御陵衛士の二つの謎
「なんだって?」
そう尋ねられた俺こと、間根山法悦は、少し緊張しながら、繰り返した。
「はっ!よくわからない輩たちと思っておりました!」
それを聞いて、俺の先輩である弾正台小巡察の篠原泰之進は、興味深そうにうなずいた。なるほどな、と。
「あの、御陵衛士は、新選組にいた何人かが、決して破ることを許されない法度、局中法度を破り、隊を離れて結成した組織だと聞いていますが」
「詳しいな。あぁそうだ。俺たちは、局注法度があるにも関わらず、隊を離れ、御陵衛士を結成した」
「そして御陵衛士たちは、新選組局長暗殺を企てた」
「近藤勇、暗殺計画か」
「はい。その情報が、一人の裏切り者によって新選組に露見し、御陵衛士の中心人物、伊東甲子太郎は、あの大石鍬次郎の手にかかり、殺害された」
あの野良犬に殺された、伊東甲子太郎という男がどんな人物だったのか。
俺にはさっぱりわからなかった。
才人というものもいれば、策士という人もいるし、北辰一刀流の達人と噂するものもいれば、新選組乗っ取りを企んだ変節漢という人もいる。
どれが本当でどれが嘘なのか。
「そして先生を殺された俺たちは、新選組と刃を交え、仲間を次々と殺された」
「はい。私が特にわからないのは二つです。一つは、なぜ新選組から脱隊したのか。やめるぐらいなら、最初から新選組に入らなければ良かったのに。どうして入っておいてやめたのか」
「たしかにな」
うっすらと先輩が笑った。ふだんから感情を表に出さない篠原先輩だが、今日はやけに表情豊かだ。
「そしてもう一つは、なぜ近藤勇の暗殺を企てたのか」
「なにがわからない?」
「新選組を離れたのなら、わざわざ新選組に関わる必要もなかっただろうに、なぜよりによって新選組局長を殺そうとしたのか」
「ふむ」
「あ、立ち話が過ぎました。私も仕事に戻ります」
俺が獄舎を出ようとすると、篠原先輩が俺を呼び止めた。時間はあるか、と。
「ええ、まあ、二、三、仕事を片付ければ」
「そんなの明日やればいい。興が乗ってきた。新選組のことをよく知っていて、御陵衛士のことがよくわからないというお前に、せっかくだ。俺の知っている話を聞いてほしい」
「篠原先輩の知っている話、ですか」
この話を聞けば、お前の二つの疑問は解き明かされる、と先輩は言う。
なぜ御陵衛士は、新選組に入っておいて脱隊したのか。そして、なぜ新選組局長暗殺を企てたのか。
「立ち話もなんだ。飯は食べてないな?」
「はい」
鰻を食いに行こう。俺の奢りだ。そう言って、つかつかと獄舎の階段を上がっていく。
なぜだろうか。
今日はずっと篠原先輩らしくない。
「これから先ず話すのは、御陵衛士も新選組もなかった、初めの物語だ」
――俺たちが御陵衛士になったのは、あいつが、加納がいたからだ。
篠原先輩の言葉を俺はオウム返しした。加納がいた?
「そう、加納だ。加納道之助」
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十年前。万延元年(1860年)某日。
朝から激しい土砂降りの雨が降り続いていた横浜にて。
河原で捨てられていた少女の亡骸を、加納道之助は、傘もささずにびしょ濡れになりながらも強く抱きしめて、雨音にかき消されようとも、いつまでも咽び泣いていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」