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天然理心流・試衛館道場

文久二年(1862年)五月。

加納と藤堂が入門してから半年ほど経た春の自分。江戸市谷甲良屋敷(いちがやこうらやしき)にある天然理心流の道場では生徒たちが、塾頭の沖田総司の苛烈な指導を受けていた。

居候する食客の原田左之助、斎藤一の二名も、沖田を手伝い、門下生たちの相手を務めている。

野太い掛け声と共に、烈しい打ち合い。実戦向けと称される流派である天然理心流は、生傷が絶えず、生徒たちのほとんどが青あざと擦り傷でいっぱいになっている。


「戻ったぞ」


遅れて入ってきた風格のある男のひと声で、門下生たちは手を止め、全員が、その男に頭を下げた。


「近藤先生!お疲れ様です!」


生徒たちが先生と呼んだこの男こそ、近藤勇。のちの新選組局長である。

角ばった顔つきにがっしりとした顎、野性味あふれる表情から、強者の迫力を漂わせている。


「総司よ、時間だ」

「はい。では皆さん、今日はここまで!」


沖田総司が涼しい顔で稽古を切り上げる。


「有難う御座いました!!!」


生徒たちが解放されたことを喜び、ぞろぞろ帰っていく。


「みんな筋がよくなってんじゃねえか総司?」


原田が成長する門下生たちを褒めると、沖田がまさか、と笑う。


「全然だめです。理心流も終わりですよ」

「馬鹿もん(笑) 勝手に終わらせるな総司」


道場主である近藤勇が、総司を小突いた。

沖田は、試衛館一の剣の腕を持ち、若くして天然理心流を極めている。それゆえ、傲慢で自信過剰な一面が時折見受けられる。


「頼もー―――――――――――う!!」


「「「「!?」」」」


近藤、沖田、原田、斎藤が道場入り口に目を向けるとふんどし一丁の若者が立っていた。


――それって。


昔話を聞く間根山法悦まねやまほうえつが、語り部たる篠原泰之進しのはらたいのしんに問いかける。


――ああ。藤堂だ。藤堂は、伊東道場のときと同様、道場破りをしに、試衛館の門戸を叩いたんだ。


「おい総司、相手してこいよ」

「左之助さんが行ってくださいよぉ、物乞いかもしれないじゃないですか」

「俺の方が年上だぞ?」

「私の方が格上ですよ?」

「うわ、クソガキやなお前」

「私が行きますよ」

「お、偉いぞはじめ!物乞いなら追っ払っちまえ」


「頼もう!頼もう!」


藤堂の話を聞きに、はじめという名の少年が歩み出た。のち、新選組三番隊組長になる、若き剣の達人だ。


「何か御用か?」

「ああ!あの、ここは、天然理心流道場の試衛館だよな?」

「あ、もしかしてうちの道場の入門希望者?」


沖田がひょこっと斎藤の隣から顔を出して、口も出した。


「そんなんじゃない!俺は対外試合に来たんだ!」

「対外試合?」


首をかしげる沖田。


「とにかく、道場主の近藤勇先生を呼んでくれ!」

「近藤は俺だが。んー、対外試合はあんまりするなと親父どのに言われたばかりなんだよなあ」

「問答無用!さあ、さあ、いざ、いざ勝負!」


藤堂が、丸見えの尻をペチペチ叩いて、道場中心に立つ近藤を挑発していると、音もなく藤堂の後ろに長身の男が現れ、藤堂の顔に蹴りを入れた。



ドガッ!!!



受け身を取った藤堂に、木刀で怒涛の攻め手を食らわす不意打ちの長身。藤堂がふらりと立ち上がると、藤堂の後ろに回り、その首を両腕を使って絞める。


「道場破りなら相手になるぞふんどし」

「やめろトシ!」

「ぐっ、はな、せ、て、てめえっ!」


藤堂が肘打ちを繰り出す。咄嗟に離した長身は、木刀を再び構えて言う。


「てめえじゃねえよ。天然理心流門弟、土方歳三だ。そういうお前が何モンだ」


「俺は北辰一刀流伊東道場の藤堂平助!絶賛武者修行中の二十二歳だ!」

「あれで山南さんと同じ北辰だってよ」


原田が疑い気味に藤堂を指さすと、沖田が笑った。


「まさかの同い年じゃん!私は試衛館塾頭、沖田総司、宜しくね」

「塾頭ー?女みたいだし、全然強そうには見えないけど」

「失礼な奴だなあ。あ、あそこの齋藤くんも同い年だよ」


斎藤は何も言わずに奥へ去っていく。


「総司、こんなよくわかんねえやつになれなれしくしているんじゃねえよ」

「土方さんみたいにお客さんをいきなり蹴るのもどうかと思いますけどね」

「ガキが意見すんな」

「私より弱いですよね?」

「二人ともうるさい!!!さて、藤堂くんと言ったな?どうして武者修行をしているのだね。うちは卑下するわけではないが、いなか道場と馬鹿にされている天然理心流。一方きみは名門の北辰一刀流。うちと試合するより、地道に稽古を重ねた方がよっぽど身になると思うのだけど」

「それは、あの、大切なのは正しいと信じられる道を選び、行動することだと思うからです!強いやつと戦ってもっと強くなって、自分の選んだ道を貫けば、俺の戦いは負けるまで終わ」

「いいや。それは君の言葉じゃないよな?上っ面だけの人間に、悪いが興味はない」


近藤が去ろうとする。それを受けて、藤堂は拳を強く固めた。


「あいつにだけは負けたくねえんですよ!」

「あいつ?」

「ずっと一緒にやってきたのに、先越されたみたいで悔しくて、悔しくて、だから、俺だって凄いんだって!あいつにも、他の連中にも認めさせたくて!」

「何のこと言ってんだこいつ?」


土方が隣の原田に聞くが、原田もさっぱりだという身振りで返す。


「近藤さん、こいつ追っぱら、」

「面白い!」

「「「「え!?」」」」

「何のことを言っているか全然分からなかったけど凄くいいよ!俺も近藤家の養子になって、道場主になってはみたものの、断然満足しちゃいねえんだ。黒船が来て世の中が大きく変わろうとしているいま、必要なのは国を守るための強さだ。難しいことはさっぱりだけど、これだけは確信している。だから俺たちは、ここで腕を磨き、いつか幕臣になって、世の中に俺たちのことを認めさせようと思っている」

「近藤先生」

「藤堂君、君が気に入った。一本お手合わせ願おう。そして、君が良ければ、ぜひ俺の同志になってくれ」


近藤が構えたところで沖田が間に入る。


「じゃあ私が相手しまーす!」

「はああああ!聞いてたか総司!?」

「彼、私のこと弱いって思ってるから、こてんぱんにしてやりたいんですよ」

「あのなあ」

「じゃあ先に近藤さんが私とやりますか」

「いいよ。お前の好きにしろ」


沖田近藤のやり取りで蚊帳の外だった藤堂が、不満げに「おい!」と叫ぶ。


女男おんなおとこ!漢の勝負の邪魔をすんなよもう!」

「だって強いやつと戦いたかったんでしょう?私は試衛館で一番強いですよ」

「え?」



沖田が正眼に構える。その途端、道場一体に強烈な殺気が漂った。


「沖田総司。君を倒す男の名前です」


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