婚約者探しのための夜会に、毎回義兄が保護者ヅラしてついてくる
シャンデリアの明かりがキラキラ光り、令嬢たちのドレスを華やかにして眩しい限り。今宵の夜会は王家主催のもので、会場の美しさもさることながら、参加者もとても多く、私の婚活にも気合いが入ります。
「シムネット侯爵令嬢、ぜひ僕とダンスを踊ってください」
茶髪で落ち着いた、真面目そうな方が声をかけてくれました。
「私でよろしければ……」
手を取ろうとすると、斜め後ろから声がします。
「君の名は?」
「ハリストン伯爵家の次男、トーマスです」
「次男……?」
ひぇっと小さく悲鳴を上げてトーマス様が去って行かれました。また、お義兄様が強く睨みつけたのでしょう。
「次男ごときで、俺のかわいいカレンを誘うとは許しがたい」
「お義兄様! もう、いつもいつも邪魔するのはやめてください」
お義兄様は、私に声をかける人が現れると邪魔をしてきます。目が少しキツめなものの、金髪碧眼という王子様系で目を引く容姿ですが、私に構いすぎていて遠巻きに見られているのを知っています。
私はシムネット侯爵家のカレン。両親を亡くして、今はお義兄様のオリバーと二人きりの家族です。
「義父上の代わりに吟味しなくてはいけないからな」
胸を張って堂々と語るので、頭が痛くなりそうです。私のためと悪気がないのが困ります。私は先日、夜会に出られる十六歳になったので婚約者を探したいのです。すでに五回目の夜会です。
私達兄妹が出会ったのは、私が六歳でお義兄様が十六歳の頃でした。お父様は、私の家庭教師を探しているときに知り合った女性——お義兄様の実母と意気投合し、後妻に迎えました。
私の本当のお母様は、産後の肥立ちが悪くて亡くなったそうです。
ところが、その二年後にお父様とお義母様は馬車の事故で突然帰らぬ人となりました。十八歳で侯爵家の責任を持つことになったお義兄様は、とても大変でした。
手伝えることがあればよいのだけれど、子供扱いしかされませんでした。
守られるばかりの私が嫁に出れば、お義兄様も楽になるでしょうか。早く結婚相手を見つけたいです。
そんなことを考えながら、飲んでいた果実水のコップをスタッフに返し、人が集まっているベイクウェル侯爵子息様のところに向かいました。目が合うとなぜかすぐに声をかけてくれました。
「君が先輩の子猫ちゃんか」
「え、子猫?」
「一曲踊ろう」
取り巻きを振り切るように、踊り始めました。
「お〜、こわっ。先輩が睨んでる」
言葉とは裏腹に、とても楽しそうです。
「先輩って言うことは」
「そう、僕は学園で二つ下だったんだ。学園で、君の自慢話を知らない者はいなかったよ。心配症の兄がいると苦労するね」
「お義兄様……」
「先輩が話していた通り、可愛いね。ねぇ、僕とつきあってみない?」
「ベイクウェル侯爵しそ……」
「エリック。そう呼んで」
「エリック様」
「うん」
曲が終わると、エリック様は髪を一房取り、キスを落としました。その優雅な仕草に、思わず見とれたのでした。
エリック様と別れると、すぐにお義兄様が近づいてきました。
「カレン、何もされなかった?」
「ダンスをしただけです。エリック様に失礼ですよ」
「名前……! エリック様だと?」
ちッッとお義兄様の舌打ちが聞こえます。何がそんなに気に入らなかったのでしょう。
「お義兄様、いちいち煩いですわよ」
お義兄様はショックを受けた顔をなさいましたが、知ったことではありません。
私はいまだに、お義兄様に振られたことを忘れていません。十歳の頃、お嫁さんになりたいといった私に、兄妹だからと言ったのは、紛れもないお義兄様なのです。
泣き出した私に何か言い募ろうとしていたけれど、そんなことは知らないし、今では血が繋がらない兄妹なら結婚できることを知っています。お義兄様は、お義兄様の意思で拒絶したんです。
私は今もお義兄様が好きなのに。
エリック様はダンスの時、つきあわないかとおっしゃいました。何か連絡が来るのでしょうか。ちょっと楽しみです。
翌日、ピンクの花束とともに手紙が届きました。
「昨夜のドレス、とても似合っていた。心に残ったので、その色の花を贈る。来週末の午後、開けておいてほしい」
そんなシンプルなメッセージでしたけれど、心がじんわりと温かくなりました。さすが浮名の多い方です。実際のところは知りませんけれど。
鼻歌を歌いながら花を活けていると、執務室から出てきたお義兄様に会いました。
「その花は?」
「エリック様から届いたんです」
「……良かったな」
なんとも複雑そうな顔で、お義兄様は声をかけてくれました。
「そうそう、お義兄様。来週末はエリック様と出かけてきます」
「え……?」
お義兄様から表情が抜け落ちました。そんなに驚くことなんでしょうか。
「エリックと……婚約するのか?」
「わかりませんわ。つきあおうと言われただけですから」
「つきあ……! 無責任な! カレンを弄ぶ気か」
今度は激高しだしました。お義兄様の表情が忙しいです。
「心配しなくても、段階を踏んでいるだけでしょう」
「わからないじゃないか」
「私は早く結婚したいのです。エリック様にその気がなければ、また次を探すだけですわ」
「な……」
お義兄様は言葉がでないようで、口をパクパクとさせています。そしてしばらくして落ち着いたようです。
「侯爵家のことは気にしなくていいから、カレンには好きな人と幸せになってほしい」
「お義兄様。一番好きな人と結婚できなければ誰でも同じですわ」
「カレン……!」
それ以上話したくなくて、自室に向かって駆け出しました。引きこもり成功です。
その日の夕食は部屋で取りました。
妹でしかないなら、お義兄様のお嫁さんになれないじゃないですか。
翌日から、お義兄様は何か言いたげに見ているのに話しかけてこないようになりました。ずっと家族でも、言葉にしないと何もわかりません。胸に重い塊がある気がしましたが、見ないふりをしました。
あれから、エリック様とは数度手紙のやり取りをして、あっという間にデートの日になりました。
「今日のワンピースも似合っているよ」
「ありがとうございます!」
迎えに来たエリック様が褒めてくれます。
植物園と街歩きをしようと提案くださったので、今日は軽めのワンピースにしたのです。
クリーム色で、控えめなフリルがついたワンピースで、共布の花のブローチが付いています。足元はたくさん歩けるようにブーツです。エリック様は生成りのシャツに黒のスラックスというシンプルな出で立ちでした。
エリック様と話していても、お義兄様は挨拶に出てきませんでした。先日から気まずいままなので、そのせいかもしれません。
「エリック様、兄が失礼ですみません」
「すごく面白いから、いいよ」
「面白い、ですか?」
エリック様の視線を追うと、隠れているらしい人影が見えました。まさかお義兄様?
いたずらが成功したような顔の、エリック様といい、どういう状況なんでしょうか。
それから、馬車の中で学生時代のお義兄様のことを聞きました。
とても努力家で優秀な成績だったこと。遠巻きにはモテていたのに、妹の話をしすぎて周りの女性からはドン引きされていたこと。
生徒会で副会長をしていて実は王子殿下とも仲が良かったこと。エリック様は一緒に生徒会にいたことがあること。
だからエリック様は、一度私に会ってみたかったそうです。
「いやぁ、実在しない妹だったらどうしようって言う人もいたくらい、いつも妹の話だったんだよ。実際はこんなに可愛いし、連れ出したら先輩がどうするか気になってさ」
「そうだったんですか?」
「それより、カレンは何か心配ごとがあるの?」
エリック様は人のことをよく見ています。それとも私がわかりやすいのでしょうか。優しさに甘えて、現状を話しました。貴族としては間違っていると思いますが。
「カレンは先輩が好きなんだろう? あ〜、振られちゃったなぁ」
「エリック様、全然残念そうじゃないです。それに結婚相手を探しているのも本当です」
「一度、きちんと今の気持ちを伝えてごらん」
まるで子供相手にするようにエリック様は、私の頭をなでました。年の差を感じて驚いてしまいました。やっぱり私はまだまだ子供なのかもしれません。
恥ずかしさと温かさを感じていると、エリック様がポツリとおっしゃいました。
「先輩にはたくさん世話になったんだ」
そうなんだ。と、エリック様の顔を見ると、とても懐かしそうな優しい目をしていました。
「さあ、今日は楽しもう。次があるかわからないからね」
そう言って手を差し伸べてくれるエリック様は、とてもカッコよかったです。
街歩きでは、普段できない買い食いをしたり、市場でアクセサリーを買ってもらいました。
「いいかい。今日だけでも目立つところにつけて」
可愛らしい花を模した銀細工のネックレスと、指輪を身に着けました。宝飾店にあるものとは違うけれど、とても可愛いです。焼き菓子屋さんではお土産を買って、そうして、夕食前には帰りました。
最近は部屋で食べていたのですが、久しぶりにお義兄様と夕食を取ることにしました。
「そのネックレスと指輪は?」
お義兄様はすぐに気づいたようです。
「今日の街歩きで、エリック様にいただいたのです」
今日話したことを思い出すと、自然に顔が緩みます。対して、お義兄様はとても悲しそうな顔で無理やり笑います。
「良かったな。エリックは良くない噂もあるが、だいたいが女性からの嫌がらせで、本当はいいやつだ」
「お義兄様……は、エリック様と仲が良かったんですね」
「ん?」
「学生時代の話を少しだけ聞きました」
お義兄様が、驚いた顔をなさいます。
「エリック様に、しっかり話をするようにと言われました」
これから言うことを考えると、お義兄様の顔が見られなくてうつむいてしまいます。手も震えてきました。
「カレン?」
「お義兄様は、六年前に私が告白したのを覚えていますか?」
だんだんと声が小さくなっていきます。でも言わなくてはいけません。
「いまでも」
息を吸い込んで、気持ちを奮い立たせます。
「いまでも、私はただの妹ですか?」
私は恐る恐る、顔を上げてお義兄様を見ました。
とても驚いています。そして、顔が赤くなって固まっていました。
目が合うと、慌てて席を立ちます。私のところまで来て、目線が合うように膝を落としました。
「カレンは六年前のことをどう覚えているんだい?」
「兄妹だからと言われて泣いたところまでですわ」
「そうだったね。泣いてしまって続きは聞いてもらえなかった」
もう食事どころではなくて、膝に置いた手をお義兄様がゆるく掴みます。
「続きがあったんですの?」
「カレンが大きくなったら、もう一度聞きたいと、兄妹でも結婚できることもあると言ったんだ」
「……聞いてませんでしたわ」
ずっと、拒絶されたのだと思っていました。手を掴んだまま、お義兄様が頭を寄せます。
「泣かせてすまなかった。遅いかもしれないけど、カレンを愛している……」
「……」
「どこにも行かないでほしい」
私は、驚きと歓喜で言葉が出ませんでした。ずっと妹としか見られていないと思っていました。
顔を上げていないお義兄様は、私が今どのような顔をしているかなど気づいてないでしょう。
「もうエリックと二人で出かけないでほしい」
次のデートはないだろうとエリック様はおっしゃられてたわ。
「エリックと出かけると聞いて……胸が苦しくて死んでしまいそうだった」
「お義兄様……」
「あいつがいいやつなのはわかっているけど、それでも俺のそばにいてほしい……」
とても苦しそうな声です。今まで傷ついたのは私だけだと思っていたけれど、そうではありませんでした。温かい熱が湧き上がってきて、爆発しそうです。
思わずお義兄様と繋いだ手に力を入れます。すると、やっと私の目を見てくれました。
「あの日を……やり直せますか」
「カレン、俺のお嫁さんになってほしい」
「はい、お義兄様のお嫁さんにしてください」
私の目には涙が溜まったけれど、それ以上にお義兄様が泣きだしてしまったので、びっくりして少ししか泣きませんでした。
後日、お義兄様は懐かしい話でもしてくると言って、エリック様に会いに行きました。シムネット侯爵領のお酒をどっさり携えて。
え? 全部は飲みませんわよね?
そして、エリック様から『幸せに』と白い花束が届きました。簡潔なメッセージが彼らしいです。文字をなぞりながら顔がほころぶのを感じました。彼は私にとって救世主でした。感謝してもしきれません。
花を飾っていると、優しい目でお義兄様が見ていました。
「もう夜会には出なくていいだろう?」
「お嫁さんとして紹介してくれないのですか?」
「……カレンが、俺を名前で呼べたら考える」
「お……」
お義兄様が、私の顎に手を添えて見つめてきます。
「お……」
顔が近づいて、口を塞がれてしまいました。オリバー様と言えなくて、ホッとしている自分と、遮られてムッとしている自分がいます。
「まだまだ、夜会はお預けだ。それに学園で友達を作るのも社交のうちだよ」
保護者だったお義兄様は、旦那様になりました。侯爵夫人のお仕事も教えてもらえることになりました。
ただ、結婚式は卒業後にすることにしました。話し合って学園は通い切ることにしたのです。もう、行き違うことがないように、ちゃんと話し合うと約束したのです。
だから、勉強も頑張って友達をたくさん作りたいです。
「行ってきます、オリバー様」
「か、カレン!」
鏡に向かって練習したかいがありました。
「もう一度!」
お義兄様は、抱きしめてくれたあと、急に抱き上げてぐるぐる回り始めました。
「ちょっ、苦しいですわ、お義兄様!」
彼は、止まったかと思うと、ぎゅっと抱きしめて、耳元で「あぁ、戻っちゃったか。また頼むよ」と小さく笑いました。
それから、そっとキスを落として、馬車に乗せてくれました。
「身を乗り出さないで、気をつけて行っておいで」
「お、オリバー様、行ってきます」
呼び名を変えるのは、照れるし慣れないけれど、満面の笑みのオリバー様を見ると頑張ろうと思います。
私、お嫁さんになれて幸せです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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