第4話 呼ばれし森〈中編〉
梓は八王子の山間部に向かう途中、鞄の中に自分の手帳を入れていた。
調査メモや、かつて自分が見た夢の断片をメモしていた黒いノートだ。
もし現地で“何か”を見つけたら、それに記録を加えようと思っていた。
山道の途中で一度、ザックの中からその手帳を取り出し、確認した記憶もある。
確かにあった。存在していたはずだった。
──だが。
廃神社が見えてきたとき、彼女はふと、違和感を覚える。
(……あれ、手帳……?)
ザックのポケットをまさぐる。いない。別の仕切りも開ける。
いない。落とした? どこで? あれほど丁寧に詰めたはずなのに──。
引き返そうかと一瞬思う。
だが、すぐ近くに見える社殿の輪郭に視線を奪われ、その思考は霧散した。
(まさか……呼ばれてる?)
そう感じた。
鞄に入れていた“自分の手帳”が、まるで入れ替わるように消えている。
代わりに、この場所には“何か”がある気がした。
鳥居は半壊し、参道は苔と根に覆われていた。
狛犬は片方だけが残り、もう一方は顔が削られていた。
苔むした石段を上がる。
社殿の正面扉は半ば崩れていた。
だが、不思議と「入ってはならない」という感覚はなかった。
否。むしろ逆だった。
(早く、見つけなければ)
そう、胸の内で誰かが囁いている気がした。
(→ 後編へ続く)