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信じることの大切さ

作者:
掲載日:2025/12/03

「ごめん、少し遅れる」


結衣からのメッセージがスマホに表示された。いつもの通り、短くてシンプルな言葉だけど、その一言がなんだか胸に重く響いた。


 私は待ち合わせのルーンカフェの窓際で、マグカップの縁を無意識に指でなぞっている。

約束の時間から、もう20分も経っているのに。


 外では茜色の夕日がガラス越しに差し込んで、テーブルの上にオレンジと紫のグラデーションがきれいに広がっている。

でも、その美しさとは裏腹に、なんだか虚しく感じてしまった。

見た目だけじゃなくて、胸の中にひんやりとした不安が広がっていた。


 最近、結衣と何かが変わってきた気がする。

些細な喧嘩が増えて、LINEの返信もなんだか遅くなっている。

今はただ、結衣の顔を見るのが少し怖い気がする。


 ため息をついて、ふと窓の外に目をやった。

駅前のロータリー。そこには、いろんな人たちが行き交っていて、その光景がなんだかすごく鮮明に目に入ってきた。

結衣だ。間違いなく。柔らかなブラウンの髪、あの日、今日はそれを着るって言ってた薄いブルーのスカート。

そして、その隣には、見覚えのない男が立っていた。


 結衣は、その男と顔を寄せ合って、すごく楽しそうに笑っている。

あんなに心から笑った顔、最近、結衣には見せてもらっていない気がする。

その次の瞬間、結衣が男の腕に、自分の腕をそっと絡ませた。

なんだか、あまりにも親密すぎる仕草で、私は動けなくなった。


 心臓が、まるで誰かにグッと鷲掴みにされたみたいに、一瞬で冷たくなった。

その瞬間、体全体が凍りついたような気がして、手のひらが冷汗でじっとり濡れていく。


 目の前の光景が、まるで映画の中みたいにスローモーションで流れている。

頭の中で、「メッセージは嘘だったの?」という疑問が浮かぶけど、すぐにそれを否定する自分がいる。

あんなに結衣は優しかったのに、まさか、そんなことがあるなんて、信じたくなかった。


夢であってほしいけど、見てしまった。

あんなに笑っている結衣と、その隣の男の人。

どれだけ私がこの目を信じたくなくても、現実はそこにあった。

全身の血が一気に引いていく感覚が、足元から膝まで一気に広がって、ふわりと浮いているような不安定さを感じていた。


 胃の底からせり上がってくる熱い塊。何もかもがぐちゃぐちゃになって、息をするのも忘れそうになる。

どうしてこんなに心が痛いんだろう。結衣は私の目の前で、他の誰かと親しげにしている。

それだけで、私の世界が簡単に崩れ落ちていくような、そんな感覚に襲われた。

その瞬間、胸の奥からぽたぽたと音が聞こえるようだった。それは、私の心が壊れていく音、ただそれだけだった。

もう死にたい…どうして…どうして…その言葉だけが頭の中でリフレインしていた。


 私は会計を済ませ、震える足でカフェを出た。

手にした財布が妙に重く感じる。心臓の鼓動が耳の奥で響いて、足元がふわふわと定まらないまま、ロータリーを横切った。

結衣と男の姿は、もうどこにも見当たらない。あんなに鮮明に見えたはずなのに、今となっては、空気の中に溶け込んでしまったようだ。


 ただ、ひとつ確かなのは、この場所で私の大切なものが壊れてしまったという事実だけ。

それが、夕焼けに照らされたアスファルトの上に、どっしりと重く、現実としてそこにあった。

足を止めると、夕日が私の影を長く伸ばしていたけれど、その影さえも今は無意味に思えた。


 何もかもが、ぽっかりと空いてしまったように感じる。

心の中で、何かが溢れて落ちていく感覚がする。けれど、その音は誰にも届かない。たったひとりで感じるその痛みが、胸を締め付ける。


 夜、結衣が「ただいま」とドアを開けた瞬間、私はリビングのソファから立ち上がることなく、

ただ静かにその音を聞いていた。


「あれ、綾?どうしたの、電気もつけずに」


 結衣は軽い調子でそう言って、私の隣に座ろうとした。

けれどその瞬間、私は立ち上がり、冷蔵庫の横に移動した。一歩、彼女から遠ざかるように。


「どこ行ってたの?」


私の声は、自分が思っていたよりずっと低く、乾いたものだった。

まるで喉が締まって、言葉を絞り出すのがやっとのように。息をするのも、まるで重いものを背負っているかのように、苦しかった。

胸の中で何かがひたすらに押し込められていて、言葉にならない想いがこみ上げてくる。

まるでその感情が、喉元まで来ているのに、どうしても外に出せないような気がした。

結衣は少し驚いたように目を丸くしていた。


「え?メッセージ送ったじゃん。バイト先の友達と急に相談乗ってって言われて。今日提出の企画書、手伝ってたんだよ」


「嘘ばっかり」


私は顔を上げずに言った。結衣の表情は見たくなかった。

見てしまったら、この怒りの感情が涙に変わりそうで、怖かったから。


「は?何よ急に。嘘って、どういうこと?」


 結衣の声には、いらだちが混じり始めていた。

それが、私の胸にさらに重くのしかかる。


 私は深呼吸をして、気持ちを落ち着けようとした。

そして、今日目撃した光景を、一言一句、感情を乗せずに吐き出した。


「駅前のロータリーで見た。男の人と腕を組んで、すごく笑ってた。誰なの、あれ」


 結衣は一瞬、言葉を失ったようだった。

けれど次の瞬間、私を突き刺すような鋭い声を発する。


「私を疑ってるの?そんなふうに思うなんて、どうして信じてくれないの?」

その言葉が、私の胸の奥で何かを引き裂いた。私はその視線に、必死に耐えながら言う。


「信じたいよ!信じたいけど、あの光景をどう説明するのよ!」


感情が爆発した。今までずっと抑え込んでいたものが、一気に堰を切ったように溢れ出す。


「最近、全然私を見てくれない。いつもスマホばっかり。会っても上の空で、喧嘩ばっかり。それで、今日は男の人と二人で腕組んでた!どうして私が笑ってられるのよ!」


 私の叫びに、結衣は一瞬言葉を失った。

その静かな間に、胸の中で波が荒れ狂って、涙が滲んだ。

でもその後、結衣は深くため息をついて、目を閉じた。その表情には、疲労と、そして何かを諦めたような色が浮かんでいた。


「……勝手に勘違いして、勝手に怒鳴って、自分の思い通りにならないとすぐヒステリックになるの、もう嫌だよ、綾」


 その言葉が、私の胸をズドンと打ち抜いた。まるで心臓を抉られたような痛みが広がる。


「なに、それ……」


「わかった、綾。もういい。でも、あの人のことは、あなたには関係ない」


 結衣はそう言い放つと、自室にバタンと乱暴にドアを閉めた。

閉じたドアが、私の心の中で決定的な線を引いたように感じた。

「関係ない」その一言が、身体の芯まで冷やす氷の刃となって、私を切りつけた。

私は、その場に崩れ落ちたまま、涙だけが止まらずに流れ、視界を歪ませた。

もう、全てが終わりだと、そう思った。


 翌日、結衣は家を出ていった。最後に残されたのは、リビングのテーブルに置かれた小さなメモだけ。

「駅前のルーンカフェに来て。話す」震える指でメモを握りしめ、指定されたカフェに向かった。

昨日私がいたのと同じ席に、結衣がいた。


「あのね、綾。昨日の男の人、誰だか教えてあげる」


 結衣は、そう言うと、持っていたスマホのギャラリーを開き、私に画面を向けた。

その表情は、私を責めるでもなく、むしろ何かを説明することに疲れているように見えた。


 スマホの画面が目の前に差し出されると、そこに写っていたのは、昨日私が見た、あの男だった。

目を凝らしても、もう間違いなくその男だと分かる。そして、その横には、結衣が写っていた。


何度見ても息を呑んで、目の前がぐらつく。 心臓が一拍、止まったような気がした。

信じられない。 どういうことなの?


「私の双子の姉の、和歌(わか)。そしてその隣が、姉の婚約者の真一(しんいち)さんだよ」


「え?」


 私の声は、まるで別人のように震えていた。頭の中がぐるぐると回り、混乱していく。

あんなに強く感じた不安は、ただの勘違いだった?

双子の姉?

そういえば私、結衣の家族知らないかも


 私の頭は完全に停止した。情報が、意味をなさず、ただの音の羅列となって耳を素通りしていく。

まるで現実がぐちゃぐちゃに絡まって、何が本当で、何が嘘なのか分からなくなったかのようだった。


「でも、腕を……腕を組んでた」


その言葉が、まるで抑えきれない感情を無理に吐き出すように、私の口からこぼれた。目の前の現実があまりにも理解できなかったからこそ、頭の中で何度も繰り返していたことを、つい言葉にしてしまったのだ。


「婚約者だもん。当たり前でしょ」

結衣は、静かに口を開いた。


 その言葉が私の中で小さな衝撃を引き起こした。まるで、心の中で何かがひっくり返るような感覚がした。

結衣は深いため息をついた後、静かに、でもしっかりとした口調で言い切った。

その言葉は、私を責めるのではなく、冷静に事実を伝えようとしているように感じた。


「あれはね、後で姉さんに確認したの。姉さんと真一さんがデートしてたんだって。それを綾が見て、私と間違えたんだよ」


 結衣は、私の目を見た。その目は、昨日私が流したはずの涙を、今、代弁するように潤んでいた。


「私は、あなたを裏切ってない。ただ、綾、駅前で私だと思って見た女性は、私の双子の姉の和歌だったの。私はその時間、本当に別の場所にいた。そして、あなたは姉と婚約者を私と浮気相手だと決めつけて、私を責めた。私は現場にすらいなかったんだよ」


「えっ……じゃあ、あのメッセージは嘘じゃなかったの?」


「嘘じゃない。バイト先の後輩に急に相談に乗ってほしいって言われて、相談に乗ってたんだよ。本当はここにしたかったんだけど、綾もここにいるから変更したの。綾がいると私、気になって相談に集中できないと思ったから」


 結衣だと思ったのは、お姉さん。

彼氏だと思ったのは、お姉さんの婚約者。

浮気だと思ったのは、二人のデート。

あの腕を絡ませる仕草も、婚約者だから当たり前の自然な行動。

ああ、全てが、全てが私の一方的な妄想と身勝手な思い込みだった。


 穴があったら入りたいって、こういうときに使うんだっけ。

結衣になんて言えばいいのか、全然思いつかない。

でも、心の中でわかってる。ごめんなさい。

こんなに不安で、自分の気持ちばかり優先して、結局、結衣を傷つけてしまった。


まるで心臓が握りつぶされるような激しい後悔が、全身を駆け巡った。愛する人を信じられず、その事実を確認することすら恐れて、自分の不安という刃をただ彼女に突きつけただけだった。


「ごめん、なさい……」


 今度は、心の底から、自然に謝罪の言葉が湧き出てきた。

結衣は静かに、テーブル越しに手を差し伸べてきた。


「私を信じてほしかった。それだけだよ、綾。あなたが信じてくれれば、こんな喧嘩、しなくて済んだのに」


 私はその手を、震える指で握りしめた。握りしめたのは、結衣の手だけでなく、私が傷つけてしまった私たちの関係を、少しでも元に戻したいという気持ちだった。


「私、結衣が大切すぎて、失うのが怖くて……。自分のことしか考えてなかった」


 顔を伏せて泣いた。茜色の光が、今度は、誤解ではなく、二人の間に残された、小さな、しかし深い傷跡を優しく照らしていた。


 結衣は、私の謝罪を受け入れ、私たちは静かにカフェを後にした。二人で歩く夜道は、いつもよりずっと長く、重く感じられた。


「もし、また私を見失いそうになったら、その時は、ちゃんと私に聞いてね。答えられることは、全部答えるから」


 結衣は、そう言って、優しく私の頭を撫でた。その手の温かさが、私の心を少しずつ溶かしていくのを感じた。

その温かい手に、私は、もう二度と、こんな馬鹿げた誤解をしないと、心の中で固く誓った。


 私たちはしばらく黙って歩きながら、家へと向かった。

夜風が少し冷たく感じる中、足音だけが静かに響く。

家の前に着くと、結衣は私の手を握ったまま、無言で玄関の扉を開けた。


 家の中に足を踏み入れると、いつもの静けさが迎えてくれる。リビングのソファに腰を下ろすと、私達の間には言葉がなかった。

心の中でぐるぐると回る気持ちを、何から話し始めればいいのか分からないまま、ただ目の前の現実を受け入れようとしていた。


 結衣が私の頭を撫でてくれる手の温もりは、安心感を通り越して、胸を締め付ける痛みだった。

自分がどれほど浅はかで、結衣を深く傷つけたのかを改めて突きつけられる。


「結衣……ごめん。本当に、ごめんなさい」


 私は結衣の手を両手で握りしめ、顔を上げずに震える声で繰り返した。


「もういいよ、綾」


 結衣はため息をついた後、私から手を離さず、そっと私を抱きしめた。リビングのソファの上で、彼女の柔らかな髪の香りが鼻をくすぐる。


「ただね、綾。あなたが私を信じてくれなかったことが、一番辛かった」


 結衣の声は、怒りではなく、疲労と悲しみに満ちていた。

私は結衣の肩に顔を埋めたまま、必死に言葉を探した。


「私、最近の結衣が、ちょっと遠くにいる気がして……。なんか、私から離れていってしまうんじゃないかって、勝手に怖くなっちゃって。だから、あんな光景を見たら、もう、頭が真っ白になって、全部現実だって決めつけちゃったんだ」


「遠く?」


 結衣は抱きしめる力を少し緩め、私の顔を覗き込んだ。


「う……ん」


「ごめんね。最近、家族のことがあって、連絡を取ることが多くて、ちょっとバタバタしてたのは事実。それに、私はあなたの前では、いつも完璧でいたいって思っちゃうから、自分が抱えてる不安なこととか、家のことを話すのが下手になってた」


 結衣は、私の頬に触れ、親指で涙の跡をそっと拭った。


「私が勝手に抱え込んで、あなたが寂しい思いをさせていたのは、私のせいだよ。ごめんね、綾。もっと、ちゃんと話せばよかった」


 結衣が自分を責めるのを聞いて、胸が痛んだ。違う、責任はすべて私にあるのに。


「違う、結衣のせいじゃない。全部、私が見た状況だけで判断して、勝手に妄想して、押し付けて……浮気だなんて勝手に思い込んで……私の不安をきちんと相談したら、なんてことなかったのに、私」


「ねぇ、綾」結衣は私の言葉を遮り、両手で私の顔を包み込んだ。


「聞いて。私が愛してるのは、綾だけだよ。他の誰でもない。あなたが不安になるようなこと、絶対にしない。約束する」


 結衣の瞳は、まるで昨日見た茜色の夕日のように、深く、そして真剣な光を湛えていた。

その視線に、私の心の奥底にあった冷たい不安の塊が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。


「私、結衣が信じられなくて、すごくひどいこと言った。もう、別れようって言われるかと思って、本気で怖かった」


「別れないよ」


 結衣はきっぱりと言い切った。

何でそんなはっきり言えるの?

私は聞きたいけれど声にはならなかった。


「私があなたを好きになったのは、あなたの少し不器用で、感情的なところも含めてだよ。少し誤解しやすいけど、それだけ私を真剣に見てくれているってことなんだって、今はそう思えるから」


 結衣の言葉に、私はまた涙腺が緩むのを感じた。


「ありがとう、結衣。もう二度と、今日のことを忘れない。どんなことがあっても、まず結衣を信じる。それが、私が結衣を愛してるってことの証明だよね」


「うん」


 結衣は、静かにうなずいた。


 そして、私たちの距離は自然と近づき、唇と唇がそっと触れ合った。涙で少し塩辛い、でも、とても優しいキスだった。

そのキスは、昨日までの冷たい溝を埋め、私たちを再び、確かな愛で結びつけるものだった。温かな手のひらに触れる感覚が、私の胸の中に広がっていった。

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