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第一話 便利屋は自称探偵①

 雨が降る。

 アスファルトからの独特な匂いが鼻をかすめる。

 確かこの匂いのことをペトルコールというらしい。

 そんなことを考えながら道の角を曲がる。

 強めの雨だが生憎傘は持ってきてない。

 それに目的地にいくほうが駅に引き返すよりもずっと早い。

 左側を見ると目的の建物についていた。

 正確には目的の場所があるビルに来ていただろう。

 俺はビルの階段をせっせと上がる。

 雨が落ちた靴が階段のセメントを濡らす。

 目的のドアの前に着いた。

 「恵美探偵事務所」下に小さく「便利屋です‼なんでもします‼」と小さく書かれていた。

 最近ここのことを友達から聞くまで、探偵事務所なんてものが現実世界に存在してるなんて思ってもみなかった。調べてみると探偵事務所は以外にも全国で6000か所以上あるらしい。知らなかった。

 けれどドラマみたいに殺人事件を解決するようなものではなく浮気調査や猫探しみたいのものが一般的らしい。

 しかもここは書いてある通り「便利屋」としての側面が強い。

 …本当に大丈夫なんだろうか…こんなことお願いして…

 けどここで立ち止まってたってしょうがない。

 俺は意を決してインターホンを鳴らす。

 ピンポーンという高い音が鳴る。

 『はーい。どちら様でございましょうか?』

 インターホンに出たのは物凄く優しそうな男の人だった。

 「あっあの‼依頼があってここに来ました。」

 『了解しました。…あの…大変恐縮ではございますが少しの間そこでお待ちしていただけますでしょうか?』

 「はい。わかりました。」

 どうかしたのだろうか。




 「カナさん‼いい加減にしてください‼」

 なんっでこの人は片付けをしないのだろうか…

 部屋にはT-シャツが干してあったりカップ麺の容器が放置されていたり物凄く散らかっていた。

 普通の家なら全然許容範囲なのだがここは事務所。お客さんをお迎えする場所。散らかってていいはずがない。

 「僕言いましたよね‼片付けろって‼」

 「え~。だって面倒だもん。」

 「あ˝あ˝もう‼お客さんがいらっしゃったので片付けますよ。」

 そう言って僕は部屋にかかっている服を取ってカナさんの私室に放り込んだ。

 「ああ‼乱暴に扱わないでよ。お気に入りの服なんだからさあ。」

 「知りません。お客さんを待たせてるんだから急がないと…」

 僕はごみを捨てたりインテリアを整えたりした。幸い、汚部屋というほどでもなかったので片付けるのに三分もかからなかった。

 「これでよし。じゃあお客さんを…」

 カナさんのほうを見るとタバコに火をつけようとしていた。

 「ああ‼駄目じゃないですかタバコ吸っちゃ。」

 「あ、バレた。」

 「バレたじゃないです。没収です。」

 「いいじゃないか。タバコくらい。」

 「いいわけないじゃないですか‼体に悪いしお客さん来るしそもそも禁煙中じゃないですか‼」

 僕は灰皿とカナさんの持っていたタバコを奪い取ってゴミ箱にぶち込んだ。

 「しっかりしてくださいよ。どうしても口元が寂しいならこれ食べてください‼」

 予め買っていたタバコ型のお菓子をカナさんのデスクに叩きつけて玄関に向かう。

 まったく…呆れた…




 「お待たせして申し訳ございません。どうぞお入りください。」

 ドアが突如開いて先ほどの声の主が現れた。

 落ち着いた雰囲気の服装で柔らかい笑みが特徴的な男性だ。

 男性は俺のことを見るなり目を大きくして言った。

 「大丈夫ですか!?かなり濡れていますが…シャワーがあるのでそちらで…」

 「大丈夫です。コートは結構濡れてしまったけど内側は無事なので。」

 「わかりました。それではコートをお預かりいたします。中は暖房がついているので温まってください。」

 「失礼します。」

 中に入るとそこは別世界のようだった。

 暖色の電球が温かい空気を作り出していて家具はモダンなイメージがあった。

 インテリア雑貨があちこちに飾ってあって美しい。一生見てられる。

 ドラマみたいな探偵はいないと先ほど言ったがこの空間は間違いなくドラマや漫画に出てくるような探偵の部屋だ。

 ふと前を見ると書斎に女性が座っていた。

 少しこの空間とは空気感が違った。黒色の革ジャンに白いT‐シャツ、ジーパン。身長が高く凛々しく大人っぽいイメージがする。

 かっこいい女性という印象だ。

 「ようこそ。恵美探偵事務所へ。どんな依頼も承ります。」




 「どうぞこちらへ。」

 俺は言われるがままに席へ移動する。

 改めて二人の方を見る。

 かっこいい女性と物静かな男性。まさに探偵事務所の探偵と助手、館の主と執事、会社の社長と秘書のようなイメージが感じられる。

 「お飲み物はどちらがよろしいでしょうか。」

 男性はメニュー表のようなものを持ってきた。

 そこには紅茶、緑茶、コーヒー。様々な飲み物が書かれていた。

 「じゃあ…紅茶で…」

 「かしこまりました。カナさんはどれが?」

 「コーヒーで」

 「わかりました。それでは失礼します。」

 男性が裏側へ向かう。

 「まずは自己紹介から。恵美探偵事務所の所長兼探偵の月宮カナ。よろしく。さっきのは助手の一条カイト。」

 「えっと…日山ジンです。よろしくお願いします。」

 月宮さんか…

 イメージ通りの名前だなあと思った。

 けれど…ここって「恵美」探偵事務所だよな。

 「ここは探偵って名乗ってはいるけれど実際のところ何でもやる便利屋なんだよ。先代のおばあちゃんのときはもっとしっかり探偵っぽいことやってたんだよね。」

 なるほど、じゃあそのおばあちゃんの名字が恵美なのか。この人の月宮って名字と違うのは多分母方のおばあちゃんだからだろう。

 そんな事を考えてると月宮さんがいきなり前のめりになって俺に話しかけてきた。

 「それで、今日はどうしてここに来たの?」

 少しドキッとした

 「見たところ学生のようだけど…なにか込み入った事情でも?」

 込み入った事情かあ…勝手に飛び出してきただけなんだけど

 「失礼します。」

 裏側からさっきの…たしか一条さんが飲み物を持ってきてくれた。

 「ありがとうございます。」

 コーヒーと紅茶2つ。

 「それで、本日はそのようなご要件で?」

 「あの、実は…行方不明になった姉ちゃんを探してほしいんです。」




 正直言ってここまでThe探偵な依頼はかなり久しぶりだった。

 私の事務所は探偵と名乗れどただの便利屋。浮気調査や猫探しはしたことがあっても行方不明になった人を探したことなんてない。

 「人探し…ですか。カナさん、どうします?」

 カイトが私に耳打ちしてきた。

 「とにかく最後まで話を聞いてみよう。」

 「わかりました。」

 カイトはポケットからメモ帳とボールペンを取り出して私の隣に座る。

 私もメモ帳とペンを持ってきて依頼人の前に座る。

 「それで、詳しい経緯を聞かせてくれる?」

 ジンくんは顔を曇らせて話し始めた。

 「俺の姉ちゃん。…日山結って言うんですけど一週間前から連絡がつかないんです。姉ちゃんは近くの志乃原大学に通っているんですけど講義にも出席していなくて」

 「なるほど。それでか…警察に届け出は?」

 「出しました。でもまともに取り合ってくれなくて…」

 言葉を言いきった瞬間彼の目から涙がこぼれ落ちた。

 「…お願いします!!どうか姉ちゃんを見つけてください…」

 嗚咽を漏らしながらも力強い声で言葉を発する彼にただならぬ意志のようなものを感じた。

 「どうしますか。カナさん。」

 答えなんてもう決まってるだろ。私はカイトの方を向く

 「もちろん。受けるよ。」

 私は再びジンくんの方を向く。

 「この依頼。引き受けます。」




 「地図印刷してきました。」

 一条さんはクリアファイルに何枚かの紙を入れて帰ってきた。

 「ご苦労。早速並べて。」

 そう言うと月宮さんは「失礼」って机に置かれたマグカップを月宮さんのものであろう書斎に移動させる。

 そこに一条さんがクリアファイルから紙を取り出し並べてセロハンテープでつなげる。

 そうしてこの辺り一帯の地図が出来上がった。

 その様はまるで刑事ドラマのワンシーンを連想させた。あの逃走する犯人の足取りを追ったりするアレ。

 「じゃあまず情報を整理しようか。うん…ジンくんって呼んでいいかな?」

 「あっはい。どんな呼び方でも…」

 「オッケー。じゃあジンくん。一週間前のお姉さんの動向をできるだけ詳しく。教えてくれないかな?」

 「はい。朝は姉ちゃん今日は講義は午後からだからって昼まで寝てて起きたのは11時ちょうどくらいでした。そのあと菓子パンを食べてそのまま大学に出発しました。その日の講義には参加していなかったらしいです。」

 「なるほどなるほど。それじゃあお姉さんはどうやって大学に通ってるのかな?」

 「俺達家族が住んでいるのはここで姉ちゃんは近くのここの駅に乗って…この碧川駅ってところで降りて大学までバスで通っています。」

 「へえ、でも志乃原大学の最寄りじゃないね。こっちの駅のほうが近くないかい?」

 「ええ。でも乗り換えることになるからお金がかかるんです。このあたりまで来たらバスの乗り放題が適用されてなおかつ大学までいけるバスが通ってる駅がここなんです。だからここからバスに乗るのが一番安いんです。」

 「そっか…じゃあこの駅周辺で調査をしよう。じゃあジンくん。行こう!!」

 月宮さんは俺に向かってそういった。それはまるで月明かりが夜道を照らし導いているようだった。




 …現実とは真反対に

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