2話︰森岬村の散策
「あっつい...」
暑さで目が覚め、時計を見ると8時過ぎ。いつもと形の違う枕で状況を思い出す。居間に行くと、勝さんがテレビを見ながら朝食を食べていた。
「お、起きてきたか」
「おはようございます」
「ん、朝ごはんこれ食い」
そうして出されたのはトーストに牛乳。とてもシンプルだが、朝ごはんを自分以外が作ってくれているということがとても嬉しかった。こんな生活、いつぶりだろう。
「ここが昨日言うてた家やで」
貸してくれるという家を見に来た。歴史を感じるような木造建築の一軒家。一階建てで、庭も少しあるらしい。人に貸すには十分すぎる家だ。
「本当にいいんですか、こんな立派な家貸していただいて」
昨日は疲れもあって受け入れてしまったが、普通に考えておかしい。勝さんがいくら優しい人だと言え、こんなことまで知らない人にするのか。昨日会ったばかりだぞ?そう思っていると、勝さんが口を開いた。
「わしも昔、あんたみたいなこと経験してな」
「そうなんですか」
「そうや。なんかまあいろいろあって今の自分みたいな状況なった時に助けてくれた人おってな、すごい嬉しかったわ。やからまあ、その人への恩返しって訳にもならんけど、同じことしたりたい思てな」
いろいろ ってなんなのかがすごく気になったが俺と同じような思い出ならきっと楽しいものじゃない。今聞くのはやめておこう。
家のことをいろいろ教えてもらい、勝さんは、「なんかあったらいつでも呼び。わし漁師で、帰ってくる時間とか食べる時間とか不規則で困るやろから、お金渡すから自由に食べたり楽しみや。」 とだけ残して家に戻っていった。勝さんに全ての生活援助をしてもらっている。いつかなにかで恩返ししないと。
「…散歩でもするか」
家にいても暇だし、この森岬村を散策してみることにした。田舎とはいえ、ある程度のものは揃っているらしい。外は蒸し暑くてずっと家にいたいくらいだけれど。
――海沿いを歩く。灯台が建っている。遠くには大きな船だ。長い浜辺には廃れた家。昔は使われていたのかな。海岸沿いの奥にはスーパーがある。
――海沿いから離れる。住宅街に入る。後ろは山で、緩やかな斜面が続いている。道は細くてところどころに畑。すれ違う人はお年寄りが多いが意外と若い人もいる。いたるところにチョロチョロと流れる小さな川。途中には小さな病院らしいものもあった。小さい公園もいくつか見た。無人販売所だ。珍しい。山の少し上の方には学校のような建物も見える。
しばらく歩いたので少し休憩しよう。
少しひらけたところに森岬村の地図があった。そこには山に神社のマークが書いてある。でも行くには少し山の方に登らないといけないらしい。まあいいか、いこう。暇だし。すごい暇だし。
山を登り始めて、セミの鳴き声が全体から聞こえてくる。ミンミンゼミの鳴き声が一番うるさい。一段飛ばしすべきかどうか分からない微妙な高さを攻めてくる階段と合わせてストレスが溜まってきた。ふと上を向くと、終わりが見えていた。
階段を登りきる。その神社はまあまあ広く、決して狭くもない神社だった。誰もいなくセミ以外は静かだが、何かある時はお守りとかも売ったりしてそうな建物がある。せっかく来たしお参りはしとくか。そうして五円玉を入れようとした。が、自分自身に問いかける。
「いいのか自由よ、五円なんかで。新しい生活が始まろうとしているのにそんなしょぼい額で。ここはせめて五十円、いや五百円いくべきじゃないのか!これから始まる生活一日目に渋っていてはこの先不吉になるかもしれない。けれどこれは勝さんから貰った大切なお金。どうすればいいんだ!」
「五百円いっちゃおうよ!」
「そうか、そうだよな、いっちゃおう!」
チャリーン。大きな硬貨が中に落ちていった。
じゃあな、五百円。乗せられて思い切ってしまった。
……あれ、誰に?
「いい思い切りだったね」
「うわっ!」
後ろを向くと巫女服の女子が立っていた。脚にまでに届きそうなくらい長くて白い髪だ。本業の巫女さんにしては若すぎるような。でも驚きよりも独り言を聞かれた恥ずかしさが今は勝っている。誤魔化したくてももう遅いなこれ。
「えと、誰?」
「えーとね、ここの神社の一応巫女みたいなのやってる、時田 のどか!」
「巫女にしたら、すごく若く見えるけど」
「あーまだ17歳だから高校生で、親の手伝いみたいな感じ?だからまあでも、一応巫女ってことかな。ほら、そこの本殿の横にある家に住んでるの。そっちも見た感じ高校生かな?」
「んーまあ、同じ17歳だけど、高校には今はもう行ってなくて…」
「あ、そうなの。そういえば言ってたねさっき、これから始まる生活がどうとか。引っ越してきたってこと?」
すごく明るい子だ。
大まかにこれまでの経緯を話した。昔のことはところどころ誤魔化しながら。
「へー、家借りてるってさ、それもしかして前井さんのとこだったり?」
「え、なんでわかったの」
「やっぱり!あの人くらいしか家2個ある人知らないし、それにそんな急に来た人に家をあげるなんて言う人ってあの人が一番に思い浮かぶし」
「そんな印象ついてるのか勝さん」
「おじさんはねえ、よくこの神社にも来てくれるしいろんな家に魚分けたりしたり、街の行事にも積極的だからみんなからすごく慕われてるよ」
やっぱ普通の人じゃなかったんだ。あのとき出会った人がそんな勝さんで良かった。
「にしても今日平日だけど、学校は行かなくていいのか?」
「7月中だけどもう夏休みに入ってるよ」
「あ、そっか」
気づけば今日は7月22日。多くの学校が夏休みに入っているだろう。そんなこと考えることもなくなってしまったな。
「そういや最初、五百円のほうがいいって言ってたけどやっぱ額が高い方が神様に願い届きやすいとかあるのか?」
「どうだろうね。わかんないや」
「じゃあなんで五百円って言ったんだよ」
「儲かるし!」
…騙された気分だ。巫女がそんなこと言っていいのか?まあ、ご利益が上がったと思っていよう。
そろそろ降りるか。他も回りたいところがあるし。軽くのどかに挨拶をして階段を降りていく。まあまたすぐ会いそうだ。
「あ、名前聞くの忘れた!……まあいっか!」
上からそんな声が聞こえてきた。