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シンデレラの憂鬱

ツイッターでいただいた(?)お題で妄想。

「ああシンデレラ、どうか哀れな僕の為にガラスの靴を落としていっておくれ」

素敵ネタ、ありがとうございました。

 それは、私のささやかな楽しみ。

 お客さんが捨てた紅を引き、なけなしのお金をはたいて買った粉をはたき、きれいな端布をついで美しい模様に縫い上げた衣をまとう。

 普段の私とは違う姿を装い、流れの踊り子に習った踊りを、夜の片隅で舞う。

 それは開放感を求めたのかもしれないし、日銭を稼ぐためであったのかもしれない。今の自分とは違う何かを装い、自身の惨めな生活から逃げ出したかったのかもしれない。

 理由など、考えればいくらでもあるような気もするし、結局はたいした理由などないのかもしれない。

 けれど、私は気が向けば夜の片隅へと出かけ、薄暗い光の下で踊りを披露しては日銭を稼ぐ。

 夜の町で紅を引き舞を披露しているのだ。当然絡んでくる男達もいる。

 それを躱しながら、ひとときだけの美しさを装い、自分の美しさに酔いしれて、また惨めな自分の生活へと戻ってゆく。


 自身が美しいと気付いたのは、もうずいぶんと幼い時だった。

 それを逆手に人の優しさにあぐらを掻き、おごっていた時もあった。

 けれど両親が亡くなり自分を守る術を失って、自身の美しさが自分を傷つけることもあるのだと知った。

 少女と呼べる年齢でありながら、父親の年ほどもある男が手込めにしようとしてきたのだ。

 私は必死で逃げた。

 そしてそれと似たようなことを何度も繰り返す内、私は自分の容貌を隠すようになった。髪を整えることをやめ、身なりを気遣うのをやめ、できる限りなにもかもを薄汚くかくした。手入れをやめて顔を隠してしまえば、私はあっという間に薄汚い小娘へと変貌した。

 屈辱的だった。

 私は、決して自分の容貌が嫌いなわけではなかったから。そして、きれいになるように手入れをするのが好きだったから。けれど、男達から色のある目で見られるのが気持ち悪かった。男の欲望に頼って生きることなど、幼かった私には到底受け入れることができなかった。さらにその私が鼻にかけていた容貌のままでは、女性達からの同情を引くことも難しかった。見下している孤児が美しさを鼻にかけて逆に見下してくる様は、さぞかし不快だった事だろう。私はそんなことさえ、分からない子供だった。

 そうして手探りで処世術を必死で学んだ。

 住む場所を変え、顔をかくし、地味に生きるようになってようやく平和が訪れた。以前のように気を遣ってくれる人が減ったせいで生活は苦しくなったが、それでも男からの嫌な目つきがないだけで、ずいぶんと落ち着いた物になった。

 少しずつ、親しい人も増えてきた。

 だから今の生活が以前ほど嫌なわけではない。もう、このまま平和に生きていけるのならそれで良いという気持ちは確かにある。

 けれど、少しでも美しく装いたいという気持ちを持たぬ年頃の娘など、いったいどれだけいるだろうか。

 美しさを賞賛されたいと、そう思う気持ちをどうして捨てられようか。

 人に見下されこき使われる今の生活が惨めでないなどと、どうして胸を張って言えようか。

 くるりと舞うと、ふわりと開くスカートの裾、ついっと伸ばせばあでやかに人を誘う指先。

 ほほえみを浮かべれば、真っ赤に染まった唇が弧を描いているはずだ。視線一つで、人を釘付けにする。

 それにひとときの夢を重ね、自分はここにいるのだと主張するように、夜の片隅で私は舞う。


「ああ、今日も美しいね、シンデレラ」

 すっかり常連になっている男が踊りを終えた私に声をかけてくる。チャリンと銀貨を袋に落とし、流れるような仕草で私の手を取り口づける。

 銀貨など、街角で踊る私のような人間にはすぎた金額だ。

 けれどそれを惜しげもなく納め、私をシンデレラと呼んで、貴婦人にする仕草で私をたたえる。

 泣きたくなるのを我慢して、少しでも傲慢に見えるよう、ほほえみを浮かべ「ありがとう」と、艶めいた声をかける。

 でも、と思う。

 あなたは私には気付いてくれないくせに。あなたのそばで働く薄汚い娘など、気にもかけていないくせに。

 昼間の彼を思い浮かべて、ひどい人、と心の中でなじる。

 なのにそのあなたが、今の私には貴婦人相手のように振るまい、私を請う。

 それをうけて、うれしいと心がさけぶ。

 その意図がどのような物か分かっていてなお、私はあなたに惹かれてしまう。

 けれどただの慰み者にしかならないのを分かっているから、私は傲慢にほほえんであなたを袖にするしいかない。

「そうやってすぐに君は俺を躱して夜の闇に消えてしまう。ずっと俺のそばにいてくれないか?」

 大げさな仕草で請われて、自尊心がくすぐられ、そして、その惨めさに胸が痛む。

「無理な話ね」

 何気ないそぶりを装い、クスクスと笑いながら彼の手からするりと自身の手を引き抜く。けれどそれさえも楽しむそぶりで彼は続けるのだ。

「ああ、そんなことを言わないでおくれ、シンデレラ。どうか憐れな俺のために、ガラスの靴を落としていってくれないか」

 芝居めいた懇願を、クスクスと笑いながら躱し、「また、いつかの夜に」そう、曖昧な言葉で濁して彼から逃げる。

 そしてそのまま振り返ることはない。

 そのまま人混みに紛れてゆくと、建物の影でそそくさと端布のドレスを脱ぎ、いつもの薄汚い服を肩にかける。それだけで美しい踊り子は消えてしまう。

 帰り道、小川の水で顔を洗い紅も粉も流し落とし、結い上げた髪をバサリと落とす。

 そうしてしがない使用人の娘に私は戻る。

 彼の目に映りもしない、惨めな娘に。


 彼は私が仕えている屋敷の主人だ。身一つで成功し、財産を築いた。若き成功者は、傲慢で、しかし人好きのする男だった。ひょうひょうとして見せながら、裏でする努力は並大抵のことではない。体を壊すのではないかと心配するほどに、彼は仕事に力を注いでいる。

 だからなのか、男は自身の管理下にある者にはとても厳しい。反面、努力をし、結果を出す者にはとてつもなくすばらしい主人だ。

 下働きをする私などにはほとんど関係のない話だが、自身の未来をあきらめて容姿を隠すことしかできなかった身からすれば、どうしようもなくその生き方に憧れてしまう。

 彼が遊び歩いた夜は、帰ってきてからその部屋から漏れる灯が消えることはない。明け方まで起きて、遊び歩いた分の仕事を取り戻し、少しの仮眠で何事もなかったように出て行く。

 ひょうひょうとした笑顔の裏は、決して生やさしいだけの男ではないのだろう。

 もし私にあの強さがあれば、こうして自分を隠すことなく生きていけていたのだろうかと思う。

 屋敷の中で何気ない部下の成功をうれしそうに褒めているのを見れば、自分の周りの男達が彼のようであったなら、惨めな状況に落ちずにすんだのかとも考えたりもする。

 焦がれる気持ちは、憐れなほどに積もってゆく。

 なのにその彼が、一夜の交わりを求めてくる。その度に、結局は彼も同じなのだと、胸がきしんだ。

 けれど、私には彼を責めることも軽蔑することもできない。彼はなにもせずに今の地位を築いたわけではないからだ。彼が日々の重圧の中でひとときの快楽を求めたところで、どうして責められよう。

 一方私は、ただ人に憧れ、うらやみ、指をくわえるばかりだ。ただそこに立ち止まり、自分の惨めさを嘆き、ひとときの偽りをまとい、現実から目をそらす。

 彼とはそもそも生き方からして違う。

 惨めさと寂しさが胸に去来する。

 きっと、私はこれから先もそうして生きていくのだ。


 彼に誘われた日は、特に切ない。

 私をシンデレラなどというのなら、この灰をかぶった状態から、彼はすくい上げてくれるというのか。

 でも私には落とすガラスの靴はない。

 彼は、私を見つけることはできない。

「シンデレラは、王子様のお嫁さんになるんだよ。……私の王子様になってくれないくせに。シンデレラなんて呼ばないでよ。大人は、ずるいよ……」

 川縁に座り込み、つぶやいてから、その惨めさに涙がにじむ。

 化粧でいくらごまかしても、心はまだ幼さを残す。大人になりきれない自分を自覚する。

 大人の彼を、彼のいないこんなところで責め立てる。

 私がまだ大人といわれる歳に足を踏み入れたばかりということを、彼は知らない。だから、これは大人の駆け引きで、彼が悪いわけではないのは、頭では分かる。

 何より、私には彼の隣に並び立つだけの物はない。

 よるの街角で踊るような女と行われる、よくある駆け引きだ。

 でも、彼からだけはされたくなかった。なのに彼がもっとも熱心に言い寄ってくる。

 求められるうれしさは、立場の惨めさであっけないほど簡単に、私の浮かれかけた心を切り裂いてゆく。

「……ずるいよ」

 涙を乱暴にぬぐった。

 考えたところで、どうなるわけでもない。

 私は立ち上がった。

 帰ろう。いつもの、薄汚れた自分の、平和な居場所に。

「何がずるいんだい、俺のシンデレラ?」

 聞き慣れた声とともに、手首が掴まれた。

「君が、ガラスの靴を落としていってくれないから、迎えに来るのが遅くなったよ」

「……な……」

 後ろからささやかれる声。背中から包み込むように腕が回されて、髪に口づけが落とされる。

「……や、やめ……」

 ふりほどこうとして、今の自分は化粧を落としていることを思い出す。そして今の姿形が、踊り子の様相でないことにも。

 驚いて頭もろくに働かない状態だというのに、私は何よりも振り返って幻滅されることを恐れた。

 もがくが、ふりほどけない。

「はなし、て……っ」

彼の力強い腕の中で、身を固くして、震えながら訴える。

「どうして?」

 その問いかけにどう答えたら良いかさえ分からない。

 いや、いや、と繰り返しながらうつむいて身を固くした。

 彼は、そんな私を更に強く抱きしめる。

「なかなか戻ってこないから、心配した」

 吐息とともに漏れた彼の言葉。その意味が分からず、びくりと震えた。

「いつもはまっすぐ帰ってくるのに、今日は遅いから探しに戻ってきたんだ」

 彼の言葉に私の頭の中が真っ白になる。次いで、さぁっと血の気が引いて、体が勝手にがたがたと震えだした。

 知られていたのだろうか、この口調からすると、ずっと前から……?

「君みたいなきれいな子が、こんな人気のない場所で座り込むものじゃないよ。……こうして、押し倒されて、食べられてしまうからね?」

 体がくるりと反転され、草むらに押し倒される。仰向けにされて呆然としている私の目に映るのは、いつものひょうひょうとした笑顔の彼だ。

「し、知って……」

 こみ上げる涙のせいか、震える体のせいか、声がまともに出てこない。

「うん、知っていたよ。君に会ったその日に、君が帰って行く場所までつけて、驚いたな」

 クスクスと彼が笑う。私の気分は笑うどころではない。彼に知られていた恐怖もあった、羞恥もあった、遊ばれていたのだという惨めさもこみ上げた。

 でも、それ以上になぜかとてつもなく哀しかった。悲しみの理由はよく分からなかったけれど、彼の笑う顔を見て、彼とは決定的に自分の思いとは違うのだと思い知ったせいかもしれない。

 ぽろぽろ、ぽろぽろあふれる涙で、彼の顔がぼやけた。

「……泣かないで」

 その声は、思いがけず、困ったような優しい声で、私もまた困惑する。

「君に、その気がないんだと、思っていた」

 目尻に口付けられて、その唇が涙をぬぐってゆく。

「俺が、働いている君に声をかけたら、逃げ道がないだろう? だから踊っている君にしか、声をかけることができない。すぐそばにいても、知らないふりをする君に、それが答えだと思っていた。でも……違うと思っても良いんだね」

 ちゅっちゅと、音を立てて口付けるのは、好きだよの気持ちを込める家族からの親愛の挨拶にも似ていた。

 涙の膜がぬぐわれ、彼の顔がはっきりと見える。私を押し倒すその人の顔は、思った以上に優しい物だった。

「……君の王子は、俺?」

 クスクスとからかうように問いかけてくるのを、私は答えることもできずに、ぎゅっと目をつむる。

 すると、まぶたにちゅっと唇が落とされた。

「俺は、君の王子様になりたいな。ガラスの靴はないけれど、君が俺のシンデレラだよ。シンデレラは見つかったらお嫁さんになるんだろう?」

 この人は、何を言っているのだろうか。聞こえてくる言葉の数々に、混乱した。

「本気だよ。俺は、ずるくないとは言わないけれど、君には結構誠実だと思うんだけどな」

 たたみかけるように言われて、もう、分けが分からなかった。

「い、意味が分かりません……」

 もう、大人のふりをして、何でもなく躱す余裕なんてなかった。目を閉じて何も見ないふりをしていたいのに。なのに、彼の声が優しい声をして私をくすぐる。

「全部、本気だよ。だから、お嫁においで」

「あなたが、私を相手にする理由が、分かりません」

 この優しい声にそのまま流されてしまいそうな自分自身に怯えた。

 この怖さを、彼は分かるまい。こんな余裕で人を翻弄するような大人の彼には。

 目を閉じて震える私の上から、静かな声が降ってきた。

「はじめは、街角で踊る君の姿だった。その次は、その美貌を武器にせず、慎ましくがんばっている姿だった。今は、もう、どこが好きなのか分からなくなってしまった。君が笑っていると愛おしい、泣いていても愛おしい、がんばっている姿は美しいし、困っている姿は愛らしい。大人ぶったやりとりは意外に俺を翻弄させてくれて楽しいし、流し目なんかされるとぞくぞくする。でも、そばにいるとほっとする。なぜだろう、君に翻弄されてばかりなのに、君と話している間は、ほっとするんだ」

 そう言って口付けられる。嘘だ、翻弄されているのは、私の方なのに。彼は、こんなにも余裕なのに。

「俺は、君に惑わされてばかりだ」

 うそ。

 世慣れた男の、口から出任せだ。

 頭ではそう思うのに、目を開けてみれば覆い被さるようにしている男の顔はどこか切なげで、今まさしく私は惑わされそうになっている。

「信じ、られません」

 怯えるように首を振る。

「今はまだ、信じなくても良いよ」

 彼が少し寂しげにほほえんだあと、芝居がかったいつもの様子で両手を広げた。

「さあ、君の気持ちが分かった以上、元の部屋に戻す気はないよ。おいで、未来の俺の奥さん。時間はたっぷりある。人生をかけて信じてもらえるよう努力するから、ひとまずは少しだけずるい大人にだまされてくれないか」

 彼は身を起こすと、そのまま軽々と私を抱き起こす。

「さあ、俺のシンデレラ。ガラスの靴がなくても、必死で君を探し出した俺に、ご褒美をくれないか?」

「ごほう、び……?」

「そうだな、頬に一つ、キスをおくれ。そして、帰ってゆっくり話をしようではないか!」

 彼がわざとらしいほど朗らかに笑って、私を抱えたまま帰路につく。

 私は分けが分からないまま、彼の首にしがみついた。

 もう、本当に、何がどうなっているのやら、さっぱりだ。

 でも、暖かい。

 どきどきした。興奮にも似た、けれど、とても幸せな胸の高鳴りだ。

 期待がこみ上げる。

 私は、このぬくもりを求めて良いのだろうか。

 そう思うと同時にあらゆる不安もまた、私を襲う。

 けれど抱きしめる腕は逃がさぬようにしっかりと私を包み込み、その心地よさに、他のことはどうでも良いとさえ思えた。一時的な慰み者ではなく、彼に、確かに求められていると感じたからだ。

 彼のシンデレラだと言われた。

 私は、シンデレラになれるだろうか。最後はめでたしめでたしで終われるのだろうか。

 信じたい、と思った。

 すぐそばに彼の顔がある。彼の軽口を思い出し、そっと頬に口付けた。

 驚いたように彼が立ち止まり、まじまじと見つめてくる。

 恥ずかしくて目をそらすと、額に触れるだけの口づけが落とされる。

「最高のご褒美だ」

 そうささやく声は優しい。

 ちらりと見上げると、とてもうれしそうな彼の顔があった。

 それが、小さな予感を胸に運ぶ。

 もしかしたら、とても幸せな結末に向かっているのではないか、と。

 きっともう、私は夜の片隅で紅を引いて踊ることはない。そう思えた。

 私は、本当に彼のシンデレラになったのかもしれない。

 彼の腕の中で、こみ上げる幸せに顔をほころばせた。


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