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鋼赤の息吹  作者: hiyori
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序章 怪しげな依頼

 十三章はGL表現があります。苦手な方はご注意ください。

 外界から異国人が流れ着く世界、エフシエル。

 エフシエルの中心から南に位置する大陸、ムーア大陸。

 そこにリリという町がある。

 深い闇に包まれていた空は、徐々にその色を白く染め始めていた。

 地平線から伸びる眩い陽射ひざしは、ガラス窓のカーテンの隙間を縫って差込み、寝息を立てる彼女の顔を照らす。

 瞼に強烈な光を感じ、彼女は目を覚ました。

「ふあぁ――」

 大きな欠伸をしながら一つ伸びをすると、だるそうな足取りで一面鏡に向かう。

 そして、寝癖のついた赤く長い髪をブラシで梳き始めた。

 彼女の名前はミリィ・カウラ。

 ミリィは一通り髪を整えたところで、タンスに向かう。

 寝巻きを脱ぎ捨て、いつもの上は袖が短いチュニック、下は青いホットパンツに膝上まであるロングブーツスタイルに着替え始めた。

 引き出しの中を探っていると、不意に黒い物が目に写った。

「ん? マントはいらないか――」

 魔法使いだったら黒のマントは当たり前なんだけどね――ハンターの仕事をしてると邪魔なだけだしと、呟きながらタンスの引き出しを閉める。

 一見すると町にいる普通の女の子に見えるが、ミリィは魔法で魔物を退治して賞金を受け取る魔法使いである。

 この世界では外界と違い、独自の進化を重ねて凶暴化した魔物という生物が人々の生活を脅かしている。しかし、この世界には魔物に太刀打ちできうる魔法という武器が存在している。

 だからこそハンターという仕事がなりたっているのだ。

「さてと――」

 ミリィは大きく息をつくと、木壁で囲まれている部屋の中を見渡した。

 入るかどうか、あてにならないハンターの仕事を待つ間、どうやって時間を潰そうか――そう思案しながら周囲を見回していると、正面の本棚に視線が止まった。

 木で造られた本棚には、魔法の原理が記されたスクロールが大量に積み上げられている。

「魔法書でも読もうか――」

 ミリィは本棚に歩を進め、スクロールのひとつを手に取った。

 と、その時、雷にも似た轟音と共に、玄関のドアが粉々に吹き飛んだ。

「きた!」

 轟音の理由を理解しているミリィは、音のした玄関に視線を投げる。

 吹き飛んだドアの向こうには、ボサボサ髪で無造作に袖が破かれた胴着姿の青年が、右腕を前に突き出していた。

 ミリィとペアでハンターの仕事をしている海斗・桐生であった。

「はぁぁ――」

 海斗はカラテ特有の呼吸、息吹を漏らしながら、握り拳を軽く交差させて礼をする。

 見た目はカラテカなれど、異種格闘技で使えそうな物は何でも盗んで自分の技にしてしまい、打つ、投げ、めるの三拍子がそろった格闘家だ。

 本人曰くカラテの心を持っていればカラテカらしく、自分はカラテカだと言い張っている。ミリィには海斗の言っているその意味が、さっぱり理解できなかった。

 どうでもいいけど人の家のドアちゃんと直してよねと、ミリィは突っ込みを入れると、海斗は何かを思い出したかのように目を見開いた。

「そうだ! ミリィ――」

「仕事でしょ?」

 大体察しのついたミリィは海斗の言葉を遮る。

 あんたがここに来ることは仕事の時くらいでしょと、内心で続けながら、長い赤髪をひもで束ねてポニーテールを作った。

 ミリィの戦闘スタイルだ。

「何グズグズしてる! 逃げられちまう!」

 海斗はけたたましく捲したてたかと思うと、ミリィの腕をむんずと掴み、外に向かって走り出した。

「いたたた!」

 右腕を絞られたかのような鈍痛が走り、ミリィは悲鳴にも似た声を上げた。

 海斗はミリィの悲鳴を無視するように、駆ける足を加速させる。

 ミリィの足はスピードに着いていけず、ついに仰向けのままずるずると引きずられる。

「ふんぬ!」

 口から奇声を漏らしながら、引っ張られている右腕を必死に掴み、バランスが取れずにいる体を固定する。

「あら、ミリィちゃん。海斗くんと仲いいのね」

「あ、どうも――」 

 とっさに挨拶を交わすも、近所のおばちゃんの声があっという間に遠退いていく。

 これでは近所の晒し者になってしまうと、ミリィは恥ずかしさのあまりぐっと瞼を閉じる。

 おいおいどこまで行くんだいと、内心で思いつつも今の状態では全く成す術もなく、ズルズルと引きずられてゆくだけである。

 情けない醜態を晒され続けることに耐え切れず、あたしは罪人か! と叫ぼうとした瞬間、海斗のシューズの底が地面を擦った。

 勢いに流れる海斗の体が踏み止まる。

 が、引きずられていた勢いを抑えきれず、ミリィの頭部が大木に激突した。

 あまりの衝撃に喉元が痺れ、目の前が一瞬真っ暗になり、お星様がちらちらと回る。

「いったぁ――」

 苦痛に顔をしかめていると、湿った生臭い空気が鼻についた。

 辺りを見渡すと多くの木々が茂り、その幹には植物のつるが体を絡ませ、木々の葉が幾重にも重なった隙間から日差しが射し込み、泥濘を帯びた大地を照らしている。

 たどり着いた場所はジャングルだった。

「――ミリィ、静かに!」

 海斗が露の滴る草陰から向こう側を伺っている。

「オーガだ!」

「――日給一万ゴールドってとこね」

 赤い肌で大きな口と牙を持つ肉食の魔物、オーガ。

 背丈は二メートル前後。知能は低いが凶暴なため、しばしば人間も襲うことがある厄介な魔物である。

 相手にとって不足なしとばかりに、ミリィと海斗は頷き、いつもの「配置」に就いた。



 海斗がオーガの背後に飛び出した。

 そして両足を肩幅まで開き、両拳を腰位置におろした。

 正対の構えだ。

 そこから両拳を顔側面で交差させる。

 右足を後方に踏み込み、左拳を振り降ろす。

「セァ!」

 海斗が下段払いから気合を入れた。

 空気が一瞬びりびりと振動した。

 鼓膜が破れるかと思うくらいの破裂音が辺り一帯に響き渡った。

 もし、獣に例えるなら威嚇――海斗は研ぎ澄まされたナイフのように鋭い視線で、遠くに蠢く魔物を睨み据えた。

 全身が赤の肉体。その魔物――オーガは、はちきれんばかりの筋肉を隆起させながら周囲を見渡す。

 すると、オーガの目が海斗の姿を捉えた。

 赤く血走った眼光だった。

 身の毛もよだつような感覚――それは海斗の中で緊張に変わり、闘志へと変化した。

 周囲の空気が変わる。

 まるでそこには海斗とオーガしか存在しないかのごとく。

 時が止まり、空間が歪んでしまったと錯覚するごとくに。

 そして、その静寂は破られた。

 動いたのはオーガだった。

 オーガの丸太のような右腕が振り上がる。

 そして威嚇を込め、野太い雄叫びとともに右腕が振り下ろされた。

 同時、海斗は右足で踏み込んでいた。

 オーガの懐に入った。

 近距離の間合いだった。

 おせぇ――笑み、左拳を突き出す。

「せいやぁぁぁぁ!」

 気合が弾けた。

 また空気が振動した。

 オーガの攻撃は虚しく空を斬る。

 同時にオーガの顔が苦痛で歪む。

 左正拳突きが、赤く弛んだ下腹部に突き刺さっていた。

 苦悶で顔を歪ませ、腰を折るオーガ。

 隙を晒したその姿を海斗は見逃さなかった。

 海斗の左足が跳ね上がる。

 右軸足の膝が回転した。

 左足にずしりと重い、確かな手応えを感じた。

 左の下段回し蹴りだった。

 野太い悲鳴が木霊した。

 神経を逆撫でするような低く野太い悲鳴だ。

 オーガは右足をおさえ、苦痛に顔を歪ませていた。

 対人間じゃカウンターをもらっちまうが、相変わらす魔物は単純だぜ――海斗はつまらなそうに内心で漏らし、草むらに向かって声を張り上げた。

「ミリィ!」

「おっと、出番だ!」

 ぼーっと、海斗の闘いを眺めていたミリィが、慌てて草陰から姿を現した。

 両手をオーガに向かって構える。

 両手に意識を集中させる。

 すると手のひらの先に意識の空間ができた。

 空間内の物質の運動を停止させる。

 すると極寒の空間にかわった。

 それを前へ前へ伸ばす。

 その先にあるものは――オーガの右腕。

 細かい結晶が吸い込まれるようにオーガの右腕を包みこんでいく。

「ブリザードおおお!」 

 瞬間、その極寒に存在する全ての物質が凍りついた。

 赤く野太い右腕は、厚い氷中に閉じ込められてしまった。

 凍結魔法である。

 オーガの右腕が凍結したことを確認したミリィは、全身に意識を集中させる。

 体内の熱を探す。

 熱を手の平まで手繰り寄せる

 両手に集まった熱を凝縮させる。

 すると灼熱の息吹に変わった。

 できあがったそれを前にはじき出す。

「ファイアー!」

 ミリィが叫んだ刹那、人の頭くらいはある火球がオーガめがけて飛んでいく。

 重い音をたてながら、灼熱のファイアーボールがオーガに迫った。

 ファイアーボールが凍結したオーガの右腕に直撃した。

 爆裂音が周囲に木霊した。

 まるで大きな風船が破裂したかのような音だった。

 氷が一気に水蒸気に変化し、爆発したのだ。

 腕と共に砕け散った氷の欠片が、太陽の光で虹色に輝きを放った。

 なんとも言えない芸術的な光景が創り出された。

 一瞬ミリィは魅入られた。

 生命が壊されるはかなさ。

 それは神々しく、美しかった。

 ミリィははっと我に返り、オーガに視線を移す。

 当のオーガは、なにが起きたのか理解する間もなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。 

 ミリィはこのチャンスを見逃がさなかった。

 海斗に次の行動を促す。

「海斗!」

「おう!」

 海斗が大地を蹴って走りだす。

 オーガ――の横の大木に向かって。

「だりゃぁ!」

 気合いが漏れた。

 大木に向かって飛び、大木を蹴りつける。

 そして九十度方向転換し、体をひねる。

 そこで海斗の視界に映ったのは――オーガの側頭部。

 右の拳が風を切り、突進力、遠心力、パンチ力がオーガに迫る。

「カイトルネェェード!」

 海斗の右拳がオーガの喉元を捉えた。

 拳に重い衝撃が突き抜けた。

 オーガは苦悶の形相で喉元を押さえ、激しく噎せ込んだ。

「お楽しみはこれからだ!」

 着地した海斗はオーガの左手を掴み、背後を取る。

 掴んだ左腕を背後に回し、自分の左腕を下から差込む。

 さらに大地を蹴り、右腕をオーガの首に絡め、右手と左手をロックした。

「チキンウイング・フェイスロック!」

 それはレッスルという格闘技の技だった。

 右腕は吹っ飛び、左腕も極まり、胴も両足で完全にロックした。

 逃げることは困難だ。

 海斗は間接をめた手応えに勝利を確信した。

 オーガは掠れきった声で悲鳴にならない叫びを漏らした。

 もがき苦しむオーガの赤い顔から、血の気が引いていく。

「でりゃぁぁぁぁ!」

 一気に気合を込める。

 周囲の空気がビリビリと振動した。

 海斗の腕の筋肉が躍動した。

 ムキムキと膨れ上がった。

 次の瞬間、木の枝を折ったような乾いた音が辺り一面に響き渡った。

 オーガの全身が力を失い、静寂な時間が周囲を支配した。

 海斗は技を解いて着地すると腰を落とす。

 そして騎馬立ちに構え、オーガの背中に正拳突きを放った。

「せいや!」

 オーガの体が力なく大地に倒れこんでいった。

 どしゃりという音をたて、オーガの顔がぬかるんだ大地に埋まった。

 海斗はため息を吐き、構えを解く。

「海斗ー」

 ミリィが喜びの声をあげながら駆け寄り、海斗の手をパン! と叩いた。

「楽勝!」



 ハンターズギルド――古びた看板にはそう書かれていた。

 辛気臭い店のドアを開けると中は薄暗く、安物の煙草の煙が充満していた。

 店内の隅には、いくつもの傷跡を残した目つきの悪い男達が屯っている。

 ミリィと海斗が店内に足を踏み込むや、二人の場違いな風体ふうたいに、男達は興味深そうな視線を浴びせてきた。

 胴着姿の男と、どこにでもいるような街娘の姿だったらなおさらだった。

 店内を見渡すと、高級なライトの照明などあろうはずもなく、窓から差し込む太陽の光が頼りなく店内を照らしていた。

 煙草のヤニに染まった壁、至る所に蜘蛛の糸がへばりついた天井。

 この廃墟のような光景は、何度足を運んでも気持ち悪いわねと、ミリィは心の中で毒づいていた。

 そんなミリィを尻目に、海斗はつかつかと前方のカウンターに歩みを進めた。ミリィも男達の視線に刺されながら、海斗を追うように足を踏み出した。

 カウンター越しには、体格の良い髭面のおやじがタバコをふかしていた。

「おやじ、今日の収穫だ」

 海斗は胴着のポケットから二本の牙を取り出すと、カウンターの上に置いた。

「おう、海斗か――」

 おやじは煙草を灰皿に押しつけ、窓から差し込む光に翳しながら二本の牙を見定める。

 何度か角度を変えた後、まちがいねぇと頷きカウンター奥の一室に引っ込んでいった。

 毎度の対応の早さに、ミリィは本当に鑑定してるのかしらと内心で首を傾げてしまう。

 まあ、例え適当であったとしても、それだけうちらに信用を寄せている証拠だと良い方に考え、ミリィは独りで納得する。

 数分もしないうちにおやじが姿を現した。

「ほら、オーガの牙、一万ゴールド!」

 おやじがカウンターに小銭を置くと、カウンター奥に貼りだされた一枚の掲示物にバツマークを付けた。

 討伐依頼が完了した印である。

「またあれか、カイトルネードってやつでぶったおしたのか? 俺も一度は見てみたいもんだぜ」

 髭面のオヤジは傍らに筆を置き、がははと豪快に笑う。

「なんならおっさんの顔にぶち込んでやろうか?」

 海斗はカウンターに置かれた金をかき集め、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

「俺を討伐してどうすんだ!」

 そいつは勘弁とばかりにオヤジは慌てて首を横に振る。

 二人のくだらないやり取りをよそに、ミリィは何気にカウンター奥の掲示板に視線を走らせた。

 魔物討伐の依頼主は、事前に討伐した時の報奨金をこのギルドに預け、その報奨金のいくらかを掲示料として支払うことで、討伐内容を掲示板に貼りだしてもらうわけである。 

 依頼といえば、商業路に魔物が住み着いた為、商売に支障が生じたという商人から、はたまた、親族を魔物に殺害されたという、個人的な恨みからの依頼もある。

 こんな小さな町では、そんな大きな仕事など無いだろうとミリィはあまり期待せずに視線を滑らせていくと、貼りだされている一枚の記事に目が止まった。

 その記事は、白い紙でまわりに黒い縁取りがされ、一際目立っていた。

 確か最後にここに立ち寄った時には無かった貼り紙だと、ミリィは記憶を辿る。

「おっちゃん! あの貼り紙、新しい仕事?」

「どれだい?」

「あの黒の縁取りで目立つヤツ」

 オヤジがミリィの指さす方向に目を向けると、たちまちのうちに表情を強ばらせた。

「あ、ありゃ――やべぇ橋だぜ」

「何がだよ!」

 海斗が訝しげに眉を寄せた。

 全く要領を得ない様子の海斗が、オヤジを問い質そうと身を乗り出す。

 するとすかさずオヤジが耳元に囁いた。

「――ドラゴンが絡んでやがる。やめといたほうがいいぜ」

 その時、海斗の耳がぴくりと反応した。

「受けるぜ!」

 はや! と、ミリィが呟やく。

「あんた本気か? 体長二十メートルはあるバケモン相手に素手で挑む気かよ!」

 オヤジはクレイジーだぜと、あきれたように呟き肩を竦めた。

「カラテ道を志すなら、自分よりも強敵を倒して名を上げなきゃカラテカを名乗る資格はねぇ!」

 あんた格闘道でしょ! と、おもわずミリィは突っ込みを入れたくなってしまう。

 それはともかく、この仕事引き受けるにはかなり無謀である。

 丸腰でドラゴンに挑んだって勝てっこない。いや、例えソードを持っていたとしても、山のように大きいドラゴンなんか倒せるわけがない。だけど、それを敢えて討伐依頼するわけだから――ミリィは妙に引っかかる物を感じていた。

「ここは手堅く受けないほうが無難――」

 と、ミリィが言いかけた時。

「じゃ、これが預かってる前金の六十万ゴールドだ」

 どさっとカウンターに重みのある布袋が置かれた。

「え! 海斗、あんたまさか――」

 ミリィの額からたらーっと、一滴の冷たい汗が流れた。

「ミリィ、いくぜ!」

 海斗は重量感のある布袋を肩にひょいとかつぎ上げた。

「こら、海斗! 誰が依頼受けろって言ったのよ!」

 ミリィは憮然とした態度で海斗に詰め寄る。

「ドラゴンはすっげぇお宝を守ってるらしいぜ」

 海斗の一言を聞いたその刹那、今度はミリィの耳がぴくりと反応した。

「――スウィート」

 ミリィの脳内でたくさんの甘いスウィーツ達が、食べて、食べてと言わんばかりに行進をしている。

 とても幸せな状況に思わず口元からヨダレが流れる。

「そういうことだ! いくぜ!」

 海斗は妄想に耽るミリィの腕をむんずと掴むと、ハンターズギルドを後にした。



 太陽が一日で一番高く輝く快晴。

 石畳の道を靴底が叩き、心地良い音色を奏でていた。

「これからどうすんの? こんな金額じゃドラゴンを倒せるような強い武器も買えそうにないし」

 二人はリリの町のメインストリートを歩いていた。

 町の中で唯一開けている通りで一本道を挟むと、町の収入源である木材を加工する製材所などが立ち並び、少しあるくと田舎丸だしの景色に様変わりする。

 となると、必然とメインストリートに行き交う人はちらほらといった感じだ。

 建物と言えばほとんどが木造建築で家屋、武器屋や防具屋、旅をするための日膣需品を扱う道具屋などが軒並みを連ねている、とはいっても小さな田舎の店であるからあまり良い装備は期待できない。

「武器ならここにあるぜ」

 海斗はでかい握り拳をにゅっとミリィの目の前に突き出した。

 ミリィは突き出された拳を一瞥する。

 そして、やはりこいつはアホだ! と、海斗に聞こえないくらいの声でミリィは呟いた。

 しかし、必要以上に海斗のアホな話に付き合わず、話題を変える。

「それで依頼ってどんな内容なの?」

「なんでもダーククリスタルってやつを探すことらしいな」

「それだけ? それでドラゴンと何の関わりがあるのよ?」

「これがそうだ」

 おもむろに海斗が立ち止まり、布袋の中から折りたたまれた一枚の紙を取り出し、広げて見せた。

「マップ?」

 そこに書かれていたのは文字ではなく、極めていい加減な手書きの地図だった。

「これによるとまず現在位置のリリの町から北上してイリナの街に入り、そこからドラゴンの谷を抜けて――」

「――さらに北上してサバラ砂漠にいくのね」

 しかし、おかしいとミリィが唸る。普通このルートでサバラ砂漠を目指すなら、イリナからサバラ砂漠へ一直線に伸びるウエーロードという道を通るのが旅人の常識である。

 しかし、地図に書かれてあるルートのそれはあまり人が通らない、いわば獣道を指していた。

「情報ってそれだけ?」

「それだけだ」

 海斗は満面の笑みを浮かべ、手にしているマップを小さく折りたたむ。

 ドラゴンと戦えれば依頼なんてどうでもよいといった感じだ。

 あんたね、少しは怪しみなさいよ! と、喉元まで出掛かった言葉をミリィは慌てて飲み込んだ。

 海斗の耳になんとやらである。

 とにかく依頼主が探しているダーククリスタルをドラゴンが守っているなら、なにかしら倒す為の手段を考えなくてはいけない。ミリィは腕を組んで思考を巡らせる。

「まずイリナの街で情報を集めたほうがよさそうだけど。どうする? すぐ出発するの?」

 海斗は真面目な表情で何かを考えていた。

「明朝、太陽が見えたら出発しよう――と、あと、この金もらってもいいか?」

 ミリィは、理由はあえて聞かず、無言で頷いた。

「じゃ、明朝、リリの町の門で!」



 太陽が傾きかけた夕暮れ、まるで世界が化粧をしたかのように、風景を太陽の色に染めていった。

 リリの町の程近い山の方から、ザクッ、ザクッと、小気味のいい音が聞こえ、しばらくしてから乾いた音と共に一本の大木が長年の任期を果たしたかのごとく倒れていった。

「海斗、ここらで一服するか?」

「ああ、ホークさん」

 海斗は今まで振るっていた斧をトン、と地面に立て掛けた。

 ホークと呼ばれた男もその様子を見やると、振るっている腕を止めて、斧を適当な木に立て掛ける。

 ホークの短く刈られた髪からは汗が滲んでいた。肩にかけたタオルで汗を拭ったホークは、近くの切り株に腰を降ろす。

 丁度夕日が地平線に沈もうとしている。海斗にとってリリの町の風景を見るにはここが一番好きな場所だった。

「仕事を手伝うなんて珍しいことだな」

 ホークは皮肉を言いながら、四角い顔をくしゃりと歪ませた。

「ハンターの仕事が無いときは手伝ってたぜ」

 ホークはリリの町を遥か眼下に見下ろしながら軽く苦笑した。

「どうしたんだ? 海斗」

 海斗は一瞬口ごもった。

 まるでホークに心の中を見透かされているように思えたからだった。

 しかし、このままではいけないと、意を決し、顔を上げた。

「ホークさん、俺、少し家を空ける。でっけえ仕事が入ったんだ」

 ホークはさほど驚きもせずに頷いた。

「いつかそんな日が来るだろうと思っていたさ」

 そう言いながらリリの町を見つめ、目を細めた。

「覚えているか? お前がこの町に来たときの事を。ミリィちゃんが行き倒れになっているお前を俺の家に連れてきた時のことだ」

 瞳を閉じたホークの脳裏に、家の玄関戸を叩くミリィの声がよみがえる。

 おじちゃん! お願い、この子を助けて!

 お願い! 助けてあげて!

 瞼を開いたホークは、眼下に広がる景色を眺めながら言葉を次いだ。

「あのときは俺もマリーも驚いてな。ミリィちゃんもお前も服が泥まみれだったからな」

 そう言いながらポケットから煙草を取り出して口にくわえる。

 マッチで起こした火を煙草の先端に近づけると、甘い香が周囲に漂った。

「ミリィちゃんも母親が死んで間もない時で辛かっただろうに、そんなことは毛ほども見せずにお前の事を助けてくれって俺達に訴えていた――あれからもう五年も経つのか」

 ホークが溜め込んだ煙を吐き出すと、リリの町が霧で曇ったかのように霞んで見えた。

「わりぃ、俺を引き取って面倒見てくれて、でも、俺は迷惑かけてばっかで」

 うまく言いたいことを言えずにいる海斗の頭を、ホークは大きな手でわしっと掴んだ。

「うまく言えねぇなら言えるようになってから言え!」

「ホークさんだってうまく言えてねぇじゃん」

 海斗がそう言うと二人は顔を見合わせてワハハっと笑った。

「いつ出るんだ?」

「明日の朝――」

 海斗は喉から振り絞るように声を出すと、俯いて目を伏せた。

「いつでも帰って来い。ここはお前の家だからな」

 ホークがそう言った途端、海斗の体が強い力で引き寄せられた。

 気がつくと海斗はホークの厚い胸のなかで強く抱きしめられていた。

「――ホークさん!?」

「俺とマリーの間には子供ができなかった。お前が来たとき、俺もマリーも心底喜んだ。そしてお前を本当の息子のように育ててきた。だから――いつでも帰って来い。俺もマリーも待っているからな」

 海斗は何も言えなかった。言葉を出せば、一緒に涙まで出てしまいそうだったからだ。

 ホークさん、あんたは俺の親父よりずっと親父らしいぜ――海斗はただ、心の中でホークにそう訴えていた。



 翌朝、ミリィは部屋の片付けと、出発の準備がひと段落したところで息をついた。

 そして、部屋の片隅の本棚に積み上げられた魔法のスクロールを見つめる。

「――ママ」

 たくさんの魔法のスクロール。これがミリィにとって、母親が残してくれた形見だった。

 ミリィの母親は魔法使いだった。父親はミリィが幼いころに突然姿を消し、母が一人でミリィを育ててくれた。

 目を閉じると、今は亡き母親への思いがミリィの脳裏を駆け巡った。

 家事をしながら、仕事をして、幼いあたしの世話をして、町に魔物がやってきたらすぐに駆けつけて――大変なのにいつも笑顔で優しかった。

 そんなママが大好きで、誰よりも尊敬していたんだよ。

 その思いを噛みしめ、そしてゆっくりと口ずさむ。 

 「人様に同情されたら魔法使い失格なんだよ――」

 これがママの口癖だった――ママが死んだ日、あたしもママに負けない魔法使いになるって誓ったんだ。

 それまでどんなに辛くても笑うんだって。

 ミリィは、次から次へと込み上げてくる母親への思いを振り払うように目を開き、母親の残してくれたスクロールを優しい顔で見つめた。

「ママ、行ってくるからね」

 ミリィは積み上げられたスクロールに背を向け、歩き出した。



 朝日がまぶしく地平線からゆっくりと顔を出し、淡い光が周囲を照らしていく。

「遅かったな!」

 門の前で海斗のシルエットがゆらゆらと揺れている。

「さ、行きましょうか! 大冒険の旅へ!」

 ミリィはスタスタと海斗の横を通り過ぎる。

「なに一人で張り切ってんだよ」

 まてよと、言いながら海斗がミリィの後ろを追い駆ける。

「海斗、そういえばさ、あのお金ホークさんにあげたんでしょ?」

 ミリィが突然思い出したかのように、追いついてきた海斗に今回受けた仕事の前金の行方を訊ねた。

「ああ、そうだ」

「でも、あの堅物なホークさんが素直に受け取ってくれるのかしら?」

 海斗はミリィに向かってにやりと笑いかえした。

「今頃びっくりしてるだろぜ!」

 ミリィの頭上にいくつものクエスチョンマークが浮かんでは消えた。



 そのころホーク邸では、ホークが一向に起きた気配の無い海斗が気になり、海斗の寝室に足を運んでいた。

「海斗、夜が明けたぞ。行くんだろ?」

 ホークが海斗の布団を思い切りよくめくると、そこには何かが詰まった布袋がベッドの上に横たわっていた。

 不審げに袋を開けて、中身を確かめたホークが驚きの声を上げた。

「なんだ! この大金は!」

 冷静になり、頭をひねると犯人の顔が頭に浮かんできた。

「海斗の奴、余計な心配しやがって――」

 ホークは布袋を見つめながら苦笑いを浮かべた。


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