第一話 孤独な天才、魔界に降り立つ
人は、生まれる家を選べない。
それが理解できたのは、『蘇芳 影二』がまだ幼い頃だった。
旧家として知られる蘇芳家。その次男として生まれた影二は、周囲から見れば恵まれた存在だった。成績は常に首位、運動神経も抜群。教師からも一目置かれ、同年代の中では群を抜いた才能を持っていた。
だがしかし…家の中に、彼の居場所はなかった。
「兄さんは体が弱いんだから、影二は我慢しなさい」
それが、両親の口癖だった。
病弱な長男 『雄一郎』…両親からの愛情と感心はすべて兄に注がれ、影二の成果は「できて当然」で片づけられた。褒められることも、労われることもない。
努力は報われず、存在は評価されない。
気づけば影二は、人と距離を取ることを覚えていた。
(……別に、期待されなくてもいい)
そう思うことでしか、心を守れなかった。
その日も、特別なことは何もないはずだった。
夕暮れの帰り道。人気のない神社の境内を通り抜けようとした時、不意に足元の地面が淡く光った。
「……え?」
次の瞬間、視界が白に染まる。
耳鳴り。浮遊感。重力が消え、体が引きずられるような感覚。
そして。
「……ここは……?」
影二が目を開けた先にあったのは、巨大な玉座の間だった。
赤紫の絨毯、天井まで届く黒曜石の柱。空気そのものが重く、濃密な“何か”が肌を撫でる。
人ではない存在が、そこにいた。
「成功……した、のか?」
低く、威厳に満ちた声。
玉座に座るのは壮年の男、驚くことにその風貌は恐ろしいものであった
頭には二本の角、尖った耳、血のような赤い瞳、ギザギザした歯、その姿は正に”悪魔”と呼ぶべき存在だった。その周囲には、五人の少女たちが並んでいる。
「……人間?」
誰かが呟いた。
影二は息を呑んだ。
(夢……じゃない)
現実だと、肌が理解していた。
「聞け、人間」
男が立ち上がる。
「ここは『魔界』。そして余はこの魔界を統べる”第十八代 魔王”である」
理解が追いつかない。だが、次に告げられた言葉は、さらに常識を破壊した。
「よく聞け人間よ、貴様は…我が魔王家に伝わる『婿選びの儀』によって召喚された存在だ」
「……は?」
思わず声が漏れる。
魔王は続けた。
「魔王家に代々伝わる秘儀『婿選びの儀』…それは我が娘たちに最も相応しい“婿”を選び、召喚する儀式」
ざわり、と空気が揺れた。
「だが……」
魔王の目が、影二を射抜く。
「この儀式で“異界の人間”が召喚された例は、前代未聞だ」
五人の少女たちの視線が、一斉に影二へ向けられる。
「へぇ……この子が?」
赤髪の少女が、楽しげに微笑む。
「細っこいけど、面白そうじゃない?」
「人間だと? 冗談だろ」
紫髪の長身の少女が、腕を組んで睨む。
「理論上は……あり得なくもないですが」
青髪で眼鏡をかけた少女が、興味深そうに呟く。
「んー……ぼく、むずかしくてよくわかんない」
黄色い髪の少女は、緊張感なくぽわぽわしている。
「ちょっと! なんでこんなのが!?」
ピンク髪の少女が声を荒げた。
混乱する影二に、魔王は重く告げる。
「人間よ。貴様には選択肢はない」
影二の喉が鳴る。
「貴様は選ばれたのだ!我が娘たちの婿となるか!?」
その瞬間、影二の胸に浮かんだのは恐怖ではなかった。
…どうせ、元の世界に戻っても。
期待されず、必要とされず、名前だけの存在。
(……それなら)
影二は、静かに魔王を見返した。
「……僕は」
To be continued...




