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いつかの夢、変わらぬ願い(仮)

病気を取り扱っていますが、架空の病気です。

 あのとき私は、まだ小さな子供だった。

 彼と出会う前の記憶はあまりない。あの頃は窓枠で切り取られた外の景色が、ずいぶんとまぶしく見えていたような気がする。だって私の世界は、窓枠の中にしかなかったから。難病を抱え病弱であった私は、外の世界も知らず、一日を小さな部屋の中で過ごしていた。

 毎日がゆっくりと過ぎてゆく、変わりのない日常。私は外に出ることさえまともに許してもらえなかった。ひとたび怪我をすれば、私の血は止まることなく流れ続け、日常に存在する何でもない病原菌に侵されるのだ。怪我さえしなければ普通の体なのに。血がわずかにでるだけの怪我で、私は簡単に死んでしまうかもしれなかったのだ。

 思えば、そんな隔離された世界で生きていたためだろう。私は世界を知らなかった。怪我への恐怖はあったが、それ以外の未知の物への恐怖にものすごく疎かった。私にとって未知なる物は、あこがれであったのだ。


 あの時、窓の外で動く人影に気づいたのは偶然だった。

 最初はただの患者さんだろうと思っていた。けれど、なんだか様子がおかしい。まるで人から隠れているようだ。

 今になって思えば、幼さ故の無謀さだったとしか思えない。

 私は外でひなたぼっこがしたいと、すぐさま外出許可をもらってきた。

 あまり活発ではなく無茶をしたことのない私は、人影のあった窓の下まで来るとしばらく一人でひなたぼっこをさせてもらうことに成功した。

 私はそこに座るとジュースをまず取り出した。それからポケットいっぱいのお菓子。あとは絆創膏をたっぷりと。小さな怪我をしたとき、目印がてらに張り付けるためだ。

 私は木に背を持たせかけると、どきどきする胸を押さえて、植木の向こうにこっそりと声をかけた。

「ねぇ、なにしてるの? かくれんぼ?」

 返事はなかった。でも、確かにそこにその人は居る。だからさらに言葉を続けた。

「怪我してるんじゃないの? 大丈夫? 絆創膏、あるよ、いらない?」

 周りにだあれもいないことを確かめて、私はそっとそこをのぞいた。そこには、みたこともないような服を着た、不思議な出で立ちの人がいる。

 目が合ったとき、あまりにも不思議な顔立ちに、私は驚いて固まってしまった。浅黒い肌に銀色の髪、顔立ちは外国人っぽいけれど、……人間じゃないように見えた。目が、違った。白目がないように見える。薄暗い水の色のような、雨が降り続く日の雲の割れ目にさした光のような。灰色とも水色とも違う不思議な色合いの瞳。

「きれい……」

 魅入られた私は思わず手を伸ばしてしまった。

 そこに植え込みの木枝があるのも忘れて。

「イタッ」

 のばした指先は編み目のような小枝に引っかかり、そのまま手の甲を枝でひっかいてしまう。ジワリと血がにじんだ。

 こんなバカみたいな失敗は滅多にないことだった。

 早く、手当をしないと……!

 私は手を引くと立ち上がった。茂みの向こうからあのきれいな瞳が私の動きを観察しているのが見えて、私は離れたくなくて、まくし立てるように言った。

「あの、これ、あげる! 私怪我したから先生にみてもらわないといけないの。あの、これも、あの、全部、あげるから……! また、会えるかな!」

 その瞳は私を見るだけで返事もなければ反応もなかった。でもそれに時間を取るわけにはいかない。少しでも早い手当が必要なのだ。

 私は泣きそうになりながら笑って、持っていたありったけのお菓子とジュースをおいて「バイバイ」と、手を振った。


 その日、私は輸血と抗生物質を点滴された後、病室で安静にしているよう、お達しがでた。

 ジュースも、お菓子も、絆創膏も、そのまま残っていたと後から聞いた。

 仕方のないことだった。

 せっかく話しかけたのに。

 眠れない夜に、一人窓の外を眺める。みんなが寝静まった病室はしんとして空寒い気分になる。

 そのとき、コンと窓をたたく音がして、私は叫びそうになるのをこらえた。

 窓の向こうに男の人が一人いたのだ。

 私に向けてにこっと笑うと、シーと指を口元に当てて、コンコンと窓をたたいて鍵を指す。

 私はとっさに窓を開けてその人の手を取った。

 だって、ここは病室の3階なのだから。

「こんばんは」

 彼が静かな声で、そっと私に耳打ちをした。

「……こんばんは」

 あまりにも自然に隣へ立った彼に、私は呆然として声を返したのだけれど、見上げた彼は、穏やかな笑顔で私をじっと見つめていた。

 私は子供で、背が小さいけれど、そんな事関係なく、他の大人達よりずっと彼は大きく見えた。

「昼間はお菓子をたくさん、ありがとう」

 にこっと彼が笑って言う。

「……銀色の、人?」

 言ってはみたものの、見た目は全く違う。だって今目の前にいる彼は、どうみても日本人だ。黒い髪に黒い目。白目だってちゃんとある。夜の寝静まった病室内だからはっきりとは分からないけれど、肌の色はたぶん普通の肌色。銀色の人とは全然違う。

 でも不思議なことに、私はそのとき確信したのだ。彼は間違いなく銀色の人だと。目は黒目がちな普通の目だけど、でも、この目の雰囲気があのきれいな瞳に、とてもとてもにていたように見えたからだ。

「そう。お昼に声をかけてくれたでしょう? それに、僕のことを黙っていてくれた。だから、君に一つお礼をしようと思ってきたんだよ」

「おれい?」

「うん。何でもいいから、一つだけ、今一番の願いを言ってみて? もしかしたら、僕がかなえてあげられるかもしれない」

 彼が優しく笑いかけながら言った言葉に、私は首をかしげた。そんな事を突然に言われても、頭がついていかなかった。「何で?」って思うばかりでどうしたらいいのか分からなかった。

「ねがい?」

 戸惑いながら彼の瞳を窺うと、彼は静かに肯いた。

「うん。君の、一番の、願い」

 一番の願い。私は考えた。考えたら、たった一つしか浮かばなかった。

「……お外に行きたい」

 ぽつりと呟いた。

 叶えて欲しいとか、叶うとか、そんな事じゃなくって、ただただ祈るように胸の中にある、一番の願いだった。

「一度でいいから、怪我なんて気にせず、いっぱい走ってみたい。怪我なんて気にせず、テレビみたいにいろんなところ探検してみたい。一回で、いいの」

 私は、祈るようにつぶやいた。それは、かなうはずがないという想いの上の、精一杯の願いだった。一度だけ、外を自由に。

 何でも一つ叶えてあげるとは言われたけれど、叶えてなんて言うつもりはなかった。願いを聞かれたから答えた、はかない夢の話を彼に語った、その程度の言葉だった。

「……いいよ、おいで」

 彼はふんわりと笑うと、私の手を引いた。

 えっと、思う間もなかった。

 私の体は、彼が手を引いた瞬間に浮かび上がったのだ。

「行こう……!」

 窓の向こうに導かれ、私の手を引きながら彼が軽やかに笑って空の向こうを指した。

 私の体は彼に手を引かれ自由に空を舞う。車よりも速く動いているようなのに、私の周りはまったく風も吹かずにとても軽やかだ。

 あまりにも夢のような出来事に、私は興奮をした。

 あり得ないことが起こっていた。だから怪我をしても大丈夫という彼の言葉を疑うことなく信じた。

 私は彼と降りたった場所で鬼ごっこをした。力一杯走り回った。暗い場所を探検した。いろんな所をひっかいても、転んで怪我をしても、ちゃんと血は止まった。最初にちょっと血は出るけど、すぐに固まったのだ。その事に私は更にうれしくなって夜の間中、彼と遊んだのだ。

 幼い子供の遊びに、大人の彼は最後までつきあってくれた。とても楽しそうに笑って「こんなことをするんだねぇ」と、とても興味深そうにしていた。

 そうして夜が明ける頃、私は名残惜しさを覚えながらも、一夜だけ叶った夢の時間を一生忘れないと心に刻みつけ、そっと病室に戻った。

「ありがとう」

 耳打ちをすると、彼がとても嬉しそうな笑顔を返してくれる。

 別れを惜しんでいると、おもむろに彼が尋ねてきた。

「病気を、なおしたい?」

 突然の質問に驚いたけれど、迷うことなくうなずいた。今日みたいにいっぱい、力一杯、走りたい。怪我をしても血が止まらない恐怖を抱えることなく生活したい。

 肯いた私を見つめる彼の瞳は、とても真剣な物になっていた。

「僕は、君を治してあげることができる。でも治したそのときは、君に一つ約束を守ってもらわなければいけない。とても辛いことになるよ、それでも約束できる?」

 私はうなずいた。うん。約束するよ。あなたとの言葉は必ず守るよ。

 彼は、私に一つだけ守ることを約束させられた。その約束に私は少し悩んで「じゃあ」と、一つだけお願いをした。

「2つ目のお願いだけど、お願いしてもいい?」

 ダメなんじゃないかと思いながら言ったその言葉に、彼は内容を聞いて、とても楽しげに笑った。

「もし、そのとき君がまだ同じ願いを持っていたのなら、そのお願いを聞いてあげるよ」

 彼はほほえんで私を優しく抱きしめた。

 そして、彼は明け方の空へと消えていった。

 翌日の検査で、私の周りは騒然となった。膝に怪我をしていたのに血が止まっていたこと、それを受けてあらゆる検査をした結果、私の血液異常が、すべて正常な状態になっていた事が判明したのだ。

 怪我について聞かれたが、それは分からない、覚えていないと繰り返した。それを言わないのは彼からのお願いだった。なので、外で遊ぶ夢を見たとだけはなした。彼が何をしたのか分からないけれど、夜中の巡回の時、私はちゃんと寝ていたらしいので、何もかもが不明のままとなった。

 遺伝子的に問題のある私の病気は治ることがない。なのに、私の怪我騒動から一夜あけたその日、私は全くの健康体となっていた。

 何度も何度も検査が行われ、いろんな先生に何度も何度も質問をされた。

 そして数ヶ月後、私は完全な健康体として退院をした。


 私の病気の完治は、一夜の奇跡としてかなり話題となった。いろんなインタビューもあったし、テレビに奇跡として取り上げられることもあった。けれど私は彼のことを誰にも話すことはなかった。彼自身がそう望んでいたことはもちろんだけれど、私が誰にも話したくなかったからだ。だって、私はあの時幼かったけれど、知っていたから。そんなことを話しても誰も信用しないって。彼のことをバカにされたりするのはいやだったし、夢のように扱われるのもいやだった。万が一信じる人がいて、彼を詮索されるのもいやだった。

 奇跡でいいのだ。


 もう十年以上も昔に起こった、幼い頃の記憶をたぐり寄せる。私は、もう十八歳になった。彼との約束はちゃんと守っている。彼のことを誰にも話さないというお願いも。そもそも治す条件にいわれた約束は、興味がないから必然的に守られるのだけれど。

 そして、二つ目の願いは叶うのだろうかと思いをはせる。

 大人になっても私の想いが変わらなければ、彼はそう言った。そしたら願いを叶えてあげると。

 ねぇ、私、あの時からずっと気持ち、変わってないよ。

 心の中に彼を思い浮かべて語りかける。

 彼は私との約束を覚えているだろうか。

 あれは夢のような一夜だった。思い出す記憶の一つ一つがどれも現実味を帯びておらず、すべてが夢の向こうの出来事のように美しく夢のように存在している。でも、私は、あの日の出来事を忘れることなく鮮明に思い出すことができる。

 夜には日課となった一人言を夜空に向かって呟く。

「ねえ、あの日の約束、覚えてる? 私、忘れてないよ。私、変わってないよ。だから」

 それはいつものつぶやき。

 だから迎えに来て。

 返ってくることのないつぶやきを続けようとしたときだった。

「バカな子だね」

 優しい声が振ってきて。

 私は込み上げてくる涙をこらえた。

 窓の向こうに彼がいた。空に浮かんで、困ったような笑顔で私をみている。

「仕方がないの」

 私は震える声でそう答えた。

「だって、私は、あのときあなたに、恋したんだもの」

 涙でぼやける彼を見て笑えば、彼は優しげな声で諭すように語りかけてくる。

「十年前に見た夢だよ」

 夢じゃない。夢なんかじゃない。だってあなたはここにいるじゃない。あの時の気持ちだって、夢だなんて思ったこともない。全部、全部、私の現実。

「でも、あのときと私、気持ち、変わってない。だって、私は今でもあなたと一緒に、いきたい」

 持てる気持ち全部を込めてそういえば、彼は少し困ったように首をかしげる。

「すべてを捨てて?」

「うん。ほかにいらないの」

「それは、子供を作ることができないから?」

 彼は真っ直ぐに私の目を探るように見つめてくる。

 それが、彼と私の約束だった。病気を治す代わりに、私は子供を産んだらいけないと言われた。もし子供を産んだら、私もその子も殺さなくちゃいけなくなるからって。とても悲しそうに言われた言葉は、今も覚えている。でも私はその約束を悲しいと思ったことはなかった。嘆いたこともなかった。だって、あのままだったら、どちらにしろ私は子どもは産めなかったのだから。出産もセックスも全て命がけ。普通に暮らすように出来るだけで、それを与えてくれたのがあなたと言うだけで、私の全ては報われているから。

 悲しげな視線を受けて、私は首を横に振る。

「ううん。あなたの子供じゃないなら、いらない」

 そう言って笑うと、彼は更に困った顔になる。

「僕とも、子供は作れないよ」

 低くなった声に、私は慌てて違うのと、両手をワタワタと動かす。

「それはいいの。あなたがいるなら。あなたが迎えに来てくれたから、もう、全部、全部しあわせ」

 私がえへへと笑うと、彼はしばらく口をつぐんだ。

 ややあって、

「バカな子だ」

 彼は、小さな、小さな声で呟いた。

 でも、それは、とてもとても優しい声で。そして、彼がそっと手を伸ばしてくれて。

 私はその腕の中に飛び込む。のばされたその腕は、私を抱きしめるための物だったから。両手を広げて、おいでってしてくれたから。

 だって、こんな幸せは他にない。

 走り回るより、ずっと素敵。

「うん、バカでいいの。だって、あなたは連れていってくれるんでしょう?」

 それは問いかけではなく、確認だった。私は別れ際、彼に願ったのだ。ずっと一緒にいたいと。あなたについて行きたいと。でもそれは私が子どもだからダメだと言われた。だから私は言い募った。だったら大人になったら迎えに来て、と。

 彼がここにいる、それがきっと答えだ。

 私は胸に頬をこすりつける。

「そうだね」

 彼がくぐもった声で答えた。そして、私の体はぎゅっと強く抱きしめられて。

 彼の苦しげな声を聞いた。

「ああ、バカは僕だ。おろかなのは僕だ。違う種族とわかっているのに、たった一度だけ見た君が、こんなにも愛おしい。どうしてこんなに君に惹かれるのだろう。何故君じゃなければいけないんだろう。ああ、僕は狂ったとしか思えない。愚かにも君に好かれたくて、君の種族の姿までして」

 彼の独白はとても苦しげで、なのに、私ではなければダメという、熱烈な告白にしか聞こえなくて。

「わかっているのか? 僕の本当の姿は君と違うのを知っているだろう?」

 私は人間で、あなたは人間じゃなくて。そうね、きっと狂ってる。種族が違うのに一目で恋するだなんておかしすぎる。でも私はあなたに恋をして、あなたも同じように思ってくれて。

 一緒って、思っても良いのかな。

 私は彼の背中をきゅっと抱きしめる。

「どっちでも、あなただもの。初めて見た銀色さんの姿も、とてもかっこいいもの」

 彼が泣きそうな顔をして笑った。

「君の趣味がおかしくて、これほどうれしいことはない」

「私も、あなたの趣味がおかしくて嬉しい」

 同じ言葉を返すと、二人で顔を見合わせてくすくすと笑った。

 だったら二人ともおかしくて良いじゃない。ねぇ、きっとこれって、運命って言うのよね。きっと私とあなたは巡り会う運命だったの。そう思っても、良いでしょう?

 どのくらいそうして触れ合っていただろう。突然に彼はそっと体を離すと、窓の外に浮かび上がる。

 そしてあの日のように私に手をさしのべて。

 私は迷わずその手をとった。

 ふわりと浮かび上がる体。

 私は彼とともに宙に溶ける。




 さあ行こう、二人の宇宙船へ。









 彼は宇宙の向こうからやってきたんだって。そうして自分たちに近い種族がいるこの地球を観測してるんだって。地球の観測はもう何千年も前から続いていて、地球上の病原菌の抗体をすべて身につけられる薬があるんだって。私が彼に与えられた薬がそれ。私はすべての病気を無効化させる体になった。でもその薬は遺伝子にまで影響するウィルスタイプの薬で、子供ができると、その子にも遺伝してしまうらしい。その遺伝子が蔓延してしまうと、地球上の人間の生命力が上がりすぎて生物形態が完全にくるって、人間自体が滅んでしまうんだって。だから私は「子供を作ったらだめ」という約束をさせられた。もし子供を作ることがあれば、私も子供も処分するしかなくなるんだって。処分する方法は簡単。今度は最初の免疫ウィルスを殺すウィルスを感染させるんだって。そしたら免疫力が一気に下がり、何でもない風邪で私は死んでしまう。

 そんな事にならずにすんで良かったと彼は私を抱きしめた。



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 おまけという名の補足。(力不足)

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