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いじわるな彼

活動報告(http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/130854/blogkey/729717/)で中途半端に書きっぱなしにしてしまった作品を整えた物です。

 私の好きな人は、私にイジワルばかり言う。

 なんでもないことをすぐネタにして笑い、馬鹿にする。

 なんでもない失敗を目ざとく見つけて、だから言ったんだとか、お前にできるわけがないという。

 やろうとしたことはすぐに取り上げられて、簡単に彼がやって見せ、彼は自慢げに笑って、そして私を馬鹿にするのだ。

 嫌だったけど、そうやって話しかけられると会話することができるから、彼の側にいられるから、全部が嫌っていうわけじゃなかった。

 だから、意地悪を言われる度、怒ったり、意地張ったり、適当にすごいすごいと言ってみたり、いつも何とかやり過ごしてきたけど。


「お前、こんな事もできないのか」

 笑って取り上げられるそれは、彼によっていとも簡単に組み立てられてゆく。

「お前にまかせるとか、頼むヤツ、馬鹿なんじゃねぇ?」

 そんな間接的な言い方で、私にできるわけがないのにと、私を馬鹿にする彼をじっと見つめた。

「……そうだね」

 私は静かに肯いた。

 もう、怒る気もしなかった。馬鹿にでもなんにでもしたらいい。どうせ私は馬鹿なんだから。

 さっき見かけた彼は、ちょっとした失敗をした後輩の女の子に、親切に丁寧に教えていた。馬鹿にする言葉なんて、一つも口にしないで。

「なんだぁ? なにすねてんだよ」

 彼がのぞき込んでくるのを、一歩下がって避ける。

「もういいでしょ。ほうっておいて」

 泣いてしまいそうだ。泣いている顔を見られたくない。きっと、彼は私を笑うから。泣いてる私を指さして笑うんだ。

 ぐっと歯を食いしばって、泣きそうなのがばれないように静かな声で、……それは思ったよりも冷たく響いた。

「なんだよ、その言い方。手伝ってやったのに」

「手伝ってなんて言ってない。勝手にやったのは、そっち」

 お願いだから、早く向こうへ行って。

「そんな言い方ねぇだろ」

 そう言って彼が私の肩を掴んだ。

 思いがけない彼の問答無用の行動に、とっさに避けきれなかった私は、涙のこぼれた顔を彼に向けることになった。

「……えっ?」

 涙で歪む私の視界の中で、ぽかんとした顔の彼が見えた。

 見られた!

「離して!!」

 慌てて振り払うと、思ったよりも簡単に手は離れて、そのままその場から逃げ出した。

 指さして笑われる前に。泣いていることを馬鹿にされる前に、早く逃げないと。彼の声を聞かなくてすむ場所まで逃げないと……!!

 でないと私の気持ちは、これ以上耐えられなくなる……!!

 走って、走って、必死に逃げて。

 なのに鈍くさい私は、こんな時もやっぱり鈍くさくて、思いっきり躓いてこけてしまった。

「……っ」

 派手に転んで、いい年して膝が暑いような衝撃がズクンと走る。

「ユウ!!」

 すぐ後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 なんで追いかけてくるの。追いかけてまで私を馬鹿にしたいの?!

 もう、やだ……!!

 座り込んだままうつむいて耳を隠す。もう、聞きたくない。もう、私を馬鹿にする言葉は聞きたくない。

「ユウ!!」

「もう、ほうっておいて!!」

 すぐ側にまで来た彼にヒステリックに叫ぶ。

「怪我してないか、大丈夫か?! 痛い所はないか?!」

 私の叫ぶ声なんか聞いてないみたいに、彼が座り込んで問いかけてくる。

「ほうっておいて!! もうあっちへいって!!」

「どうした?なんかあったのか? 誰かお前になんか言ったのか?!」

 怖い声で、問い詰めるように私の肩を抱く。

 とっさにそれを振り払った。

「触らないで!!」

「……ユウ……」

 情けない声が、目の前から聞こえた。

 それっきり、彼は黙り込んでしまった。

 涙がこぼれて、後から後から溢れて、私は泣いた。

 もう、嫌だ。なんでこんな目に合うの。なんでほうっておいてくれないの。どうして私にばっかりイジワル言うの。嫌いならどうして私に構ったりするの。

 苦しくて、悲しくて、こんなところで躓いてこけて、情けなくて、惨めで、膝はじんじんじんじん痛み始めて、きっと怪我してるんだろうなぁって思いながら、うつむいたまま、わぁわぁ泣いた。

 泣いている間、うつむいた私の目の端で、彼のひざまずいた足は動くことなくそこにあった。

 いつも私が困った時、馬鹿にしながらかけてくる明るい声は、私にかけられることなく、ただ彼はそこにいた。

 さんざん泣いて、泣くのに疲れてきた頃、すすり泣く私の耳に遠慮がちな声が聞こえてくる。

「ユウ?」

 頼りない小さなその声は彼らしくなくて、どういうつもりか分からず、私は戸惑った。

 ほんの少しだけ顔を上げると、中途半端に上げられた彼の手が見えた。私に伸ばしかけては躊躇うように引く。

「大丈夫か?」

 のぞき込んできた顔は、見た事ないぐらい不安げな顔をしていた。

 なんでそんな顔をしているのかがわからない。でも、嫌な気持ちはしなかった。その代わり、また泣きそうになった。

 唇を噛み締めてうつむくと、ほんの少し私に伸ばされていた手が、また引いた。

「傷むところはっ、どっか、痛いところはないか?!」

 必死で言葉を探るようにして、話しかけてくる。

 痛いところはある。膝が痛い。きっと血が出てる。強く打ったから。

 でも、それを言いたくない。

 きっと、また笑うくせに。心配してるふりして、怪我を見たら、きっと笑うくせに。馬鹿だとか、ドジだとか、お前みたいなとろいのが走るからだとか。

 今はその言葉を聞きたくなかった。

「……あっち行って」

「でも、怪我が……っ」

「あっち行って!!」

 叫んだら、また涙が出た。

「もう、やだ……もう……っ」

 これ以上彼の言葉を聞きたくない。怖い。傷つけられるのが怖い。今は心配しているように聞こえる彼の声が、いつもの嘲笑う声に変わるのが怖い。

「……っ、怪我、してるかどうかだけでも、見せろよ」

 苦しげに彼が呟いた。納得が行かないのだろう。私が反発するのが、そんなにおもしろくないのかと思うと、胸が苦しい。

「笑うくせに!!」

 私が叫ぶと、彼がびくりと震えたのが視界の端で見えた。

「私が怪我したのみて、笑うくせに!!」

「わ、笑わねぇよ!!」

「嘘つき! いっつも私の事馬鹿にするくせに! 心配するふりして馬鹿にするくせに! そんなのいらない!! 一人の方がまし! あっち行って!」

 下を向いて、叫ぶ。力一杯叫んで、自分の言った事が信じられなくて、体が震えた。

「違う」

 弱々しい声がした。

「笑ったわけじゃ、ないんだ。馬鹿にしてたわけでも……」

 彼らしくない、小さな声だった。

「絶対笑わないし、馬鹿にもしないから、足、見せて。怪我してるなら、手当てしにいこう」

 低い、沈んだ声が、ただ私の事を心配していた。

「うそ。絶対馬鹿にするもん。怪我したのを馬鹿にするくせに。転んだのを馬鹿にするくせに」

「……っ、しない、からっ 頼む。一緒に行ってくれ」

 その声が、まるで泣いているように聞こえて思わず顔を上げる。項垂れたような彼の姿があって、ふと目に入ったのは握りしめた拳と、力が入っていることがわかる筋が浮き出た腕。

「……なんで」

 短い言葉で彼を責める。苦しいのは私だ。痛いのも、恥ずかしいのも、怖いのも、全部私だ。

「ほっとけば、いいでしょ」

 見られたくないのに。もう、傷つきたくないのに。

 でも。

 ゆっくりとした動作で顔を上げた彼が、眉間に皺を寄せて、苦しそうな顔をして私を見る。

 その姿を見て、嬉しい、と、思ってしまう。

「……ユウ」

 怪我してるのは私なのに、彼の方が傷ついたみたいな顔をして私を見るから。まるで縋るように私を呼ぶから。彼が私の事を気にしてくれているのがわかるから。

 私は泣いてしまいそうになるのを唇を噛み締めて堪える。

 睨むようにして彼を見つめて、彼の反応を待った。

 私は言いたいことは言ってしまった。あっちへ行ってって言った。ほっといてって言った。けれどここにいるのは彼だ。私には彼の気持ちなんてわからない。私は今、自分がどうしたらいいのかわからなかった。

 怖い気持ちと、嬉しい気持ちと、どうしたらいいかわからない状況になってしまった恨めしい気持ちとで、私は彼を睨むことでやり場のない気持ちを誤魔化す。

「ユウ……」

 泣きそうな顔が、少し歪むような形になって笑みを作って、そして膝断ちの彼がしゃがみ込む私を覆うようにして腕を回してくる。

 驚きで心臓が跳ね上がったような気がした。

 腕が背中にまわって、顔を背けると私の頬と唇が彼の上腕に触れた。

 自分の腕とは違う質感。硬く筋張った筋肉質な二の腕の感触が私の頬と唇をつぶすように押しつけられて。

 私は、彼に抱きしめられているのだと、自覚した。

 なんでこんな事するの、と、混乱する。

 嬉しくて、幸せで、辛い。

 彼の肩に頭をくっつけて、けれど隙間の空いた胸元のシャツを掴んだ。

 こんな風に触れられる日が来るなんて思わなかった。怪我してだだこねて、こんなに心配してもらえるなんて思わなかった。嬉しくて幸せで、ずっとこうしていたい気持ちが沸き上がる。でも、心の中に影は差したままだ。

 私の事なんて何とも思ってないくせに。他の子には優しいくせに、私にはイジワルしか言わないくせに。

 その気持ちは消えない。

 胸が苦しい。

 嬉しいから、余計に苦しい。

 心配されても、気にかけてもらえても、気持ちの伴わない抱擁なんて、苦しいだけだってわかってしまった。

 シャツを握りしめる手に力を入れて、泣きたい気持ちを堪えて押しのけようと力を入れた。

 とたんに、私を抱きしめる腕に力がこもった。

「ユウ……っ」

 低いその呟きは、悲鳴を上げるように苦しげに響く。

「……はなして」

「俺を、拒絶するんじゃねぇよ……」

 震える呟きが、小さく聞こえた。

「なにそれ……」

 本当に縋り付かれているような錯覚に陥りそうな、そんな弱い声で、反してその腕は、私を羽交い締めにするような強さをもって、彼は私を混乱させる。

「放っておけるかよ。絶対、離したりするもんかよ……っ」

 私の肩口に顔を埋めた彼から、くぐもった叫び声が聞こえる。同時にぐっと強く抱き寄せられて、離そうと力を込めていた私の腕を押し返してくるように胸元まで密着する。

「……やっ」

 彼の気持ちがわからなくて、体が震える。シャツの裾を掴んだまま彼を押しのけるように腕に力を込めた。

 わずかな抵抗の後、彼の体がふっと離れた。ほっとするのと同時に、離れた温もりに寂しさを覚える。

「……怪我の、手当にいこう」

 切なげに歪んだ顔が、小さな笑みを浮かべて私を見下ろしていた。

 シャツを掴む私の手を包み込むように握って「いこう」と静かに促された。


 医務室に行く途中、傷口を洗った。

 くるぶしまであるスカートを持ち上げると、転んで汚れたその場所は、布地がすれてほつれ、少しだけ血が滲んでいた。

 スカート越しの傷にもかかわらず、思った以上に深くえぐれるように小さな傷が出来ていた。

「……大分、盛大に転んだな」

 片膝を付いて私の傷口を見たた彼が、苦笑気味に呟いた。

「……」

 私はうつむいていた顔を、更に顎を引いて彼から目を逸らす。

「笑ったわけじゃねぇぞ」

 むっつりとした彼の声がした。

 笑っていたよ。

「笑ったけど、馬鹿にしたわけじゃないことぐらいわかるだろう!」

 心の中で呟いた声が聞こえたかのように、彼がむっとした様子で叫んだ。

 そんなん、わからないし。

 心の中でツッコミながら、私は無言を貫いていた。

 なにをしゃべったらいいのかもわからないし、しゃべる気分でもなかった。

「……アスファルトは歩く分には平らでも、隙間が多いから、肌に当たると結構凶器だよな」

 沈黙を誤魔化すように彼が呟いた。

「小石も結構あったしな」

 ぽつり、ぽつりと話しながら、彼が傷口を洗う。私はいたたまれなさと痛みとを堪えながら、彼になされるがままになっていた。

 洗い終わった後、びしょびしょになった私の足は、彼が首に掛けていたタオルでぬぐわれた。

「汚れたタオルで悪いけど」

 そういって、ザブザブとタオルを洗うと、硬く絞り上げてぬぐわれる。

 自分でやると言っても、洗うとき同様に問答無用で彼が勝手にやっていく。

 恥ずかしさに戸惑いながらも、結局どうすることも出来ずに私はスカートを持ち上げて彼の動きを見下ろしていた。

 私がやるより手際がいいのは確かで、確かに彼のいうように私はとろいのだろうと、変なところで納得してしまった。

 ぬぐい終わると、見上げてきた彼の視線が、私の手元で止まる。

「手も見せて」

「え?」

 掴まれて手の平を上向けに返されて、擦れた皮と少しだけ滲んだ血が見える。

「こっちも洗っておこう」

 促されて手を洗うために少し屈むと、スカートの裾が地面について濡れた。

「……あっ」

「ほんっと、鈍くさいな……」

 苦笑気味に彼が呟いた。なにげない、いつも通りの言葉だ。今まで、それを怒って見せては来たけれど、気にしたことはあまりなかった。

 でも、今はダメだ。その言葉にびくっと体がこわばった。

 彼の優しい手つきで少し浮上しかけていた気持ちが、また深く沈んでいく。

 わかってる。私が鈍くさい事なんて、さんざん言われたから知ってる。それをわざわざ言う必要なんてないじゃない。

 下唇を噛み締めた。悲しくて悔しかった。なんでもないことで失敗を繰り返す自分が惨めだった。

 両手を同時に洗おうとしていたのをやめて、片手でスカートを持ち上げ、片手だけで傷口を流すことにする。

「ユ、ユウ……っ」

 涙がにじんで、目の前がかすんでいる。

 彼が焦ったような声が私を呼ぶけれど、それは無視した。

「俺は、オマエの鈍くさいところは、かわいいと思うぞ!」

 なにそれ。全然慰めになってないよ。

 焦ってフォローしてきた声が意外にも本当に困っているみたいだった。

 私の反応に、さすがの彼も少しは悪いと思っているのだろうか。

 そう思うと、彼が私を気にかけてくれているような気がして、沈む気持ちが少し落ち着いてくる。

 少し余裕が出来たのか、内容には腹が立つけど、涙のにじんだ切ない気持ちと同時に、おかしさが込み上げきた。

 思わず笑いそうになったけれど、笑うとまたろくでもないことを言われそうな気もするし、許したと思われるのも何となく癪で、笑うのを堪えて無視を続ける。

 口元が笑いそうになったのでかおをそむけると、言葉に詰まっているらしい息づかいが聞こえてきた。

 私の一挙一動に彼が反応する。動揺して、困りながら、私を気遣っているのがわかる。

 手を洗い終わると、ぽたぽた指先から落ちる滴を見ていた私の手に、もう一度洗い直したタオルがのせられた。

「医務室、行こう」

 むっつり怒ったままに見えるだろう私を、まるで逃がさないようにするみたいに、私の手の甲をそっと握ってきて、彼が引っ張る。

 でも、ゆっくりとした足取りは、怪我をしている私の歩調を気遣っているのがわかった。

 言葉遣いはひどい物だと思う。でも、彼の行動の一つ一つが私の心も体も気遣ってくれているのを感じる。

 私の胸を重くしていた怒りや、悲しみや、苦しさが、一歩一歩歩く度、私の手を包み込む彼の手の温かさと優しい強さを感じる度、軽くなっていった。


 医務室に付くと、結局彼が全部手当をしてくれた。

「……なぁ、俺、なんかしたか……?」

 手当を終えた彼が正面に座り、躊躇いがちに尋ねてきた。私を窺うように見つめる視線はいつもの自信あるような物とは少し違って見えた。

「……どうして?」

 質問で返したのは答えたくなかったからだ。

 目を逸らしてドクドクと鳴る心臓が静まるように祈る。

 私が彼の言動の怒った原因を言うわけにはいかない。それはそのまま、彼を好きだという告白になってしまう。

 笑われたり、ネタにされたりしたら、耐えられない。

「……お前、怒ってるし」

「怒ってないよ、別に」

「ほら、そういうところが怒ってるだろ!」

 責める口調が胸にいたい。私は、彼に返せるだけの言葉を持っていない。

 何を言っても、彼を好きだから辛いという意味にしかならない。

 落ち着いていた気持ちが、再び苦しさで塗りつぶされていくような気がした。

 顔を背けると、苦しさを吐き出すように言った。

「気に入らないなら、ほっといてくれればいいじゃない」

「……なっ」

 さっきだって、放っておいてくれたらよかったのに。今だって。

 彼に責められるのは、苦しい。

「馬鹿にされてまで手伝ってほしいだなんて思ってない」

「ちがっ……」

「笑って貶す人に手伝って貰っても嬉しくない」

 言葉にするごとに、心の中が暗い気持ちで塗りつぶされて行く。言葉にするごとに、それが全てのような気がしてくる。

 目を逸らしたまま言って、ふっと気付く。

「……あぁ、そっか。私の為に手伝ってくれてるんじゃないのか。………私の事手伝って、他の子にアピールするためか」

 それなら、私の気持ちを踏み躙ろうが気にならないのも当然だ。

 彼が、憎らしく思えた。

 逸らしていた視線を向ける。

「ユ……」

 伸ばされた手を思わず避けるように身をよじった。

「放っておいてって言ったでしょ!」

 彼の方が傷ついたみたいな顔してるだなんてずるい。傷ついたのは私だ。

「どうせ私なら傷つけても良いとでも思ってたんでしょ!」

「違う!」

「じゃあ、そんな事さえ思い付かないぐらいどうでもよかったって事よね」

「違う!!」

「じゃあ、もう私に関わらないで!!」

 叫んでから、ぐっと胸が苦しくなる。

 違う、そんな事言いたいんじゃなかった。彼を責めたかった。彼に思い知らせてやりたかった。でも、彼の側にいられなくなるのは嫌だった。私はただ、彼の側にいたくて、彼に優しくしてもらいたくて、彼に笑いかけてもらいたくて、ただそれだけなのに、なんでこんな言葉が出て来るんだろう。

 でも言った言葉は取り返せない。この状況で嘘でしたなんて言い出せる勇気もない。

 訪れた沈黙がいたたまれず、私は立ち上がった。

「嫌だ」

 立ち去ろうとした私の手つかみ、彼が強く言いきった。

「俺はこれからも、ユウがいたら声をかけるし、困っていたら手を出す。その役目は絶対に他のヤツに渡さない」

「いらない!」

 彼の言葉に、とっさに言い返す。さっき後悔したばかりなのに、心とは裏腹に、私の言葉は彼を拒絶する言葉しか出てこない。

「なんで私にそんなに構うの!!」

 叫んでからしまったと思った。聞きたくないのに何を売り言葉に買い言葉で叫んでいるのだろう。

 悔やんだ瞬間、彼が叫んだ。

「鈍くさいところも、つっこんだら恥ずかしそうだったり照れたりしてるところも、かわいいからもっと見たくなるんだから仕方ないだろ!!」

 やけになったとしか思えない叫びだった。

「ユウがかわいいから構いたいに決まってんだろ!!」

「は……?」

 思いもしなかった言葉が、叫び声となって返ってきて、その内容が突拍子もなさ過ぎて、あっけにとられて彼を見上げた。

 私の頭の中は真っ白だった。ついでに心の中も真っ白になった。怒りも、悲しみも、暗さも、喜びも、なにもかも、ぽっかりと消えた。

 彼はまだ叫んでいる。

「他のヤツをわざわざからかうとか面倒な事するわけねぇよ! そんなの適当に流すに決まってんだろ! なんでオマエだけからかうかなんて、決まってるだろ、馬鹿かよ、お前!! 好きだからに決まってるじゃねぇか!」

 肩で息をして、叫びながら罵倒と共に告白した彼を呆然と見つめる。

 なにを、彼は言っているのだろう。

 とりあえず。

「……逆ギレ、かっこわるい………」

 真っ赤になって耐えきれない様子で顔を背けた彼の顔が耳まで染まっているのが見える。

 口をぎゅっと引き締めて思いっきり顔を背けて向こうを睨み付けていた彼が突然に頭を抱えて座り込んだ。

「……俺、かっこわりぃ……」

 泣きそうな声がして、今日は何度か見つめた彼の頭のてっぺんをまた見つめながら、真っ白だった私の中に込み上げてきたのは、笑いだった。

 なんて最低な告白だろう。

 そう思うと、情けないけど、どうしてもおかしくて笑いが込み上げてくる。でも、さっきの告白があまりにも彼らしくて、おかしくてたまらない。

 私は堪えきれず笑った。

 彼らしくて、なぜだか最低なその言葉が信じられた。

 嫌われてたんじゃない、どうでもよかったのでもない。私の事が、好きだっただけだった。

 好きな子に意地悪する小学生と同じだと思うと、さっきのどうしようもない告白がかわいくて、……嬉しかった。

 クスクスと笑い続ける私に、彼がうずくまったまま「笑ってんじゃねぇよ!」とくぐもった声を上げる。

「ユウのくせに!!」

 私を馬鹿にしているように聞こえるいつもの上から目線の口調も、今は粋がっているようにしか聞こえない。それがやっぱりかわいいと思えて、また笑う。

「小学生みたい」

「……なっ」

 反撃すると、彼は引きつった顔で固まって、顔を真っ赤にした。

 私も彼の前にしゃがみ込んで、目を合わせる。真っ赤な彼が目を逸らした。赤い横顔を見ながら、私は視線を落とし、勇気をかき集める。

「……私も、好きだよ」

 小さく呟いた声は、空気の中にあっけなく消えて、沈黙が訪れた。

 聞こえなかったのだろうか。彼からの反応がない。でも、もう一回言うだけの勇気もない。

 躊躇っていると、突然彼の腕が首に回って来て、かき抱かれた。

 しゃがみ込んだまま触れ合った場所で互いを支え合うような形の、不安定な抱擁。

「……ったりまえだろうが!!」

 なにが?

 彼の叫ぶような声に、私は抱きしめられたまま小さく首をかしげる。

「ユウが俺以外のヤツ好きになってたまるかよ!」

 まるで子供のような理論だ。でも、声が、嬉しそうに聞こえるのは、私の気のせいじゃないと思いたい。

「ユウは、鈍くさくても、出来ないことがあってもいいんだよ。オマエが出来ないことは、俺がやるから。俺がいるから、そのまんまでいいんだよ。その代わり、ちゃんと俺を頼れ。もう、ほっといてなんて、もう言うな……わかったな!」

 言われて気がつく。

 私はいつも困った時は彼を捜していた。彼がいたら、なんだかんだ言いながら私を助けてくれるのを無意識に理解していたように思う。

 意識してたわけじゃないけど、馬鹿にしているわけじゃないのを、私はちゃんとわかっていたんだろうと思う。

 他の子には優しいのを見て、私に向ける優しさと違うのを見て、惑わされて見えなくなっていただけだった。

「……うん」

 私は肯いて、彼の方に体重をかける。躊躇いながら、でも彼が手を離さずにいるから、同じように腕を彼の背中に回してみる。

 私に体重をかけられて、彼はしゃがんだ状態から腰を下ろし、私はそれまでよりもっと密着するように私は抱きしめられた。

「膝、痛い」

 膝立ちになった私が身をよじると、彼が怪我に気付いて、彼の膝の上に横抱きにするように体勢を整えられる。

「ちょ……っ、これ、恥ずかし……っ」

 逃げようとしたのを彼に止められた。

「ユウ」

 抱きしめられて聞いた彼の声は、思いのほか切なく聞こえた。

 私の頭は彼の胸に押しつけられるようにして抱きしめられている。だから、彼の顔を見ることが出来ない。

「お前は、俺が手伝わなくても大丈夫なのは知ってる。人に頼らず、全部自分で何とかしようとするヤツなのもわかってる」

 静かな声が彼らしくなくて、言葉を挟むことが出来なかった。

 買いかぶりだと思う。私は出来ないことはたくさんあって、その度に彼を頼ってしまっている。彼に怒って見せてるだけで、本当はすごく助かっている。私が自分で何とかしようとするのは、単に人に頼るのが下手なだけだ。

 私が首を振ると、彼から少し笑う気配がした。

「頼るのが苦手なのもわかってるけどな。でも、頼るのを当たり前とも思ってないだろ。頼っちゃいけないって、自分で頑張ろうとするユウが好きだ。でも、お前が困っていると俺は心配だし、はらはらするし、俺の心臓が持たないし。だから、俺はこれ彼も手を出すからな。いらないとか贅沢な文句、言うなよ」

 言葉は上からのくせに、ぐっと腕に力を入れて、少し震えたその声は、まるで縋られているようにも思えた。

 こういうところも、嫌いじゃない。ううん。好きだ。ついつい引いて、鈍くさくて、あまり人と上手く関われない私は、彼のこういうところに何度も助けられてきた。

 偉そうで、上から目線で、意地悪で、強引に、勝手に助けてくれる彼だからこそ、頼ることが出来た。

「うん、ありがとう」

 彼の背中のシャツをきゅっと握りしめて、自分の顔を彼の肩口に押しつける。

「わかれば、いいんだよっ」

 ぎゅっと抱きしめられて、私もぎゅっと抱きしめ返した。


「ほら、いくぞ!」

 私を先に立ち上がらせた後、彼が、手を差し伸べてくる。

 こんな事をされたのは初めてだった。

 繋ぐ事を期待されて伸ばされた手をまじまじと見つめる。

「なんだよ! 付き合うんだから、手ぇぐらいつなぐだろ!」

 そっか、付き合うんだ。

 気持ちを伝えあったんだから、彼の中ではもうそう決まっていたらしい。

 そっか、私達、恋人同士なんだ。

 彼が真っ赤になっている。きっと私も真っ赤になっている。

 怒ったみたいな顔をしている彼に、私ははにかんで肯くとそっと彼の手を取った。


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