儚く咲く花は魔の王に微笑む
残虐表現あり。
あまりグロくはないと思いますが、流血表現が苦手な方はご遠慮下さい。
また、個人的にはハッピーエンドだと思っておりますが、鬱展開気味のため、不快感を伴うバッドエンドと感じる方もいらっしゃるかもしれません。
(基本的にヒロイン至上主義、ヒロインが幸せならハッピーエンド、と割り切れないと、ひどい終わり方かも、です)
その場を支配する、傲慢な笑い声が響いた。
その場にいる者を恐怖に陥れ、あざ笑うその笑い声は、低く、しかし高らかに響き渡る。
「愚かで、脆弱。それがお前達人間だ。そうと知りながら、ここまで来るか。お前達は何を望む? 魔物の殲滅か?」
揶揄するその声を聞きながら、その場に立つ勇者とその仲間達は震えた。
そこには、圧倒的な力の差があった。
会心の一撃も、徹底的なまでに緻密に組み上げた戦術も、その魔物に傷一つつけることもかなわなかった。
魔物を倒し、ここまでやってきた猛者達であったにもかかわらず、ただ一人の魔物を前にして、魔王を倒すというその闘志は萎縮する。
「魔物が消えれば、人間が幸せになれると。……愚かな世迷い言よ」
クックと、楽しげに魔物の王が呟く。
「幸せになどなれぬよ。弱い者は、いつの時代も虐げられる。魔物が消えても、弱い者は、いつまでも虐げられ続けるものだ。魔物がおらねば、人が人を虐げ、殺す時代が来るぞ」
魔物がいかにも面白そうに勇者達を見やった。
震える勇者達は、それでも、嘲笑うその言葉に反応する。
違う、と。
人は友愛を愛する。愛をもって助け合う。
そんな事にはならない、と。
果敢にもそう叫んだ剣士に、魔物は、いっそ優しげに語りかけた。
「同族殺しの時代を作る、その罪を背負いに来たか。それとも、その罪、……我が代わりに背負うてやろうか?」
そう言うと、その魔物は剣士に近づき、いとも容易くその胸を突き刺した。剣士は何の防御すら出来ず、呆然とその事実を認識し、そして、ゴフリと血を吐いた。
ずぶり、と魔物の手が剣士の胸から引き抜かれる。
響く断末魔のような叫び声と、飛び散る血飛沫。
魔物の手の中には、まだ脈打ちながら血を吹く赤黒い臓器。
「これで、お前は、罪を免れた。謝辞はいらぬ」
優しげに微笑み、魔物はその手の中にある臓器を、握りつぶした。
血飛沫と、肉片が辺りに散る。
勇者達は、誰一人動くことが出来なかった。
「……儚い物よな。これほど脆弱でありながら、なぜ生き急ぐか。おとなしく身を潜め、互いに肩寄せ合いながら生きてゆけばよい物を。ならば、人の被害は最小で押さえられように。……お前達人間の考えることは、わからぬな。罪な事よ」
魔物の王が、どこまでも傲慢に、哀れんだ。
「か、回復を……!!」
勇者は仲間の一人を振り返った。
助けを求められた彼女は、勇者を見、そして骸となった剣士に、ちらりと目を向けた。
楚々としたその姿は無骨な彼らの中にあっては異質とも言えた。しかし、いつも穏やかな笑みと確かな 能力で彼らを助けてきた力強い仲間でもある。
その彼女が、剣士の骸を見て、小さく微笑んだ。
花がほころぶような、清楚な笑顔。しかし、その目は背筋が凍るような冷たさを秘めていた。
「わたし、もう、彼に、用はないわ?」
そうつぶやくと、クスクスと彼女は笑みをこぼした。
「な……?」
「……ねえ、どうして、私がこのパーティーに入ったか、忘れたの?」
「それは、君に力が……」
「そう、私が、しんだ人間も生き返らせることが出来る『化け物』だからよ?」
遮るように言葉をかぶせてきた彼女は相変わらず楚々として、そして、とても無邪気な表情をしている。
「あなたたちは勇者って持ち上げられて、良いわよね。でも私は、化け物って蔑まれながら生きてきたの。なのにあなたたちに出会ってからは、手のひらを返したみたいに、勇者様の仲間ですって」
クスクスと、彼女は楽しげに話す。可憐に、秘密事でも話すかのようなたわいのないといった風情で。
「だから最初は、あなたたちにもホントに感謝してたの。私も役に立てるんだって。私も人から必要とされてるんだって」
「当たり前だ、君の力は本当にすばら……」
「利用しているだけのくせに」
勇者の言葉を遮るように彼女が言い放つ。
「よくよく考えたら、あなたたちも利用されているわけだけれど、でも、好きでやってるんだから良いわよね。でも私、自分を虐げた人たちのために戦わなければいけない理由なんて、見つからないわ?」
至極不思議そうに、彼女は首をかしげる。
「あなたたちは優しかったし、私を乱雑に扱ったりはしなかったけど、それはこの力ほしさだし。ここまで来たら、助けて上げなくちゃいけない理由が、見つからないの」
だって、めんどくさいでしょ?
そう言ってふわりとこぼれた笑顔はとても無邪気で、そのおぞましさに勇者は背筋に寒気が走るのを覚えた。
「ここまで連れてきてくれて、ありがとう」
「連れてきて……?」
「ええ、ずっとずっと、呼ばれてたの。おいでって」
はにかむように彼女は微笑み、うっとりと魔物の王を見つめた。
「あの人の、声だわ」
「お前、何を言っているんだ、目を覚ませ……!!」
恫喝した勇者の言葉に、彼女はつまらなそうに口をとがらせる。
「目は覚めてるわ」
そして、うっとりと夢を見る少女のように楽しげに語り出した。
「私ね、子供の頃から、ずっと、ここは私の住む世界じゃないって思ってたの。どこかに、きっと、私を待ってくれている世界があるって。最初、それは、あなたたちのパーティーだと思ったの。でも、違ったわ。私が苦しくっても、気付いてくれなかったもの。私が笑ってたら平気だって信じたいように信じて、私の事は見てくれなかった。でも、彼は気付いてくれた。遠く離れているのに、苦しいときに必ず私を癒してくれるの。はやくおいでって」
やっと、あえたのよ?
彼女は、可憐に微笑んだ。冷たくよどんだ瞳を勇者達に向けながら。
凍り付いたように動けなくなった勇者達の目の前で、彼女はゆっくり足を魔王へと向ける。勇者達から離れていくその姿は、まさしくそのまま彼女の心のようだった。
「エルフリーデ!!」
勇者が悲痛な声で彼女を呼んだ。彼女を求める声はただの仲間への物ではなかった。失う苦しさは世界の破滅に向けての物でもなく、仲間に対する物でもなかった。ひたすらに彼女を求める物だった。
しかし、その声が彼女の心に届くことはなかったのか、身じろぎ一つすることなく魔王の元へと進む。
「お会いしとうございました。私の唯一人の人。私の世界。私の王――」
彼女は跪き、その手を取り口付ける。
「待っていた」
魔物の王は勇者に見せる物とは違う優しげにも見える微笑みを浮かべて言った。「我が伴侶」と。
魔物の王の隣に、聖女のようにも見える可憐な少女が優しげな笑みを浮かべて並ぶ。
勇者達は絶望を見た。
人の世界の希望は再び潰えた。
魔物が世界の多くを支配し、人間は怯え続ける。
いつか誰か倒してくれる物はおらぬのかとひたすら願いながら。
恐ろしき魔の王を。そして隣にひっそりと花咲くようによりそう魔の姫を。