欠けている女
最初に思ったのが、役に立たない女。
会話一つまともに出来ない。意見の一つも言えない。
足りない、使えない、存在する意義など、どこにもないような女。
――気に障る。
いろんな物が欠けて、使えなくて、おどおどするばかりでただそこに突っ立っているだけ、それになんの価値があるというのか。
使えない、足りない欠陥品のようなその女は、ぎこちなく言葉を交わしてはうつむき、言いたいことも言えないまま俺を見送る。
――なんだこの女。
興味を引かれたのは、あまりにも他と違っていたからなのか。
その問いへの答えは未だ見つからない。
――気になる。
彼女が紡ぐ短い言葉のいくつかをつなぎ合わせて、その意図を読み取り、全てを言わせないままに答えていく。にこやかに、他の誰とも違わない態度を作り、普通に言葉を交わすふりをする。
けれど内心は苛立っていた。その存在の不完全さに。生きていくのにすら足りないと思えるほど欠けた彼女のありように。
――気になる。
けれどそれが俺の目を引いた。彼女の一挙一動の不安定さに目が奪われる。かけた言葉が紡がれる度にそこにある彼女の意図を探りたくなる。
彼女は欠けている。彼女にはあらゆる物が足りない。
未熟で、不安定で、この世から必要とされていない存在。社会から取り残され、あがくことすらまともに出来ず、ただ成されるがままに落ちていくしかない、弱く儚い欠陥品。
けれど他にはないその欠けた何かが、どうしようもなく俺を惹きつける。
その危うさから目を離せない。
なぜ、俺が――。
「どうして、私、なんか……」
怯えるように震える彼女の頬をなぞる。
「……さぁ?」
微笑みではぐらかし、抱きしめると、彼女は抵抗すら出来ない。
生きていく術の足りない彼女は、俺から逃れる術も持たない。
それを知りながら、気付かぬふりをして絡め取るように、彼女の動きを制して閉じ込めていく。
「愛してるよ」
どうしようもないほどに。呆れるほど滑稽に彼女に惹きつけられ、目が離せない。
彼女のその卑屈ささえ愛おしい。
過去に感じた苛立ちは、気がつけば渇望へと変わっていた。
彼女に俺は必要なのだ。
言葉一つまともに交わせない彼女が、嬉しそうに拙い言葉を紡ぐ。ふんわりと慎ましやかで愛らしい笑みを浮かべる。俺の前でだけ花開く可憐な女。
足りない彼女は、足りない分だけまるで俺によって満たされることを運命付けられているかのようだ。
俺は欠けた部分に目を奪われ、それを補うのは自分しかいないのではないかという妄執に取り憑かれ。
もう、これは、俺の物だ――
彼女が逃げられないよう必死で囲い込む俺は、もう、狂っているのかもしれない。
どうしようもなく不完全で、たくさんの物が欠けている役に立たない女が、なにもせず、ただそこに存在した――、ただそれだけで、俺を逃れようもないほどに捕らえていた。
需要と供給。
共依存。