ぐれるのって難しい。
続きの予定はありません。
不良になりたい真面目な女の子と、不良らしい先輩との出会いの一幕。
何もかもが嫌になって家出をした。
お母さんの顔なんて見たくなかった。声も聞きたくない。不快感と苛立ちと、追い立てられるような居場所のなさで、私を追い詰めていく。
衝動的に荷物をまとめて、家から……この居場所のない不安感から逃げ出した。
家を抜け出した興奮のままに夜道を歩く。歩いて、歩いて、駅に着くと終電に滑り込んだ。終点の一つ手前で降りると、見知らぬ街へと私は降り立った。
初めて降りる街。見知らぬ景色。
暗闇の中へと、私は足を踏み出した。
ギー、ギー、ブランコが揺れる。
なにげに歩き出して、駅のすぐ前にある公園にたどり着いてから、私は我に返っていた。
さっきのは終電だった。今更家には帰れない。帰る手段がない。
やばい。
我に返って胸が痛い。
ぐれてやる、とか思っていた。
今になってみれば笑えるけど、本気でぐれてやると思っていた。
私は頭を抱えた。
ぐれるってなんだよ。そもそも、何をしたらぐれることが出来るんだよ。夜中に徘徊とかたむろとかって、仲間もいないし、そんな事一緒にする友達とか皆無だし、不可能すぎる。ていうか、マジで夜中の公園、怖い。
泣きそうだ。
なんてハードルが高いんだ、ぐれるって。
生半可な根性ではぐれることすら出来ないというのか。
レベル高いよ、みんな………!!
以前は馬鹿にしていた「おちこぼれ」の人たちを、今は心底尊敬する。
ぐれるために必要な物に、どれも興味を感じない。たばこは臭いとしか思わないし、友達と深夜徘徊するには、そういう友達を作るというとてつもなく高いハードルが存在するし、その人達との共通する話題すらない。コミュニケーション能力がもしかしなくても私低いよね……!!なんでもないことに笑って、その場で夜中遅くまで会話するとか、なにそれ!!
私にはぐれる能力すら、なかった……!!
親とはなんか上手く意思疎通も出来ず、ぐれるにはそこに至る手段も方法も皆無。
もう、私、どうしたら……!!
ギー、ギーと軋むように響くブランコの音。そろそろこの音も怖くなってきた。
やばい、居場所がない。怖すぎてここはそろそろ精神の限界だ。
私は完全に涙目になっていた。
何もかもがハードルが高すぎた。
夜が怖すぎて、徘徊とか不可能であることがわかっただけでも、成果かもしれない。いや、全然嬉しくないけど。
その時、がさっと言う音と同時に、バキバキッと枝が折れる音がした。
「ひぃぃぃぃ!!!」
びくついていた私がそのまま雄叫びを上げたのはもう、不可抗力としか言いようがない。
なななななに?!
ブランコの鎖をがしっと握って、びくっとなった拍子に立ち上がり音のした方を振り返る。
そこには、何か大きな固まりがあった。植木の上に寄りかかっている。
え? なに? 動物? 犬とか?! でかすぎる、怖い……!!
怖いと思うばかりで頭が真っ白になって体が動かなくなった。逃げようとか、何かをしようとか思うすきもないぐらい真っ白だった。
目を見張るその前で、黒い固まりがもぞもぞと動く。
その度に私の体が反応してビクビクと震える。
「あ? なに、あんた」
不機嫌そうな威嚇するような低い声が突然にして、私は更にびくぅっとこわばる。
「みせもんじゃねぇよ」
不快そうな声がもう一度して、それが黒い固まりからしたことに気付いて、目を懲らした。そうして、ようやくそこにいるのが動物ではなく、………いや、動物だけど、人間だって事に気付いた。
「え? あ! す、すみません、大丈夫ですか!」
正体がわかったとたんほっとして、思わず歩み寄る。
例え人間でも、この夜中に茂みに倒れ込んで人を威嚇するようにしゃべる男が安全であるはずがないと気付くには、私も少々テンパっていた。
倒れた人を放置して、ビクビクしながらただ見ていたという、自分の、ちょっと人として反応がよろしくない部分だけしか気付いてなかった。
近寄ると、その男の人は茂みに倒れ込んでいた体制を立て直し、そのまま地べたに座り込む。股を開き膝を立てて座って、眉間に皺を寄せながら髪をかき上げ、睨むように私を見ている姿に、私はぴきんと固まった。
こ、これは、関わっちゃいけないやばい人の香り!!
でも、今更ここで逃げるのは、すごく失礼な気がする。気付いてなかったとかばれるの、ちょっと恥ずかしい。
訳のわからない意地が頭をもたげ、私は根性で、さっきまでの気遣う雰囲気を保とうと覚悟を決める。
こういう時、どうして訳のわからない意地を張って、変なプライドにしがみつくのかと、後日死ぬほど後悔するというのに、未だやめることが出来ないのは、自分が意地を張っていることにすら気付いていないからだ。もちろん、この時も、訳のわからないプライドを振りかざし、なんでもないふりして目の前の男の人に対応するため、引きつりそうな頬を必死で自然に見えるよう頑張りながら微笑んだ。
「怪我とか、ないですか?」
なんでもないふり、なんでもないふり。
座り方からして威圧感バリバリの男性は、見るからにぐれている人っぽい。
「何の用?」
吐き出すようにしゃべり、下から睨み付けるように威圧され、私は息を飲んだ。
「あ、あの……っ」
震えて言葉に詰まる。ちょっと怖い。ほんとはかなり怖い。
「あ?」
今、「あ」の右上に点々付いてた。怖くて私は完全に涙目だ。
逃げ出したい。逃げ出したいけど。
ふと後ろを振り返る。そこにあるのはおどろおどろしい、真っ暗な公園。ついでに風が吹いて、木々がざわざわなってる。怖すぎるよ、このシチュエーション。後ずさろうとしたタイミングでさっきまで座っていたブランコが「ぎぃ~~~~……」と、地味に嫌な音を立てた。
「た、助けてくださいぃぃぃ!!」
私は涙目でその音この人のすぐ脇に座り込んだ。
未知の物怖い。幽霊怖い。生身の人間最高!
シャツの裾をひっつかんで身を小さくする。
「夜の公園怖いです、ぐれるの無理です、うわぁぁぁん!!」
我慢の限界に来ていた私は、もう、訳もわからず、目の前の怖い男の人に縋って泣き出してしまった。だって生身の人間だもん!!
「はぁ?!」
叫び声が聞こえたけど、もう、パニックになってるから、ひたすら泣いて、その人のシャツの裾を引っ張って、それがすごい安心して、中身ごと引き寄せるみたいに引っ張りながら泣いた。
「なにわけのわかんねぇ泣き方してんだよ……!!」
堪えきれないという様子で彼がすごんだけど、夜の闇の怖さの前に、それすらも人の存在を感じさせて安心する。
「こわい~~っ」
震えながら縋り付くと、不意にぽんぽんと肩が叩かれた。
「わかった。わかったから泣くな」
あきれかえった声がして、縋り付く私の肩をぽんぽんと叩き続けてくれ始めた。
「あ、ありがとうございますぅぅ……ううぅ~~……」
それが、私の通う高校で不良と名高いらしいけど、結構面倒見のいい河野先輩と、地味で真面目でうじうじしながらいつかぐれるのを夢見る私との、衝撃的な出会いだった。
この後、「グレ方教えて下さい!!」と、弟子入り希望して、逃げる河野先輩と、意外と優しいのがわかって良い気になって追いかける「私」との恋愛物になると思われます。
真面目に書くと「私」の親子間のすれ違いと修復、河野先輩の自分の人生に対するいろんな事への諦めと、河野先輩が「私」の人生の中に見つける希望、それへの憧憬……みたいな話になると思われます。
そんなの恋愛濃度が低くなりすぎて(私が)面白くないので書きませんが。