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本論

日本文明が世界文明の中で新しい動きを見せ始めることを期待して書きました。

思いくそ、大げさです。

自民党の総裁選で高市早苗が勝利しました。

これでほぼ彼女が新首相の座に就任することが内定しました。

これは日本史において決定的な重要性を持っていると考えます。


日本神話における最高神は、女性太陽神である天照大神です。

これは現代世界における宗教事情の中では極めて異例です。

日本しか存在しないと言って過言ではないでしょう。


現代天皇家が天皇位を保持できるのも、最高神の直系の子孫だからです。

征服王神武の子孫だからではありません。

もしそうならたとえばトランプが日本を征服してしまったら、日本人はトランプ天皇に仕えるべきだとなってしまうでしょう。

習近平が日本を征服したら、習近平天皇に仕えるのか。


力で押さえつけるのでは、正統性には届かない。

「与える愛」を女性太陽神は体現している。

このことが重要です。

こういう存在を古代日本人は崇敬したわけですね。


3世紀の時代に邪馬台国卑弥呼の名が登場します。

これが大和朝廷に直結するのかどうかは意見がさまざまですが、少なくとも日本の有力首長の一人であったのは間違いありません。

風土記や神武東征伝説の中にも女性首長の名がいろいろ出てきます。

大和朝廷でも神功皇后が特筆すべき偉業を成就させていました。

古代日本では女性がトップを務めるのは必ずしも拒まれていませんでした。


しかし「女性でも構わない」というのと、「女性こそが至高である」というのでは大きな違いがあります。

アマテラス神話は明らかに後者です。

天岩戸神話が、女性神でないと成立しないのは明らかですね。

日本の古代人が後者寄りで考えていたのはほぼ確実です。

国家成立期に戦争が頻発することで、男性権力が一気に進展したのだと思います。


卑弥呼時代にすでに、男王の時代に国が乱れたので、みんなを納得させるために卑弥呼を女王にしたと語られています。

これは飛鳥・奈良時代に、白村江の敗戦や壬申の乱という国家危機が相次いで、女帝の時代と呼ばれるような女性天皇が輩出する時代を生んだことに相似しています。


記紀神話でアマテラス神話がまとめられたのもこの時代のことです。

しかしトップが女帝だからと言って、それだけで最高神を女性にするはずもない。

はるか上代から続く、「与える愛を体現する存在」への帰属意識が社会に強かったわけです。

1300年前には、それで日本国家がまとまろうとしていた。

この事実が重要であるかと思われます。


しかしこの路線は結局は挫折を余儀なくされました。

当時、大陸・半島では何百年も動乱が続いていて、大量の帰化渡来人がやってきていました。

彼らの勢力が中心になって唐風の律令国家を作り上げると、それが日本古来の価値観と衝突してしまうわけです。

このゴタゴタを調整するために奈良・平安初期は戦争に明け暮れたりしています。

税が高くて行き倒れが増えたり、集めた富を奈良の大仏などで顕示的消費している。


この混乱は、東北の蝦夷戦争終結で一区切りがつきました。

国内の大規模戦争に備える必要がなくなったのですね。

そこで路線闘争も終結して、男の天皇が、男なのに「与える愛を体現する存在」を演じるようになったわけです。

おおむね嵯峨天皇の時代です。

ここからが日本史を通貫する本当の天皇制のスタートとも言えると思います。

約1200年前ですね。


当時の日本には宗教的天才の空海がいました。

彼は日本列島にマンダラ宇宙を重ねることを始めた。

アマテラスと大日如来は神仏習合の同じ存在と唱えた。

これで日本の国家体制は1000年余りの安定を得ました。

これが破壊されたのは明治の廃仏毀釈で、これは大いなる愚行だったとぼくは思っています。


ともあれ日本国家は千年、律令国家とマンダラ国家の二本立てでやってきました。

武家が台頭して幕府を作るようになると、律令国家の空洞化が進んだ。

しかし幕藩体制はマンダラ国家の近世スタイルとも言えて、地方分権化で地方文化が大いに賑わった。

これが現代日本の文化の豊穣さを支えているわけです。


明治維新というのは律令国家の再興を主張して、分権から集権へ大きく舵を切り直しました。

これに大きな影響を与えたのが、中華思想の朱子学でした。

それともう一つ、近代国家思想です。

マンダラなんて寝ぼけたことを言っていないで、集権して力を溜めて、富国強兵で周辺国を支配してしまえという思想です。

これが暴走したことで太平洋戦争の敗北に至った、ある意味罪深い思想です。


律令国家と中華思想は、ある意味根っこが共通です。

だから古代日本の「女性ベースの平和志向」が理解できなかった。

そちらは仏教と融合して、観音菩薩や地蔵菩薩として人前に現れることが増えていた。

二本立てで日本はやってきていた。

女性はそれなりに尊敬されていたので、今でも家庭の財布の紐は女性が握ることが多い。


明治維新は、その二元論の一方を否定してしまったわけです。

これには西洋の一神教のマッチョな最高神の影響が大きかったと思います。

中華と西洋の影響はマッチョ志向に走る。

日本本来の女性尊重路線は、江戸の大奥解体後は、とんと存在を認められなくなりました。

男は、家の外に七人の敵がいるとか言って、苛烈な暮らしを始めることになった。

女は、家に閉じこもってそこを守ってくれ。

これが近代日本の論理になってしまった。


そこからいろいろあって現代です。

家は、固有の意味を大きく縮減してきました。

子供の教育は、大部分を学校と、副次的にマスコミに奪われてしまいました。

親の影響力なんて、わずかしか残っていません。

家事労働も電化の影響で縮減したので、女は家でやることがなくなって、外で働く時代になりました。


男は、戦争は悲惨さの割には勇敢さのアピールができなくなったのでコストに見合わないと忌避されてきました。

肉体労働も減ってしまって、大半が知的労働で入れ替わってしまった。

すると、女がやっても似たようなことができてしまうし、むしろ女の方がうまくやるまで増えてきています。

こうなると男女同権が当たり前になってしまう。

今までどうして分かれていたんだろう。

これが現代的風景ですね。


西洋にもかつては「固有の女性文化」がありました。

これを大々的に叩き潰したのが、宗教戦争時代の「魔女狩り」ですね。

これはどうも背景に、コロンブス以降の新大陸発見があったようです。

伝染病でインディオ達が激減したので、ヨーロッパ人はただで宝の山を手に入れてしまった。

マッチョな男たちは、これを奪い合い殺し合いを始めた。

邪魔な平和志向の文化は弾圧して黙らせてしまえ。

これが西洋近代500年の本質であったようです。


アメリカ大陸を隅々まで奪い尽くして太平洋に進出する。

そこで邪魔な日本がいたので太平洋戦争で撃破する。

すると今度はソ連や中国が敵に回る。

近代以前の劣等感を晴らすべく中東にちょっかいを掛けてぐちゃぐちゃになる。

そんなこんなで新大陸のボーナスを使い果たしてきた。

これが現在の状況ですね。

最初に楽をしすぎたので、強気強気の癖が抜けない。


ここではマッチョで強気でないと尊敬されないので、女性文化のマッチョ化が大いに進んでしまいました。

この影響を世界中にまき散らしているのが現在ですね。

しかし日本あたりには、古来の二元論の名残がまだかなり残っています。

男女の棲み分けを優先しようというのは、マンダラ思考の影響もありそうです。


日本の現在のメインカルチャーは、官僚制です。

これは学歴エリートが上に行き、国家と、それよりは弱い形で企業社会を形成している。

女性はここでは冷や飯を食わされてきました。

男の世界だからです。

棲み分けしている女の世界があるんだから、女はそこでやっていけと言うわけです。

これが古来の二元論の名残ですね。


今の日本の女は、ここで首をかしげざるを得ない。

かつての「女の世界」は「家」がかなりを占めていたけれどすっかり空洞化してしまっている。

豊かな「専業主婦」であれば「女の社交」を楽しんでいればいいけれど、それ以外の場には「女の立つ瀬」がほとんど残っていない。

何をしろというのか。

企業社会の冷や飯働きと、「家の残骸」のメンテナンスでもしろというのか。


西洋の女はここで覚悟を決めてNoを突きつけるようになりました。

あるいは、男以上のマッチョさを発揮するようになった。

戦争や体力バカにはできない領域で、過激な論理を駆使してみせるようになった。

これが現代リベラルの風潮です。

男は逆らうと怖いのでへいこらしている。


日本の女の多数は、これをあまり好きではない。

他の「女の選択肢」があるからですね。

古来の「女の尊厳」がまだ残されている。

それをどうにかして現代化できないかと考えて実践をしている。

この試行錯誤は不満に満ちていたけれど、ついに政治のトップに高市早苗が躍り出て見せた。


日本のリベラル野党の女性政治家は、基本西洋の女性リベラルの物真似です。

向こうではこうだからこちらでもこうあるべきだ、みたいなことしか言えない。

彼女らの「女の尊厳」とは、「男の尊厳」に追いつき、場合によっては追い抜かすことでしかない。

独自で固有の「女の価値観」というのは、あってはならないものになってしまっている。


高市早苗の世界では、「女の尊厳」は男とは違う形で存在することに確信を持っている。

古来からの「女の在り様」を突き詰めながら、ついに政界トップに躍り出てしまった。

これが可能だったのは、現代日本の「男の世界」もまた、古来からの「男の在り様」の延長上にあったからに他ならない。

古来の二元論の延長で主張されると、自ずと好き勝手ばかりには振る舞えないわけです。


しかし明治以降の日本女性は、この「古来からの女の在り様」から断絶されることが多かった。

高市は、足元に古代が眠る奈良県出身で、大学を過ごした阪神地方も日本では例外的な女系文化を保存してきた実績がありました。

それが断固とした内的確信をもたらしたとは思われますが、それを用いて現代東京で筋を通して成り上がるのは、とてつもない苦労だったと思われます。


しかして、ここで突破口が一つ示されたからには、日本近代160年の呪縛が解けたでしょう。

それは律令国家1300年の呪縛でもあった。

飛鳥の女帝が夢見た、日本古代のアマテラスの原風景が開かれてくる。


これらの呪縛は、古くは中華の男系文化であり、新しくは西洋の男系文化の影響でした。

これらに対して、アマテラスの原風景とは女性の尊厳に満ちている。

神仏習合の千年は、これらの両立を図る試行錯誤を多く含んでいた。

それはたとえば平安女流文学であったし、菩薩信仰であったり、大奥の特権的空間であったりしたわけです。


現代日本の圧倒的世界人気を獲得したサブカル業界も、新たな「女の尊厳」獲得の主要舞台になっています。

コミケのサークル参加者は、おおむね2:1の比で女性が多いと聞く。

男性名義や性別不詳の中性名義で活躍する女性マンガ家が実はウジャウジャ存在しているようです。

低収入で有名なアニメ業界もこうした女性クリエイターが縁の下の力持ちで支えています。

真の才能を持つ優秀な人材は、男社会の下働きよりもこちらを選んでいるのではないでしょうか。


ネットの異世界小説の世界では、当初のヒロインは男に都合のいい「聖女」タイプが多かったです。

それが今では「悪役令嬢」のオンパレードになっている。

中華由来、西洋近代由来の、男権的価値観からはるか離れた世界の探究が、ここ数十年続けられてきました。


大人しく日常世活に埋没して見えている一般女性も、これらの読者として時代の流れに乗っかってきている。

これらはどんどん新しい境地を生み出している。

途方もない深みとバリエーション。

そのごく一部の上澄みが日本サブカル人気として海外から評価され始めた。

今や日本の基幹産業の一つにすら格上げされてきている。


実はこれらは、古代日本の女性太陽神にして最高神のアマテラスの系譜に乗っかっているわけです。

彼女は、天岩戸で、元祖「引き籠もり」をやっていたことでも有名です。

マッチョではなく、人間味にあふれた最高神。


この最高神を岩戸から誘い出したウズメノミコトは、ある意味アマテラスの分身に近い存在です。

裸体をさらして踊る女神。

彼女は天孫降臨に随伴して、国津神系統の太陽神とおぼしきサルタヒコと婚姻しています。

このカップルが後世、オカメ・ヒョットコに転じて、日本サブカルのルーツの一つとなった。


高市早苗首相の誕生は、現時点では安倍首相以来の保守政治の続きとしか意識されていない。

しかし西洋近代の終焉や世界史的文脈から眺めるときには、全く違う絵面が浮かび上がってきます。

彼女は地味に目立たないところで展開されてきた、古来の女性文化の再構築に大きな刺激を与えることでしょう。

世界で男性配下におさまらない女性文化は希少極まる。

それが一気に大浮上するのではないか。


ぼくはこの事態を称して「アマテラス維新」と名付けたい。

明治維新でなおざりにされた女性最高神の存在意義を再確認せざるを得ないわけです。




さて、ここまで書いて、読者に誤解されやすい要素に一つ気がつきました。


ぼくが今回重視しているのは、高市早苗の人格・識見でないことは一目瞭然かと思われます。

日本最初の女性首相が、このタイミングで登場したという事ばかり気にしています。

これは多くの読者を困惑させたのではないでしょうか。

期待した内容と違っていたら申し訳ないというか、100人中100人が期待と違ったのではないでしょうか。


高市早苗をダシにして、好き勝手なことを書いているというのは、正当な評価に近いです。

しかしぼくにしてみればこの事件は、日本文明史における大事件のわけです。

政治のトップに女性政治家が立つというのは奈良時代以来のことです。

これを大事件と呼ばずしてどうするのか。

それを引き起こした当の人物が引用されるのもやむを得ないことなのです。


ぼくの関心は、彼女自身がどれだけのことができるかではなく、彼女をきっかけとして日本女性がどういう動きを見せ出すかにあります。

ゆえに彼女自身の政治見解にはあまり興味がないのですね。

彼女にも立場上いろいろあって、そこから見解を導いていることも多いでしょう。

それでもそういう彼女の「生身の存在」感というのを評価したいと思っています。

意見は違っても、好きでいられるならいいじゃないか。

ケンカばかりしていても別れないカップルなんて腐るほどいるものです。


そこで日本古来の膨大な女性の無意識を「アマテラス」と呼んでいるのですね。

これが世界の中でも唯一日本だけに近い、特異な発達を見せている。


「ガラスの天井」がこれをとどめてきたけれど、今後は違う動きになるはずだ。

これが今回言いたいことの全てです。

具体的にどうなるかは知りません。

読者の女性が、あーそういうことだったのか-と、大胆に何かを始めてくれる気がしています。


戦後80年、もう嫌気がさすほど日本の基本ロジックは同じ儘で来ました。

でも明治維新や敗戦ショックがそうであったように、日本という国は変わるときには一気に動き出してしまう。

変わりだしてあれよあれよで全く別の様相になってしまう。

今回のきっかけは高市政権が引くだろうという予想ですね。

首相当人の意図を置き去りにして、無数の草莽女性が立ち上がることを想定しています。




感想とかあれば続きを書くことがあるかなと思って、連載形式にしてあります。

さもなければこれで終わります。

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