9話︰チヌチヌチヌチヌ
食べていると、扉の開く音がした。
「あ」
「ん?あれ、たしか夜釣りしてる時にきたやつか」
あの時の夜釣りしてたやつが入ってきた。
「なんじゃ、あんたら知り合いやったんかい?」
「ちょっと前に1度だけ会いまして」
「釣りに人生を捧げてくれるらしい」
「そこまでは言ってない。あ、そうだ名前聞いてなかったんだった。俺は野津山自由。」
「石塚正浩だ。よろしく。」
「ここってお前の家の食堂なのか?」
「ああそうだ。来るのはこの村の人ばっかだから初めての人が来るのは久しぶりだな」
「そうか。あれ、そういえば食堂は親がやっていると言ってなかったか?」
「言ったぞ」
「………」
あれ、じゃあこの人、おばあちゃんじゃない?見た感じ結構歳いってるけど…。失言してしまったか?俺はおばあちゃ…じゃなくてお母さんの方を向く。
「海鮮丼美味しかったです、お母さん」
「…さすがに違うぞ」
おばあちゃんはたまたま手伝いに来ているだけらしい。両親は隣町へ買い物へ出かけたようだ。食べ終わって店を出ようとすると正浩に声をかけられた。
「そうだ自由、今夜ごはらと夜釣りに行くんだが来るか?」
「ごはらと知り合いなのか」
「そりゃそうだ、同じ村に住んでるんだからな」
そりゃそうか。そういやそんなことを言っていた。あれ、じゃああのパーティーの時ドタキャンしたやつって。
「俺だ」
こいつだった。まあ、うん、ドタキャンしそうなやつなのはもう見て分かる。俺は魚に負けたということだ。ちょっと悲しい。それにしても、男3人で夜釣りは楽しそう。ごはらとも何日か会ってないし行くことにした。
夜10時に前の堤防に集まる。一番乗りだった。夏といえど、やっぱりこの時間の海沿いは寒い。少しすると浜の奥からの人影が見えた。
「お、もう来てたか」
「ほら見ろ、釣りを早くしたくてソワソワしてるぞ」
「寒くて震えてるだけだろ」
「寒くて震えてるだけだ」
「…そうか」
正浩が持ってきてくれた釣竿をそれぞれ準備する。今回はフカセ釣りという、ウキを使ってちょっと大物を狙った釣りをするるしい。準備はよく分からず正浩がほとんどやってくれた。
釣りを始めたがこれはただ糸を垂らして待つだけの釣りらしい。特にすることは無い。
「ふー、この暗い中座って待つ感覚も久しぶりだな」
「ごはらはあんまり釣り来てないのか」
「たまに来てるぞ。こいつに誘われた時は半分位の確率で行ってやってるんだ」
「5分の1も無いだろ」
波の音だけが聞こえる夜、2人の話や他の人らの面白い話も聞かせてもらった。いつも全員が集まっている訳では無いが、それぞれしっかり友情があって信頼し合っているようだ。この輪にいたら、きっと楽しく安心して毎日を過ごせるんだろうなあ。
『ピチャン』
「あ」
「自由、引いてるんじゃないか」
俺の釣竿が揺れた。取ってみるとかなりの重さがある。前のサビキ釣りとは段違いだ。2人に支えられながらなんとか釣り上げる。魚が堤防で跳ねる。そいつらなかなか大きくて黒い。
「チヌか」
「チヌだな」
「チヌ?」
「チヌ」
「チヌだ」
「チヌって…美味いのか」
「あんまり」
「俺は好きじゃないな」
「美味しそうなのに」
「チヌだからな」
「チヌだし」
「そっかチヌか」
チヌ、リリース。でも初めて大物を釣った感覚はとても興奮する。
その後も何匹か釣っていく。2人もどんどん釣っていく。結局3人で12匹も釣れた。魚を釣れた順番で行っていくと、
チヌ、チヌ、チヌ、チヌ、チヌ、チヌ、チヌ、チヌ、チヌ、チヌ、チヌ、チヌ。
ヒットしたときの驚きがどんどん減ってきていた。
既に釣り初めて1時間。クーラーボックスの中は未だ空だった。そろそろごはらや俺の限界が来たので、次誰かが1匹釣ったら帰ることにした。そして俺の竿が揺れる。それもさっきよりも大きな力で引いてくる。
「さっきまでと全然違うぞ!」
「なんでもいいから釣れ!あいつ以外なら!」
水面から魚が姿を現した。さっきよりも一回り大きい。
ばしゃーん。ぴちぴちぴちぴち。
「…………」
「…………」
その魚を海に返してその日の釣りは終了した。
「フカセ釣りってこんななのか…」
思ったのと違うかった。ウキを使うからワクワクしていたが、4体目あたりから雲行きが怪しくなっていた。でもチヌしか釣れなかったという思い出もあとから考えたらいい思い出な気がする。そもそも友達と釣りをするだけで楽しかった。時間を無駄にしているなんて気には全くならない。ここに来て数日で初めての体験をいっぱいしているな。それも全部、仲良くしてくれる友達のおかげだ。この村の温かさに改めて感謝しないと。
もう日付も変わってるし早く寝よう。最後のチャンスだ、目覚ましロボット。8時に時計をセット。明日の態度でこいつの将来は決まる。おやすみ、目覚ましロボット。