧いただけることだろう――アレンはルミーが驚く様を想像し、ふっふっふっと低い笑いを漏らしながら、悠然と右手を上げた。
「はい、ミリィ・カウラ」
――なにぃ!? 傭兵の分際で私の先手を取るとは!
アレンはミリィを横目でじろりと睨みつけるが、すぐさま、傭兵ごときが大した質問などできまいと呟き再び笑みを漏らす。
そんなアレンの様子を気にするそぶりも見せず、ミリィは席から立ち上がった。
「ダーククリスタルですけど、ガル軍に先回りされて、奪取されるといった心配はないですか?」
ルミーはミリィの問いに、はい、と笑顔で頷き、着席を促した。
「その質問については、オペレーターのライム、お願いします」
「はい、わかりました」
鈴が鳴るような澄んだ声。しかし、どこか義務的な話し方だった。その声にミリィは聞き覚えがあった。
「あ、箱の人!」
次の瞬間、会議室が爆笑に包まれた。
会場が盛り上がっている中、最前列に座る一人の女性が立ち上がり、後方に振り返る。
白地に青い刺繍の入った法衣の腰を太いベルトで絞り、まるでワンピースのように見える。黄緑の髪は短く切りそろえられたショートにまとめられていた。
深緑の瞳がミリィに向けられる。
「あなたがナイアードパイロットですね。私はライムです――箱の人は勘弁してほしいなぁ」
「すみません、箱――ライムさん」
会場内から失笑が漏れた。
「質問は、ガル軍がダーククリスタルを先回りして強奪することはないか? ですね?」
ミリィがはいと頷くのを確認して、ライムは言葉を続けた。
「それなら心配いらないと思います。ダーククリスタルが封印された場所は、金色の賢者しかご存じでありません」
ライムの言葉を聞いた瞬間、ミリィの頭の中に疑問がわきあがった。
たしか、ミラージュの食堂で初めてルミーの話を聞いたとき、彼女は「エルロード家の者しか、ダーククリスタルの在処を知らない」と、言っていたからだ。
「あたしがルミー公女から聞いた、エルロード家の者しかダーククリスタルの在処を知らないっていう話とは違うようですけど?」
ミリィは率直に心の中の疑問をぶつけた。
「正確に言うと、元ヤン国が保有していた、戦艦ミラージュしか知らないということです」
おいおい、全く説明になってないじゃないのと、ミリィは訝しげに首を傾げた。
「あなたは先ほど、金色の賢者しか、クリスタルの在処を知らないとおっしゃいましたが――」
まさに一問一答。
ミリィの詰めに動じる気配をみせず、ライムはにっこりと笑った。
「ダーククリスタルを封印したのは金色の賢者、そして、この戦艦ミラージュには、ダーククリスタルの波長をキャッチして、所在を表示できる機能が備わっているのです」
ライムはすごいでしょと言わんばかりに、ウィンクしながら、人差し指を立てる。
「はちょう? きゃっち?」
ミリィは聞いたことがない単語のオンパレードに、脳内が疑問符でいっぱいになった。
「えっと、つまりですね、クリスタルにしても、暗黒獣にしても、ある一定の信号を発しているらしいんです」
「あんこくじゅう? しんごう?」
そのとき、ミリィの頭の中に、赤、青、黄色の目を光らせた魔物の姿が浮かび上がってきた。
暗黒獣――なんて恐ろしい魔物なんだろう。
ライムは眉間に皺を寄せ、額を押さえていた。まるで、ミリィの思考を見透かしたかのように。
「暗黒獣は、ダーククリスタルの力で魔物を巨大化させた、エルフィンが作り出した対外界人の為の兵器ですわ」
声はミリィの隣から聞こえた。声の主はミミだった。
あ、ハーフエルフィンだからクリスタルには詳しいのねと、ミリィは納得した。
「そう、その暗黒獣も、ダーククリスタルで作られた魔物なので、ダーククリスタルと同じ信号を発しているわけです。原石のクリスタルと比べたら微弱ですけどね」
ミミの説明に補足を加えるライムに向かって、箱姉! だからその信号ってなによ! と突っ込みたくなる衝動を必死に押さえるミリィ。
「信号ってのはな、もし、クリスタルがしゃべることができると仮定して、その言葉は人間では理解できないとする。そこで、そいつ等の言葉を翻訳する装置があったらどうだ?」
声の主は、ミミの横の席で腕と足を組み、イスにふんずりかえっている眼鏡の男――メカ兄だった。
「信号って、クリスタルの話す言語。翻訳機がこのミラージュってこと?」
「そんな感じだな。翻訳といっても、ここでクリスタルがぶつぶつ言ってるぞ、って地図で教えるくらいだがな」
我ながらナイスな説明だと、呟きながら悦に浸るメカ兄に、ミリィはアレンと同種の気配を感じた。
この人も、危ない人であると。
「デックチーフ、説明、ありがとうございます」
といいながらも、ライムの表情はいささかひきつっていた。
「でも、暗黒獣がクリスタルと同じ信号ってやつを発しているんだったら、どうやって見分けるの?」
「暗黒獣が放つ信号は微弱ですから、暗黒獣の信号が表示されない遠くで信号を発見したらそれは?」
もはや答えに近い質問だった。
「ダーククリスタルってことね」
ミリィはライムの問いに即答した。
「でも、正確な場所に向かわなきゃいけないのでしょ? 封印、すなわちクリスタルを隠したってことだから」
「それなら心配いらねぇよ。ミラージュに備えられている翻訳機と同じ物を、新型に取り付けた。前面スクリーンに小画面で表示されるぜ。時間がなかったからシンプルだけどな。本来なら三百六十度フルポリゴンのマップを付ける予定だったんだが、今の規格では残念ながら三テラのハードディスクが限界でな――」
「そ、そういうことです。良いですか?」
ライムはそう言うと、半ば強引に質問を打ち切ってしまった。
彼女もメカ兄の意味がわからぬ呪文のような会話についていけないようだ。
「はい、よくわかりました」
ミリィは座ったままライムに軽く会釈すると、ライムも笑顔で会釈を返し、自分の席についた。
ミミの隣では、メカ兄がブツブツ呟いたままであることは言うまでもない。
自然とミラの城下町にいた兵士、ランスの顔がミリィの脳裏をかすめた。
そして、同類か――と、内心で呟いた。
「他に質問はございませんか?」
「肉うめぇ――」
ルミーの声に答えた間抜けな声は、ミリィの隣の席からだった。
会場が笑いと、失笑に包まれた。
「この!」
ミリィは再び海斗のつま先を思い切り踏みつける。
ぐしゃりと鈍い音が聞こえた。
「いでぇぇ!」
心地よく夢の中にいた海斗が、悲痛な叫びをあげる。
場内を揺るがす爆笑に、ミリィは赤面しながら視線を床に落とした。
海斗のバカ!――ミリィは内心で毒づいた。
場内に響きわたる爆笑が消えたところを見計らって、ルミーが口を開いた。
「質問がなければ、以上で会議を終了します」
ルミーの声が合図だったかのように、全員がイスを鳴らし、立ち上がる。
そして、一斉に、かつんと踵を鳴らし、右手で敬礼する。
革靴の底が床を叩く大きな音が、会議室内に反響した。
――これが解放軍!?
一糸乱れぬその様に、ミリィは圧倒され、呆然と立ち尽くした。
直立不動で敬礼を向ける解放軍の精鋭に、ルミーとミラが敬礼で答える。
そして、ミラが猛々しく口を開いた。
「解散!」
「さてと――」
ミリィは少し大きめのバッグに、荷物を詰め込み、ぎゅっとひもを結んだ。
長旅になることを予想しての荷物であるが、中身の大半は、お菓子や、携帯食料だった。ミリィにとって欠かすことのできない命の源でもある。
「よっこらせと」
およそ若者とは思えないかけ声で、バッグを肩にひっかけた。
部屋を出て、ドアに施錠を施し、ミリィは隣の海斗の部屋に向かった。
「海斗! 行くよ!」
ミリィがドアを叩きながら声を張り上げると、中から、わかってらぁと、返事があり、白塗りのドアが横に開かれた。
「よし、いっちょ行ってくるか」
海斗は、まるで小ぶりのサンドバッグのような巾着を右肩から垂らしていた。
「ちょっと、鍵しなくていいの?」
無造作にドアを閉じて、歩きだした海斗に、慌ててミリィは声をかける。
「あぁ? どうせ取られるようなものねぇし」
いや、たしかにそうかもしれないけどさ、プライバシーってものがあるでしょと、ミリィは内心で突っ込んでいた。
「ま、いいか」
取られても海斗が困るわけだしと、続けて一人で納得する。
「置いてくぞ――」
海斗の声に、我に返ると、すでに海斗の姿は見事に小さくなっていた。
「ちょちょ、何先に行ってるのよ!」
まってよーと、言いながら、大きなバッグを揺らし、ミリィは海斗の後を追いかけた。
「ちょっと早かったかな――」
ミリィが呟きながら、格納庫の入り口のドアを開いた。
鉄製の重厚なドアは、ギリギリと音を立て、横に開いていく。
ドアの隙間から、中をのぞき込んだそのとき、ミリィの思考が停止した。
「ん――」
宙に浮く銀髪の少女が、ナイアードの頭部――人間であれば、口があるであろう部分に、唇をつけていたのだった。
瞳を閉じ、頬を赤く染めながら、時折呼吸を荒げる様を視界に納めたミリィは、無言のまま何事も無かったかのように扉を閉めた。
「どうした!? ミリィ?」
「――」
扉の前で固まっているミリィに、海斗が訝しげに声をかけた。
「あ、ああの、ね、この入り口、搭乗口よりちょっと高かったみたい――」
あははと、ひきつった笑みで、踵を返すミリィに、海斗は小首を傾げる。
「この中に何があるって――」
「だめだめだめぇぇぇ!」
ミリィは、扉に手をかけようとする海斗の腕を必死に掴み、顔を高速で左右に振った。
「いま、ナイアードの頭部を修理してて、火花を浴びちゃうよ!」
さ、下の階にいきましょと、ミリィは半ば強引に海斗の手を扉からひきはがし、下り階段へ引っ張っていく。
海斗の脳内は、たくさんの疑問符で埋め尽くされいった。
「ずいぶんと早いお着きだな」
扉を開けたミリィを出迎えたのは、解放軍の剣士、アレンだった。
「おまえさんほど暇人じゃないんでな」
ミリィに続いて格納庫に入った海斗が、アレンに皮肉を込めた言葉を返す。
巨兵の搭乗口へと続く足場の上には、アレンの他、リリア、ミミ、モモの姿があった。手すりのついた足場から視線を外に投げると、ライトの光を受けて、赤い輝きを放つナイアードの左肘が目に入る。
そして、ナイアードの前方には、緑の巨兵雷龍、その前方には、見慣れない白い巨兵の背中があった。ミリィは、ミミ、モモが乗り込む巨兵はウィンディと言っていたことを思いだした。
「兄貴! やっと一緒に戦えるぜ!」
モモが海斗に駆けより、拳で分厚い胸板を叩いた。
「そうですわ。いつも愛しのフォルムと一緒にいられるなんて幸せですわぁ」
ミミはそう言いながら、ふわふわと宙を漂い、喜びを表現している。
ミリィの脳裏に、数分前の衝撃的瞬間が蘇り、慌てて下らない思考を振り払った。
「足手まといにならないでね」
その声はアレンの隣、黒髪の女性から発せられた。
あ、たしか魔法巨兵の配置を決める時に、アレンさんの隣にいたリリアっていう人だ。
ミリィは彼女を思いだそうと、記憶の糸を手繰り寄せていた。
言い終えると、リリアは黒いマントを翻し、雷龍の搭乗口に向かい歩きだした。
「これからの指揮は我々に従ってもらう。これから巨兵の輸送フォーメーションに移る。巨兵に乗れ。指示はそれからだ」
アレンは一方的に言い放った後、踵を返し、リリアの後を追うように去っていった。
「なんだよ、えらそうに――」
モモが背中を海斗にもたれながら愚痴をこぼした。
「しゃぁねぇな。俺たちも行くか」
海斗は目の前のモモをどけると、ナイアードの搭乗口に向かう。
「あ、兄貴ぃー」
不意に退けられたモモがバランスを崩し、よろよろしながら、自分たちが乗り込む白い巨兵に向かう。
「ミリィちゃん、私たちもいきましょう」
ミミがにゅっと、真横からミリィの瞳を覗き込んだ。
まるで布団に寝転がるような格好で宙に浮いているミミを見て、自然と顔がひきつってしまう。
「そ、そうね、いきましょう――」
ミリィがそういいながら足を踏み出した時、不意にミミが目の前に、すたっと着地した。
「あ、あのね、ミリィちゃん――海斗くんが黙ってろっていったんだけどね」
突然ミミが神妙な面もちで話を切り出し、もしや、あの現場を覗き見していたことがバレたのかと、手のひらに冷や汗がにじみ出る。
「海斗くんがね、ダリスっていう人が見えない席を取る為に早くから会議室にいたんだって」
ミミはそう告げると、再び宙に体を踊らせ、すっかり小さくなってしまったモモの背中に向かって飛んでいった。
そっか、そういえば会議の時、あの人の姿が見えなかった。
今頃になって気がついたことだった。
「海斗のやつ、ほんとバカなんだから――」
ミリィの瞳に、ナイアードの搭乗口で急かすように手を振る海斗の姿が歪んで写った。
ミリィはこぼれ落ちそうな涙をぐっと飲み込み、満面の笑顔で海斗の元に駆けだした。