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第22話 逸失の記録6【前編】

編集部の明かりは、昼を過ぎてもどこか仄暗く

外から射し込む陽光さえも蛍光灯の冷たい色に押され

力を失っていた。


オカルト雑誌『オカルトクロス』編集長・佐伯彰人は

編集デスクの前で一人、無言のまま地図を睨んでいた。


東京を中心とした関東圏の地図。

その上に無数のカラーピンが刺さっている。

赤、青、黄色、白。

それぞれの色は意味を持ち、刺された場所には共通点があった。


――八王子、茨城、埼玉、栃木、群馬、千葉、長野、山梨、神奈川。


これらの場所は、すべて“顔を削がれた遺体”が発見された現場だった。


「顔を削ぐ……神域……結界……儀式……封じる……紐……」


佐伯は誰に聞かせるわけでもなく、唇の端で呟きを繰り返した。

指先は地図の上をさまよい、ピンとピンをつなぐように点を結んでいく。


直線。


円。


斜線。


三角。


螺旋。


何かが浮かび上がりそうで、だが決定的に形を成さない。


その時だった。


「編集長、ついに頭がイッちゃったんですか?

 ……地図に念でも込めてます?」


軽快な声が後ろから飛んできた。


佐伯がゆっくりと振り返ると、そこには

書類を両手に抱えた水瀬悠が立っていた。

快活な口調と表情の柔らかさが特徴の女性編集員。

梓の後輩でもあり、佐伯にとっては妹分のような存在だった。


「……脅かすなよ、水瀬。今ちょっと集中してたんだ」


「どう見ても集中というか、憑かれてる感じでしたけど」


水瀬は書類をデスクに置き、佐伯の地図に目を落とす。

そして、刺されたピンの数と位置に気づき、眉をしかめた。


「これって……もしかしなくても、例の“顔削ぎ事件”の発生場所?」


思わず間の抜けたような口調になる水瀬だったが

その言葉に佐伯は苦笑し、肩の力を抜いた。


「鋭いな。まあ、そういうことだ」


「やっぱり……何かパターンを探してるんですか?」


佐伯は無言でうなずき、地図の上を指でなぞるように示した。


「ほら、こうして繋いでいくと何かの図形にも見えてくるだろ?

 いや、まだ確証はないけどな……。

 それより水瀬、お前“神域消失”って言葉を聞いたことあるか?」


「神域消失? うーん……神隠しと似たような話ってことでしょうか。

 確か、神社とか寺院の結界が機能を失って

 霊的なバランスが崩れる……

 みたいな都市伝説系の話で見ましたけど」


「じゃあ、山手線の結界は?」


「あぁ~、それは有名ですよ。

 山手線の環状線が陰陽の太極図を模してて、中心にある

 皇居を守るために設計されたってやつ。

 陰と陽、バランスを取って神聖な領域を保ってるとかって

 ネットに転がってる話ですよね」


「……普通はそうだよな」


佐伯は独り言のように呟き、顎に手を添えて再び地図を見つめる。


「でも、俺は思うんだ。もしかしたらこの連続事件――

 “顔削ぎ”も、紐も、黒い痣も、臓器の異常も

 全部……何かの『意図』がある。

 鈴の音もそうだ。人工的な繊維、神域における殺害方法……」


言葉を途切れさせ、佐伯は唐突に立ち上がる。


「やっぱり俺の予感は正しかったみたいだ!」


そう言って、強く拳を握った。


「え? 予感って……今ので何か分かったんですか?」


困惑した様子で問いかける水瀬に、佐伯は振り返って一言だけ告げた。


「間違いない。……これは“メッセージ”だよ」


その言葉を残し、佐伯はスタスタと奥の資料室へと姿を消した。


「ちょ、編集長!? 何のメッセージなんですか~!? 

 ……って、もう行っちゃったし、それに鈴の音?」


水瀬は呆れたように肩をすくめたが、地図に刺さったピンを見つめながら

胸の奥に微かなざわめきを感じていた。


――顔を削がれた遺体、奇妙な痣、紐の繊維、鈴の音……。


それらが全て、偶然ではないとしたら?


一方、資料室に入った佐伯は、棚の奥から

古い雑誌のバックナンバーや、未整理の心霊

呪術系の事件ファイルを次々に引き出していた。


「封じる儀式、神域の崩壊、異界の扉……何かが始まってる。間違いない」


独りごちる佐伯の目は、鋭く光っていた。

どこかで見た記録、どこかで聞いた逸話……

あの異常な遺体と音、空間の歪みを示す“何か”が、必ずあるはずだ。


彼の手が、一冊の資料に触れる。


それは、二十年以上前に起きた未解決事件――

静岡県伊豆市にある『山神社』で起きた失踪事件の記録だった。


ページを開いた瞬間、何かが微かに軋んだような音が

誰もいない資料室の空気を震わせた。


佐伯は、その音に眉をしかめつつも、顔を上げずページをめくり続けた。


外の世界は何も知らず、静かに夜の気配を深めていた。


だが、確実に“それ”は近づいている。


そして誰もまだ、

鈴の音が意味する“呼び声”の真意を知らなかった……。


(→ 後編へ続く)

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