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第21話 逸失の記録5【後編】

編集部の奥、普段は打ち合わせや

会議で使われるという簡素な応接室。

志摩重蔵、矢代洸一、そして

オカルト雑誌編集長・佐伯彰人の三人は

無言のまま椅子に腰を下ろした。


「……はじめまして、矢代さんでしたね」


佐伯が名刺を差し出しながら微笑む。


「佐伯彰人です。うちの雑誌

 まあ……一部では“怪文書量産機”なんて言われてますが

 オカルトや都市伝説専門の雑誌編集をやってます」


矢代も無言で名刺を返し、少しばかり

探るような目つきで佐伯を見た。


「志摩さんとあなた……どういう繋がりです?」


佐伯は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに苦笑いを浮かべる。


「まあ……昔、ちょっと面倒な件に巻き込まれましてね。

 廃墟取材してたら、そこがヤクザの所有地だったってわけです」


「俺がちょいと手を貸しただけさ」


志摩が面倒くさそうに付け加える。


「霊が出るって有名な建物でな。管理してたヤクザも変な連中。

 警察沙汰になる前に、俺が話つけたんだ」


「以来……まぁ、貸し借りというか。付き合いが続いてます」

 

佐伯は肩をすくめ、冗談めかした口調で言った。


ひとしきり世間話が済んだところで

空気が引き締まる。

志摩が封筒から数枚の資料を取り出し

机に並べながら口を開いた。


「……今回、連続して見つかった遺体の状態だが

 どれも同様だった」


「顔を……削がれていた。

 表皮ではなく、骨格までも……抉られるように。

 皮膚には黒い痣が広がり、臓器には焼けたような損傷がある。

 首には、何か鋭いものによる引っかき傷。

 胃の内容物には繊維状の物体が混入していた」


佐伯の表情が一気に険しくなる。


手元のノートにペンを走らせる音だけが部屋に響いた。


「繊維状のものというのは……布とか、紐みたいな?」


「医師によって表現は違ったが

 共通して“人工的なもの”という印象だったそうだ」


佐伯は黙り込んだ。

ペンの動きが止まり、代わりに額に深い皺が刻まれる。


「一人の解剖医が言ってました

 ……“人間の仕業とは思えない”って」

 

矢代が声を潜めるように言った。


「しかも……これだけの遺体が、違う県、違う神社で

 違う日付に発見されたのに、すべての損傷状態が一致してる。

 完璧に、コピーされたかのように」


「まるで“何かを封じている” か、“何かを解いている”

 ……そういう意図があるように思える」

 

志摩が続ける。


「異常な死体の共通点だけじゃない。場所も問題だ

 ……全部、由緒ある神社、あるいは神域とされる場所だ」


佐伯は目を細め、視線をテーブルに落とした。


やがて、ぽつりと口を開く。


「……これは、儀式なんかじゃない。よくある“呪術的な犯行”とも違う」


「じゃあ何なんです?」


矢代が詰め寄る。


「……暗号、あるいは……何かのメッセージかもしれません」


その瞬間だった。


 ――チリン……


小さく、耳元をくすぐるような鈴の音が響いた。

どこからともなく、まるで風のない部屋の空気が揺れたように。


「……今、鈴の音……聴こえたか?」


志摩が目を細め、周囲を見回す。


「俺も……確かに聴こえました」

 

矢代が頷き、緊張した声で答える。


「……以前、訪問先の老人宅でも……同じ音を聞いた気がする」

 

志摩の声がかすれる。


「私にも……聞こえましたよ」

 

佐伯の声も低く、重く。

空気が凍りついたような静寂が部屋に流れる。


誰も、次の言葉を口にすることができなかった。

鈴の音が残した波紋が

心の奥底にまで染みこんでくるようだった。


数秒、いや、数十秒……それは永遠のように長く感じられた

沈黙の中で、佐伯が再び口を開いた。


「……やはり、この事件の裏には何かがある」


「何かが……訴えかけているような気がするんです。

 遺体の状態、繊維、先ほどの鈴の音……

 これらすべてが、何らかの意思を持ったメッセージかもしれない」


志摩と矢代は互いに目を合わせ、深く頷く。


「何か分かったら、すぐ連絡してくれ」


志摩が立ち上がりながら言った。


「こちらも、可能な限り情報を集めておきますよ」

 

佐伯は深く頭を下げた。


二人が去った後の応接室。

残された佐伯は、手元のノートを見つめながら

しばらく黙っていた。


文字の海。

痣、削がれた顔、焼けた臓器、繊維。


そして……鈴の音。


「……メッセージ……」


呟くその声に、どこか怯えが滲んでいた。


彼の手元で、メモの隅に描かれていた小さな「円」の印が

まるで意味を持つかのように浮かび上がる。


外は、もう夜の帳が落ちていた。

その窓の外、誰もいないはずの編集部の廊下で……


――チリン……


また、鈴の音がかすかに響いた。


(→ 次話へ続く)



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