8話︰7月26日
「……なんでだよ」
アラームを止めて時計を見る。8時45分。アラームの時間ぴったりだった。昨日はたまたま壊れていただけだったのか。そもそもこの時間になるまでには自分で起きてて欲しかった。
ここに来て5日。毎日どこかに行って遊んでいるだけだ。特にやることもないし、まだのんびりしていてもいいか。
朝のパンが無くなったのでスーパーまで買い物に行く。歩いているとときどき小学生を見かける。高校生よりも多いのかもしれない。買い物も終わり、散歩がてら寄り道をしながら帰ったが、今日は誰にも会わなかった。
そういえば、リビングの端にある棚には何が入っているのだろう。ふと部屋の隅に目をやり思い出す。古い木でできた3段の棚がある。勝さんに部屋を説明された時には何も聞いていなかった。ここに住むなら何があるかくらいは知っておこう。
まずは1番上の棚を開ける。開けるとものが大量に詰まっている。おもちゃが大半を占めていた。コマや花札、べったんなど、少し前のおもちゃばかりだ。以前に住んでた人が置いていったのか。というか、
「あれ、前住んでた人って勝さん?それかほかの人か?」
そこまでは聞いていなかった。
せっかくなのでべったんをしてみる。やり方はなんとなく知っていた。地面に厚紙のめんこを置いてそれをめんこを使って叩きつけて裏返す。
「あれ、これルールあってるよな?」
全然裏返らない。簡単そうに見えて、案外やって見ると難しい。もっと簡単に出来ると思っていた。俺が下手くそなだけの可能性もあるが、まあ無いだろう。
途中で止められなくなり、気づけば30分も経っていたが、結局諦めて終わる結果になった。
「よし、次だ次」
一旦べったんのことは忘れて2段目を開ける。引き出しを覗くと、そこにはほとんど何も入っていなかった。ただ少しだけ服がある。取り出して見てみると、それは明らかに子供用で俺なんかが着れるはずもなかった。他にも何着かあるが、同じように子供サイズだった。前に住んでいた人は子供がいたんだろう。中がスカスカなのは必要な服だけを取って引っ越したからなのだろうか。この服たちをなにかに使えないかと考えたが、もう居ないとしても勝手に利用するのはちょっと気が引ける。
「これで最後か」
最後の3段目。ここまで特に驚くようなものは入っていなかった。3段目だけは上の2つよりも少し高さがあるし、大きめのものでも入りそうだから少し期待する。けれど、いざ開けようとするがなかなか開かない。
「うわ、開いた」
力を入れて引っ張ると、何かが取れたように一気に開いた。
大量の本が詰め込まれていた。しかもそれらはすべて学習教材。小学生用と中学生用のものがぎっしりと押し込まれている。下まで何があるか見えないので1度全部出して見ることにした。
学習教材は30冊以上あった。中を見てみるとだいたい全て解かれている。よっぽど真面目な子供が住んでいたのか。その時、下にある一つの参考書が目に入った。
「ええ…」
その算数の参考書は表紙からぐちゃぐちゃに折れていた。棚から出した時は綺麗に積まれていたし、ここに入れていたからという訳でもなさそう。中を見ると、問題は途中までは普通に解かれていた。けれど半分をすぎたころから空欄だらけのページや落書きだらけのページが増えていく。小さい子だったから途中で嫌になったのか。
にしては少し奇妙なところもあった。字が綺麗すぎる。同じ文字はまるで機械が打ったように似ていた。「う」と「ラ」が一緒に見えるなんて言われたことがないんだろうな。それに加えて、採点が厳しすぎる。誰か他の人が採点したにしても、こんな厳しい人はいないだろう。間違った問題は1から解き直し、汚い文字も綺麗に書き直している。こんな自分に厳しい小学生もいるもんなんだな。
「でもそんな小学生が教材に落書きしたりするのか…?」
この子の性格に一貫性が見えてこない。またその下から社会と書かれたノートが出てくる。その表紙には名前が書かれていた。
「古川由紀」
前井なのかと思ったけどどうやら違うらしい。てか勝さん、子供とかいるのかな。
知らない人のものなのでこれ以上見るのはやめておくことにした。少しなんだか可愛げのない小学生に見えた。もっと小学生らしく無邪気に適当になったらいいのに。でも、こういう人が将来日本を変える人になったりするんだろう。
その後引き出しを元に戻し、もう一度べったんをしたが、俺に才能がないことがわかっただけだった。
「2食抜くのはきついなあ」
昼御飯はあまり動いてもないからと抜いたが、さすがに晩になるとお腹が減ってくる。けど弁当も飽きてきたなあ。
「そういえば釣りしてたやつが家で食堂やってるとか言ってたな」
どこにあるか分からないがとりあえず行ってみることにした。
「ここかな」
歩いていると食堂らしきところに来た。2階は普通に人が住んでいそうで、1階で経営しているようだ。あいつの家がここかは分からないがとりあえず入ろう。
「いらっしゃい」
入るとおばあちゃんがいた。客はほかにはいない。
「あんま見ない顔やの。観光客かい?」
「いえ、最近引っ越してきたというか」
「あ、なんかそんな話前聞いたわ。たしか、松本さんとこに住んどるんやったけな」
「いや、前井さんのとこです」
「そやったそやった」
席に座りメニューを見ると以外豊富だ。ラーメンもある。これにしよう。
「すいません、注文いいすか」
「はいよ。オススメは海鮮丼やよ」
「………」
「………」
「海鮮丼で」
「はいよ」
そう言われたら海鮮丼にするしかない。海も近いし新鮮なんだろう。
海鮮丼がでてくる。値段と釣り合っているとは思えないくらいの大盛りの海鮮丼だ。しかもこれまで食べた海鮮丼でいちばん美味しい。田舎って、いいな。
おばあちゃんと話しながらゆっくりと食べる。店の雰囲気も落ち着いているし、いい店を見つけたものだ。