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第17話 逸失の記録3【後編】

翌朝、志摩と矢代は八王子へ向かう車内で、

軽い会話を交わしながら目的地へと進んでいた。


「昨日の映像、やっぱり気になりますね。」


「ああ、あの黒い着物の人物…。」


会話に上がるほど昨日の映像は

悪い意味で鮮烈だった。

薄気味悪いを通り越した感覚。

得も言われぬ恐怖。


その事実がオカルトではないことを語ってくれる。

志摩はハンドルを強く握っていた。

まるで不安や恐怖を払うかのように。


数時間の後、目的の場所に到着。

麓の駐車場に車を停め、

二人は山道を見上げた。


どこにでもある普通の山。

だが映像を見た後ではそれも違った。

登山する者を拒むかのような

威圧感すら感じる。


足踏みしそうな雰囲気の中

「……行くぞ」

志摩が口火を切り階段を上っていく。

慌てて矢代もそれに続いて

慎重に階段を上がる。


中腹あたりから徐々に様相が変わってくる。

崩れかけた石段、木の根。

ごつごつした足場に躓きそうになる。


踏みしめるように歩を進めていく。


「足場かなりが悪いですね…」


矢代がぼやく。


「……気をつけろよ」


意に返さず志摩は黙々と足を進める。


うっそうと生い茂る木々。

湿気が肌に纏わりついてくるかのような不快感。

疲労感も相まって、自然と会話が止まり

沈黙が続く。


やがて、色あせた鳥居が見えてきた。


「着いた……」


安堵する矢代。

志摩も安心するかのようにため息を吐く。

そのまま鳥居を潜ろうとする矢代を

志摩が呼び止める。


「何です?」


呼び止められた意味が分からず困惑する。


「いくら廃神社とは言え礼儀を持って接しろ」


志摩が矢代をたしなめる。


「あっ……」


志摩に言われ足を止める矢代。


お手本と言わんばかりに志摩は

鳥居の前で静かにお辞儀をし、境内に入っていく。

矢代もそれに倣った。


境内は荒れ果て、手水場は枯れ、

狛犬の一体は顔が削れていた。

狛犬の異様な姿に驚きを隠せない。

同時に背筋を悪寒とも言い難い感覚が走る。


「ここが例の廃神社か…。」


改めて志摩が言葉を吐く。


2人は社殿の前で礼をし、裏手へと回った。

遺体が発見された現場は、

すでに鑑識班が調べた後。

頭では目ぼしい物などない事は理解している。


刑事という仕事柄の性なのか、

自分の目で確認したいという気持ちなのか。

よく分からず志摩は自嘲気味に笑った。


「さて、何か手がかりがあればいいが…。」


2人は手分けをして現場を一通り見て回った。

遺体発見場所、土を掘り返したかのような跡。

血痕らしき物。

主だった場所を調べ終えて社殿の前に集合する。


「やはり手掛かりになりそうな物はなかったですね…」


「……ああ。まぁ期待薄だったが、

 実際にこの目で現場を見ておきたくてな」


社殿の前で礼をし、再び鳥居を潜る時にも礼。

静かに山道を降りていく。


麓の駐車場まで戻ってきた二人は、

喫煙所で一服しながら

この後の予定を話す。


「志摩さん、この後どうするんですか?」


「……そうだな」


煙を吹かせながら志摩は思案する。

ふと、腕時計を確認すると正午になりかけていた。


「昼食をはさんで、昼からまた移動するぞ」


「えっ?まだ出張るんですか?」


「出張るんだよ……」


驚く矢代をよそに、吸い終えた煙草を消す志摩。


「あっ……。ちょ!」


急いで煙草を消し志摩の後を追い車に乗り込む矢代。


その日の昼過ぎ、八王子市役所を訪れた二人は

窓口で神社・仏閣を管理している部署について確認していた。

職員が訪ねてきた理由を聞く。


「ご用件は?」


「おっとこいつは失礼。……実は」


志摩がそう言い

すっと懐から警察手帳を取り出し職員に提示する。


「……上司を呼んでまいりますので少々お待ちを」


ぎこちない動作と共に奥に入っていく職員の姿を見ながら


「手帳見せたら多分誰でもあんな反応になりますよ……」


「……だな」


と、2人は言葉を零すのだった。


やがて数分してから先ほどの職員と共に上司と思しき人物が

こちらに向かって来ているのが見えた。


頭を下げる志摩と矢代。


「……では私はこれで」


そう言い残し職員は窓口へと戻っていった。

改めて志摩が上司に事情を説明する。


「事情は分かりました。ここでは何ですので奥の部屋に……」


そう言い奥の部屋へと促す上司。

2人もその後に続く。


「突然の訪問失礼しました。今日こちらに訪ねたのは、

 近頃連続発生している事件についての

 手掛かりを求めに来た次第という訳です」


その言葉を聞いた上司は


「あの事件の手掛かりを……」


と、不思議そうな表情で答えた。


「しかしウチに来られましても、手掛かりになりそうな情報は

 得られないと思いますが……?」


「ごもっともです。事件について聞きに来た訳ではなく、

 事件現場である廃神社についての事を

 お尋ねしたいと思いまして」


「なるほど。それでこちらに?」


「そうです……」


想定外な質問に驚く上司。


すかさず矢代が志摩に


「そのためにここに来たんですか?」と、


疑問を投げかける。


「俺たちは事件の事は知っていても、あの廃神社については

 何も知らんからな……。それに映像の件もある」


「……例の着物を着た人物、ですね」


「そうだ」


視線を再び上司に戻すと疑問を口にした。


「着物?」


「あぁ……いや、こっちの話です」


志摩が会話を戻す。

しかし上司から返ってきた言葉は芳しくはなかった。


「生憎と管理していると言っても便宜上、

 形だけという事になります。

 直接ウチが維持をしている訳ではないので……」


「ふむ……」


やはりと思いつつ内心がっかりする志摩と矢代。

そろそろお暇しようと2人が席を立とうと腰を上げようとした時、

上司から思わぬ提案が飛び出す。


「もしかしたらその廃神社について、

 詳しい方がいらっしゃるかもしれません。」


「本当ですか?」


「ええ。その地域に古くから住んでおられる

 氏子さんならあるいは……」


「もし宜しければその方のお名前と住所をお教え願えれば

 こちらとしても助かります」


「普段はプライバシーの観点からお教えする事はありませんが、

 事が事だけにってやつです」


そう言って上司は奥の本棚から記録を持ってきてくれて、

氏子の氏名と住所を教えてくれた。


「住所の変更や転居届も出されていないので、

 大丈夫だとは思います」


上司から氏子の名前と住所を教えてもらい、

礼と共に、志摩と矢代は役所を後にする。


車を走らせ早速その家を訪れた。

インターホンを鳴らし

家人が出てくるのを待つ。

待つこと数分。

扉が開き、男性が姿を現す。


「こんにちは。」


「ああ、どうも。」


70歳を過ぎた老人、佐々木信一は、

八王子市の裏高尾町に住んでいた。


「どのようなご用件でしょうか?」


「山中にある廃神社についてお話を伺いたいのですが」


「あぁ……。あの神社の事ですか。

 まぁ、立ち話もアレなんでどうぞ上がっていってください」


「……お手数をおかけします」


佐々木老人に続き部屋へとお邪魔する志摩と矢代。


「何もありませんが、今、お茶をお出ししますね」


「お構いなく」


と、一通りのやり取りの後廃神社についての話に移る。


「ああ、あそこはもう長いこと放置されていてね…。」


佐々木は、神社の管理が維持できなくなった場合

他の神社に合祀されたり移転されたりすることが多いが

あの神社はそうされていないと語った。


「あの場所には、まだ神様がいらっしゃるかもしれない。

 だから、面白半分で訪れるのは危険だよ。」


「なるほど。それと……」


志摩は、黒い巫女装束を纏った巫女について尋ねたが、

佐々木は知らない様子だった。


「そうですか…。」


その時、志摩の耳にかすかな鈴の音が聞こえた。


「…今、何か音がしませんでしたか?」


「いいえ、何も」


志摩は気のせいかと思い、

佐々木に礼を述べて家を後にした。


車内で志摩は矢代に尋ねた。


「洸一、さっき何かの音が聞こえなかったか?」


「いいえ、特には。

 志摩さんの耳には何か聞こえたんですか?」


「いや、気のせいだったのかもしれんな…。」


矢代は冗談めかして言った。


「廃神社なんかに行ったからかもしれませんね。」


車内は何とも落ち着かない雰囲気だった。


「あの鈴の音は一体……」


志摩のつぶやきと共に車はエンジン音を上げ

所轄への帰路を辿る。

一抹の不安を残しながら……。


(→ 次話へ続く)




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